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アベラルドの失敗
カリメルラと関係を本当に持ったのだろうか。
アベラルドはどんなに考えても答えが出なかった。
その日の記憶は酷く曖昧で薬を盛られたのかと思ったが、形跡はなかった。目覚めると荒らされた寝台、脱ぎ棄てられたドレス、そして赤く跡の残るシーツと隣に裸体で横たわるカリメルラが眠っていた。
――どういう事なんだ――
アベラルドが目を覚まし混乱する中、メイドが洗顔の湯が入った桶を抱えて入ってきた。寝台に並ぶ2人を見て、桶の湯は床を濡らし音を立てて桶が転がっていった。
メイドは何も知らなかったのだろう。毎朝アベラルドが起床する時間に合わせて部屋に来ただけだった。腰を抜かしたメイドは尻を擦りながら廊下に出ると、通りかかった事務官に抱き起された。
何事か、賊でも侵入をしたのかと事務官が入室し騒ぎになったのだ。
責任は取らねばならないと鉛毒に侵された体で国王はようよう起き上がり、寝台の上からアベラルドとステファニアの婚約を解消し、カリメルラを第二王子妃とする決定を下した。
「王族ともあろう者が…あれほどきつく房事に付いては申しつけたと言うに」
「違うのです。父上」
「何が違うと言うのだ。男と女が裸で寝台にいて何もなかったと誰が信じる」
「それでも!ファニーを失えば私がどうなるか!父上もご存じでしょう?!」
状況証拠が揃い過ぎていたアベラルドには全てが不利だった。
その日は大事をとり、王宮で休む事になったカリメルラ。
何も知らぬステファニアの元に翌日、父のブレント侯爵と共に登城せよとの命令が届いた。
翌日、父親のブレント侯爵と共に登城したステファニアは国王の私室に向かう長い廊下でゲール公爵とカリメルラとすれ違った。ステファニアを見やるカリメルラは微笑を浮かべた。
「ファニー…」
何かに縋るような目でステファニアを見るアベラルドはソファに降ろした腰を浮かせたが従者に制された。
「ルド?何かございましたの?」
いつものようにまもなく夫となるアベラルドの愛称を呼んだステファニアをアベラルドはもう顔も見ることは出来ず、髪を掻きむしりながら膝の間に頭を挟み込むように俯いた。
呼び出しの書状には内容は記載されておらず、ブレント侯爵はてっきり挙式の日取りの打ち合わせだと思い込んでいた。ステファニアも同様にそう思ったのはウエディングドレスの採寸とベースとなる布地選びで産地の指定をするようにという通達があったばかりでもあったからだ。
寝台からは出る事も出来ない国王は上体を起こすと背をクッションに預けて、ソファに揃って腰を下ろす面々に向かて短く婚約の解消を告げた。
まさに青天の霹靂であったブレント侯爵は目を見開き立ち上がった。
ステファニアは視点が一点に集中し瞬きの仕方さえ忘れたかのように茫然となった。
――解消って…うそ…どうして――
王子妃教育はもう終わったけれど、及第点に届いていない事があったのだろうか。
父の事業で何か瑕疵になるような失態があったのだろうか。
続く国王の言葉、カリメルラとの関係を耳にするまでステファニアは婚約が解消になる非はブレント侯爵いや、自分自身にあるのではと考えていた。
「アベラルドはカリメルラ嬢と関係を持った。王族である以上仮に子が出来ていなくとも責任を取らねば国教の教えに反し、民にも説明が出来ない。慰謝料などについては追ってブレント侯爵に通達をする」
ステファニアは全身が亀裂の走った脆いガラス細工となり、破片が闇に崩れ落ちていく感覚に襲われた。否定をしようにもするものは居らず、向かいに腰掛けているアベラルドは沈み込むように頭を抱えて俯いたまま。
その姿はステファニアに事実を突きつけ、哀しさよりも失望を生んだ。
