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初期公開分(if的なモノ?)
初期公開分☆第参拾壱話~第肆拾壱話
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★☆第参拾壱話 ファミル王国の国王と王妃☆★
執務室に響くのは、くぐもった笑い声。
その発生源は国王であり、アベラルドの兄でもあるレオポルドだった。
何を笑っていたかと言えば、従者からの報告である。
アベラルドがカリメルラの部屋を訪れ、カリメルラに馬乗りになって殴られていたと聞けば笑わずにはいられない。そして、カリメルラの所業は自分、レオポルドとの結託ではないかと疑っていた事にも笑いが抑えられない。
何よりレオポルドを愉快にさせたのは、父がいよいよ「来たるべき日」を迎えそうだという悪い知らせだった。
「どうされましたの?随分と楽しそう」
元公爵令嬢だった王妃が執務室に入ってきた。
何時だったか、レオポルドが軍事工場に視察にいった隣国で、いたく気に入り珍しく別途購入までしたお気に入りの菓子を幾つか侍女に持たせている。
「なんだ。何の用だ」
「あらあら、今日もご機嫌がよくないようですわね」
「機嫌は関係ない。何の用だ」
「用が無ければ来てはいけませんの?レオポルド様のお好きな菓子が実家に届きましたので持って参りましたの。一休みされては如何でしょう」
王妃はレオポルドと結婚してもうすぐ3年になる。
ステファニアの事は妹のように可愛がっていた。
ハルメル王国に嫁ぐ際も私費を出し家具を持たせた。
アベラルドから下の弟たちとはかなり年齢が開くのと、彼らの母となる他の公妃とは付き合いがほとんどない。レオポルドの母である公妃と、アベラルドの母である前王妃くらいは話をするがそれ以上の関りはない。
レオポルドに冷たくあしらわれても、王妃はレオポルドの事を愛していた。
★☆★
王妃の名はテレーザと言う。
テレーザは公爵家の二女でレオポルドとは3歳の時に婚約をした。
当時のレオポルドは活発な男の子で、侍女達をいつも悪戯で困らせていた。
顔合わせの茶会でも庭園から大きなバッタを手で掴み、テレーザの前に持ってきた。当然公爵夫人と公妃はその場に失神をした。
その後の茶会も事あるごとに悪戯を仕掛け、周りを困らせた。
テレーザも頭の上にカマキリを乗せられたり、菓子を作ったと言われ食べさせてもらえば泥だんごだったりと何度両親に「王宮に行きたくない」「レオポルドの婚約者を辞めたい」と頼んだ事か。
テレーザは1歳年下のアベラルドとその婚約者ステファニアの仲が羨ましかった。
アベラルドは年下のステファニアに懸命に課題を教えていた。ステファニアも自分が出来なければアベラルドも叱られてしまうと必死だった。
そんな2人はいつも一緒にいた。
かたや、レオポルドはテレーザの事は特に何も思う事がないのか、コオロギを背中に入れられて泣いて帰ってからは態度が変わった。
公爵家でテレーザの立ち位置は弱いものだった。
テレーザは二女なので、上に姉がいるのだが姉とは6歳の年の差があった。
姉とテレーザの間に2人の兄が居るが兄もレオポルドよりも年齢が上であるため、側近になるよりも大臣や次官になったほうが気が楽だと言って、テレーザがレオポルドの婚約者になったところで公爵家にはあまりメリットもなかった。
メリットはないが、姉はテレーザを虐めた。理由は嫉妬である。
年齢が6歳上だと言うだけで。年齢の合う令嬢なら妹でも問題ないと言うだけで婚約者にはなれなかった。
教育で課題が出されるたびに、問題の書かれた書面を隠したり捨てたりで答えようにもこたえる事が出来ず、テレーザは出来が悪いと言われた。
両親からは「そんな事ではゲール公爵の娘に負けてしまう」と叱られてしまう。
テレーザには逃げ場がなかった。
そんなテレーザに転機が訪れた。
前の日の夜。前髪を侍女に少し揃えてもらっている時に姉が悪戯をして額の生え際まで前髪にハサミが入ってしまったのだ。以前にも後ろ側を切られてしまったりしたことがあった。その時は誤魔化せたが前髪は誤魔化せない。
テレーザは泣いた。髪を切られてまで、どうして続けねばならないのかと。
どんなにおめかしをして着飾っても話しかけてもレオポルドの瞳にテレーザは映らない。
レオポルドはいつもどこか遠い所を見ていた。
講義が始まる前、先に入室したテレーザはずっと俯いていた。
遅れて入ってきたレオポルドに、立ち上がってカーテシーで挨拶はしたが俯いたまま。どうぜいつも話しかけても返事もしてくれないのだから、このまま過ごそうと思っていた時、レオポルドがテレーザを呼んだ。
「テレーザ」
名前を呼ばれた事は、国王を交えての晩餐などで社交辞令的に呼ぶときくらいだったので、自分の名前をレオポルドが呼んでいるとは思えなかったテレーザは両親が叱りに来たかとピクリと跳ねて動かなかった。
「テレーザ」
もう一度呼ばれ、やはり誰かが読んでいるとキョロキョロするとレオポルドがテレーザの髪を引っ張った。
「痛い…」
「なんで俯いてるんだ」
覗き込みながら聞くレオポルドにテレーザは前髪を手で隠しながら答えた。
「髪が…変なんです」
「どうして。色は先日と変わらないが」
「切り過ぎたんです…。恥ずかしくて」
「切りすぎると恥ずかしいのか?なのにどうしてそこまで切った」
理由を言えないテレーザに代わって侍女が説明をしようとするとレオポルドは言った。
「僕はテレーザに問うているんだ。君は黙ってて」
テレーザは理由を答えるしかなかった。
レオポルドは何もしてくれないだろうと思ってたが、違った。
従者にハサミを持って来るように伝え、ハサミを従者が持ってくれば適当に髪を至る所抓んで、ジャキジャキとハサミを動かした。
「これで僕の方がおかしい髪型だ。テレーザの事を笑うやつはいない」
レオポルドは父の公爵を呼び出し、テレーザの待遇を改めるように伝えた。
公爵家での待遇も変わった。
テレーザはレオポルドの言葉がとても嬉しくて忘れられなかった。
少しだけ赤い耳たぶをした少年は、庇ってくれたのだ。
気持ちの持ちようが変われば、その人を見る目が変わる。
テレーザはレオポルドが相当に努力をしているのを知った。
失敗が許されない練習なしの本番なのに、出来て当たり前の世界。
テレーザはレオポルドの隣に立って恥ずかしくない人間になろうとより努力を始めた。
レオポルドはテレーザに「しなくていい」と言ったがテレーザは「私がやりたいからやっている」と返し、「勝手にしろ」と許しを得た。
そんなテレーザはステファニアに「羨ましい」と言われた事があった。
「テレーザ様は、レオポルド様がやめろって言っても何故行うのです?」
「レオポルドの辞めろは、わたくしの寝る時間が少なくなるからとか、わたくしがつい無理をしてしまうのを知っているからなんですの。なのでやめたくなればやめればいいという意味なんですの」
「羨ましいですわ。わたくしは年齢が1つ下なのでアベラルド様が出来ても、わたくしには出来ない事があるんです。だけど僕にも出来たからとずっと出来るまで付いてくださるので止めるなんて…許されないんです」
それまで羨ましいと思っていたテレーザはアベラルドを見る目が変わった。
アベラルドは確かにステファニアにはまだ無理ではないかという難度の高い要求をしていて、出来るまで何度でも夜遅くまで付き合っていた。
男性と女性という区分もアベラルドにはない。アベラルドが持って振り回せる剣をステファニアは半分の時間も振り回せない。それでも出来るまで付き合う。テレーザはゾッとした。
レオポルドとテレーザは同じ年齢だが、レオポルドと同様に剣技など到底無理な話だったからだ。
★☆★
「さぁ、休憩をしてくださいませ。レオポルド様は休む事をしませんから」
無理やり菓子と茶を差し出せば、不貞腐れながらも手を止めて茶に付き合ってくれる。向かい合って菓子を手に取り一口齧る。甘酸っぱい味が口に広がっていく。
「何をそんなに笑っていましたの?」
「さぁな。忘れた」
「教えてくれませんのね。ズルいわ」
テレーザはレオポルドの本当の闇を知らない。
知っているのは、つっけんどんな言動でもテレーザに付き合ってくれる良き夫である姿だけだった。
★☆第参拾弐話 幼い兄妹の取捨選択☆★
木船を漕ぎ、考え事をしながらだったからかエドガルドからの荷は水にあまり濡れてはいなかったが、下流から上流に遡上したヴァレリオが辺境にある源流が流れ込む支流に到着をしたのは王都を経って16日後だった。
その間にもそれぞれの思惑は動き出していた。
レアンドロとロザリーは処刑をされ、その首はハルメル王国の国教に従い、「悪魔が去る」と言われる13日間晒される。斬首刑と言う残酷な処刑に暴徒化する寸前だった民衆の溜飲はいったん下がった。
戦時中も厳しい生活を耐えて来て、それ以上に食べる事に困れば諸悪の根源を絶てた、それが自分たちを見下ろしていた王太子だった、そして一緒に処刑された女性は散財をしていた王太子妃だと思い込んだ。
民衆には王族の顔など早々に見分けは付かないが、着ている物や体つきで「身分のある者」だと区分をする。ロザリーは豪奢なドレスを見に纏ったまま処刑をされている。勿論髪飾りなどもつけたまま。
エドガルドの思惑通り民衆は「誰でも」良かったのだ。
遠目に見るからという事もあるが、自分たちとはまるで違う「肉を皮で包んだ」ような体の持ち主で、その体にしかフィットしない豪奢な服を身にまとい、宝飾品をキラキラさせて、最後まで喚いてくれる者なら娼婦紛いが王太子妃と入れ替わっていても関係がない。
ヴァレリオが辺境に経ち、エドガルドは処刑の官吏の仕事ぶりを静かに眺める。
「兄ちゃん!こっちにもあるよ!ほらぁ!キラキラァ!!」
エドガルドは可愛い声のする方向に目を向けた。
水洗いされたテーブルの下に小さな体をより小さくして地面に落ちた「キラキラ」を探す女児。
「そんなの買い取り屋も買い取ってくれないから捨てろって」
「やだぁ。これで女将さんごっこするんだもん。兄ちゃんも拾ってぇ」
「仕方ないなぁ。手に持てるだけだぞ」
兄妹が拾っているのはロザリーが身に着けていたネックレスの欠片である。
エドガルドはその姿を見て幼い日を思い出した。
「お兄様ぁ。アベラルド様ぁ!手伝ってくださいませぇ」
幼いステファニアがエプロンドレスの裾を指でつまんで庭でドングリや松ぼっくりを拾い集めていたのだが、まだ当時は生きていた母が「汚い」とステファニアの手を裾から外させる。
ゴロゴロと転がっていく木の実。
まもなく4歳の誕生日を迎えるステファニアにはまだ「自我」があった。
手伝ってくれと言うステファニアがしゃがんで木の実を拾いだした。
――私は、その時‥‥――
フッとエドガルドは笑った。
「仕方ないな」とアベラルドと声が重なった。それが妙に気持ち悪くてアベラルドの方を見る。
【あんなものを与えるくらい侯爵家は困窮してるとかないよね。生涯の伴侶の実家となるんだから宝石とゴミの区別はしっかりさせてよ。僕が恥ずかしい思いをするじゃないか】
エドガルドは【全部は無理だが幾つか拾うのを手伝うか】と言おうとした。
しかし、アベラルドの言葉に自分の言葉を飲み込んだ。
わずか5歳。年下でも、身分は絶対だったからだ。
『どうして?木の実いっぱいで可愛いのに』
『まぁ!虫もいるじゃない!あっちに行って頂戴っ』
『虫さんはあとで逃がしてあげれば――』
『最初からそんなもの拾わなければよいだけです!全く、貴女と言う子は!』
目に涙が溢れて零れそうになり乍らも問うステファニアに母が言った。
『貴女が可愛いと思うかではなく、それが殿下に必要かどうかが全てなのです。つまらない事をして指先を痛めたらどうするのです?ダンスの練習で殿下に傷だらけの指で不快感を与える気なの?いい加減に自覚を持ちなさい。今日と明日は食事は抜きです』
『はい‥‥お母様…』
アベラルドは母の言葉を褒めた。いや、当然だと言った。
ステファニアの立場になって言葉を代弁する大人は一人もいなかった。
大人ではないエドガルドはもステファニアを庇う事はしなかった。
――あの時、一緒に拾っていれば何か変わったのだろうか――
成長したステファニアをエドガルドは誇らしく思っていた。
何処に出しても恥ずかしくない淑女と言われ、夫に全てを捧げる献身的な妻の見本となると誉めそやされた。言い争う事もなくいつも寄り添っている妹と第二王子は仲睦まじいと誰もがそう言った。
いつしか妹は何も言わなくなった。
レアンドロとの結婚が決まった時、何故自分はあんな事を聞いたのか今でも判らない。とエドガルドは目の前の幼い兄妹を眺めた。
~★~
「どうしても嫌なら、私が陛下に頼んでみるがどうする?」
ステファニアはフルフルと小さく首を横に振った。
「無理をして笑うな。辛いときは辛いと言っていい」
ステファニアは「辛くない」と身振り手振りで告げた。
~★~
ステファニアから聞き出すアベラルドの毎日の様子をレオポルドに報告をする。
エドガルドはステファニアにしか見せないアベラルドの情報をレオポルドに無償で提供する事で今の地位を手に入れた。あの時、レオポルドに『考え直してほしい』と言ったところで何も変わらなかっただろうし、頼んでみるとは言ったものの、本当に頼んだかどうかも分からない。
レオポルドもエドガルド自身も「無駄」の為に時間を割くことはない。
妹を使って出世する事に迷いがなかったかと言えば違う。
どこか考えることはあったのだ。だが、迷ったままで今に至った。
今もまた、レオポルドに指示をされてファッジン辺境伯を呼びつけてハルメル王国を訪れた。
ヴァレリオが言った通りなのだ。こんな回りくどい事をしなくても国王の容態は手に取るようにわかっていた。放っておいても来年、いや半年後には「いつの間にか」領土の一部に出来ただろう。
エドガルドも解っていはいるのだ。なんだかんだ理由をつけてレアンドロとロザリーを処刑したけれど、この処刑に意味がなかった事を。
今は溜飲を下げている民衆が処刑の日を忘れるまでの時間も、仮に投獄をして情報を遮断しただけで民衆が彼らを忘れる時間も大差ない事を。
「無駄な事はしない」レオポルドとエドガルド。
エドガルドは、何故レオポルドが「無駄」「無意味」を指示したのかが未だに分からなかった。
「兄ちゃん!その鎖は要らないってば!」
「水で洗えばキラキラするかも知れないだろ」
「アタシはこの粒のキラキラが欲しいのっ!」
「もしかしたらあって良かったと思うかも知れないだろ」
「そっか、その時要らなかったら棄てればいいんだ」
「そう言う事だ。おっ!向こうにも何か光ったぞ。行ってみよう」
「うんっ」
幼い兄妹にはその宝飾品がどんな経緯でここにあるのかは関係ない。
妹が欲しがったから、兄は手伝っている。それだけだ。
いらないものは棄てる。幼い女児の言葉にエドガルドは驚愕した。
エドガルドにはない答え、幼いステファニアが言った事と同じだった。
要らないかも知れないが、一旦手にしてから取捨選択をする選択。
考えもしなかった考えにエドガルドは声をあげて笑った。
★☆第参拾参話 自分の生き方と、湿った手紙☆★
領民達がワイワイと荷物を抱えて屋敷に戻って来る。
ヴァレリオが到着し、船に載せられるだけ積んでいた荷を人力で運んでいるのだ。
何が入っているのかと木箱を開けてみると、仕立てをする前の布地であったり錦糸。他にも化粧品やら茶葉など色々なものが入っていた。
「数日後に荷馬車で残りは届くと思うけど、喫水の位置に肝が冷えたぞ」
「こんなに…ほとんど捨てても良かったですのに」
「は?捨てるって…お前…勿体ないだろ」
「そう思います?間違いなくあの両親の事ですから荷馬車代は着払いでしょうし、この荷の荷物だって…ほら、この茶葉をご覧ください」
麻袋の中に入っている茶葉を覗き込むと、香りは確かに茶葉なのだが葉の形はしておらず、ほぼ粉末となっていて色が茶と緑が混じった色。カビの匂いもするがそれがカビなのか、劣化した茶葉の匂いなのか判別できない。
「きっと屋敷にあった古いものを処分するために兄に持たせたのでしょう」
「処分て…」
「処分と言えば聞こえはまだいい方。この不用品をわたくしに買い取らせるのです」
「はっ?!どういう事だよ」
「王城にいた時も離宮にいた時もそうでした。頂いたは良いけれど、捨ててしまうと誰かの目に触れて噂になれば困る。そういうものを送りつけて来ておりましたから」
「荷馬車代をスティ持ちで?」
「えぇ」
「使えるかどうかわからないものを?」
「えぇ」
「本人に使うかどうかも問わず?」
「えぇ」
「あり得ねぇっ!!ないわー。ないない。ないわぁ」
「あるんです」
そこにベルタがやってきた。ヴァレリオは己とステファニアの間に人ひとり分の間を取る。そこにベルタが嵌るのだ。邪魔をしてはならない。人には定位置があるのだ。
「またですか…茶葉は掃除に使いましょうかね」
「布も掃除に使ってちょうだい」
「お嬢様、布地は洗ってどうにか出来ないか皆と話し合ってみませんか」
「それもそうね。あと荷馬車が到着するそうだから代金を用意して差し上げて」
「畏まりました」
ステファニアは滅多に金を使わない。レアンドロと婚姻中もだったがステファニアが支払う金は金でもハルメル王国の通貨でもファミル王国の通貨でもない。ファミル王国と同等の力を持つ別の国の通貨を使用する。
そうする事で、荷馬車を用立てる輸送業者は他の国の通貨が手に入る。
仕事は自国だけとは限らない。現在のようにハルメル王国の貨幣が全く役に立たず、暖を取るにも紙質が最悪で煤が多いと嫌われてる紙切れを大量に持たせるより余程気が利くと言うものだ。
「そうだ!ヴァリ。帰りはその荷馬車は空なんでしょう?どなたか復路分を買い取ってますの?」
「いや、急いでたから復路の客を探す時間はなかったはずだ」
「ならば、馬を2頭貸してくださる?」
「どうするんだ」
「吊り橋はもうありませんが貸荷馬車なら迂回路を通りますでしょう?街道沿いの領民の方に炭を届けようと思いますの。ついでに冬季の間の内職もお願いしようと。馬はそれを伝えに行った者の帰りの足です」
「内職って何をするんだ」
「薬草を煎じるのと、かぎ針刺繍です。薬草を煎じるのは過日話をしてありますので大丈夫です。薬草は冬季、雪で動けない時に腹痛などお医者様の所に走るだけの時間が稼げますでしょう?そういうのには使っていいと言ってありますし、クスリも刺繍も売り上げは春になれば彼らの現金収入にもなります」
「そうだな。どうせ空で戻るんなら荷馬車の業者も途中まででも運賃が出たほうが得だろうし」
「いつ到着するかはわかっていないのでしょう?」
「うーん…数日のうちだろうな。頂上付近はもう雪が降ってるだろうし…1週間内外か」
「では、皆に荷馬車が近日到着する旨を知らせて参りますわね」
ステファニアはまだ粗削りではあるものの、変わった。
それまでの生き方に疑問を感じ、まだ藻掻いてはいるが良い傾向だとやきもきするベルタの隣でバルトロは見守っている。
ステファニアのそれまでの生き方は「アベラルドありき」だった。
アベラルドの為に命があるとさえ教えられてきたのだ。アベラルドの為に失敗しないよう研鑽を重ね、アベラルドのが不自由や懸念を感じないよう事前に全てに配慮してきた。
王族であるアベラルドは「出来るのが当然」とされたが、ステファニアに求められたのは「出来ない場合に備えてのフォロー」まで含まれている。
年下のステファニアの方が明らかに不出来であっても関係ない。
ステファニアには、アベラルド以上の完璧が常に求められていたのだ。物事が上手くいってもステファニアを褒める者は誰もいない。むしろ「アベラルド様が婚約者だなんて羨ましい」と妬まれるくらいだ。
努力を褒めてもらう事も、認めてもらえる事もなかった19年間と2年間。
そのほとんど全てが経った半年足らずで覆った。
まず、何も言われないのだ。
辺境で「何をすればいいですか」と問うても誰も答えてはくれない。
その人が何がどれだけできるのか、言われなければわからないからだ。
