【改】わたくしの事はお気になさらずとも結構です

cyaru

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ベルタ、怒り心頭に発する

顔も腕も見える肌に傷のない箇所がない男は日に焼けた肌によく映える白い歯をニっと見せて笑ったが、ステファニアとベルタは見た事もない男で、アデルでさえ「誰だ」と問う始末。

「俺?俺はヴァレリオだ」
「ヴァレリオ?そんな名前のような家名は聞いた事がない」
「うわぁ…まだ知られるまでになってないかぁ。頑張ったんだけどなぁ」

アデルはレアンドロ以上に訳の分からない男に指でコメカミを押し込みながら口元をヒクヒクさせた。

「いいでしょう。では、参りましょうか」
「えっ?ちょっと待てって。おいっ!おいって!ちぇっ…」

ヴァレリオの声を無いものとして、アデルはステファニアを促し歩き始めた。
しかし、馬車乗り場まで来てもその男は付いてくる。

「お前、どういうつもりだ」
「どういうも何も…俺の行く方向もここだっただけだ」
「そ、それなら仕方ないな」
「で!これが俺の馬。牝馬で4歳!毛並みも最高だろう?!」

「では、ステファニア様、ベルタ様。本日はありがとうございました」
「おーい!見てくれって!無視すんなっ」

必死で愛馬を見せようと手綱を手繰り寄せるヴァレリオをアデルは見えない者として扱う。
御者に「出してくれ」と頼むと動き出した馬車に一礼をして見送った。

一言言ってやろうと頭をあげると、ヴァレリオはさっさと馬に騎乗し、ステファニアの乗った馬車の後ろをつけるように馬を歩かせた。慌てて追いかけるが、遅れて動き出した馬車の御者に「邪魔だ!」大声で怒鳴られてしまった。

「あいつ…誰なんだよ」

アデルはなんだか負けたような気がして悶々としながら来た道を戻った。




「お嬢様…あの男性、馬に乗って後ろをつけてきます」
「???」

後部についた小窓から後ろを覗き見たベルタはさっきの男が付いてくるのを見て馬車を早めに走らせた方が良いか。それとも何処かに立ち寄る振りをしてやり過ごせばよいかを思案した。
だが、今はゆっくりと走らせているから声が出せるものの、スピードを出してしまうと離宮に到着する頃にはステファニアともども体は打ち身だらけ、口の中も血まみれになってしまうだろう。

「放っておきますか?」

ベルタの問いにステファニアは微笑んで頷いた。
結果として、ヴァレリオと自慢していた馬は離宮の門をくぐった。

ヴァレリオは馬車が止まると馬から飛び降りて離宮の従者を押し退け、コホンと咳ばらいを一つすると馬車の扉をノックする。中からベルタの声がすると、ヴァレリオは扉を開けた。

「あなたっ!!お嬢様、まだ出てはなりませんよ」

瞬時に怒りが沸騰したベルタは、言ってみれば子猫を守る母猫のようなもの。
声に出さずとも「シャァァ」とヴァレリオを威嚇した。

「エスコートですよ。先ずは馬車から降りるときは…えぇっと…エスコートですよね」

――それは馬車を降りた後!――

差し出された手をパンとベルタが弾いたが、節くれて豆だらけの大きな手はびくともしない。

「あなた!いったい何なのです」
「だから!エスコートだと言ってるだろう」
「それは馬車を降りたあとの話でしょう!」
「へ?そうなのか‥‥いや!でも、馬車を降りる時に手を貸すんだろう?!くそっ。ちょっと待て。確認をしてくる」

ヴァレリオは走り出すとそのままにしておいた馬に颯爽と跨り、見事な手綱捌きで去っていった。

――いったい…なんなのよ――

ベルタは呆気に取られ、手で空きっ放しになった口を顎を上に寄せて閉じた。

「さ、お嬢様、今のうちに」

手を差し出し、ステファニアを馬車から降ろしたのだが目を疑った。
開かれた玄関ホールには、大量の荷物が積まれており、その後ろから離宮の使用人達がまだ次々と箱を抱えてやって来る。ベルタはその箱に見覚えがあった。

嫁いでくる時に荷物を入れていた衣装箱などだったからだ。

「どういう事なのです」

離宮の執事にベルタが問えば、ステファニアが王城に向かった少し後にレアンドロの従者が来て、ステファニアはファッジン辺境伯領に一両日中いちりょうじつちゅうに出立すると伝えられたと言うのだ。