涙すら出てこないが、出てこないのは涙だけではなかった。
その日、ステファニアは声も出し方を忘れたのだ。
★★
「声が出ない‥‥どういう事だ?」
アベラルドは従者からの報告に驚き、立ち上がった拍子に執務机の長引き出しがガタンと外れた。
3日前に婚約解消となったが、せめてもの詫びにと花と言い訳めいた手紙、そしてステファニアが好んでいた焼き菓子を調理長に焼いて貰い従者に持たせたのだ。
「本日は隣町の医者が診察に来ていたとの事ですが、先日から声を発する事が出来なくなったと」
「原因は何と?」
「どの医者も心因性のものなので治るやどうかもわからずだそうです」
「心因性…と、いう事は原因は俺か…」
「・・・・」
肯定も否定もしない従者は10年来の従者で同じ年齢。
コッテオ伯爵家のカルロだ。気の置けない友人としても付き合いがある。
カルロは友人として言葉を発した。
「こんな事は言いたくないが…」
「なんだ」
「ラルド。諦めろ」
「解ってる…わかってるんだ」
幼い日から共に成長してきたアベラルドとステファニアを見てきたカルロは12を過ぎた頃からアベラルドのステファニアへの接し方が変わった事に気がついていた。
妹から妻となる女性への対応の変化。それはとても紳士的でカルロに取ってもその当時に結んだ婚約の相手に対してこうあろうと手本になるものだった。
婚約者のマリエルは子爵令嬢だったが、差別も区別もしないステファニアの対応にマリエルは感化されステファニアのようにありたいと自身を磨いた。当初マリエルはカルロの母に「戦争さえなければ子爵家の令嬢なんかと」と言われるくらいに出来が悪かったが、今では「マリエルは私の自慢の娘」と言わしめるまでになっていた。
カルロはアベラルドのステファニアに対しての想いを知っている。
そのアベラルドに「諦めろ」という言葉しか掛けられないもどかしさが悔しく手のひらに爪が食い込むほど強く拳を握りしめた。
アベラルドはどんなに考えても答えが出なかった。
その日の記憶は酷く曖昧で薬を盛られたのかと思ったが、形跡はなかった。目覚めると荒らされた寝台、脱ぎ棄てられたドレス、そして赤く跡の残るシーツと隣に裸体で横たわるカリメルラが眠っていた。
――どういう事なんだ――
アベラルドが目を覚まし混乱する中、メイドが洗顔の湯が入った桶を抱えて入ってきた。寝台に並ぶ2人を見て、桶の湯は床を濡らし音を立てて桶が転がっていった。
メイドは何も知らなかったのだろう。毎朝アベラルドが起床する時間に合わせて部屋に来ただけだった。腰を抜かしたメイドは尻を擦りながら廊下に出ると、通りかかった事務官に抱き起された。
何事か、賊でも侵入をしたのかと事務官が入室し騒ぎになったのだ。
責任は取らねばならないと鉛毒に侵された体で国王はようよう起き上がり、寝台の上からアベラルドとステファニアの婚約を解消し、カリメルラを第二王子妃とする決定を下した。
「王族ともあろう者が…あれほどきつく房事に付いては申しつけたと言うに」
「違うのです。父上」
「何が違うと言うのだ。男と女が裸で寝台にいて何もなかったと誰が信じる」
「それでも!ファニーを失えば私がどうなるか!父上もご存じでしょう?!」
状況証拠が揃い過ぎていたアベラルドには全てが不利だった。
その日は大事をとり、王宮で休む事になったカリメルラ。
何も知らぬステファニアの元に翌日、父のブレント侯爵と共に登城せよとの命令が届いた。
翌日、父親のブレント侯爵と共に登城したステファニアは国王の私室に向かう長い廊下でゲール公爵とカリメルラとすれ違った。ステファニアを見やるカリメルラは微笑を浮かべた。
「ファニー…」
何かに縋るような目でステファニアを見るアベラルドはソファに降ろした腰を浮かせたが従者に制された。
「ルド?何かございましたの?」