自分が出来る事の中から、「何をすれば良いか」ではなく「私はこれが出来るが手は足りているか」と聞くのだ。足りてなければ座って作業を始めればいいし、足りていれば似た作業で他の手が足りてない所を紹介される。
最初から藁を掴むように相手の能力を慮った配慮をしている時間は辺境にはない。
出来れば感謝の意を示されるし、報酬も渡される。
失敗すれば、なぜ失敗したのかを話し合い、皆で助け合ってそれを補う。責任のなすりつけあいをして、戦犯探しするよりも、予定作業を終わらせる方が大事だからだ。
アベラルドの隣に立つために、出来ない事も出来るようにと求められ応えてきた。
それが当たり前だったのに、違っていた。それまでの生き方を否定されたようだった。
誰かの為ではなく、自分のため。
辺境では
人に手を差し出すのでさえ、自分の為でもあるから自己責任。
知りたくなければ、それでいいのだ。
知っていれば良かったと後悔するのは他人ではなく自分だから。
やりたくなければ、しなければ良いのだ。
やっていれば良かったと腹を減らしたり、困るのは自分だから。
ステファニアは変わった。
まず自分の意見を言う。そして人の意見を取り入れて再考する。
誰かの為ではなく自分のため、それは結果的に周りのためになる。
――わたくし、いったい何のために生きて来たんだろう――
それまでの人生からアベラルドを引くと、何もなかった。
愛や恋ではない。全てがなかったのだ。
――でも、わたくしは生きている――
それまでの生き方を否定されたのではなく「そういう生き方もある」という選択肢に考えを改めた。その上で決めたのだ。「誰かのためじゃなく、自分の為に生きる生き方をしよう」と。
空の荷馬車を走らせるのは勿体ない。
正規の料金より安くしてもらえるかも知れないし、こちらも馬の用意を少ない頭数で済む。
フンフン♪と鼻歌を歌っているステファニアにヴァレリオは胸ポケットからごそごそと取り出す。
「頭きて、すっかり忘れてた。預かったんだ」
手渡されたのは封筒のようなもの…汗で貼りついて乾いてを繰り返したのだろう。
インクも封筒の文字のインクなのか、中の便箋のインクはにじみ出たのか判らない。
その上…。
「紙が溶けてますけど?」
ステファニアは困ってしまった。
四隅は溶けてなくなり、封筒の役割を果たしてない。
手紙が辛うじて残っていたのは、汗で便箋の中央と封筒が一体化したからだった。
――読むにはお日様に数日当てて乾燥をしっかりさせないと無理ね――
「誰からですの?」
「ん?知らねぇ。お前の兄ちゃんも誰かに預かったって言ってたな」
湿った手紙のようなモノ。ステファニアはそっとテーブルの上に置いた。
★☆第参拾肆話 貼りついた手紙の再利用☆★
ペリペリ…ペリ。
「うわぁ、ガッツリとベッタリだな」
「誰のおかげだと思ってるんです?まさかこんな所であの女みたいに薄皮を剝ぐような真似をするとは!お嬢様に喧嘩売ってるんですかねっ」
ベルタは細かい作業が意外と得意である。
貼りついた封筒と便箋を剥がした後は、便箋同士を剥がし始める。
幸か不幸か主に貼りついていたのは便箋の余白部分で文字の部分は多少滲んではいるものの読めないほどではなかった。ベルタは文字が読める。ヴァレリオは読めない。
ほとんど剥がし終わって並べた便箋。
ヴァレリオが「出来たぞ」と声をかけようとしたのをベルタは止めた。
文字が読めるだけに解るのだ。
書かれている内容が「この場で読むべき」内容かどうか。
「リオさん、あなた、山の上の沢に行って湧き水を汲んできて頂戴」
「はっ?なんで俺が?飲みたいならベル婆が行けよ」
「リオさん‥‥(ギロリ)」
「なっなんだよ…怖くないからな。ベル婆の睨みなんか・・・怖く…ネェ…」
「リオさん(ギッ!)」
「あ、なんかすげぇ今、上の沢の湧き水が飲みたくなった。行ってくる」
ヴァレリオが蓋の付いた桶を手に持って屋敷を飛び出していく。
山の上の沢まで行けるのは上級者の中でも極一部。ステファニアは中級の練習用くらいの崖が上れるくらいだ。
ヴァレリオの背が上にゆっくりと見え出すとベルタは人払いをしてステファニアを呼んだ。
ステファニアは領民の主婦たちから教えて貰い、キハダの樹脂を粉にして酒で溶いたシップ代わりの薬草をコネコネとボウルで練っていた。
「どうしたの?あれ?ヴァリは?」
「山猿は山登りがしたいと飛び出しました」
「ホントに?変ね。櫓を漕ぎ過ぎて手首の筋を痛めたと言ってたし、キハダの樹皮を取り換える時間なのに」
「お嬢様、この手紙なのですが…」
「あら、剥がれたのね」
「そうなんですけど…」
言葉を言いよどむベルタにステファニアは薬草を練りながらボウルを持ったまま、並べられた手紙に視線を落とした。
「あの…お嬢様?」
ベルタが声をかける。
ステファニアは練っていた手の動きが止まる。
手紙の差出人は第二王子妃カリメルラだった。
カリメルラはこんな字を書いていたのだろうかとふと考える。
「お嬢様、これ…代筆で御座いますね」
「やはりベルタもそう思う?」
「はい。ご本人であれば ”第二王子殿下” なんて書きません。名前で書くでしょうし」
「‥‥はぁー‥‥」
息を吐いてステファニアはゆっくりと一枚一枚手に取り重ね合わせた。
ステファニアは、その手紙を読んで心が騒めいた。
手紙にはカリメルラの子供はアベラルドの子ではない事。
婚約の解消となった原因は悪戯で悪いと思っている事、
そして近日中に謝りたいのでファミル王国へ来るようにと言うものだった。
――なんなのかしら…この違和感に不快感――
「お嬢様、どうされますか。ベルタはどのようなご判断をされてもお嬢様について参ります」
「ベルタ…わたくしは――」
バターン!! 「おぅッ待たせぇッ!!」
空気が読めない男、ヴァレリオのご帰還だった。
1つ30リトルは入る蓋つきの桶に2つ。足で歩くよりも手を使ってよじ登らねばならない場所にあるのだが、往復で半刻もかからないとは流石、辺境を知り尽くした男である。
「ベル婆!汲んで来たから茶淹れてくれっ」
「あ~の~ね~。今はお嬢様と大事な話をしてんの!」
「大事な話?ふーん…じゃぁ茶は今度にするか」
水を置いて去ろうとするヴァレリオだったがステファニアは呼び止めた。
「ヴァリ、忘れていますわよ」
「忘れる?何を…スティの名前?スリーサイ――(ばごっ!)痛っ!」
「こんの山猿ッ!!なんてことを口走るのっ!」
「ヴァリ、座って。湿布を交換する時間でしょう」
「え?そうだったっけ?…まぁ痛いような気もするけど…舐めとけば‥」
「治りません。傷は舐めて治りませんっ。はい、手を出して」
ステファニアはまたボウルを抱えて、薬草を練った。
ヴァレリオの手首に貼りつけた湿布薬を剥ぎ取ると、綺麗な布にさっきヴァレリオが汲んできた水を湿らせた。
シュッシュと拭いていくと、薬草の残りがポロポロと落ちていく。
「言っておくが、綺麗だからな、俺は綺麗好きだからな!」
「はいはい、ベルタが大好きなのは解りますが、手を捩じらない!(ぺちっ)」
「違っ!俺はベル婆なんかっ!」
「私も山猿なんかお断りです」
「はいはい、黙って。新しい薬をつけるわよ」
「お嬢様‥‥それは…」
ステファニアは、ベルタが剥がし、先程読んだカリメルラからの手紙をテーブルの上に花の花びらのように丸く、一部を重ね合わせておくと、そこにボウルから練っていた薬草をたらりと垂らした。
その上でへらを表裏と最後の練り合わせをすると、薬草をヴァレリオの手首に塗っていく。
ヒヤリとした感触にヴァレリオが手を引こうとすると、逃がさないとばかりにステファニアは、ヴァレリオの指を引っ張り返す。
「おとなしくして!鼻の穴に詰めるわよ」
「それは勘弁してくれ…息が出来なくなる」
「お嬢様、鼻の穴に詰める時はトリモチにいたしましょう」
「俺…そこまで美容には拘ってないんだが‥」
ペタペタと薬草を塗り、押さえるために布を回す。
包帯を巻きながらステファニアはヴァレリオにお願いをした。
「ねぇヴァリ」
「はぁ~冷たくて気持ちよくなって来たぁ」
「お嬢様が呼んでるでしょ!」
「んぁ?何?」
「ファミルにわたくしを連れて行ってくださらない?」
「なんで?」
包帯を巻き終わったステファニアは、端になった包帯を巻いた内側に巻き込んで、ヴァレリオの腕を軽くギュッギュと握る。上手く巻けたと心の中で自画自賛する。
「ちょっとね…言ってやりたい事があるの」
「誰に?」
巻いて貰った包帯を撫でるヴァレリオ。
本当はこんなにしてもらわなくても、痛くなれば川の水につければ感覚なくなるから痛くなくなるのになぁと思っていたりもするのだが、ステファニアが包帯を巻くのにハマっているのもあって付き合ってやっている。
勿論、ヴァレリオのそんな気持ちをステファニアは知らない。
「色々と。1人じゃないけど皆ファミルにいるから」
「ふーん…」
ぽろっ。
包帯の内側に捩じ込んだ端がピロっと出てしまった。
撫でていたものだから、あっという間に包帯は緩み、まだつけたばかりの薬草シップがベチャっと床に落ちる。
「あ‥‥悪ぃ‥」
「や~ま~ざ~るぅ~」
「大丈夫よ。ベルタ。残ってるわ」
ヘラで練るために敷いたカリメルラからの手紙に残っていた薬草をペチャっと代用する。
「あ、布よりフィットするかも?なんだかしっくりくる」
「良かったわ。有効利用できて」
「鼻に入れる分がなくなりましたけどね…」
ステファニアはそれまでの生き方に戻りたいとは思えなかった。
カリメルラの事は許せないとずっと思っていたが、辺境に来て心境に変化が起きた。
やったことが許せない、それは変わらないが、そもそもとして何故アベラルドに自分は命すら賭して懸命にならねばならなかったのだろうとの思いが芽生えた。
それまではアベラルドがいなければ、生きていけないとすら思っていた。
2年間、何もやる気が起きず、傷つくくらいなら何もしない方がいいし、信じて裏切られるなら信じない方が楽だと思った。
しかし、辺境に来て自分を見直す時間ときっかけが出来た。
自分で崖を上ると決めたきっかけである。
感情の中からアベラルドを除外してみる。するとステファニア自身も驚いた。
アベラルドを抜きにすると、過去の生き方が何も残らないのだ。
ステファニアが選んだように見えて、アベラルドを中心とした考えはかなり深くまで浸透していて、生き方がわからなくなったステファニアは混乱し、考えるより、動こうと兎に角体を動かした。
した事もない崖上りは体力的にも相当きつかった。落ちて打ち身、擦り傷、切り傷も出来た。手に豆も出来たし、爪の中に土が入って炎症した事もあった。
崖を上りながら、頭の中で「無駄な事をするよりこの執務をしろ」と従者の声や「君はそんな事する必要ないよね」というアベラルドの声が何度も聞こえた。
その度に、もう少し上の石を掴もう、この石に足を掛けようと雑念を振り払って崖を上った。
上り切った時、考えてみると誰の声も聞こえなかった。自分の声すら聞こえなかったのに頂上で一番に聞いたのは「自分の声」だった。
ステファニアは変わった。
自分を肯定してくれる言葉の裏には、自分が決めて自分がした事についての肯定がある。
誰かに言われてやり遂げたのではなく、自分が決めてやり遂げた事への肯定。そして賛美。
結果的に手を借りるのでも助けてもらう事と、あてにするのは違う。
だから、ファミル王国に行き、両親に、兄に、アベラルドに。そしてカリメルラに「さようなら」を言おうと思った。
物理的な別れではない。
彼らの中にいる過去のステファニアに「さようなら」を告げるために。
それが彼らとの別れになっても仕方がないと思えた。
ステファニアはもう過去のステファニアは戻る気はなかったのだから。
★☆第参拾伍話 レオポルドの野望☆★
「うぅぅ~寒っ」
ステファニアにファミル王国に連れて行って欲しいと頼まれたヴァレリオ。
季節は冬。山の中腹まではもう真っ白で吐く息も当然白い。
一行の中にステファニアの姿はない。
「もうちょっとで麓の村だ。あと一息。リオ、行けるか」
「勿論。次の村まででも全然いける」
「バカ野郎。ちゃんと休憩を取ってそれからだ」
「あーい(棒)」
ヴァレリオとバルトロ。バルトロの選抜した5名の兵士。
7名は道なき道を歩き、雪を利用できる場所は滑り降り、街道を通れば2か月かかる行程を15日間でファミル王国の王都が晴れた日にはうっすら見える麓の村までやってきた。
最後のひと山を超えれば景色が変わる。背後の山は真っ白だが、進む先は土の色が見える。村まで下れば今羽織っているクマや鹿の毛皮も不要になるだろう。
山を越えるだけで気温も全く違う国。それがファミル王国だった。
☆★☆
ステファニアは「雪道は始めだが、頑張る」と言い張ったのだが、雪国で育った者ならいざ知らず、ファミル王国の王都に雪が舞うのは数十年に1度あるかないか。海に面した温暖な地の出身なのだ。
地面の水溜まりも日中になってもまだ凍っている部分もあり、本格的な冬が辺境にやってくる時期である事から、移動は無理とステファニアは留守番になった。
「お前…雪を見た事ないんだろう」
「失礼ですわね。ありますわよ。ちゃんとスノーマンも作りました」
「本当か?」
「えぇ。茶色くなってしまいましたが、頭も体もギュッギュと手で丸めたんですよ」
「・・・・・」
ヴァレリオは「ステファニアには無理」と判断をしたのだ。
ほぼ雪を見た事がない人間に、1晩で成人男性の身の丈以上に積もる雪の中、同行させるのは無理である。馬車ではなく、基本は徒歩で街道ではなく山を越え、谷を渡って行くのだ。
「どうしても無理ですの?」
「中級者の崖攻略も出来てないのに無理無理。留守番だ」
「ぶぅぅ~ぶぅぅ~」
「ブーイングしても無駄だ。雪山は遊び場じゃない」
「そうですよ!お嬢様。徒歩でなんて絶対にダメです。山猿と一緒はもっとダメ!」
「俺は関係ないだろう!どっちかってぇと保護者だ!」
「お嬢様を襲いかねない猛獣です。お嬢様は猛獣使いではないんですっ!」
ヴァレリオとベルタはステファニアが行くことに反対をしているのだ。
こればかりはステファニアも命の危険が自分だけではない事にバルトロから説明をされてしまった。「行くのであればこの地に慣れて5年目以降」と釘をさされてしまったのである。
「わかりました(しゅん)」
☆★☆
ファミル王国からは何通か書簡が届いていた事もヴァレリオの重い腰を上げさせた原因でもある。ハルメル王国はもう地図の上からは名前を消し、ハルメル地方となった。
それでもファッジン辺境伯という立場と名前は変わらなかった。
ファミル王国の国王レオポルドはレアンドロと違ってバカではない。
元々ハルメル王国でも民衆からの絶大な支持を得ており、ファミル王国の中にもファッジン辺境伯を称賛する声は少なくない。
30年戦争でファッジン辺境伯の率いる部隊を撃破するのは至難の業でファミル王国が天然痘を克服し、盛り返した後も10年以上拮抗した戦いになったのはファッジン辺境伯その人がいたからである。
ハルメル王国を吸収した際に、ファッジン辺境伯から身分や兵力を奪うべきと言う声は確かにあった。だが、それをしてしまえば、沈静化した民衆にまた火種を落としかねない。しかも特大の火種だ。
国王、いや王家以上に扱いの難しかったファッジン辺境伯は触らぬ神に祟りなしと現状維持となったのだ。
ヴァレリオは終戦直後に爵位を継いだが、バルトロが「己よりも辺境伯を名乗るにふさわしい」と直々に名指しした男。ファミル王国の騎士団を率いる各団長も、将軍もバルトロよりヴァレリオに注意しろと常に動向を伺い、警戒をしていた。
「バルトロがこちらに向かっていると?」
「はい、国境…いえ領の境は超えたとの知らせが御座います」
「エド。なんだと思う?」
「そうですね。今更陛下へのご機嫌伺い…ではないでしょう」
「手厚く迎えてやってくれ。始末するには惜しい男だからな」
「よろしいので?妹の婿も同行しているとありますが」
「ヴァレリオも?クックック…面白いな。アレに知らせてやれ」
「アベラルド殿下で御座いますか?趣味が悪いですよ」
レオポルドはファッジン辺境伯一行が間も無く王都に入るという知らせにほくそ笑んだ。
私的には同行しているヴァレリオはステファニアの夫である。
ヴァレリオを見てアベラルドがどのように顔を歪めるか。楽しみでならなかった。
公的にはハルメル王国は無血で手に入れたに等しい。
血を流した戦争は先代の歴史である。
労せず1つを手に入れるとレオポルドには野望が芽生えた。
【王国を帝国に】
やって来る2人の男は今や家臣となった。
机上の理論が現実になる事に全身が歓喜で震える。
帝国となり、ファッジン辺境伯が治める領地の山を1つ削る。
その為の労働力はハルメルの民衆、そしてこれから攻め入る国の民である。
問題は一筋縄ではいかない狡猾な2人を従えさせるか。
レオポルドの手腕は多くの貴族も注目していた。
「エド、卿が到着した日は宴にしろ。盛大にな。この機を逃すな」
「派兵するのですか?」
「2人が留守なのならお前の妹も帰りやすいだろう?今、迎えを出せば動きを悟られる。駒は手中に入れてから行動だ。特に狂犬のように戦慣れしている奴には気付かれぬよう動かねばならん」
「ですが、妹は帰らないかも知れません。そんな気がしました」
「エド。丸くなったな。今更妹可愛さを出しても遅いと思わないか?」
ファッジン辺境伯一行を持て成している間に、その屋敷を占拠するための兵を出す。
レアンドロと異なり、ステファニアが大事にされているのは把握しており、ヴァレリオとバルトロがステファニアに領地経営も任せるための引継ぎをしているという情報も手に入れている。
従わねば、ステファニアの身柄を押さえる。
従うなら、帰りつくまでに帰還させればよいのだ。
レオポルドに名を覚えてもらうため、気に行ってもらうため、エドガルドは何でもしてきた。痴情の縺れか?と首を傾げながらもステファニアを通してアベラルドの動向を報告した。ステファニアが婚約者だという立場を利用しアベラルドの領地から鉛を入手し、レオポルドに渡した。
エドガルドはその鉛で何をするのかを知っていた。
良心の呵責に悩んだのはもう何年も前の話だ。1度が2度、2度が3度となり、国王が倒れた時は何も感じなくなっていた。レオポルドと共に骨の髄まで抜けられない泥沼に嵌った。
それでも、ステファニアには申し訳ないという気持ちが心のどこかにあった。
エドガルドの心がファッジン辺境伯到着の知らせに揺れ動いた。
★☆第参拾陸話 レオポルドの罠、潜伏したカルロ☆★
「何よもう!出ていきなさいよ!」
「申し訳ございませんっ」
カリメルラの機嫌の変わりようは誰にも読めないくらいに激しかった。
朝、ブラシで髪を梳きはじめたメイドににこやかに話をしている最中で、突然泣き出したり、怒り出したりするのだ。ドレッサーの天板にうっかり物を置いておけば、飛んできて当たりケガをするだけならまだいい。
鏡に向かって投げつけて、割れた鏡の破片でカリメルラが怪我でもすれば腐っても王子妃なのだ。ただでは済まない。あれ以来、またアベラルドの訪問はなく使用人達は、肩を落とす。
通いはじめてくれるのであれば、改善されるかと思っていたのだ。
「ホントに使えない‥‥なんでこんなクズばっかりなのよ」
荒れている時は、娘のブリジッタも使用人が抱き上げて避難をさせる。
カリメルラは見境なく暴れるため、そこにブリジッタがいようがいまいがお構いなしに物を投げてくる。何度か当たってしまい泣き出したブリジッタの声にまたカリメルラが激昂するのだ。
「私だけに子供を押し付けて!殿下を呼んできなさいよ!」
「妃殿下落ち着いてくださいませ」
「名前つけたんだから、世話をしろと向こうの宮においてきてよ!」
喚くカリメルラが、暴れ疲れるのを待つだけの日々。
使用人が長続きするはずも無く、第二王子妃の宮は入れ替わりも激しかった。
今日もいつものように、いつ「着火」するのかと怯えながら使用人達は洗面から始まり、身支度、朝食とスケジュールをこなすはずだった。
ドレッサーの前で「着火」してしまったカリメルラがメイドから櫛を取り上げて放り投げた。
ガゴッ!!