「そんな…」
「こっちが驚きですよ。戦勝国だからと言ってやりたい放題。ここの使用人にも仕事と言うものがあるんです。あなた達は座って菓子を食いながら茶を飲んでいれば良いけれど、私達は違うんですよ」

言いたい放題な執事にベルタの怒りの矛先が向いた。
最後だと言うのならそれでもいい。ならば一言言わせてもらうとベルタは溜りに溜ったこれまでの処遇の不満を執事にぶちまけたのだ。

「こっちはね!ハルメル王国に来る予定じゃなかったのよ!どいつもこいつも!私のお嬢様があなた達に何をしたと言うの!くだらない噂話に踊らされて、私のお嬢様が酒場で歌ってる?ドレスや宝飾品を買い漁っている?それを見たやつを連れてきなさいよ!ここに!今すぐ!ぶん殴ってやるわ」

怯む執事にベルタの口撃は留まる事を知らない。

「だいたいね!王太子妃ですって?!笑わせるんじゃないわ。ひとの手紙は暖炉にくべて暖を取るわ、訳わからない娼婦崩れのような女に入れあげてるわで、ここに次期国王だっけ?王太子が何回来たと思っているの?ゼロよ。ゼロ!今日廊下で何やら寝言をほざいていたけれど、こちとら顔も忘れてたくらいだっての!あぁもういいわ。出て行ってやるわよ!その代わり、うんと乗り心地の良い馬車を用意しなさいよ!最後の餞別にそれくらいくれたって――」

クイっとベルタの腕が後ろに引かれる。
ベルタの後ろにいるのはステファニアのみである。
ベルタは鬼の形相から体を反転させると、柔和な表情になった。

「どうしました?お嬢様?」

その変わりように驚く執事をよそにステファニアは手振りで紙とペンを要求した。
クルリと執事の方を向けば、目を吊り上げて燃え上るような赤い顔のベルタ。

「紙とペン!何やってんの!そのポケットに入れてるやつでいいわ。寄越しなさい」

ベルタの剣幕に執事が胸のポケットからペンを、内ポケットから手帳を取り出すとベルタはひったくるように取り上げた。そしてクルリとステファニアの方に向く。

「はい。お嬢様。紙質は保証しませんが書けると思いますよ?」

ベルタから手帳とペンを受け取るとステファニアはペンを走らせた。

ベルタには「怒ってはだめ」と書いて、執事には「皆さまにはお世話になりました」と書いた。ベルタをちらちらと見やりながら執事は貸した手帳とペンを受け取った。




来た時は長い隊列だったはずなのに、たった2年でこんなに荷物が減るだろうか。
20台以上の荷馬車を引き連れていたはずなのに、積み上げられた荷物は荷馬車4台分しかなかった。何故だろうかと考えたが、ほとんどが家具だった事を考えると量としては妥当である。

だが、ベルタはまたもや怒りが瞬時に沸点に達した。

「お嬢様の家具。家具がないわ」
「家具は無理です。据え付けてしまいましたので取り外すには業者を呼んで、据え付けた部分には補修なども必要になりますから無理なんです」
「知った事じゃないわ。破落戸風に言うならばこっちは据え付けてくれなんて頼んでないのよ。新しく買えとか!金銭でカタをつけろと言ってるんじゃないのよ。持ってきた物を返せ!載せろ!って事。お判り?だいたいね!こんな急な話が何処の世界にあると言うの!悪徳高利貸しだってこんな阿漕あこぎな真似はしないわよッ」

またもやクイっとベルタの腕が後ろに引かれる。
ベルタの後ろにいるのは、先程と変わらずステファニアのみである。
ベルタは鬼の形相から体を反転させると、さらに柔和な表情になった。

「どうしました?お嬢様?」

ステファニアは唇に人差し指を当て「もう何も言うな」と示した。

「お嬢様は人が良すぎます!こんなク…いえ、こんなやり方は許されません」

「おーい!!お待たせだ!!」

「誰よっ!この忙わしいいそがわしい時にっ!」


キっとベルタがその声に振り返ると、馬で走り去ったヴァレリオが戻って来たのだった。
ベルタは今度こそ頭の中の血管が全て切れるのではないかと思うくらいに激昂げっこうした。
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