いつものようにまもなく夫となるアベラルドの愛称を呼んだステファニアをアベラルドはもう顔も見ることは出来ず、髪を掻きむしりながら膝の間に頭を挟み込むように俯いた。
呼び出しの書状には内容は記載されておらず、ブレント侯爵はてっきり挙式の日取りの打ち合わせだと思い込んでいた。ステファニアも同様にそう思ったのはウエディングドレスの採寸とベースとなる布地選びで産地の指定をするようにという通達があったばかりでもあったからだ。
寝台からは出る事も出来ない国王は上体を起こすと背をクッションに預けて、ソファに揃って腰を下ろす面々に向かて短く婚約の解消を告げた。
まさに青天の霹靂であったブレント侯爵は目を見開き立ち上がった。
ステファニアは視点が一点に集中し瞬きの仕方さえ忘れたかのように茫然となった。
――解消って…うそ…どうして――
王子妃教育はもう終わったけれど、及第点に届いていない事があったのだろうか。
父の事業で何か瑕疵になるような失態があったのだろうか。
続く国王の言葉、カリメルラとの関係を耳にするまでステファニアは婚約が解消になる非はブレント侯爵いや、自分自身にあるのではと考えていた。
「アベラルドはカリメルラ嬢と関係を持った。王族である以上仮に子が出来ていなくとも責任を取らねば国教の教えに反し、民にも説明が出来ない。慰謝料などについては追ってブレント侯爵に通達をする」
ステファニアは全身が亀裂の走った脆いガラス細工となり、破片が闇に崩れ落ちていく感覚に襲われた。否定をしようにもするものは居らず、向かいに腰掛けているアベラルドは沈み込むように頭を抱えて俯いたまま。
その姿はステファニアに事実を突きつけ、哀しさよりも失望を生んだ。
涙すら出てこないが、出てこないのは涙だけではなかった。
その日、ステファニアは声も出し方を忘れたのだ。
★★
「声が出ない‥‥どういう事だ?」
アベラルドは従者からの報告に驚き、立ち上がった拍子に執務机の長引き出しがガタンと外れた。
3日前に婚約解消となったが、せめてもの詫びにと花と言い訳めいた手紙、そしてステファニアが好んでいた焼き菓子を調理長に焼いて貰い従者に持たせたのだ。
「本日は隣町の医者が診察に来ていたとの事ですが、先日から声を発する事が出来なくなったと」
「原因は何と?」
「どの医者も心因性のものなので治るやどうかもわからずだそうです」
「心因性…と、いう事は原因は俺か…」
「・・・・」
肯定も否定もしない従者は10年来の従者で同じ年齢。
コッテオ伯爵家のカルロだ。気の置けない友人としても付き合いがある。
カルロは友人として言葉を発した。
「こんな事は言いたくないが…」
「なんだ」
「ラルド。諦めろ」
「解ってる…わかってるんだ」
幼い日から共に成長してきたアベラルドとステファニアを見てきたカルロは12を過ぎた頃からアベラルドのステファニアへの接し方が変わった事に気がついていた。
妹から妻となる女性への対応の変化。それはとても紳士的でカルロに取ってもその当時に結んだ婚約の相手に対してこうあろうと手本になるものだった。
婚約者のマリエルは子爵令嬢だったが、差別も区別もしないステファニアの対応にマリエルは感化されステファニアのようにありたいと自身を磨いた。当初マリエルはカルロの母に「戦争さえなければ子爵家の令嬢なんかと」と言われるくらいに出来が悪かったが、今では「マリエルは私の自慢の娘」と言わしめるまでになっていた。
カルロはアベラルドのステファニアに対しての想いを知っている。
そのアベラルドに「諦めろ」という言葉しか掛けられないもどかしさが悔しく手のひらに爪が食い込むほど強く拳を握りしめた。
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