放り投げた櫛は手前のテーブルに当たり、転がっていく。
今日はどれくらいの時間で終わるんだろう。使用人達が諦めの溜息を飲んだ時、扉がノックされた。通常、身支度を整えている段階で部屋を訪れるものなどいない。
訪れる前には屋敷への来訪と同じく、部屋にも先触れがあるものだ。
ましてカリメルラは第二王子妃なのである。先触れなどなかった。
誰もが顔を見合わせ、首を横に振る。
来訪者を知らないのはカリメルラも同じだった。
「誰よ」
振り返ったカリメルラは部屋の中に勝手に入ってきた男を睨みつけた。
男は先ほど投げて、転がった櫛を拾い、メイドに手渡した。
「随分と楽しそうじゃないか」
「こ、これは‥‥失礼を致しました」
カリメルラは慌ててカーテシーを取った。まだ背中のホックを留めておらず無理に屈んだ肩からドレスの肩口が抜けかかる。
部屋を訪れたのは国王レオポルドだった。
萎縮する侍女やメイドに「気軽に」声をかけて気を解すと、カリメルラにカーテシーを解いて楽にするようにと声をかけた。
カリメルラがドレッサーの鏡を背に椅子に座れば、レオポルドは先ほど櫛が当たったテーブルにある椅子を引き、腰を下ろすと長い足を組んでカリメルラに笑いかけた。
カリメルラの背が移る鏡に自分が映っているのを見て微笑んだ。
「こんな時間に申し訳ないね。だがこんな言葉があるんだ」
「なんで御座いましょう」
「善は急げ‥‥って知ってるかな?」
「善は??…申し訳ございません。存じません」
カリメルラの返しにレオポルドは顔が歪んだ。だが、鏡に映る己の顔に気が付き、仮面をかぶり直す。
「そうか。意味はね。良い事は直ぐに、躊躇わずにやりなさいと言う意味なんだが、君に早く伝えようと思ってね」
ニコニコと笑みを絶やさずにレオポルドはカリメルラに優しく諭すように話す。
レオポルドが足を組みかえた。
「もうすぐここの城にファッジン辺境伯がやって来る」
「ファッジン??どなたですか?」
「さっき言ったよね?辺境伯」
「しっ失礼しました…」
「その男‥‥君がここに来た頃に辺境伯となった男なのだがね。そうそう以前に公爵家にいた男を知っているか?」
公爵家と聞いてカリメルラの体が小さく跳ねた。
うっかりとアベラルドにジゼルの本当の父親の事を話をしてしまったのを聞かれただろうか。それとも何日か前に侍女に代筆をしてもらい、エドガルドに託した手紙を読まれてしまったのだろうか。
もし、目の前の国王がジゼルの出自を知ってしまっていたら。
カリメルラの顔色は蒼白になった。
だが、レオポルドはそんなカリメルラに優しく説くように言葉を続けた。
「公爵家にいた男は…何でも人探しをすると出かけて‥‥心当たりがあるんじゃないか?」
カリメルラの心臓が張り裂けそうなくらいに鼓動を早める。
同時に「死んだはずでは?」と疑念も生まれる。
カリメルラの頭の中はもうジージルの思いでいっぱいになる。ジージルは生きているのか?いや、そうあってほしい…そう、ジージルは生きている。辺境伯となって自分を探して城までやってくる。
頭の中でどんどん変換をされていく。
レオポルドの罠だとは知らず、カリメルラは一歩一歩、自らその罠に絡まっていった。
言葉を切り、レオポルドはカリメルラに2つの事を言っただけだ。
1つはファッジン辺境伯、ヴァレリオが城に来ると言う事。
もう1つは公爵家にいた男を知っているかと言う事。
その2つの話の男が同一人物だとは一言もいっていない。
話の切りかえを利用してカリメルラの錯誤を狙ったのだ。
「私の知っている人です。絶対にその人に会わなきゃいけない…お願いです。会わせて。会わせてください」
「知ってるのか?やはり善は急げというだけある。ここに来てよかった」
「はい、私も…こんな嬉しい知らせはありませんっ」
カリメルラは満面の笑みになり、レオポルドに深く頭を下げた。
「連絡をするから、その時は身支度を整えて是非、彼を持て成してやって欲しい」
「わ、私‥‥」
「君でなければ出来ないし、彼もそれを望んでいるだろう」
レオポルドが退室してからのカリメルラは非常に機嫌が良かった。
直ぐにメイドを呼び、湯あみがしたいと告げて鼻歌を歌いながら部屋の中をクルクルと回る。
ぐずったジゼルを抱き、頬ずりをする。
終日、機嫌のよいカリメルラに使用人は「流石は国王陛下」だと噂した。
そんなカリメルラを見ていた一人の侍女はそっと第二王子妃の宮から抜け出した。
☆★☆
「まもなく辺境伯一行が登城します。妃殿下を使い何かを仕掛けるようです」
「判った。ありがとう。君はもう宮に戻らない方がいい。顔が知られているからね」
「ですが!」
「大丈夫。あとは私とアベラルド殿下が後始末をする」
「カルロ様。まだ伯爵家の間者はカルロ様を探しています。危険です」
「私もその伯爵家の人間なんだ。表の裏を知っているからまだ息をしてるんだ」
「無理をされないでください。我々は何時でも」
カリメルラの様子を潜入させた侍女から聞いたカルロは身支度をはじめた。
実家からも狙われる身となり、潜伏した先は王城の中である。
下手に市井に出れば、市井にも伯爵家の息がかかった一般の民のなりをした間者は多い。
かと言って伯爵家の屋敷は自分以上に家族が構造を理解していて逃げきれない。
アベラルドの元から消えた風を装って、王城内に潜伏した方が安全なのだ。
何より、潜伏している部屋は国王レオポルドが万が一のために身を顰めるシェルター。気の置けないものだけを使って最小限の動きで動向を知る。
「アベラルド殿下の元にこれを。何時ものように掃除をする振りをして渡してくれ」
「承知致しました」
「マリエルは元気か?そろそろ腹の子も動きが解る頃だろう?」
「順調と。悪阻で食べられなかった分、食べてしまうので食欲を抑えるのに苦労されていると」
「そうか。元気そうで何よりだ」
「伝えますか?」
「何を」
「旦那様が無事だと言う事を」
「いや、何も動きがない方がマリエルは落ち着いていられるだろうから不要だ」
アベラルドに渡して貰う手紙には、2日後の深夜部屋に行くと認めた。
――早ければ…辺境伯の到着と重なるな――
カルロにはもう打つ手は無いに等しい。一介の伯爵子息なのだ。
城の動きを観察している中で、自分がまだ廃嫡されていない事に父の動きも読めなかった。
レオポルドの前国王への暗殺未遂は証拠も揃っている。名を騙り鉛を手に入れたのもエドガルドだと突き止め、その鉛が前国王の部屋で使われている事も掴んだ。
前国王が小康状態となったのは息のかかった者に、ランプを全て交換させたからだ。
辺境伯がこちらについてくれれば、その場でレオポルドを断罪できる。しかし辺境伯の動向が読めない以上、勝算は未知数。前国王がまだ生きているうちにレオポルドの罪を白日の下に晒し、アベラルドに即位をしてもらわねばならない。
カルロはヴァレリオがアベラルドに確執がない事を祈るしかなかった。
★☆第参拾漆話 ヴァレリオVSアベラルド一触即発??☆★
ファミル王国の王都は活気に満ち溢れていた。
明らかに場違いななりをしたファッジン辺境伯一行の7人だが彼らを振り返るものは誰もいない。馬車から降りもしない貴族もいれば、昼間から娼婦のような女性をぶら下げた男、物乞いをする女、最先端の装いで闊歩する者もいれば、襤褸を纏い素足でゴミを拾い歩く者もいる。
戦勝国とは言え、大通りは例えるなら闇鍋状態だ。
クマやシカの毛皮で作った防寒着を兼ねた外套は街外れの預かり所に置いており、7人は旧ハルメル王国から支給された隊服を身に纏っている。
自国の隊服でない事は一目でわかっても、一般庶民は着の身着のままの者が多いのか、古着を着回すため似たような隊服も出回っていて珍しいものではないのかも知れない。
誰も振り返りもしなかったが、流石に王城の表門では兵士に制止された。
「お前達、ここから先は立ち入り禁止だ」
あっという間に数人の兵士が集まってきて、長槍を交差させて一行を通すまじと身を盾に遮った。
「我々は、ファミル王国の国王レオポルド陛下の呼び出しに応じて参った。名をバルトロ・ファッジン、こちらは現辺境伯となったヴァレリオ・ファッジン。他の5名は私の腹心の部下。確認をして頂きたい」
ファッジンという名に、憧れを抱く兵士がわらわらと集まって来る。
その中の数名は、バルトロやヴァレリオの顔を見知っていたようで、涙を流し恍惚とした表情で祈るかのように目の前に膝をついた。
「死ぬまでに一度でいいのでご尊顔をと願っておりました」
――やめてくれ。俺、まだ死んでねぇ――
一番人気はバルトロだったが、確認をするまでもない。兵士たちは「英雄」は嘘を吐かないとバルトロ達を通した。
「こんなユルユルでいいんですかね?」
「これが平和ボケというのか、戦勝国の余裕ってやつじゃないか」
案内をされたのは良いのだが、通された部屋に一同はそれぞれを見やった。
余りにも見合わない、薄汚れた服装に声をあげ大口を開けて大笑いした。
到着の日を知らせておらず、当日はレオポルドの時間が取れないと部屋で寛いでいた時の事だった。
知らない場所は例え王宮であろうと気が休まる場ではない。
バルトロに与えられた部屋に7人は集まり、兵士達からの「差し入れ」のワインのコルクを抜いた。
「メッチャ良い酒なんじゃないか?」
「飲む前に…」
ごそごそと全員が胸ポケットなどから「毒味草」の葉を取り出した。
植物の毒、キノコなど菌類の毒、魚類の毒、爬虫類の毒等であれば葉の色が変わる。一度使っても反応が無ければ別の液体に浸せばまた使える「毒味草」を7人は差し入れられたワインを少し垂らして確認をした。
「毒なしだな」
「やった!いっただっきマスッ」
グラスなどに注ぐような洒落た場ではない。ワインのボトルをそれぞれ口に咥える。つまみにと辺境から持ってきたチーズや干し肉を齧っているとかすかに音が聞こえた。
カタン…カタタン…
「・・・・・」
お互いが顔を見合わせ、ボトルを口から放すと剣に手をかけた。
7人が静かになれば音もしなくなる。ヴァレリオは立ち上がり周囲を見回した。
じいぃッと右から左、振り向いて右から左。ゆっくりと神経を研ぎ澄ませカチャリと剣を握り直すと続きの間、同行の部下の1人があてがわれた部屋に通じる扉の横の壁の前に立った。
壁を撫でるように手のひらで感触を確かめつつ、指先でコツコツと壁を叩いた。
「ここだな。出て来いよ。出てこないなら串刺しゲームの始まりだ」
ヴァレリオの声にしばしの間、部屋が静まり返った。
剣を鞘からはずす留め具のパチンと言う音が聞こえると、静かに壁が動いた。
ゴロロロ…。
引き戸になっていた壁に人ひとりが通れる空間が現れた。
そこにいたのはカルロ。そしてカルロの後ろにアベラルドだった。
カルロは敵意はないと両手を軽く上げ、一歩前に出て部屋の中に入った。
続いてアベラルドも両手を上げ、部屋の中に入る。
静かにカルロはその場に片膝をついた。
「夜分、このような場より宴に水を差した事、お詫び申し上げます。ファッジン辺境伯。バルトロ殿、ヴァレリオ殿。そしてバルトロ殿の直属将官殿とお見受けする。私は隣に居るアベラルド第二王子殿下の側近を務めさせていただいているカルロと申します」
「難しい事はどうでもいい。酒が飲みたかったのか?」
バコッ!
「痛ってぇ…何しやがんだ、くそジジィ」
「ジジィではない。先月初孫が生まれたからな。じぃじだ。それはいい。お前ちょっとこっち来い」
バルトロの部下に首の後ろを抓まれて引っ張られるヴァレリオ。
その間にカルロとアベラルドは別の部下にバルトロの向かいのソファを勧められた。
「バカなので気にしないでください。で?面倒は省略しましょう。用件は何です?」
バルトロの部下はもうソファには腰を下ろしていない。ワインを片付けテーブルの上を平らにするとバルトロの後ろに、腕を後ろに回して仁王立ちとなる。それだけで威圧感は半端なく、見えない圧力にカルロは喉が潰れたかのような掠れた声を出した。
「お心遣い感謝する。結論から申しますとこのアベラルド殿下を国王としたい。現国王レオポルドの悪行を暴き、国が正しい方向を向く手助けをお願いしたい」
「そう言われ―――『アベラルドだってぇぇ?』」
声を被せてきたヴァレリオにバルトロは「あのバカ」と呟き額を押さえた。
ズンズンと歩いてきたヴァレリオはアベラルドの隣、ソファのひじ掛けに腰を下ろす。
「って事は、スティを捨てたって王子様がアンタか」
アベラルドはその場に立ち上がり、ヴァレリオの胸ぐらを掴みあげた。
「捨てたのではない。謀られたのだ。それにスティと馴れ馴れしく俺の婚約者の名を口に――ウグッ」
今度はヴァレリオがアベラルドの胸ぐらを掴んだ手の下から逆に胸ぐらを掴みあげた。腕力の差だろうか。アベラルドは持ち上がり、つま先が床から離れる。
「俺はスティの夫だ。婚約者?寝言言ってんじゃねぇぞ、ゴラァ」
「何をっ貴様ぁ」
「このガキが!やんのか?一撃で終わらせてやんよ」
「リオ。手を離せ!話の途中だ」
「俺も話の途中なんだよ!邪魔すんなジジィ」
「リオ、もう一度言うぞ。話の途中だ」
「ケッ!はいはい、わかりましたよー」
ヴァレリオがアベラルドの胸ぐらを掴んだ手を今度は押す。
ボスンと音を立ててアベラルドの体はソファに預けられた。
また立ち上がろうとするアベラルドの手をカルロが掴み、首を横に振る。
アベラルドは、小さく舌打ちをして再度腰を下ろした。
「ステファニアの事は後でよろしいですかな?それとも先に?」
バルトロの問いにアベラルドは謝罪をした。
「お見苦しい所をお見せしました。申し訳ございません。先にカルロの話を聞いて頂けますか」
ヴァレリオを隣に引っ張り込んで座らせたバルトロは「どうぞ」と声を発した。
ヴァレリオはプイっとそっぽを向いてカルロの話に耳だけを傾けた。
★☆第参拾捌話 スティの伝言と乱入するカリメルラ☆★
「‥‥という事なのです」
ふむ。とバルトロは顎に手を当てて考え込んだ。
事前に分かっていた独自で集めた情報と頭の中で擦り合わせをする。
前国王が鉛毒で容態が芳しくない事も分っていたが、それがレオポルドによるものだと言うのは看過できない事実となる。
「国王、いや前国王はまだご存命なのか。容態は」
「芳しくありません。鉛毒の吸引期間も長く…余命いくばくかと」
「こちらの王と違い、溶かした鉛が体に入ったのではなく吸収…狡猾ですな」
「はい、槍などによる負傷の傷口に付着、食事などからの経口摂取であればもっと早く判ったかも知れませんが‥まさかランプの芯に練り込んで気化を利用していたとは思いもよらず」
「で?第二王子殿下を即位させると?」
「証拠もありますから、最善策かと」
「だが、その証拠で第二王子殿下の領地から産出の鉛が原因と判明すれば、流れはどちらに向くか。企みの始まりの時期を考えれば、元婚約者の兄も一蓮托生。何より第二王子アベラルド殿下。あなたの管理責任も問われる。そんなものを国王に推すとなれば今のレオポルド陛下を引きずり降ろすより難しいかも知れない」
バルトロの言っている意味はカルロにも解る。
そこは懸念材料だった。代官のやった事で与り知らぬと言い訳は通用しない。
責任を取るために領主がいるのだ。その領主が国王になりたい…寝言でしかなかった。
「ですから、力を貸して頂きたい。幸いにアベラルド殿下には御子がいます。正妃はどうにもなりませんがステファニア嬢を公妃とすれば、2人は婚約者時代より仲睦まじく信頼も厚かったのです。民衆の支持も得られる」
「バカ言ってんじゃねぇよ。何でそこで都合よくスティを利用するんだ?スティはやると言ったのか?本人の意思も関係なくこんな大事を勝手に決めてんじゃねぇよ」
吐き捨てるようにヴァレリオは言葉を発するとアベラルドを睨みつけた。
だが、アベラルドは鼻で笑いヴァレリオを睨み返す。
「君はファニーを判っていない。ファニーは私が困っていると言えば何でもする。私の為だけに生きる事を前提に育てられた。それがファニーの生き方でもある。君如きがファニーを代弁したところで意味がない。ファニーの意思は私の意思でもあり、私の決定に従うのはファニーには喜びでもある。私達はそうやって育ってきた。いつもお互いを気にかけてね。君とは違う。私はそんなファニーの生涯に責任を持てる唯一の男なんだ」
「馬鹿馬鹿しい。じゃ、その愛しいファニーからの伝言を教えてやるよ」
「どうそ。どうせ連れて来なかったのも君の独断だろうしそれしか方法がなかったんだろう。可哀想に」
「ハッ。何とでも言え。俺はバカだが危険を判っていて女を雪山に連れ出すようなバカとは違う。スティがお前に会う事があれば伝えてくれと言った言葉だ。ありがたく受け取れ。『わたくしの事はお気になさらずとも結構です。わたくしはわたくしの人生を生きていきます』だとよ」
「嘘を吐くな!」
「嘘じゃねぇよ!何度も反復でベル婆に練習させられたからな!」
プイっとまた顔を逸らしたヴァレリオだったが、同時に部屋の前が騒がしくなり扉が勢いよく開かれた。一同が開かれた扉に注視する中、兵士から逃げるように入って来たのはカリメルラだった。
カリメルラは、侍女達の話から辺境伯が今日、到着した事を知った。
いつ呼ばれるのだろうと部屋でレオポルドからの連絡を待っていたが一向に連絡は来なかったため、王子宮を抜け出し人の話し声がするこの部屋の扉の前で、扉に耳を当てて話を聞いてしまった。
アベラルドの声で「婚約者」と聞こえ、「夫」とくぐもった声が聞こえた。
――ジージルがいる――
そう思った時、見回りの兵士に「誰だ!何をしている」と見つかってしまった。
掴まりそうになり、扉を開けた。だが目の前に男性は数人いるもののジージルはいない。
――どこに隠したの!――
「何処なのっ!ジージルを出しなさいよ」
「何の事だ」
バルトロの部下はカリメルラを両側から掴みあげる。
カリメルラはじたばたと暴れ、「ジージルを出せ」と喚き散らした。
堪らずアベラルドは立ち上がり、バルトロの部下2人の中央にいるカリメルラについ手を上げてしまった。
パンッ!
乾いた音が部屋に響く。カリメルラは一瞬放心状態となったが、アベラルドに向かって唾を吐きかけた。
「このっ!私のジージルを返せっ!辺境伯になってんでしょ!会わせなさいよ!」
カリメルラの言葉にバルトロとヴァレリオは顔を見合わせた。
ヴァレリオにとっては「どうでもいい事」なので知らなかったが、バルトロはカリメルラが托卵でアベラルドの妃に納まっていることは知っていたが、自分たちに会わせろとはどういう事だと首を傾げた。
暴れるカリメルラの前にアベラルドの肩を掴んで押し退け、前に立ったのはヴァレリオ。
「俺が現辺境伯だが?お前、誰だ?」
「あんたじゃないわ!辺境伯を出しなさいよ!私のジージルを出しなさいよ」
「うーん…言ってる意味が解らん。今は俺が辺境伯だがひとつ前はそこのジジィだ。どっちの事を言ってるんだ」
カリメルラは半狂乱状態とも言える。口を開けて息をしてギョロギョロとした目はジージルを探すが、未だにジージルの姿は見えない。
「お騒がせ致しました。こちらで引き取ります」
カリメルラを追って入ってきた兵士はバルトロの部下から交代するようにカリメルラの腕を掴んだ。が、その兵士の目にカルロが目に入った。
伯爵家の間者でもあった兵士はカルロと目があった。
この場でカルロも捕縛すべきなのか、だがあくまでも伯爵家の内情のため公には出来ない。迷いが生じた兵士はカリメルラを掴む手の力が一瞬だけ抜けた。
「うわっ!何をするっ」
兵士の隙をついて自分の腕が捩じれるのも厭わずカリメルラは兵士の腰の剣に手をかけた。
「ジージルをかえせぇぇ!!!」
振り被る事は出来ないが、突くことは出来るとカリメルラは剣を持ちヴァレリオに向かって突進した。
ガギン!!‥‥ガッ…ドスッ…ビィィイン。ガシャン(パリン)
ヴァレリオに弾かれた剣は壁に突き刺さり細かく振動した。
壁に当たる直前「避難」させたワインが床に落ちて割れた。
「危ねぇっ。その剣は突き用じゃねぇだろぅが!」
――そこか!今、そこか! @バルトロの部下一同――
「なんでよぉぉ!!なんでっ!」
叫ぶカリメルラは再度兵士に取り押えられ、今度は手枷を嵌められた。
兵士はカリメルラではなく、アベラルドに向かって告げた。
「殿下、これは問題ですよ。陛下の客人に妃殿下の愚行。責任問題はさることながらその進退についてもよく考慮頂きたい」
しかし、騒ぎになってしまった事により、ヴァレリオがいい加減腹を空かせてるのに、まだ一口しか飲んでいないワインが割れてしまったと叫んだ。
――連れてくるんじゃなかった――
バルトロはじめ、部下5人はグリグリと指の痕が残るくらい額を押した。
そんな中、騒ぎを聞きつけた国王レオポルドが従者を連れて部屋を訪れた。
★☆第参拾玖話 ヴァレリオの妻への想い☆★
「本当にそれで悔いもなく、心に思う事もないのか?」
「あるかも知れない。でもいいんです。わたくしが決めた事だから」
「俺の妻は危険が多いぞ?」
「良いと言ってるでしょう?もう!しつこい!」
ヴァレリオとステファニアは辺境の屋敷から少し離れた所にある小さな教会で結婚式を挙げた。ステンドグラスの向こうには静かに雪が降る。参列者は屋敷の使用人と兵士達。
立会人としてバルトロとベルタ。
ヴァレリオとステファニアは愛を誓い、その夜、本当の夫婦になった。
レオポルドから申し渡された縁であっても、ヴァレリオの存在はステファニアに大きな希望を与えた。
ステファニア自身がヴァレリオを望み、ヴァレリオはその気持ちを受け入れた。
ヴァレリオ自身も、懸命に生きて行こうとするステファニアを望み、その気持ちを受け入れた。
☆★☆
どちらかと言えばヴァレリオの方が悩んだ時間は長かったかも知れない。
ヴァレリオは両親を目の前で殺されたという過去を持つ。
両親の命を奪ったのはステファニアの母国であるファミル王国の兵士だった。
ヴァレリオが生まれる前に開戦となった戦は、ヴァレリオの大切な人と毎日別れの連続だった。姉代わりだった村娘も、兄代わりだった農夫も、剣の持ち方を教えてくれた老兵も馬の乗り方、酒の飲み方、女性の口説き方を教えてくれた兵士も数回目には物言わぬ亡骸となってしまった。
ヴァレリオは自分の部隊を任された時、死者、負傷者は一人も出さない覚悟で敵と対峙してきた。夜襲や奇襲は行わずに常に正攻法でバカ正直に敵を迎え撃ってきた。
しかし、王家からの金銭のみならず物資も人も供給は途絶える中での戦は人の心を壊す残極な場だった。誰一人失わないよう剣を振るってきたが、部隊を任された時に120人いた部下は、終わってみれば50名足らず。
ハルメル王国が戦に負けた時、降伏したと言う知らせを受ける2刻ほど前までヴァレリオは敵と対峙していた。「降伏しました」との知らせに暫く伝令兵が何を言っているのか判らなかった。
あと数刻早ければ、明け方だったら、夜のうちだったら…。
心臓が拍動を止めた兵士はいなかったかも知れないと思うとやり切れず、酒がないと眠れない日が続いた。
国が無くなるかと思いきや管理下に置かれた状態で国が存続した。
小躍りする貴族や王太子レアンドロに吐き気がした。
ステファニアという令嬢が王太子レアンドロの妃として嫁がされると聞いて、ヴァレリオは幾らなんでも突っぱねるだろうと思った。敗戦国だからと言ってもレアンドロもここまで馬鹿にされて黙ってはいないはずだ。
反旗を翻し、本当に最期になるかも知れないがファミル王国に攻め入ると思ったのだ。
「殿下、こんな人を食ったような申し出は跳ね付けるべきです。ハルメルをどれだけバカにしてるんだ!」
ヴァレリオだけでなく、半数の貴族は猛反発したのだが、レアンドロは受け入れた。
理由は簡単だった。
「女一人受け入れるだけで再建の金が支給される」
憤慨したヴァレリオはバルトロを残し辺境領に戻った。
辺境にもたらされた報告では半年分の支給額はそれまでのハルメルの1年分の国家予算に匹敵する。辺境の兵士ももろ手を挙げて受け入れることは出来ないけれど、生きていくには金が必要。
辺境を守る兵士にも武具は必要だった。なまくらとなった剣、戸板の方がまだ使える盾、負傷した兵も馬も治療には薬を買う金が必要だった。
働き手を兵に取られ、家族の数が減った家庭も多かった。
女性の働く場も必要だったし、男性より力のない女性が田畑を耕すには農機具も必要だった。雪が降れば腰の曲がった年寄りも駆り出して雪かきをせねば雪の重みで屋根が落ちる。
何をするにも生きていくために金が必要だったのだ。
その支給される金で国が立て直せると誰もが思った。
だが、生活は少しましになっただけでほとんど変わらなかった。
レアンドロが愛人に貢いでいたからだ。
しかしそれを知っているのは一部の者だけで、多くの者は嫁いできた王太子妃の散財が原因だと言った。
当初王城に住まいのあった王太子妃。王城には毎日のように商売人が訪れ、どうだと示した物を言い値で買っていくとほくほく顔だった。
離宮に移っても、レアンドロは「品は盗難や火事の危険性を考えて王城に」と言った。
王太子妃が夕食に招かれて王城に出向くのは、納品された品を確かめに行くためだと噂された。夕食の時間が国王の体調により遅い時間になれば泊まりになる。
王太子妃はそれを狙って、夜な夜な酒場に男を漁り、賭博に興じるためお忍びで出かけるとも言われた。
そんな王太子妃が自分に下賜されると聞き、ヴァレリオはバルトロと大喧嘩をしたのだ。最初は殴り合いだったが興奮したヴァレリオは剣を持ち、バルトロも剣を握った。
慌てて部下たちが止めたが、「親子喧嘩」と放っておけば今頃2人は神の前で説教をされていただろう。
バルトロは「自分の目で確かめろ」とヴァレリオに言った。
それまでも、敵を侮るな、兵隊がどれだけいるのか自分の目で確かめろと言われていたが、ヴァレリオは「どうでもいい」王太子妃の事もだが、何よりレアンドロの気概の無さに憤慨をしていて自分の目で確かめる事を怠っていた。
なので、王城に迎えに行ったのだ。
そこにいたのは物言わぬステファニア。
静かなのはどこか諦めているよう。静かなのにどこか諦めがつかず藻掻いているようにも見えた。
立派な馬を見せたら目の色を変えるのでは?敗戦したとは言え功績のある自分の妻になるのだと思えば、高飛車な態度になると思ったが、全く違った。興味さえ示してくれなかった。
荷物が少ないと侍女が文句を言っていた。あれだけ散財して物を買えば惜しいのだろうと思ったら、自国から持ってきた家具だと言う。ヴァレリオは首を傾げた。
家具は嵩張る。なので領地で買えば良いと言ったのだ。
ヴァレリオは長い馬車旅でボロが出るだろうと考えた。だから敢えて豪奢な馬車にしたのだ。こんな豪奢な馬車でも文句を言うなら街道に放り棄ててやろうと思った。だがそれも違った。文句どころか礼を言うし、自分たちがこんな馬車で寝るわけにはいかないと外で寝ると言い出す始末。
「やはりお嬢さんにはちゃんとした食事を出したほうがいいだろう」
そういう兵士たちに【自分たちと同じで】と指示を出した。
こんなもの食べられないと文句を言ってくるかと思えば、小さな口で骨付き肉に齧りついた。
――嘘だろ…なんだこの女――
着ているドレスも、着替えの服も輿入れの時に持ってきたもので質は良いが明らかにハルメルの物とは違う。
――聞いた話と違うぞ。なんかこの女、変だ――
文句を言わないどころか、不便しかない馬車旅を楽しむステファニアを観察するのが楽しくなってきた。
領地について早々に崖を上れと言ったのは賭けでもあった。
普通の令嬢なら怒って無理やりでも馬車を出しファミルに帰ると泣き喚くだろう。しかし辺境伯に嫁いだというのを真面目に受け取り考えたのなら登れないにしろ何か別の代替え案で自分を認めろと言い出すと思ったのだ。
だがどちらも、違った。
崖を上るが、今は無理なので待ってくれと身振り手振りで必死に訴える。
毎日、バルトロの執務を教えて貰う傍ら、空いた時間で崖にしがみつく。
使用人を顎で使う事もなく、買い物もしない。
庭に咲く花を、蕾を見つければ楽しそうに眺め、庭師と一緒に草を毟る。食事も美味しそうに感謝しながら全てを食べきる。いつしかステファニアの崖上りに率先して付き添うようになった。
ヴァレリオはステファニアが崖上りをしている間、バルトロに言われた事があった。
「あの子は人形なんだよ。怪我をすれば血を流す人形。今まで自分の意思で何かをする事はおろか、考える事も悪だと叩きこまれ、第二王子の為だけに存在すればいいとされた人形なんだ。泣く事すら許されないなんておかしいだろう。それまでの人生を否定されて声すら失うなんてなんと惨い事か」
「そんなの自分で嫌だと言えばいいだろう?辛いなら逃げるとかすればいいだけだ。自業自得だよ」
「嫌だと思う、辛いと思う。その感情すら持つことを許されなかった。いや、そういうものがあっても抑え込めという育ち方をしているんだ。自由に出来る者は『やればいい』という。だが出来ない者はどうしたらいいだろうね」
「そんなの生まれたばかりの赤子じゃないか」
「リオ、赤子は腹が減ったと泣く、尻が濡れたと泣く。あの子はそれも許されなかった子だよ。ここで人形から人間にしてあげようじゃないか。怪我をすれば痛い、旨いものを食べれば美味しい、冷たい、温かい、楽しい、悲しい。自由に表現できるようにしてあげようじゃないか」
崖上りの挑戦を始めて2カ月半。先に上がったヴァレリオは、頂上の岩に手がかかったステファニアの手を引き上げた。その手は細く、引き上げた体は羽根のように軽かった。
「‥‥った…ハァハァ…上がれ‥た…はぁはぁ…」
息を切らせて、まだ立ち上がれないステファニアに屋敷の屋根しか見えないけれどヴァレリオはいつもより高い位置で辺境の地を見て欲しくなった。
「わぁぁ~。本当だわ。色が違う板が見えますっ」
ステファニアの髪が吹いてきた風にたなびいた。
――綺麗だな――
額から流れる汗も太陽の光に映えてヴァレリオには宝石に見えた。
ふと思えば声が出ている事に気が付いた。
☆★☆
結婚式を挙げた夜。
ホットワインで手を温めながら微笑みあって向かいあう。
ヴァレリオはステファニアに過去を問うた。ステファニアは「アベラルドに思いはない」と言ったが、ヴァレリオには小さな嫉妬心からつい、問うてしまったのだ。
ステファニアはアベラルドの事は一言も悪態を吐かなかったし悪くは言わなかった。むしろ努力をして周りの空気を読み、一歩引いて動向を見ている人間だと言った。
「自分の力を過信はしないけれど、周りをよく使う人ね」
「自分で動けば楽なのにな」
「今思えばそうなんだけど、あの時は王族だからそういうものかと。それが良いとか悪いとかはわたくしが口を出してよい事ではないし、考えてはいけないことだったから」
「もし、戻って来いと言ったらどうする」
「ヴァリは戻って欲しい?…なぁんて。戻る気はないわね。彼に会う事があれば伝えて欲しいの」
「なんて?」
「きっと彼は自分が責任を取らないと、とか、彼がいないとわたくしは息も出来ないくらいの事は言うと思うの。わたくしの事はお気になさらずとも結構です。わたくしはわたくしの人生を生きると。」
「本当にそれでいいのか?」
「えぇ。彼は自分の子ではないとカリメルラ様に言われたかどうかは分からないけれど認めている。わたくしには散々行動に責任を持てと言ってたのよ?なら認めたと言う事がどういう事なのか自分自身が解ってると言う事。それに…ふふっ。わたくし欲張りになったから夫を他人とわけあう気なんてないの」
少しだけ意地悪な顔つきになったステファニアはヴァレリオの頬をキュっと抓った。
「他の女なんか見る事もないから安心しろ」
ファミル王国にステファニアのお使いのついでに国王への謁見に出立する5日前の事だった。
――スティ。可愛かったなぁ――
――なのに!こいつらなんなんだ!――
アベラルドにもカリメルラにも腹が立った所に、ワインまで割れて腸はグルグルと煮えくり返りそうだ。そこに「遅ればせながら参上」と言わんばかりに現れたレオポルド。
ヴァレリオは怒りで脳みそが沸騰しそうだった。
★☆第肆拾話 テレーザの慟哭☆★
一同が現れた男を注視する。
「何の騒ぎだ」
誰にともなく問うたのは国王レオポルドだった。斜め後ろにエドガルドの姿もある。
騒ぎを聞きつけたと言うよりも、その落ち着きぶりは騒ぎが起こるだろう事を予測していたかにも見える。
そもそもで、貴賓室なのだから厳重な警備があるのが常。
例えその部屋に滞在するのが、武将と名高い者達であってもだ。
だが、カリメルラが見回りの兵に追われたとは言っても入室出来たのは扉の前に兵はいなかったと言う事。
平和な世の中だから、王城の中だからと言われればそれまでだが、バルトロを始めとしてファッジン辺境領からの一行には「お粗末」としか映らなかった。
「第二王子妃殿下が、ファッジン辺境伯殿に斬りかかろうとしましたので、取り押えた次第で御座います」
「違うだろ!」
レオポルドに説明をする兵士の言葉をヴァレリオが否定した。
「報告は正確に!だ。その女を取り押さえたのはこちらが先だ。引き渡そうとしたが今、右腕を掴んでいる兵士の注意がそれ、女がその隙に剣を奪って俺を刺そうとした。で、今に至る。これが正解だ」
「まことか?」
「グッ…はい」
レオポルドの確認に兵士は項垂れ、間違いを認めた。
悔しいのか兵士の拳は握られたまま、小刻みに震えている。国王の前で間違いを指摘されたのが腹立たしいのかとヴァレリオは推測した。
しかし、戦地の経験の長いヴァレリオは功績欲しさに他人の功績をさも己の物かのように報告する者を多く見てきた。その場にいたものしか分からない情報はトンビが油揚げを掻っ攫うような真似をする者には「抜け」が出る。それは部隊の全滅すら呼んでしまうため、禁じられている事だ。
レオポルドはニヤリと口角を上げた。
その目は弟のアベラルドに向けられている。
ヴァレリオたちはレオポルドの次の言葉に驚愕した。
「この兵士の舌を切り落せ。それから…伯は私の客人だ。この不始末、アベラルド、お前は責任を取り、先ず妻を今、この場で粛清しその血で詫びの深さを見せてみよ」
レオポルドの言葉に1人の兵士がアベラルドに帯剣していた剣を跪いて両手で持ち上げ差し出した。
ゴクリとアベラルドの喉仏が大きく動いた。
カリメルラもハッと顔を上げる。その表情から読み取れるのは「疑問」だった。喚くため猿轡をされている。声が出ればなんと叫んだだろうか。
「お待ちくださいませ。陛下!」
アベラルドを庇うようにその身を盾にしたのはカルロだった。
背にアベラルドを隠したままで、自身の帯剣していた剣のベルトを腰から外し、鞘の付いたまま片手で剣の中ほどを握って前に突き出した。
「その役目は私が。殿下が…王族がその手を血に染める事はあってはなりません。ましてここは王城に御座います。その役目は私に御下命くださいませ」
ククッとレオポルドの鼻から抜けるような笑い声が小さく聞こえる。
すぐに溜息のような息をレオポルドが吐いた。
「私は、妻の愚行の責任は夫にと言ったのだ。カルロ‥‥しばらく見ぬうちに耳まで呆けたか?」
カルロはレオポルドの言葉に突き出した剣を下げた。
「ヴヴヴゥー!!」
両腕を押さえていた兵士の顔に手枷の枠を叩きつけたカリメルラがレオポルドの元に走り寄ってきた。聞き取れない声は喉の奥から絞り出すような咆哮にも聞こえる。
ドゴッ!! ガタタタッ・・ドザッ。
「陛下、お怪我は」
「大丈夫だ。この部屋の羽虫はまるでイノシシだな」
「直ぐに始末を」
「アベラルド。何度も言わせるな。片付けるのはお前だ」
カリメルラはレオポルドの前に出ようとしたものの、回り込んだエドガルドに思い切り蹴り飛ばされ、バルトロの足元に転がってしまった。
「おやおや、女性を足蹴に…」
カリメルラをバルトロの部下の1人が抱き起した。
「ンググウッグウ!!」
「お嬢さん、少し黙っていてくれるかな?眠っている間に何も言えずに終わるのは悔しかろう?」
「グホ??」
カリメルラはバルトロを見て目を丸くした。
バルトロは立ち上がると、ソファの向かいにいるアベラルドから順に入り口前にいるレオポルドまでゆっくりと顔を動かしながら見た。
「陛下。何の余興か存じませんが何点か申し上げる」
「ファッジン、聞こう。なんだろうか」
バルトロの言葉に部下達は放っていた威圧を消した。カルロと数人の兵士は背筋が寒くなった。間諜も行うカルロたちはその威圧の消し方がまるで気配を消し、気が付けば背後で喉元に剣を当てる間者と同じだったからだ。
気が付いているだろうかとアベラルドを見る。おそらく全く気が付いていないだろう。先程まで向かいにいると判っているのに喉にある空気が圧縮されたかと思う威圧感が今度は気配すら全く無になっている事を。
何より、5人いたはずの部下が今は2人しかいない。
3人の姿は見えず気配もない。
ゾクゾクとした言い知れない快感に襲われるカルロをバルトロがチラリと見た。
カルロはピン!と針で刺された痛みを頭のてっぺんに感じた。
カルロたちにしか分からない「達した感」にバルトロは気が付いたのだろう。
静かに視線を逸らせた。
「陛下、まず女囚とて我々は足蹴にする事はない。女子供、抵抗できない者に無体をする事は許されません」
「耳が痛いな。だが、時と場合による。身の危険を感じればそれも致し方なかろう」
「ほぅ。さようで。では次に客人と言いながらこの部屋の惨状。そして先触れのない来訪者。これはどうお考えになる」
「部屋については整えた部屋を直ぐに用意しよう。これは不可抗力と言うものだ。そして来訪者だが分を弁えぬ痴れ者。こちらでじっくりと取り調べた上で然るべき処罰を与える事を約束しよう」
「然るべき処罰。それは妻の罪を夫も負うと考えてよろしいか」
「無論。夫婦、兄弟姉妹、そして親子。誰かの責は負って当然だ」
「ならば、陛下も同様に罪を償いなさいませ」
「なんだと?」
不敵な笑いを浮かべるバルトロにレオポルドは眉をピクリと動かした。
エドガルドが視界を遮らない程度にレオポルドの盾になった。
「ご自身の父、前国王に鉛を吸引させ葬り去ろうとした罪。それは陛下と誰が負うのです?」
バルトロの言葉にレオポルドを守っていた兵士が騒めきだした。
前国王が床に伏せてもう長い事、余命幾ばくもない事はその場にいる者で知らぬ者はいない。レオポルドがアベラルドに妻のカリメルラの罪を償えと言うのであれば、例え国王であろうとその言葉を発する以上、罪があるのなら同様に、いやそれ以上に償う必要があるだろう。
「何を…何を言い出すかと思えば、伯の余興は笑えぬでいかんな」
レオポルドは誤魔化し気味にバルトロに返す。表情から余裕が消えた。
「余興ではない。ここにいる第二王子アベラルド殿下、そして部下のカルロ殿も証拠はあると言っているが…」
「そんなもの、何とでも捏造できる。弟は王位を継げなかった事を妬んでいるからな」
「継承は与り知らぬ事だが、何故私が長く辺境伯として生きながらえたか。その程度の証拠はこちらも掴んである。何の土産もなく丸腰で登城する腑抜けと思われましたか」
バルトロはクイっと口角を上げた。
実のところ二の句は賭けだ。バルトロはレオポルドの毒殺計画をさっき知ったのだ。証拠など一つとして持ってはいない。はったりにレオポルドがどう出るか。
「グッ…だ、だが…父上は…」
はくはくと口は動くが、出てくる言葉が少なくなり、声から覇気が消えた。
「陛下…本当なんですか…」
兵士の1人がポツリ小さく呟いた。蚊の鳴くような小さな声だが静まり返った室内には反響するようだった。レオポルドは返事を返せない。それが答えだった。兵士のざわめきがより大きくなった。
「この国には決まりがあるんだろう?」
突然声をあげたのはヴァレリオ。
誰もがその声にびくりと体を震わせた。
「自分の行動には責任を持て。そういう決まりがあるんだろう?」
ヴァレリオの言葉に返事を返す者はいない。
今、この場で声を出す事の危うさを察したからだ。
「脆いな」小さくバルトロは呟くと、蒼白になったレオポルドを見やった。
「まぁ、私達は兄弟喧嘩に興味はない。進退をどうするかは新参者の田舎貴族ゆえ1票は無効で構わないから好きに決めてくれていい。それから女性の扱いは慎重に。明日の謁見は中止でよろしいな?我々も領地で待つ家族に土産を買う時間が欲しいのでね」
「アグッ…グフゥゥ‥」
バルトロの言葉が終わるや否や、ズサリと膝から崩れ落ちそのまま前のめりに体を倒したのはレオポルドだった。床を赤い染みがあっという間に模様を描いていく。
皆と逆、1人背を向けていた男はエドガルド。その手には短剣が握られて赤い雫が床に落ちる。何事が起こったのかわからず動きが止まった兵士が一斉に飛び掛かった。
アベラルドも何が起きたのかわからず、数名の兵士に潰されるように取り押さえられているエドガルドをただ見ていた。
「何やってんだよ!おいっ!止血!布を持ってこい!」
ヴァレリオが叫んだ。
レオポルドの体を抱きかかえるように起こすがレオポルドは即死だと判断できた。
「くっそ…なんでこんな…悪い事して謝りもしてねぇだろ!こいつに謝らせないといけない事があるだろうがよ!お前も!こいつは兄貴じゃねぇのかよ!なんで突っ立ってんだよ!」
アベラルドに向かってヴァレリオは噛みつく勢いで怒鳴った。
アベラルドは立ち上がったものの力なくまたソファにドサッと音を立てて座り込んだ。
放心状態の顔は笑いもしていないが涙も出ていない。
捕縛されたエドガルドは呟いた。
「王は清いままで天に召されねばならない。何事も語ってはならないんだ」
真夜中の騒ぎに、誰かが知らせに走ったのだろう。
程なくして王妃テレーザが髪を振り乱し、寝間着姿で現れた。
走って来る最中に何度も転んだのだろうか。汚れの中に血の赤い色も見える。人目も憚らずテレーザはヴァレリオに抱きかかえられたレオポルドを見て悲鳴を上げた。
「いやぁっ!レオっ…レオ…いやよ!目を開けて!誰か!侍医を!誰か助けて!レオポルドを助けてぇぇ」
ヴァレリオから引っ手繰るようにレオポルドの頭部を抱いてテレーザは泣きじゃくりながら何度も何度も名を呼んだ。頬を叩き、頬を合わせ、頬を撫でて何度も名を呼ぶ。
「アーハッハッハ、ざまぁみろだわ!私に嘘を吐くからよ!こいつも!私をこんな所に留め置くからいけないのよ!みんな罪人!裁かれて死んでしまえばいい!」
転んだ拍子に口に嵌められた猿轡が弛み、やっと取れたカリメルラは、ヒィヒィと腹を抱えて笑い始めた。テレーザはヴァレリオにレオポルドを預けると飛び掛かって馬乗りになり、何度も頬を打った。
「ギャーハッハ。死んでやがる。自業自――」
「黙れぇっ!!黙れっ!黙れ!」
女性の、しかも王妃の体に触れてよいものか長く悩んだ兵士に引き剥がされるまでテレーザはカリメルラを張り続けた。テレーザの手は爪が折れ、血塗れだったがどちらの血かも判らない。
兵士に両脇を抱きかかえられるとテレーザはアベラルドを睨みつけた。
「貴方がこんな…こんな疫病神の女を引き入れるから…許さない。貴方達は絶対に許さない。レオポルドを返して!私のレオポルドを返してよぉぉ…うあぁぁぁっ」
兵士がテレーザを連れて出ていく。部屋を出てもテレーザの慟哭は王城に響くように長く聞こえた。その後を兵士がレオポルドの亡骸を丁寧に担架に乗せて運んでいく。そしてカリメルラは小さく口で息をする状態だったが連行されていった。バルトロとヴァレリオは部下2人と共に静かに見送った。
アベラルドは未だに放心状態でカルロもその隣に無言で立ったままだった。
★☆第肆拾壱話 最終話☆国王アベラルド☆★
レオポルドの葬儀は盛大に行われた。
カルロは呟いた。
――何も知らないと言うのは幸せな事かも知れない――
エドガルドはあれから黙秘を貫いていて、何も喋ろうとしない。
両親のブレント侯爵夫妻が何度か訪れたが、泣き落としでも叱責でも顔色一つ変えず、一言も発する事はなかった。
現行犯であるだけに処刑は決定しているが、前国王の鉛毒事件は当事者はもう居らず共犯者のエドガルドも貝のように口を噤んでは、自白なしの状況証拠だけとなりレオポルドの罪は民衆に公表できないままだ。
弔いの鐘の音が王都だけでなく、各地で鳴らされる。
真実を知らされていない民衆は若き国王の突然の死を悼んで祈りを捧げた。
――世の中、こんなものか…やり切れないな――
そう思いながらもカルロは王城に向かった。
あの日から2週間が経過したが、アベラルドは執務が手に付かなかった。
窓の外から見える山は真っ白だが、ステファニアのいる辺境の山は頂すら見えない。
それでも、窓の外を眺め静かに涙を流す日々が続いた。
「殿下、少し召し上がらないと…昨日もお食事をされておられませんよね。それに!なんです?この部屋の空気。こんなに臭い部屋によくいられますね」
突然部屋に入ってきた令嬢は、ベルタの娘でヴァネッサと名乗った。
アベラルドの返事など待たずに次々と窓を開け、執務机の前に腰に手を当てて立つと「要らないものはこの籠に入れる!要る物は片付ける!」命令口調にも近い言葉でアベラルドに片づけをさせた。
「カルロ…彼女はいったい何なんだ」
「ステファニア嬢の乳母ベルタの娘、ヴァネッサです。先月離縁されて戻されたそうなんですよ。仕事がないっていうので連れてきました。一応ケルソネ国の侯爵家に嫁いでたので‥母譲りで口は悪いですが一通りは出来ます」
口煩いのは母譲りとよく言われるが、ヴァネッサはステファニアとは乳姉妹。
母のベルタは怒り心頭だし、ステファニアにも悪いとは思うけれど、そこは貧乏貴族、背に腹は代えられない。働き口が決まるまで日雇いの掃除婦兼メイドとしてカルロに仕事を斡旋してもらったのだ。
「ね~。部屋が綺麗になると食事も美味しいでしょう?」
「そうだな…。この埃のソースが何とも言えない」
「え?ナフキンを被せてなかったの?…信じられないわ」
24歳だと言うが、確かに貴族令嬢にしては口が悪い。
アベラルドは久しぶりに食事をした気分になり、少し肌寒いが、入れ替えた新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
翌日、アベラルドとカリメルラは謁見の間に呼び出された。
玉座は空席のまま、隣の王妃だけが2人を待ち受けていた。
ただ、引き連れられて入ってきたアベラルドと、キョロキョロとブリジッタの手を引いて怪訝そうに王妃を見るカリメルラ。左右の壁際には貴族の当主が並ぶ。その中にブレント侯爵夫妻の姿はなかった。
前日、エドガルドと共に処刑をされたからである。
ステファニアは既にファッジン辺境伯ヴァレリオの籍に入っておりブレント侯爵家とは無関係とされた。どう足掻いても王族の籍のあるアベラルドの礼儀を欠いた訪問と、カリメルラがヴァレリオに斬りつけた事は取り返しがつかず一線を画したファッジン辺境伯ヴァレリオへの謝罪の意味も込めて、無関係としたのだ。
「久しぶりね。少し痩せたかしら。奥方はそうでもなさそうだけど」
「義姉上‥いえ、王妃殿下にはご機嫌麗しく存じ上げます」
「えぇっと…はい」
テレーザは2人の言葉を聞いて、微笑んだ。
「知っての通り現在ファミル王国は国王が不在。これは対外的にも早急に解決せねばならない問題だと認識はしているかしら」
「はい」
「ん?…あ、はい」
「良かったわ。そこまでわからなかったらどうしようかと思ったわ」
終始にこやかに話すテレーザだが、目は笑っていない。アベラルドはそれに気が付き嫌な予感がした。
「やはりね、我が夫であり国の太陽であったレオポルド前国王の母は公妃。正そうと思うのよ」
「正す…何を正すのです」
「ふふっ。次期国王は正妃様の子であるアベラルド。貴方が相応しい。このファミル王国の次の国王は貴方。王妃となる妃もいる事だし、解決する問題は1つ。似ても似つかない子よりもお励みになって『正式』な御子を一日でも早く民衆に知らしめる事を願っているわ」
「次期…いえ、待ってください。私はかねてより王位につく気はなく…」
「決定なの。お判り?」
有無を言わさぬ口調でテレーザはアベラルドに冷たく言い放つ。
アベラルドはこの「罰」の意味を察し、言葉が出なかった。
だが意味を理解せず、文面通りに受け取ったカリメルラは違った。
「って事は…許してくれたって事ですか?でも私…王妃は無理じゃないかと」
テレーザの表情が一瞬崩れた。アベラルドは「やはり」と心が痛んだ。
「許す?誰が何を許すと?」
「あの、王妃様が‥‥この人と私…取り敢えず汚い言葉を使ったのは悪かったと反省はしたのよ。でもね、あの時は仕方なかった。だって国王陛下が私にジージルが辺境伯になって迎えに来るって言ったんだもの。嘘だと判れば怒らない人がいたら見てみたいほどだし…。」
「許してなどいない。誰が許すものですか。貴方がたが国王と王妃となりこの国を統べる。それがあなた達に科す罰。アベラルドは知っているでしょう?この国の法では国王と王妃は離縁が出来ない。だから公妃という制度がある。貴方達は死ぬまで、いえ死んでも罪を償うといいわ」
ピシリと言い放つとテレーザは立ち上がり、1組の夫婦を招き入れた。
その男性を見るなり、カリメルラは走り出したがドレスの裾を踏んでしまい盛大に転んだ。
「見苦しい事、まぁいいわ。ブリジッタの両親となる夫婦よ。安心して。貴方達よりよっぽど人間らしく育ててくれるわ」
「ジージルっ!ジージルゥ!!なんなの!その女は誰なの!」
女の執念だろう。テレーザはジージルの実兄を探し出した。家系だろうか。ジージルの兄も浮気はせず妻一筋だったのだが、子が出来なかった。ブリジッタを引き取って欲しいと話を持ち掛けた時、ジージルの兄は涙を流して喜んだ。礼金など要らない。亡くなった弟の分まで可愛がると二つ返事で了承したのだ。
謁見の間で初めてブリジッタを見たジージルの兄は感涙に咽び、従者に連れられてくるブリジッタが間近にくると、夫婦でブリジッタを挟むように抱きしめた。
年齢差は2歳だが、双子かとよく間違われるくらいに似た兄弟だったジージルと兄。
カリメルラは何もかもがそっくりのジージルの兄に向って手を伸ばす。
だが、それまでのブリジッタへの育児を聞かされていたジージルの兄はカリメルラを汚物を見るような目で見据えた後、扉の方を向くとブリジッタを抱いて振り返りもせずに謁見の間から出て行った。
「どういう事なの!どうっ…なんでぇぇ!」
テレーザは、涙と鼻水塗れになったカリメルラの顔をみて、扇で口元を隠した。
「安心して、あの夫婦は城の庭師として雇ったの。子供を育てるにはちゃんとした職が必要だもの。毎日、話し掛ける事は出来ないけれど、見える範囲で仕事をする筈よ。休息日には子供の顔も見られるわ」
息の仕方も忘れてしまったカリメルラはその場に突っ伏して泣き喚いた。
これから先、ジージルにそっくりな男が毎日、部屋の周りの庭木を剪定するのだ。話しかけることは許されず、見るだけの地獄が始まる。それだけではない。
彼らが住まう庭師小屋はカリメルラの部屋からはよく見える。
食事室の窓は大きく、毎晩家族団らんの風景が見られる事だろう。
休息日には、自分ではない女性とジージルにそっくりな兄がブリジッタと共に家族らしく憩う場を見せつけられる。カリメルラは気が狂いそうだった。
「では、御機嫌よう。ファミル王国の益々の繁栄を心より祈っているわ」
テレーザは従者と共に扉の向こうに消えていった。
戴冠式もなく、通達のみで新国王が立つ。アベラルドの治世は不安材料しかなかった。
民衆がいる限り逃げ出すことは叶わない。
求心力のあったレオポルドを慕っていた臣下はアベラルドを推す派閥ではない。ステファニアとの婚約解消でアベラルドから多くの貴族が離れて行ったままだし、2年間を無駄に過ごしたアベラルドは臣下との信頼の構築もイチから始めねばならない。
――兄上のようにやってみろと言う事か――
国王と王妃である以上離縁は出来ないのも痛手だった。
四面楚歌に近い状態でカリメルラと一生添い遂げろと言う事でもあり困難が待ち受けているのは考えるまでもない。
――でも、やるしかない。自分の愚かさが招いた未来だ――
☆★7年後★☆
時折獣のような叫び声が王妃の宮の方向から聞こえるが、それももう気にする者は誰もいない。むしろその声がない日が寂しいくらいである。
「まぁまぁじゃないかしら。で、予算は組んだの?」
「議案は通した。細かい所をファッジン辺境伯と調整中だ」
「そう…あ、そうだ。これを持ってきたのよ」
テレーザが取り出したのは、古びた積み木。幼い頃にレオポルドとアベラルドが遊んでいたものだと言う。
「大事に取っていたなんて。見つけた時はびっくりしたわ」
テレーザは王太后の扱いとなり、今はレオポルドが幼少期に過ごした宮を住まいとしている。そこにはレオポルドが色んな悪戯を仕掛けた痕跡が残っている。毎日が宝箱を探すようなものだ。
テレーザがアベラルドと和解したのは3年前。業なのだろうか。レオポルドの墓が荒らされたのだ。テレーザが死後も困らないようにと公爵家を上げて大量の埋葬品を一緒に埋めたのが原因で墓荒らしに狙われた。
盗まれた品の中に鍵の付いた日記があった。アベラルドが回収しテレーザの元に戻ったのだが盗賊は鍵を壊しており中の日記が読めた。
そこに書かれていたのはテレーザの知らないレオポルドの嫉妬に塗れた裏の顔だった。
アベラルドに対しての嫉妬、妬み、憎悪…テレーザは怒り、呆れた。そしてアベラルドに謝罪をしたのだ。カリメルラに対しては同性だからだろうか。許そうという気持ちに全くなれない。
だが、アベラルドに対してはレオポルドの嫉妬に塗れた策略で嵌められてしまったのも否定はできない。今更取り返しはつかないが、テレーザはその点には謝罪をしたのだ。
「記憶がないなぁ。でも兄上はとっておいたんだな」
「きっと、貴方に関するものだからよ。とんだブラコンだわ」
クスクスと笑うテレーザに「いらっしゃってましたの?」と声をかけたのはヴァネッサだった。
大きなお腹で足元がおぼつかない。アベラルドは間もなく「本当」に父親になる。
国王となり夜会などにも出席せねばならないのにカリメルラは使い物にならない。
茶会でも貴族の夫人同士を纏める筈が、いがみ合ってあわや内戦になり掛けた事もある。周囲の勧めもありアベラルドは公妃を取った。結婚歴のある者であれば既婚者でも公妃になれるが、アベラルドはヴァネッサだけを公妃とした。
父はもういないヴァネッサだが、母はいる。アベラルドは公務に政務、執務をなんとかやりくりしファッジン辺境伯に出向いてヴァネッサの母、ベルタに公妃とする許しを得た。
3児の母となったステファニアとも面会をした。
逞しくなったステファニアに領で採れた蜂蜜の販路拡大を約束させられてしまった。
こっそりとレオポルドの日記の中に国王毒殺未遂事件の記述があった事を話した。
ステファニアは、「人に言えないものは湿布薬の貼紙にするのが丁度いい」と言った。流石に本当に湿布薬の貼紙には出来なかったが、アベラルドはヴァネッサの出産が終わり、大きな事業が終わる1年後、それを公表する予定である。テレーザにも了解は得ている。
加害者も被害者ももうこの世にはいない。だがアベラルドはその責任を取り退位。かの日は幼かった弟に玉座を譲るつもりでいる。退位後はカリメルラをどうするかでまだ検討はしているが、ファッジン辺境領の東端で代官を募集しているそうなので応募してみようと思っている。
「国王やめても、何とか養うから安心していい」
アベラルドの言葉にヴァネッサは心外だと言う顔をした。
「わたくしの事は、お気になさらずとも結構ですわ」
――女性は強いな。一生敵わない――
ヴァネッサの言葉に、アベラルドは逞しくなったステファニア思い出しヴァレリオに父親の心得を習おうと心で誓った。
Fin
執務室に響くのは、くぐもった笑い声。
その発生源は国王であり、アベラルドの兄でもあるレオポルドだった。
何を笑っていたかと言えば、従者からの報告である。
アベラルドがカリメルラの部屋を訪れ、カリメルラに馬乗りになって殴られていたと聞けば笑わずにはいられない。そして、カリメルラの所業は自分、レオポルドとの結託ではないかと疑っていた事にも笑いが抑えられない。
何よりレオポルドを愉快にさせたのは、父がいよいよ「来たるべき日」を迎えそうだという悪い知らせだった。
「どうされましたの?随分と楽しそう」
元公爵令嬢だった王妃が執務室に入ってきた。
何時だったか、レオポルドが軍事工場に視察にいった隣国で、いたく気に入り珍しく別途購入までしたお気に入りの菓子を幾つか侍女に持たせている。
「なんだ。何の用だ」
「あらあら、今日もご機嫌がよくないようですわね」
「機嫌は関係ない。何の用だ」
「用が無ければ来てはいけませんの?レオポルド様のお好きな菓子が実家に届きましたので持って参りましたの。一休みされては如何でしょう」
王妃はレオポルドと結婚してもうすぐ3年になる。
ステファニアの事は妹のように可愛がっていた。
ハルメル王国に嫁ぐ際も私費を出し家具を持たせた。
アベラルドから下の弟たちとはかなり年齢が開くのと、彼らの母となる他の公妃とは付き合いがほとんどない。レオポルドの母である公妃と、アベラルドの母である前王妃くらいは話をするがそれ以上の関りはない。
レオポルドに冷たくあしらわれても、王妃はレオポルドの事を愛していた。
★☆★
王妃の名はテレーザと言う。
テレーザは公爵家の二女でレオポルドとは3歳の時に婚約をした。
当時のレオポルドは活発な男の子で、侍女達をいつも悪戯で困らせていた。
顔合わせの茶会でも庭園から大きなバッタを手で掴み、テレーザの前に持ってきた。当然公爵夫人と公妃はその場に失神をした。
その後の茶会も事あるごとに悪戯を仕掛け、周りを困らせた。
テレーザも頭の上にカマキリを乗せられたり、菓子を作ったと言われ食べさせてもらえば泥だんごだったりと何度両親に「王宮に行きたくない」「レオポルドの婚約者を辞めたい」と頼んだ事か。
テレーザは1歳年下のアベラルドとその婚約者ステファニアの仲が羨ましかった。
アベラルドは年下のステファニアに懸命に課題を教えていた。ステファニアも自分が出来なければアベラルドも叱られてしまうと必死だった。
そんな2人はいつも一緒にいた。
かたや、レオポルドはテレーザの事は特に何も思う事がないのか、コオロギを背中に入れられて泣いて帰ってからは態度が変わった。
公爵家でテレーザの立ち位置は弱いものだった。
テレーザは二女なので、上に姉がいるのだが姉とは6歳の年の差があった。
姉とテレーザの間に2人の兄が居るが兄もレオポルドよりも年齢が上であるため、側近になるよりも大臣や次官になったほうが気が楽だと言って、テレーザがレオポルドの婚約者になったところで公爵家にはあまりメリットもなかった。
メリットはないが、姉はテレーザを虐めた。理由は嫉妬である。
年齢が6歳上だと言うだけで。年齢の合う令嬢なら妹でも問題ないと言うだけで婚約者にはなれなかった。
教育で課題が出されるたびに、問題の書かれた書面を隠したり捨てたりで答えようにもこたえる事が出来ず、テレーザは出来が悪いと言われた。
両親からは「そんな事ではゲール公爵の娘に負けてしまう」と叱られてしまう。
テレーザには逃げ場がなかった。
そんなテレーザに転機が訪れた。
前の日の夜。前髪を侍女に少し揃えてもらっている時に姉が悪戯をして額の生え際まで前髪にハサミが入ってしまったのだ。以前にも後ろ側を切られてしまったりしたことがあった。その時は誤魔化せたが前髪は誤魔化せない。
テレーザは泣いた。髪を切られてまで、どうして続けねばならないのかと。
どんなにおめかしをして着飾っても話しかけてもレオポルドの瞳にテレーザは映らない。
レオポルドはいつもどこか遠い所を見ていた。
講義が始まる前、先に入室したテレーザはずっと俯いていた。
遅れて入ってきたレオポルドに、立ち上がってカーテシーで挨拶はしたが俯いたまま。どうぜいつも話しかけても返事もしてくれないのだから、このまま過ごそうと思っていた時、レオポルドがテレーザを呼んだ。
「テレーザ」
名前を呼ばれた事は、国王を交えての晩餐などで社交辞令的に呼ぶときくらいだったので、自分の名前をレオポルドが呼んでいるとは思えなかったテレーザは両親が叱りに来たかとピクリと跳ねて動かなかった。
「テレーザ」
もう一度呼ばれ、やはり誰かが読んでいるとキョロキョロするとレオポルドがテレーザの髪を引っ張った。
「痛い…」
「なんで俯いてるんだ」
覗き込みながら聞くレオポルドにテレーザは前髪を手で隠しながら答えた。
「髪が…変なんです」
「どうして。色は先日と変わらないが」
「切り過ぎたんです…。恥ずかしくて」
「切りすぎると恥ずかしいのか?なのにどうしてそこまで切った」
理由を言えないテレーザに代わって侍女が説明をしようとするとレオポルドは言った。
「僕はテレーザに問うているんだ。君は黙ってて」
テレーザは理由を答えるしかなかった。
レオポルドは何もしてくれないだろうと思ってたが、違った。
従者にハサミを持って来るように伝え、ハサミを従者が持ってくれば適当に髪を至る所抓んで、ジャキジャキとハサミを動かした。
「これで僕の方がおかしい髪型だ。テレーザの事を笑うやつはいない」
レオポルドは父の公爵を呼び出し、テレーザの待遇を改めるように伝えた。
公爵家での待遇も変わった。
テレーザはレオポルドの言葉がとても嬉しくて忘れられなかった。
少しだけ赤い耳たぶをした少年は、庇ってくれたのだ。
気持ちの持ちようが変われば、その人を見る目が変わる。
テレーザはレオポルドが相当に努力をしているのを知った。
失敗が許されない練習なしの本番なのに、出来て当たり前の世界。
テレーザはレオポルドの隣に立って恥ずかしくない人間になろうとより努力を始めた。
レオポルドはテレーザに「しなくていい」と言ったがテレーザは「私がやりたいからやっている」と返し、「勝手にしろ」と許しを得た。
そんなテレーザはステファニアに「羨ましい」と言われた事があった。
「テレーザ様は、レオポルド様がやめろって言っても何故行うのです?」
「レオポルドの辞めろは、わたくしの寝る時間が少なくなるからとか、わたくしがつい無理をしてしまうのを知っているからなんですの。なのでやめたくなればやめればいいという意味なんですの」
「羨ましいですわ。わたくしは年齢が1つ下なのでアベラルド様が出来ても、わたくしには出来ない事があるんです。だけど僕にも出来たからとずっと出来るまで付いてくださるので止めるなんて…許されないんです」
それまで羨ましいと思っていたテレーザはアベラルドを見る目が変わった。
アベラルドは確かにステファニアにはまだ無理ではないかという難度の高い要求をしていて、出来るまで何度でも夜遅くまで付き合っていた。
男性と女性という区分もアベラルドにはない。アベラルドが持って振り回せる剣をステファニアは半分の時間も振り回せない。それでも出来るまで付き合う。テレーザはゾッとした。
レオポルドとテレーザは同じ年齢だが、レオポルドと同様に剣技など到底無理な話だったからだ。
★☆★
「さぁ、休憩をしてくださいませ。レオポルド様は休む事をしませんから」
無理やり菓子と茶を差し出せば、不貞腐れながらも手を止めて茶に付き合ってくれる。向かい合って菓子を手に取り一口齧る。甘酸っぱい味が口に広がっていく。
「何をそんなに笑っていましたの?」
「さぁな。忘れた」
「教えてくれませんのね。ズルいわ」
テレーザはレオポルドの本当の闇を知らない。
知っているのは、つっけんどんな言動でもテレーザに付き合ってくれる良き夫である姿だけだった。
★☆第参拾弐話 幼い兄妹の取捨選択☆★
木船を漕ぎ、考え事をしながらだったからかエドガルドからの荷は水にあまり濡れてはいなかったが、下流から上流に遡上したヴァレリオが辺境にある源流が流れ込む支流に到着をしたのは王都を経って16日後だった。
その間にもそれぞれの思惑は動き出していた。
レアンドロとロザリーは処刑をされ、その首はハルメル王国の国教に従い、「悪魔が去る」と言われる13日間晒される。斬首刑と言う残酷な処刑に暴徒化する寸前だった民衆の溜飲はいったん下がった。
戦時中も厳しい生活を耐えて来て、それ以上に食べる事に困れば諸悪の根源を絶てた、それが自分たちを見下ろしていた王太子だった、そして一緒に処刑された女性は散財をしていた王太子妃だと思い込んだ。
民衆には王族の顔など早々に見分けは付かないが、着ている物や体つきで「身分のある者」だと区分をする。ロザリーは豪奢なドレスを見に纏ったまま処刑をされている。勿論髪飾りなどもつけたまま。
エドガルドの思惑通り民衆は「誰でも」良かったのだ。
遠目に見るからという事もあるが、自分たちとはまるで違う「肉を皮で包んだ」ような体の持ち主で、その体にしかフィットしない豪奢な服を身にまとい、宝飾品をキラキラさせて、最後まで喚いてくれる者なら娼婦紛いが王太子妃と入れ替わっていても関係がない。
ヴァレリオが辺境に経ち、エドガルドは処刑の官吏の仕事ぶりを静かに眺める。
「兄ちゃん!こっちにもあるよ!ほらぁ!キラキラァ!!」
エドガルドは可愛い声のする方向に目を向けた。
水洗いされたテーブルの下に小さな体をより小さくして地面に落ちた「キラキラ」を探す女児。
「そんなの買い取り屋も買い取ってくれないから捨てろって」
「やだぁ。これで女将さんごっこするんだもん。兄ちゃんも拾ってぇ」
「仕方ないなぁ。手に持てるだけだぞ」
兄妹が拾っているのはロザリーが身に着けていたネックレスの欠片である。
エドガルドはその姿を見て幼い日を思い出した。
「お兄様ぁ。アベラルド様ぁ!手伝ってくださいませぇ」
幼いステファニアがエプロンドレスの裾を指でつまんで庭でドングリや松ぼっくりを拾い集めていたのだが、まだ当時は生きていた母が「汚い」とステファニアの手を裾から外させる。
ゴロゴロと転がっていく木の実。
まもなく4歳の誕生日を迎えるステファニアにはまだ「自我」があった。
手伝ってくれと言うステファニアがしゃがんで木の実を拾いだした。
――私は、その時‥‥――
フッとエドガルドは笑った。
「仕方ないな」とアベラルドと声が重なった。それが妙に気持ち悪くてアベラルドの方を見る。
【あんなものを与えるくらい侯爵家は困窮してるとかないよね。生涯の伴侶の実家となるんだから宝石とゴミの区別はしっかりさせてよ。僕が恥ずかしい思いをするじゃないか】
エドガルドは【全部は無理だが幾つか拾うのを手伝うか】と言おうとした。
しかし、アベラルドの言葉に自分の言葉を飲み込んだ。
わずか5歳。年下でも、身分は絶対だったからだ。
『どうして?木の実いっぱいで可愛いのに』
『まぁ!虫もいるじゃない!あっちに行って頂戴っ』
『虫さんはあとで逃がしてあげれば――』
『最初からそんなもの拾わなければよいだけです!全く、貴女と言う子は!』
目に涙が溢れて零れそうになり乍らも問うステファニアに母が言った。
『貴女が可愛いと思うかではなく、それが殿下に必要かどうかが全てなのです。つまらない事をして指先を痛めたらどうするのです?ダンスの練習で殿下に傷だらけの指で不快感を与える気なの?いい加減に自覚を持ちなさい。今日と明日は食事は抜きです』
『はい‥‥お母様…』
アベラルドは母の言葉を褒めた。いや、当然だと言った。
ステファニアの立場になって言葉を代弁する大人は一人もいなかった。
大人ではないエドガルドはもステファニアを庇う事はしなかった。
――あの時、一緒に拾っていれば何か変わったのだろうか――
成長したステファニアをエドガルドは誇らしく思っていた。
何処に出しても恥ずかしくない淑女と言われ、夫に全てを捧げる献身的な妻の見本となると誉めそやされた。言い争う事もなくいつも寄り添っている妹と第二王子は仲睦まじいと誰もがそう言った。
いつしか妹は何も言わなくなった。
レアンドロとの結婚が決まった時、何故自分はあんな事を聞いたのか今でも判らない。とエドガルドは目の前の幼い兄妹を眺めた。
~★~
「どうしても嫌なら、私が陛下に頼んでみるがどうする?」
ステファニアはフルフルと小さく首を横に振った。
「無理をして笑うな。辛いときは辛いと言っていい」
ステファニアは「辛くない」と身振り手振りで告げた。
~★~
ステファニアから聞き出すアベラルドの毎日の様子をレオポルドに報告をする。
エドガルドはステファニアにしか見せないアベラルドの情報をレオポルドに無償で提供する事で今の地位を手に入れた。あの時、レオポルドに『考え直してほしい』と言ったところで何も変わらなかっただろうし、頼んでみるとは言ったものの、本当に頼んだかどうかも分からない。
レオポルドもエドガルド自身も「無駄」の為に時間を割くことはない。
妹を使って出世する事に迷いがなかったかと言えば違う。
どこか考えることはあったのだ。だが、迷ったままで今に至った。
今もまた、レオポルドに指示をされてファッジン辺境伯を呼びつけてハルメル王国を訪れた。
ヴァレリオが言った通りなのだ。こんな回りくどい事をしなくても国王の容態は手に取るようにわかっていた。放っておいても来年、いや半年後には「いつの間にか」領土の一部に出来ただろう。
エドガルドも解っていはいるのだ。なんだかんだ理由をつけてレアンドロとロザリーを処刑したけれど、この処刑に意味がなかった事を。
今は溜飲を下げている民衆が処刑の日を忘れるまでの時間も、仮に投獄をして情報を遮断しただけで民衆が彼らを忘れる時間も大差ない事を。
「無駄な事はしない」レオポルドとエドガルド。
エドガルドは、何故レオポルドが「無駄」「無意味」を指示したのかが未だに分からなかった。
「兄ちゃん!その鎖は要らないってば!」
「水で洗えばキラキラするかも知れないだろ」
「アタシはこの粒のキラキラが欲しいのっ!」
「もしかしたらあって良かったと思うかも知れないだろ」
「そっか、その時要らなかったら棄てればいいんだ」
「そう言う事だ。おっ!向こうにも何か光ったぞ。行ってみよう」
「うんっ」
幼い兄妹にはその宝飾品がどんな経緯でここにあるのかは関係ない。
妹が欲しがったから、兄は手伝っている。それだけだ。
いらないものは棄てる。幼い女児の言葉にエドガルドは驚愕した。
エドガルドにはない答え、幼いステファニアが言った事と同じだった。
要らないかも知れないが、一旦手にしてから取捨選択をする選択。
考えもしなかった考えにエドガルドは声をあげて笑った。
★☆第参拾参話 自分の生き方と、湿った手紙☆★
領民達がワイワイと荷物を抱えて屋敷に戻って来る。
ヴァレリオが到着し、船に載せられるだけ積んでいた荷を人力で運んでいるのだ。
何が入っているのかと木箱を開けてみると、仕立てをする前の布地であったり錦糸。他にも化粧品やら茶葉など色々なものが入っていた。
「数日後に荷馬車で残りは届くと思うけど、喫水の位置に肝が冷えたぞ」
「こんなに…ほとんど捨てても良かったですのに」
「は?捨てるって…お前…勿体ないだろ」
「そう思います?間違いなくあの両親の事ですから荷馬車代は着払いでしょうし、この荷の荷物だって…ほら、この茶葉をご覧ください」
麻袋の中に入っている茶葉を覗き込むと、香りは確かに茶葉なのだが葉の形はしておらず、ほぼ粉末となっていて色が茶と緑が混じった色。カビの匂いもするがそれがカビなのか、劣化した茶葉の匂いなのか判別できない。
「きっと屋敷にあった古いものを処分するために兄に持たせたのでしょう」
「処分て…」
「処分と言えば聞こえはまだいい方。この不用品をわたくしに買い取らせるのです」
「はっ?!どういう事だよ」
「王城にいた時も離宮にいた時もそうでした。頂いたは良いけれど、捨ててしまうと誰かの目に触れて噂になれば困る。そういうものを送りつけて来ておりましたから」
「荷馬車代をスティ持ちで?」
「えぇ」
「使えるかどうかわからないものを?」
「えぇ」
「本人に使うかどうかも問わず?」
「えぇ」
「あり得ねぇっ!!ないわー。ないない。ないわぁ」
「あるんです」
そこにベルタがやってきた。ヴァレリオは己とステファニアの間に人ひとり分の間を取る。そこにベルタが嵌るのだ。邪魔をしてはならない。人には定位置があるのだ。
「またですか…茶葉は掃除に使いましょうかね」
「布も掃除に使ってちょうだい」
「お嬢様、布地は洗ってどうにか出来ないか皆と話し合ってみませんか」
「それもそうね。あと荷馬車が到着するそうだから代金を用意して差し上げて」
「畏まりました」
ステファニアは滅多に金を使わない。レアンドロと婚姻中もだったがステファニアが支払う金は金でもハルメル王国の通貨でもファミル王国の通貨でもない。ファミル王国と同等の力を持つ別の国の通貨を使用する。
そうする事で、荷馬車を用立てる輸送業者は他の国の通貨が手に入る。
仕事は自国だけとは限らない。現在のようにハルメル王国の貨幣が全く役に立たず、暖を取るにも紙質が最悪で煤が多いと嫌われてる紙切れを大量に持たせるより余程気が利くと言うものだ。
「そうだ!ヴァリ。帰りはその荷馬車は空なんでしょう?どなたか復路分を買い取ってますの?」
「いや、急いでたから復路の客を探す時間はなかったはずだ」
「ならば、馬を2頭貸してくださる?」
「どうするんだ」
「吊り橋はもうありませんが貸荷馬車なら迂回路を通りますでしょう?街道沿いの領民の方に炭を届けようと思いますの。ついでに冬季の間の内職もお願いしようと。馬はそれを伝えに行った者の帰りの足です」
「内職って何をするんだ」
「薬草を煎じるのと、かぎ針刺繍です。薬草を煎じるのは過日話をしてありますので大丈夫です。薬草は冬季、雪で動けない時に腹痛などお医者様の所に走るだけの時間が稼げますでしょう?そういうのには使っていいと言ってありますし、クスリも刺繍も売り上げは春になれば彼らの現金収入にもなります」
「そうだな。どうせ空で戻るんなら荷馬車の業者も途中まででも運賃が出たほうが得だろうし」
「いつ到着するかはわかっていないのでしょう?」
「うーん…数日のうちだろうな。頂上付近はもう雪が降ってるだろうし…1週間内外か」
「では、皆に荷馬車が近日到着する旨を知らせて参りますわね」
ステファニアはまだ粗削りではあるものの、変わった。
それまでの生き方に疑問を感じ、まだ藻掻いてはいるが良い傾向だとやきもきするベルタの隣でバルトロは見守っている。
ステファニアのそれまでの生き方は「アベラルドありき」だった。
アベラルドの為に命があるとさえ教えられてきたのだ。アベラルドの為に失敗しないよう研鑽を重ね、アベラルドのが不自由や懸念を感じないよう事前に全てに配慮してきた。
王族であるアベラルドは「出来るのが当然」とされたが、ステファニアに求められたのは「出来ない場合に備えてのフォロー」まで含まれている。
年下のステファニアの方が明らかに不出来であっても関係ない。
ステファニアには、アベラルド以上の完璧が常に求められていたのだ。物事が上手くいってもステファニアを褒める者は誰もいない。むしろ「アベラルド様が婚約者だなんて羨ましい」と妬まれるくらいだ。
努力を褒めてもらう事も、認めてもらえる事もなかった19年間と2年間。
そのほとんど全てが経った半年足らずで覆った。
まず、何も言われないのだ。
辺境で「何をすればいいですか」と問うても誰も答えてはくれない。
その人が何がどれだけできるのか、言われなければわからないからだ。
自分が出来る事の中から、「何をすれば良いか」ではなく「私はこれが出来るが手は足りているか」と聞くのだ。足りてなければ座って作業を始めればいいし、足りていれば似た作業で他の手が足りてない所を紹介される。
最初から藁を掴むように相手の能力を慮った配慮をしている時間は辺境にはない。
出来れば感謝の意を示されるし、報酬も渡される。
失敗すれば、なぜ失敗したのかを話し合い、皆で助け合ってそれを補う。責任のなすりつけあいをして、戦犯探しするよりも、予定作業を終わらせる方が大事だからだ。
アベラルドの隣に立つために、出来ない事も出来るようにと求められ応えてきた。
それが当たり前だったのに、違っていた。それまでの生き方を否定されたようだった。
誰かの為ではなく、自分のため。
辺境では
人に手を差し出すのでさえ、自分の為でもあるから自己責任。
知りたくなければ、それでいいのだ。
知っていれば良かったと後悔するのは他人ではなく自分だから。
やりたくなければ、しなければ良いのだ。
やっていれば良かったと腹を減らしたり、困るのは自分だから。
ステファニアは変わった。
まず自分の意見を言う。そして人の意見を取り入れて再考する。
誰かの為ではなく自分のため、それは結果的に周りのためになる。
――わたくし、いったい何のために生きて来たんだろう――
それまでの人生からアベラルドを引くと、何もなかった。
愛や恋ではない。全てがなかったのだ。
――でも、わたくしは生きている――
それまでの生き方を否定されたのではなく「そういう生き方もある」という選択肢に考えを改めた。その上で決めたのだ。「誰かのためじゃなく、自分の為に生きる生き方をしよう」と。
空の荷馬車を走らせるのは勿体ない。
正規の料金より安くしてもらえるかも知れないし、こちらも馬の用意を少ない頭数で済む。
フンフン♪と鼻歌を歌っているステファニアにヴァレリオは胸ポケットからごそごそと取り出す。
「頭きて、すっかり忘れてた。預かったんだ」
手渡されたのは封筒のようなもの…汗で貼りついて乾いてを繰り返したのだろう。
インクも封筒の文字のインクなのか、中の便箋のインクはにじみ出たのか判らない。
その上…。
「紙が溶けてますけど?」
ステファニアは困ってしまった。
四隅は溶けてなくなり、封筒の役割を果たしてない。
手紙が辛うじて残っていたのは、汗で便箋の中央と封筒が一体化したからだった。
――読むにはお日様に数日当てて乾燥をしっかりさせないと無理ね――
「誰からですの?」
「ん?知らねぇ。お前の兄ちゃんも誰かに預かったって言ってたな」
湿った手紙のようなモノ。ステファニアはそっとテーブルの上に置いた。
★☆第参拾肆話 貼りついた手紙の再利用☆★
ペリペリ…ペリ。
「うわぁ、ガッツリとベッタリだな」
「誰のおかげだと思ってるんです?まさかこんな所であの女みたいに薄皮を剝ぐような真似をするとは!お嬢様に喧嘩売ってるんですかねっ」
ベルタは細かい作業が意外と得意である。
貼りついた封筒と便箋を剥がした後は、便箋同士を剥がし始める。
幸か不幸か主に貼りついていたのは便箋の余白部分で文字の部分は多少滲んではいるものの読めないほどではなかった。ベルタは文字が読める。ヴァレリオは読めない。
ほとんど剥がし終わって並べた便箋。
ヴァレリオが「出来たぞ」と声をかけようとしたのをベルタは止めた。
文字が読めるだけに解るのだ。
書かれている内容が「この場で読むべき」内容かどうか。
「リオさん、あなた、山の上の沢に行って湧き水を汲んできて頂戴」
「はっ?なんで俺が?飲みたいならベル婆が行けよ」
「リオさん‥‥(ギロリ)」
「なっなんだよ…怖くないからな。ベル婆の睨みなんか・・・怖く…ネェ…」
「リオさん(ギッ!)」
「あ、なんかすげぇ今、上の沢の湧き水が飲みたくなった。行ってくる」
ヴァレリオが蓋の付いた桶を手に持って屋敷を飛び出していく。
山の上の沢まで行けるのは上級者の中でも極一部。ステファニアは中級の練習用くらいの崖が上れるくらいだ。
ヴァレリオの背が上にゆっくりと見え出すとベルタは人払いをしてステファニアを呼んだ。
ステファニアは領民の主婦たちから教えて貰い、キハダの樹脂を粉にして酒で溶いたシップ代わりの薬草をコネコネとボウルで練っていた。
「どうしたの?あれ?ヴァリは?」
「山猿は山登りがしたいと飛び出しました」
「ホントに?変ね。櫓を漕ぎ過ぎて手首の筋を痛めたと言ってたし、キハダの樹皮を取り換える時間なのに」
「お嬢様、この手紙なのですが…」
「あら、剥がれたのね」
「そうなんですけど…」
言葉を言いよどむベルタにステファニアは薬草を練りながらボウルを持ったまま、並べられた手紙に視線を落とした。
「あの…お嬢様?」
ベルタが声をかける。
ステファニアは練っていた手の動きが止まる。
手紙の差出人は第二王子妃カリメルラだった。
カリメルラはこんな字を書いていたのだろうかとふと考える。
「お嬢様、これ…代筆で御座いますね」
「やはりベルタもそう思う?」
「はい。ご本人であれば ”第二王子殿下” なんて書きません。名前で書くでしょうし」
「‥‥はぁー‥‥」
息を吐いてステファニアはゆっくりと一枚一枚手に取り重ね合わせた。
ステファニアは、その手紙を読んで心が騒めいた。
手紙にはカリメルラの子供はアベラルドの子ではない事。
婚約の解消となった原因は悪戯で悪いと思っている事、
そして近日中に謝りたいのでファミル王国へ来るようにと言うものだった。
――なんなのかしら…この違和感に不快感――
「お嬢様、どうされますか。ベルタはどのようなご判断をされてもお嬢様について参ります」
「ベルタ…わたくしは――」
バターン!! 「おぅッ待たせぇッ!!」
空気が読めない男、ヴァレリオのご帰還だった。
1つ30リトルは入る蓋つきの桶に2つ。足で歩くよりも手を使ってよじ登らねばならない場所にあるのだが、往復で半刻もかからないとは流石、辺境を知り尽くした男である。
「ベル婆!汲んで来たから茶淹れてくれっ」
「あ~の~ね~。今はお嬢様と大事な話をしてんの!」
「大事な話?ふーん…じゃぁ茶は今度にするか」
水を置いて去ろうとするヴァレリオだったがステファニアは呼び止めた。
「ヴァリ、忘れていますわよ」
「忘れる?何を…スティの名前?スリーサイ――(ばごっ!)痛っ!」
「こんの山猿ッ!!なんてことを口走るのっ!」
「ヴァリ、座って。湿布を交換する時間でしょう」
「え?そうだったっけ?…まぁ痛いような気もするけど…舐めとけば‥」
「治りません。傷は舐めて治りませんっ。はい、手を出して」
ステファニアはまたボウルを抱えて、薬草を練った。
ヴァレリオの手首に貼りつけた湿布薬を剥ぎ取ると、綺麗な布にさっきヴァレリオが汲んできた水を湿らせた。
シュッシュと拭いていくと、薬草の残りがポロポロと落ちていく。
「言っておくが、綺麗だからな、俺は綺麗好きだからな!」
「はいはい、ベルタが大好きなのは解りますが、手を捩じらない!(ぺちっ)」
「違っ!俺はベル婆なんかっ!」
「私も山猿なんかお断りです」
「はいはい、黙って。新しい薬をつけるわよ」
「お嬢様‥‥それは…」
ステファニアは、ベルタが剥がし、先程読んだカリメルラからの手紙をテーブルの上に花の花びらのように丸く、一部を重ね合わせておくと、そこにボウルから練っていた薬草をたらりと垂らした。
その上でへらを表裏と最後の練り合わせをすると、薬草をヴァレリオの手首に塗っていく。
ヒヤリとした感触にヴァレリオが手を引こうとすると、逃がさないとばかりにステファニアは、ヴァレリオの指を引っ張り返す。
「おとなしくして!鼻の穴に詰めるわよ」
「それは勘弁してくれ…息が出来なくなる」
「お嬢様、鼻の穴に詰める時はトリモチにいたしましょう」
「俺…そこまで美容には拘ってないんだが‥」
ペタペタと薬草を塗り、押さえるために布を回す。
包帯を巻きながらステファニアはヴァレリオにお願いをした。
「ねぇヴァリ」
「はぁ~冷たくて気持ちよくなって来たぁ」
「お嬢様が呼んでるでしょ!」
「んぁ?何?」
「ファミルにわたくしを連れて行ってくださらない?」
「なんで?」
包帯を巻き終わったステファニアは、端になった包帯を巻いた内側に巻き込んで、ヴァレリオの腕を軽くギュッギュと握る。上手く巻けたと心の中で自画自賛する。
「ちょっとね…言ってやりたい事があるの」
「誰に?」
巻いて貰った包帯を撫でるヴァレリオ。
本当はこんなにしてもらわなくても、痛くなれば川の水につければ感覚なくなるから痛くなくなるのになぁと思っていたりもするのだが、ステファニアが包帯を巻くのにハマっているのもあって付き合ってやっている。
勿論、ヴァレリオのそんな気持ちをステファニアは知らない。
「色々と。1人じゃないけど皆ファミルにいるから」
「ふーん…」
ぽろっ。
包帯の内側に捩じ込んだ端がピロっと出てしまった。
撫でていたものだから、あっという間に包帯は緩み、まだつけたばかりの薬草シップがベチャっと床に落ちる。
「あ‥‥悪ぃ‥」
「や~ま~ざ~るぅ~」
「大丈夫よ。ベルタ。残ってるわ」
ヘラで練るために敷いたカリメルラからの手紙に残っていた薬草をペチャっと代用する。
「あ、布よりフィットするかも?なんだかしっくりくる」
「良かったわ。有効利用できて」
「鼻に入れる分がなくなりましたけどね…」
ステファニアはそれまでの生き方に戻りたいとは思えなかった。
カリメルラの事は許せないとずっと思っていたが、辺境に来て心境に変化が起きた。
やったことが許せない、それは変わらないが、そもそもとして何故アベラルドに自分は命すら賭して懸命にならねばならなかったのだろうとの思いが芽生えた。
それまではアベラルドがいなければ、生きていけないとすら思っていた。
2年間、何もやる気が起きず、傷つくくらいなら何もしない方がいいし、信じて裏切られるなら信じない方が楽だと思った。
しかし、辺境に来て自分を見直す時間ときっかけが出来た。
自分で崖を上ると決めたきっかけである。
感情の中からアベラルドを除外してみる。するとステファニア自身も驚いた。
アベラルドを抜きにすると、過去の生き方が何も残らないのだ。
ステファニアが選んだように見えて、アベラルドを中心とした考えはかなり深くまで浸透していて、生き方がわからなくなったステファニアは混乱し、考えるより、動こうと兎に角体を動かした。
した事もない崖上りは体力的にも相当きつかった。落ちて打ち身、擦り傷、切り傷も出来た。手に豆も出来たし、爪の中に土が入って炎症した事もあった。
崖を上りながら、頭の中で「無駄な事をするよりこの執務をしろ」と従者の声や「君はそんな事する必要ないよね」というアベラルドの声が何度も聞こえた。
その度に、もう少し上の石を掴もう、この石に足を掛けようと雑念を振り払って崖を上った。
上り切った時、考えてみると誰の声も聞こえなかった。自分の声すら聞こえなかったのに頂上で一番に聞いたのは「自分の声」だった。
ステファニアは変わった。
自分を肯定してくれる言葉の裏には、自分が決めて自分がした事についての肯定がある。
誰かに言われてやり遂げたのではなく、自分が決めてやり遂げた事への肯定。そして賛美。
結果的に手を借りるのでも助けてもらう事と、あてにするのは違う。
だから、ファミル王国に行き、両親に、兄に、アベラルドに。そしてカリメルラに「さようなら」を言おうと思った。
物理的な別れではない。
彼らの中にいる過去のステファニアに「さようなら」を告げるために。
それが彼らとの別れになっても仕方がないと思えた。
ステファニアはもう過去のステファニアは戻る気はなかったのだから。
★☆第参拾伍話 レオポルドの野望☆★
「うぅぅ~寒っ」
ステファニアにファミル王国に連れて行って欲しいと頼まれたヴァレリオ。
季節は冬。山の中腹まではもう真っ白で吐く息も当然白い。
一行の中にステファニアの姿はない。
「もうちょっとで麓の村だ。あと一息。リオ、行けるか」
「勿論。次の村まででも全然いける」
「バカ野郎。ちゃんと休憩を取ってそれからだ」
「あーい(棒)」
ヴァレリオとバルトロ。バルトロの選抜した5名の兵士。
7名は道なき道を歩き、雪を利用できる場所は滑り降り、街道を通れば2か月かかる行程を15日間でファミル王国の王都が晴れた日にはうっすら見える麓の村までやってきた。
最後のひと山を超えれば景色が変わる。背後の山は真っ白だが、進む先は土の色が見える。村まで下れば今羽織っているクマや鹿の毛皮も不要になるだろう。
山を越えるだけで気温も全く違う国。それがファミル王国だった。
☆★☆
ステファニアは「雪道は始めだが、頑張る」と言い張ったのだが、雪国で育った者ならいざ知らず、ファミル王国の王都に雪が舞うのは数十年に1度あるかないか。海に面した温暖な地の出身なのだ。
地面の水溜まりも日中になってもまだ凍っている部分もあり、本格的な冬が辺境にやってくる時期である事から、移動は無理とステファニアは留守番になった。
「お前…雪を見た事ないんだろう」
「失礼ですわね。ありますわよ。ちゃんとスノーマンも作りました」
「本当か?」
「えぇ。茶色くなってしまいましたが、頭も体もギュッギュと手で丸めたんですよ」
「・・・・・」
ヴァレリオは「ステファニアには無理」と判断をしたのだ。
ほぼ雪を見た事がない人間に、1晩で成人男性の身の丈以上に積もる雪の中、同行させるのは無理である。馬車ではなく、基本は徒歩で街道ではなく山を越え、谷を渡って行くのだ。
「どうしても無理ですの?」
「中級者の崖攻略も出来てないのに無理無理。留守番だ」
「ぶぅぅ~ぶぅぅ~」
「ブーイングしても無駄だ。雪山は遊び場じゃない」
「そうですよ!お嬢様。徒歩でなんて絶対にダメです。山猿と一緒はもっとダメ!」
「俺は関係ないだろう!どっちかってぇと保護者だ!」
「お嬢様を襲いかねない猛獣です。お嬢様は猛獣使いではないんですっ!」
ヴァレリオとベルタはステファニアが行くことに反対をしているのだ。
こればかりはステファニアも命の危険が自分だけではない事にバルトロから説明をされてしまった。「行くのであればこの地に慣れて5年目以降」と釘をさされてしまったのである。
「わかりました(しゅん)」
☆★☆
ファミル王国からは何通か書簡が届いていた事もヴァレリオの重い腰を上げさせた原因でもある。ハルメル王国はもう地図の上からは名前を消し、ハルメル地方となった。
それでもファッジン辺境伯という立場と名前は変わらなかった。
ファミル王国の国王レオポルドはレアンドロと違ってバカではない。
元々ハルメル王国でも民衆からの絶大な支持を得ており、ファミル王国の中にもファッジン辺境伯を称賛する声は少なくない。
30年戦争でファッジン辺境伯の率いる部隊を撃破するのは至難の業でファミル王国が天然痘を克服し、盛り返した後も10年以上拮抗した戦いになったのはファッジン辺境伯その人がいたからである。
ハルメル王国を吸収した際に、ファッジン辺境伯から身分や兵力を奪うべきと言う声は確かにあった。だが、それをしてしまえば、沈静化した民衆にまた火種を落としかねない。しかも特大の火種だ。
国王、いや王家以上に扱いの難しかったファッジン辺境伯は触らぬ神に祟りなしと現状維持となったのだ。
ヴァレリオは終戦直後に爵位を継いだが、バルトロが「己よりも辺境伯を名乗るにふさわしい」と直々に名指しした男。ファミル王国の騎士団を率いる各団長も、将軍もバルトロよりヴァレリオに注意しろと常に動向を伺い、警戒をしていた。
「バルトロがこちらに向かっていると?」
「はい、国境…いえ領の境は超えたとの知らせが御座います」
「エド。なんだと思う?」
「そうですね。今更陛下へのご機嫌伺い…ではないでしょう」
「手厚く迎えてやってくれ。始末するには惜しい男だからな」
「よろしいので?妹の婿も同行しているとありますが」
「ヴァレリオも?クックック…面白いな。アレに知らせてやれ」
「アベラルド殿下で御座いますか?趣味が悪いですよ」
レオポルドはファッジン辺境伯一行が間も無く王都に入るという知らせにほくそ笑んだ。
私的には同行しているヴァレリオはステファニアの夫である。
ヴァレリオを見てアベラルドがどのように顔を歪めるか。楽しみでならなかった。
公的にはハルメル王国は無血で手に入れたに等しい。
血を流した戦争は先代の歴史である。
労せず1つを手に入れるとレオポルドには野望が芽生えた。
【王国を帝国に】
やって来る2人の男は今や家臣となった。
机上の理論が現実になる事に全身が歓喜で震える。
帝国となり、ファッジン辺境伯が治める領地の山を1つ削る。
その為の労働力はハルメルの民衆、そしてこれから攻め入る国の民である。
問題は一筋縄ではいかない狡猾な2人を従えさせるか。
レオポルドの手腕は多くの貴族も注目していた。
「エド、卿が到着した日は宴にしろ。盛大にな。この機を逃すな」
「派兵するのですか?」
「2人が留守なのならお前の妹も帰りやすいだろう?今、迎えを出せば動きを悟られる。駒は手中に入れてから行動だ。特に狂犬のように戦慣れしている奴には気付かれぬよう動かねばならん」
「ですが、妹は帰らないかも知れません。そんな気がしました」
「エド。丸くなったな。今更妹可愛さを出しても遅いと思わないか?」
ファッジン辺境伯一行を持て成している間に、その屋敷を占拠するための兵を出す。
レアンドロと異なり、ステファニアが大事にされているのは把握しており、ヴァレリオとバルトロがステファニアに領地経営も任せるための引継ぎをしているという情報も手に入れている。
従わねば、ステファニアの身柄を押さえる。
従うなら、帰りつくまでに帰還させればよいのだ。
レオポルドに名を覚えてもらうため、気に行ってもらうため、エドガルドは何でもしてきた。痴情の縺れか?と首を傾げながらもステファニアを通してアベラルドの動向を報告した。ステファニアが婚約者だという立場を利用しアベラルドの領地から鉛を入手し、レオポルドに渡した。
エドガルドはその鉛で何をするのかを知っていた。
良心の呵責に悩んだのはもう何年も前の話だ。1度が2度、2度が3度となり、国王が倒れた時は何も感じなくなっていた。レオポルドと共に骨の髄まで抜けられない泥沼に嵌った。
それでも、ステファニアには申し訳ないという気持ちが心のどこかにあった。
エドガルドの心がファッジン辺境伯到着の知らせに揺れ動いた。
★☆第参拾陸話 レオポルドの罠、潜伏したカルロ☆★
「何よもう!出ていきなさいよ!」
「申し訳ございませんっ」
カリメルラの機嫌の変わりようは誰にも読めないくらいに激しかった。
朝、ブラシで髪を梳きはじめたメイドににこやかに話をしている最中で、突然泣き出したり、怒り出したりするのだ。ドレッサーの天板にうっかり物を置いておけば、飛んできて当たりケガをするだけならまだいい。
鏡に向かって投げつけて、割れた鏡の破片でカリメルラが怪我でもすれば腐っても王子妃なのだ。ただでは済まない。あれ以来、またアベラルドの訪問はなく使用人達は、肩を落とす。
通いはじめてくれるのであれば、改善されるかと思っていたのだ。
「ホントに使えない‥‥なんでこんなクズばっかりなのよ」
荒れている時は、娘のブリジッタも使用人が抱き上げて避難をさせる。
カリメルラは見境なく暴れるため、そこにブリジッタがいようがいまいがお構いなしに物を投げてくる。何度か当たってしまい泣き出したブリジッタの声にまたカリメルラが激昂するのだ。
「私だけに子供を押し付けて!殿下を呼んできなさいよ!」
「妃殿下落ち着いてくださいませ」
「名前つけたんだから、世話をしろと向こうの宮においてきてよ!」
喚くカリメルラが、暴れ疲れるのを待つだけの日々。
使用人が長続きするはずも無く、第二王子妃の宮は入れ替わりも激しかった。
今日もいつものように、いつ「着火」するのかと怯えながら使用人達は洗面から始まり、身支度、朝食とスケジュールをこなすはずだった。
ドレッサーの前で「着火」してしまったカリメルラがメイドから櫛を取り上げて放り投げた。
ガゴッ!!
放り投げた櫛は手前のテーブルに当たり、転がっていく。
今日はどれくらいの時間で終わるんだろう。使用人達が諦めの溜息を飲んだ時、扉がノックされた。通常、身支度を整えている段階で部屋を訪れるものなどいない。
訪れる前には屋敷への来訪と同じく、部屋にも先触れがあるものだ。
ましてカリメルラは第二王子妃なのである。先触れなどなかった。
誰もが顔を見合わせ、首を横に振る。
来訪者を知らないのはカリメルラも同じだった。
「誰よ」
振り返ったカリメルラは部屋の中に勝手に入ってきた男を睨みつけた。
男は先ほど投げて、転がった櫛を拾い、メイドに手渡した。
「随分と楽しそうじゃないか」
「こ、これは‥‥失礼を致しました」
カリメルラは慌ててカーテシーを取った。まだ背中のホックを留めておらず無理に屈んだ肩からドレスの肩口が抜けかかる。
部屋を訪れたのは国王レオポルドだった。
萎縮する侍女やメイドに「気軽に」声をかけて気を解すと、カリメルラにカーテシーを解いて楽にするようにと声をかけた。
カリメルラがドレッサーの鏡を背に椅子に座れば、レオポルドは先ほど櫛が当たったテーブルにある椅子を引き、腰を下ろすと長い足を組んでカリメルラに笑いかけた。
カリメルラの背が移る鏡に自分が映っているのを見て微笑んだ。
「こんな時間に申し訳ないね。だがこんな言葉があるんだ」
「なんで御座いましょう」
「善は急げ‥‥って知ってるかな?」
「善は??…申し訳ございません。存じません」
カリメルラの返しにレオポルドは顔が歪んだ。だが、鏡に映る己の顔に気が付き、仮面をかぶり直す。
「そうか。意味はね。良い事は直ぐに、躊躇わずにやりなさいと言う意味なんだが、君に早く伝えようと思ってね」
ニコニコと笑みを絶やさずにレオポルドはカリメルラに優しく諭すように話す。
レオポルドが足を組みかえた。
「もうすぐここの城にファッジン辺境伯がやって来る」
「ファッジン??どなたですか?」
「さっき言ったよね?辺境伯」
「しっ失礼しました…」
「その男‥‥君がここに来た頃に辺境伯となった男なのだがね。そうそう以前に公爵家にいた男を知っているか?」
公爵家と聞いてカリメルラの体が小さく跳ねた。
うっかりとアベラルドにジゼルの本当の父親の事を話をしてしまったのを聞かれただろうか。それとも何日か前に侍女に代筆をしてもらい、エドガルドに託した手紙を読まれてしまったのだろうか。
もし、目の前の国王がジゼルの出自を知ってしまっていたら。
カリメルラの顔色は蒼白になった。
だが、レオポルドはそんなカリメルラに優しく説くように言葉を続けた。
「公爵家にいた男は…何でも人探しをすると出かけて‥‥心当たりがあるんじゃないか?」
カリメルラの心臓が張り裂けそうなくらいに鼓動を早める。
同時に「死んだはずでは?」と疑念も生まれる。
カリメルラの頭の中はもうジージルの思いでいっぱいになる。ジージルは生きているのか?いや、そうあってほしい…そう、ジージルは生きている。辺境伯となって自分を探して城までやってくる。
頭の中でどんどん変換をされていく。
レオポルドの罠だとは知らず、カリメルラは一歩一歩、自らその罠に絡まっていった。
言葉を切り、レオポルドはカリメルラに2つの事を言っただけだ。
1つはファッジン辺境伯、ヴァレリオが城に来ると言う事。
もう1つは公爵家にいた男を知っているかと言う事。
その2つの話の男が同一人物だとは一言もいっていない。
話の切りかえを利用してカリメルラの錯誤を狙ったのだ。
「私の知っている人です。絶対にその人に会わなきゃいけない…お願いです。会わせて。会わせてください」
「知ってるのか?やはり善は急げというだけある。ここに来てよかった」
「はい、私も…こんな嬉しい知らせはありませんっ」
カリメルラは満面の笑みになり、レオポルドに深く頭を下げた。
「連絡をするから、その時は身支度を整えて是非、彼を持て成してやって欲しい」
「わ、私‥‥」
「君でなければ出来ないし、彼もそれを望んでいるだろう」
レオポルドが退室してからのカリメルラは非常に機嫌が良かった。
直ぐにメイドを呼び、湯あみがしたいと告げて鼻歌を歌いながら部屋の中をクルクルと回る。
ぐずったジゼルを抱き、頬ずりをする。
終日、機嫌のよいカリメルラに使用人は「流石は国王陛下」だと噂した。
そんなカリメルラを見ていた一人の侍女はそっと第二王子妃の宮から抜け出した。
☆★☆
「まもなく辺境伯一行が登城します。妃殿下を使い何かを仕掛けるようです」
「判った。ありがとう。君はもう宮に戻らない方がいい。顔が知られているからね」
「ですが!」
「大丈夫。あとは私とアベラルド殿下が後始末をする」
「カルロ様。まだ伯爵家の間者はカルロ様を探しています。危険です」
「私もその伯爵家の人間なんだ。表の裏を知っているからまだ息をしてるんだ」
「無理をされないでください。我々は何時でも」
カリメルラの様子を潜入させた侍女から聞いたカルロは身支度をはじめた。
実家からも狙われる身となり、潜伏した先は王城の中である。
下手に市井に出れば、市井にも伯爵家の息がかかった一般の民のなりをした間者は多い。
かと言って伯爵家の屋敷は自分以上に家族が構造を理解していて逃げきれない。
アベラルドの元から消えた風を装って、王城内に潜伏した方が安全なのだ。
何より、潜伏している部屋は国王レオポルドが万が一のために身を顰めるシェルター。気の置けないものだけを使って最小限の動きで動向を知る。
「アベラルド殿下の元にこれを。何時ものように掃除をする振りをして渡してくれ」
「承知致しました」
「マリエルは元気か?そろそろ腹の子も動きが解る頃だろう?」
「順調と。悪阻で食べられなかった分、食べてしまうので食欲を抑えるのに苦労されていると」
「そうか。元気そうで何よりだ」
「伝えますか?」
「何を」
「旦那様が無事だと言う事を」
「いや、何も動きがない方がマリエルは落ち着いていられるだろうから不要だ」
アベラルドに渡して貰う手紙には、2日後の深夜部屋に行くと認めた。
――早ければ…辺境伯の到着と重なるな――
カルロにはもう打つ手は無いに等しい。一介の伯爵子息なのだ。
城の動きを観察している中で、自分がまだ廃嫡されていない事に父の動きも読めなかった。
レオポルドの前国王への暗殺未遂は証拠も揃っている。名を騙り鉛を手に入れたのもエドガルドだと突き止め、その鉛が前国王の部屋で使われている事も掴んだ。
前国王が小康状態となったのは息のかかった者に、ランプを全て交換させたからだ。
辺境伯がこちらについてくれれば、その場でレオポルドを断罪できる。しかし辺境伯の動向が読めない以上、勝算は未知数。前国王がまだ生きているうちにレオポルドの罪を白日の下に晒し、アベラルドに即位をしてもらわねばならない。
カルロはヴァレリオがアベラルドに確執がない事を祈るしかなかった。
★☆第参拾漆話 ヴァレリオVSアベラルド一触即発??☆★
ファミル王国の王都は活気に満ち溢れていた。
明らかに場違いななりをしたファッジン辺境伯一行の7人だが彼らを振り返るものは誰もいない。馬車から降りもしない貴族もいれば、昼間から娼婦のような女性をぶら下げた男、物乞いをする女、最先端の装いで闊歩する者もいれば、襤褸を纏い素足でゴミを拾い歩く者もいる。
戦勝国とは言え、大通りは例えるなら闇鍋状態だ。
クマやシカの毛皮で作った防寒着を兼ねた外套は街外れの預かり所に置いており、7人は旧ハルメル王国から支給された隊服を身に纏っている。
自国の隊服でない事は一目でわかっても、一般庶民は着の身着のままの者が多いのか、古着を着回すため似たような隊服も出回っていて珍しいものではないのかも知れない。
誰も振り返りもしなかったが、流石に王城の表門では兵士に制止された。
「お前達、ここから先は立ち入り禁止だ」
あっという間に数人の兵士が集まってきて、長槍を交差させて一行を通すまじと身を盾に遮った。
「我々は、ファミル王国の国王レオポルド陛下の呼び出しに応じて参った。名をバルトロ・ファッジン、こちらは現辺境伯となったヴァレリオ・ファッジン。他の5名は私の腹心の部下。確認をして頂きたい」
ファッジンという名に、憧れを抱く兵士がわらわらと集まって来る。
その中の数名は、バルトロやヴァレリオの顔を見知っていたようで、涙を流し恍惚とした表情で祈るかのように目の前に膝をついた。
「死ぬまでに一度でいいのでご尊顔をと願っておりました」
――やめてくれ。俺、まだ死んでねぇ――
一番人気はバルトロだったが、確認をするまでもない。兵士たちは「英雄」は嘘を吐かないとバルトロ達を通した。
「こんなユルユルでいいんですかね?」
「これが平和ボケというのか、戦勝国の余裕ってやつじゃないか」
案内をされたのは良いのだが、通された部屋に一同はそれぞれを見やった。
余りにも見合わない、薄汚れた服装に声をあげ大口を開けて大笑いした。
到着の日を知らせておらず、当日はレオポルドの時間が取れないと部屋で寛いでいた時の事だった。
知らない場所は例え王宮であろうと気が休まる場ではない。
バルトロに与えられた部屋に7人は集まり、兵士達からの「差し入れ」のワインのコルクを抜いた。
「メッチャ良い酒なんじゃないか?」
「飲む前に…」
ごそごそと全員が胸ポケットなどから「毒味草」の葉を取り出した。
植物の毒、キノコなど菌類の毒、魚類の毒、爬虫類の毒等であれば葉の色が変わる。一度使っても反応が無ければ別の液体に浸せばまた使える「毒味草」を7人は差し入れられたワインを少し垂らして確認をした。
「毒なしだな」
「やった!いっただっきマスッ」
グラスなどに注ぐような洒落た場ではない。ワインのボトルをそれぞれ口に咥える。つまみにと辺境から持ってきたチーズや干し肉を齧っているとかすかに音が聞こえた。
カタン…カタタン…
「・・・・・」
お互いが顔を見合わせ、ボトルを口から放すと剣に手をかけた。
7人が静かになれば音もしなくなる。ヴァレリオは立ち上がり周囲を見回した。
じいぃッと右から左、振り向いて右から左。ゆっくりと神経を研ぎ澄ませカチャリと剣を握り直すと続きの間、同行の部下の1人があてがわれた部屋に通じる扉の横の壁の前に立った。
壁を撫でるように手のひらで感触を確かめつつ、指先でコツコツと壁を叩いた。
「ここだな。出て来いよ。出てこないなら串刺しゲームの始まりだ」
ヴァレリオの声にしばしの間、部屋が静まり返った。
剣を鞘からはずす留め具のパチンと言う音が聞こえると、静かに壁が動いた。
ゴロロロ…。
引き戸になっていた壁に人ひとりが通れる空間が現れた。
そこにいたのはカルロ。そしてカルロの後ろにアベラルドだった。
カルロは敵意はないと両手を軽く上げ、一歩前に出て部屋の中に入った。
続いてアベラルドも両手を上げ、部屋の中に入る。
静かにカルロはその場に片膝をついた。
「夜分、このような場より宴に水を差した事、お詫び申し上げます。ファッジン辺境伯。バルトロ殿、ヴァレリオ殿。そしてバルトロ殿の直属将官殿とお見受けする。私は隣に居るアベラルド第二王子殿下の側近を務めさせていただいているカルロと申します」
「難しい事はどうでもいい。酒が飲みたかったのか?」
バコッ!
「痛ってぇ…何しやがんだ、くそジジィ」
「ジジィではない。先月初孫が生まれたからな。じぃじだ。それはいい。お前ちょっとこっち来い」
バルトロの部下に首の後ろを抓まれて引っ張られるヴァレリオ。
その間にカルロとアベラルドは別の部下にバルトロの向かいのソファを勧められた。
「バカなので気にしないでください。で?面倒は省略しましょう。用件は何です?」
バルトロの部下はもうソファには腰を下ろしていない。ワインを片付けテーブルの上を平らにするとバルトロの後ろに、腕を後ろに回して仁王立ちとなる。それだけで威圧感は半端なく、見えない圧力にカルロは喉が潰れたかのような掠れた声を出した。
「お心遣い感謝する。結論から申しますとこのアベラルド殿下を国王としたい。現国王レオポルドの悪行を暴き、国が正しい方向を向く手助けをお願いしたい」
「そう言われ―――『アベラルドだってぇぇ?』」
声を被せてきたヴァレリオにバルトロは「あのバカ」と呟き額を押さえた。
ズンズンと歩いてきたヴァレリオはアベラルドの隣、ソファのひじ掛けに腰を下ろす。
「って事は、スティを捨てたって王子様がアンタか」
アベラルドはその場に立ち上がり、ヴァレリオの胸ぐらを掴みあげた。
「捨てたのではない。謀られたのだ。それにスティと馴れ馴れしく俺の婚約者の名を口に――ウグッ」
今度はヴァレリオがアベラルドの胸ぐらを掴んだ手の下から逆に胸ぐらを掴みあげた。腕力の差だろうか。アベラルドは持ち上がり、つま先が床から離れる。
「俺はスティの夫だ。婚約者?寝言言ってんじゃねぇぞ、ゴラァ」
「何をっ貴様ぁ」
「このガキが!やんのか?一撃で終わらせてやんよ」
「リオ。手を離せ!話の途中だ」
「俺も話の途中なんだよ!邪魔すんなジジィ」
「リオ、もう一度言うぞ。話の途中だ」
「ケッ!はいはい、わかりましたよー」
ヴァレリオがアベラルドの胸ぐらを掴んだ手を今度は押す。
ボスンと音を立ててアベラルドの体はソファに預けられた。
また立ち上がろうとするアベラルドの手をカルロが掴み、首を横に振る。
アベラルドは、小さく舌打ちをして再度腰を下ろした。
「ステファニアの事は後でよろしいですかな?それとも先に?」
バルトロの問いにアベラルドは謝罪をした。
「お見苦しい所をお見せしました。申し訳ございません。先にカルロの話を聞いて頂けますか」
ヴァレリオを隣に引っ張り込んで座らせたバルトロは「どうぞ」と声を発した。
ヴァレリオはプイっとそっぽを向いてカルロの話に耳だけを傾けた。
★☆第参拾捌話 スティの伝言と乱入するカリメルラ☆★
「‥‥という事なのです」
ふむ。とバルトロは顎に手を当てて考え込んだ。
事前に分かっていた独自で集めた情報と頭の中で擦り合わせをする。
前国王が鉛毒で容態が芳しくない事も分っていたが、それがレオポルドによるものだと言うのは看過できない事実となる。
「国王、いや前国王はまだご存命なのか。容態は」
「芳しくありません。鉛毒の吸引期間も長く…余命いくばくかと」
「こちらの王と違い、溶かした鉛が体に入ったのではなく吸収…狡猾ですな」
「はい、槍などによる負傷の傷口に付着、食事などからの経口摂取であればもっと早く判ったかも知れませんが‥まさかランプの芯に練り込んで気化を利用していたとは思いもよらず」
「で?第二王子殿下を即位させると?」
「証拠もありますから、最善策かと」
「だが、その証拠で第二王子殿下の領地から産出の鉛が原因と判明すれば、流れはどちらに向くか。企みの始まりの時期を考えれば、元婚約者の兄も一蓮托生。何より第二王子アベラルド殿下。あなたの管理責任も問われる。そんなものを国王に推すとなれば今のレオポルド陛下を引きずり降ろすより難しいかも知れない」
バルトロの言っている意味はカルロにも解る。
そこは懸念材料だった。代官のやった事で与り知らぬと言い訳は通用しない。
責任を取るために領主がいるのだ。その領主が国王になりたい…寝言でしかなかった。
「ですから、力を貸して頂きたい。幸いにアベラルド殿下には御子がいます。正妃はどうにもなりませんがステファニア嬢を公妃とすれば、2人は婚約者時代より仲睦まじく信頼も厚かったのです。民衆の支持も得られる」
「バカ言ってんじゃねぇよ。何でそこで都合よくスティを利用するんだ?スティはやると言ったのか?本人の意思も関係なくこんな大事を勝手に決めてんじゃねぇよ」
吐き捨てるようにヴァレリオは言葉を発するとアベラルドを睨みつけた。
だが、アベラルドは鼻で笑いヴァレリオを睨み返す。
「君はファニーを判っていない。ファニーは私が困っていると言えば何でもする。私の為だけに生きる事を前提に育てられた。それがファニーの生き方でもある。君如きがファニーを代弁したところで意味がない。ファニーの意思は私の意思でもあり、私の決定に従うのはファニーには喜びでもある。私達はそうやって育ってきた。いつもお互いを気にかけてね。君とは違う。私はそんなファニーの生涯に責任を持てる唯一の男なんだ」
「馬鹿馬鹿しい。じゃ、その愛しいファニーからの伝言を教えてやるよ」
「どうそ。どうせ連れて来なかったのも君の独断だろうしそれしか方法がなかったんだろう。可哀想に」
「ハッ。何とでも言え。俺はバカだが危険を判っていて女を雪山に連れ出すようなバカとは違う。スティがお前に会う事があれば伝えてくれと言った言葉だ。ありがたく受け取れ。『わたくしの事はお気になさらずとも結構です。わたくしはわたくしの人生を生きていきます』だとよ」
「嘘を吐くな!」
「嘘じゃねぇよ!何度も反復でベル婆に練習させられたからな!」
プイっとまた顔を逸らしたヴァレリオだったが、同時に部屋の前が騒がしくなり扉が勢いよく開かれた。一同が開かれた扉に注視する中、兵士から逃げるように入って来たのはカリメルラだった。
カリメルラは、侍女達の話から辺境伯が今日、到着した事を知った。
いつ呼ばれるのだろうと部屋でレオポルドからの連絡を待っていたが一向に連絡は来なかったため、王子宮を抜け出し人の話し声がするこの部屋の扉の前で、扉に耳を当てて話を聞いてしまった。
アベラルドの声で「婚約者」と聞こえ、「夫」とくぐもった声が聞こえた。
――ジージルがいる――
そう思った時、見回りの兵士に「誰だ!何をしている」と見つかってしまった。
掴まりそうになり、扉を開けた。だが目の前に男性は数人いるもののジージルはいない。
――どこに隠したの!――
「何処なのっ!ジージルを出しなさいよ」
「何の事だ」
バルトロの部下はカリメルラを両側から掴みあげる。
カリメルラはじたばたと暴れ、「ジージルを出せ」と喚き散らした。
堪らずアベラルドは立ち上がり、バルトロの部下2人の中央にいるカリメルラについ手を上げてしまった。
パンッ!
乾いた音が部屋に響く。カリメルラは一瞬放心状態となったが、アベラルドに向かって唾を吐きかけた。
「このっ!私のジージルを返せっ!辺境伯になってんでしょ!会わせなさいよ!」
カリメルラの言葉にバルトロとヴァレリオは顔を見合わせた。
ヴァレリオにとっては「どうでもいい事」なので知らなかったが、バルトロはカリメルラが托卵でアベラルドの妃に納まっていることは知っていたが、自分たちに会わせろとはどういう事だと首を傾げた。
暴れるカリメルラの前にアベラルドの肩を掴んで押し退け、前に立ったのはヴァレリオ。
「俺が現辺境伯だが?お前、誰だ?」
「あんたじゃないわ!辺境伯を出しなさいよ!私のジージルを出しなさいよ」
「うーん…言ってる意味が解らん。今は俺が辺境伯だがひとつ前はそこのジジィだ。どっちの事を言ってるんだ」
カリメルラは半狂乱状態とも言える。口を開けて息をしてギョロギョロとした目はジージルを探すが、未だにジージルの姿は見えない。
「お騒がせ致しました。こちらで引き取ります」
カリメルラを追って入ってきた兵士はバルトロの部下から交代するようにカリメルラの腕を掴んだ。が、その兵士の目にカルロが目に入った。
伯爵家の間者でもあった兵士はカルロと目があった。
この場でカルロも捕縛すべきなのか、だがあくまでも伯爵家の内情のため公には出来ない。迷いが生じた兵士はカリメルラを掴む手の力が一瞬だけ抜けた。
「うわっ!何をするっ」
兵士の隙をついて自分の腕が捩じれるのも厭わずカリメルラは兵士の腰の剣に手をかけた。
「ジージルをかえせぇぇ!!!」
振り被る事は出来ないが、突くことは出来るとカリメルラは剣を持ちヴァレリオに向かって突進した。
ガギン!!‥‥ガッ…ドスッ…ビィィイン。ガシャン(パリン)
ヴァレリオに弾かれた剣は壁に突き刺さり細かく振動した。
壁に当たる直前「避難」させたワインが床に落ちて割れた。
「危ねぇっ。その剣は突き用じゃねぇだろぅが!」
――そこか!今、そこか! @バルトロの部下一同――
「なんでよぉぉ!!なんでっ!」
叫ぶカリメルラは再度兵士に取り押えられ、今度は手枷を嵌められた。
兵士はカリメルラではなく、アベラルドに向かって告げた。
「殿下、これは問題ですよ。陛下の客人に妃殿下の愚行。責任問題はさることながらその進退についてもよく考慮頂きたい」
しかし、騒ぎになってしまった事により、ヴァレリオがいい加減腹を空かせてるのに、まだ一口しか飲んでいないワインが割れてしまったと叫んだ。
――連れてくるんじゃなかった――
バルトロはじめ、部下5人はグリグリと指の痕が残るくらい額を押した。
そんな中、騒ぎを聞きつけた国王レオポルドが従者を連れて部屋を訪れた。
★☆第参拾玖話 ヴァレリオの妻への想い☆★
「本当にそれで悔いもなく、心に思う事もないのか?」
「あるかも知れない。でもいいんです。わたくしが決めた事だから」
「俺の妻は危険が多いぞ?」
「良いと言ってるでしょう?もう!しつこい!」
ヴァレリオとステファニアは辺境の屋敷から少し離れた所にある小さな教会で結婚式を挙げた。ステンドグラスの向こうには静かに雪が降る。参列者は屋敷の使用人と兵士達。
立会人としてバルトロとベルタ。
ヴァレリオとステファニアは愛を誓い、その夜、本当の夫婦になった。
レオポルドから申し渡された縁であっても、ヴァレリオの存在はステファニアに大きな希望を与えた。
ステファニア自身がヴァレリオを望み、ヴァレリオはその気持ちを受け入れた。
ヴァレリオ自身も、懸命に生きて行こうとするステファニアを望み、その気持ちを受け入れた。
☆★☆
どちらかと言えばヴァレリオの方が悩んだ時間は長かったかも知れない。
ヴァレリオは両親を目の前で殺されたという過去を持つ。
両親の命を奪ったのはステファニアの母国であるファミル王国の兵士だった。
ヴァレリオが生まれる前に開戦となった戦は、ヴァレリオの大切な人と毎日別れの連続だった。姉代わりだった村娘も、兄代わりだった農夫も、剣の持ち方を教えてくれた老兵も馬の乗り方、酒の飲み方、女性の口説き方を教えてくれた兵士も数回目には物言わぬ亡骸となってしまった。
ヴァレリオは自分の部隊を任された時、死者、負傷者は一人も出さない覚悟で敵と対峙してきた。夜襲や奇襲は行わずに常に正攻法でバカ正直に敵を迎え撃ってきた。
しかし、王家からの金銭のみならず物資も人も供給は途絶える中での戦は人の心を壊す残極な場だった。誰一人失わないよう剣を振るってきたが、部隊を任された時に120人いた部下は、終わってみれば50名足らず。
ハルメル王国が戦に負けた時、降伏したと言う知らせを受ける2刻ほど前までヴァレリオは敵と対峙していた。「降伏しました」との知らせに暫く伝令兵が何を言っているのか判らなかった。
あと数刻早ければ、明け方だったら、夜のうちだったら…。
心臓が拍動を止めた兵士はいなかったかも知れないと思うとやり切れず、酒がないと眠れない日が続いた。
国が無くなるかと思いきや管理下に置かれた状態で国が存続した。
小躍りする貴族や王太子レアンドロに吐き気がした。
ステファニアという令嬢が王太子レアンドロの妃として嫁がされると聞いて、ヴァレリオは幾らなんでも突っぱねるだろうと思った。敗戦国だからと言ってもレアンドロもここまで馬鹿にされて黙ってはいないはずだ。
反旗を翻し、本当に最期になるかも知れないがファミル王国に攻め入ると思ったのだ。
「殿下、こんな人を食ったような申し出は跳ね付けるべきです。ハルメルをどれだけバカにしてるんだ!」
ヴァレリオだけでなく、半数の貴族は猛反発したのだが、レアンドロは受け入れた。
理由は簡単だった。
「女一人受け入れるだけで再建の金が支給される」
憤慨したヴァレリオはバルトロを残し辺境領に戻った。
辺境にもたらされた報告では半年分の支給額はそれまでのハルメルの1年分の国家予算に匹敵する。辺境の兵士ももろ手を挙げて受け入れることは出来ないけれど、生きていくには金が必要。
辺境を守る兵士にも武具は必要だった。なまくらとなった剣、戸板の方がまだ使える盾、負傷した兵も馬も治療には薬を買う金が必要だった。
働き手を兵に取られ、家族の数が減った家庭も多かった。
女性の働く場も必要だったし、男性より力のない女性が田畑を耕すには農機具も必要だった。雪が降れば腰の曲がった年寄りも駆り出して雪かきをせねば雪の重みで屋根が落ちる。
何をするにも生きていくために金が必要だったのだ。
その支給される金で国が立て直せると誰もが思った。
だが、生活は少しましになっただけでほとんど変わらなかった。
レアンドロが愛人に貢いでいたからだ。
しかしそれを知っているのは一部の者だけで、多くの者は嫁いできた王太子妃の散財が原因だと言った。
当初王城に住まいのあった王太子妃。王城には毎日のように商売人が訪れ、どうだと示した物を言い値で買っていくとほくほく顔だった。
離宮に移っても、レアンドロは「品は盗難や火事の危険性を考えて王城に」と言った。
王太子妃が夕食に招かれて王城に出向くのは、納品された品を確かめに行くためだと噂された。夕食の時間が国王の体調により遅い時間になれば泊まりになる。
王太子妃はそれを狙って、夜な夜な酒場に男を漁り、賭博に興じるためお忍びで出かけるとも言われた。
そんな王太子妃が自分に下賜されると聞き、ヴァレリオはバルトロと大喧嘩をしたのだ。最初は殴り合いだったが興奮したヴァレリオは剣を持ち、バルトロも剣を握った。
慌てて部下たちが止めたが、「親子喧嘩」と放っておけば今頃2人は神の前で説教をされていただろう。
バルトロは「自分の目で確かめろ」とヴァレリオに言った。
それまでも、敵を侮るな、兵隊がどれだけいるのか自分の目で確かめろと言われていたが、ヴァレリオは「どうでもいい」王太子妃の事もだが、何よりレアンドロの気概の無さに憤慨をしていて自分の目で確かめる事を怠っていた。
なので、王城に迎えに行ったのだ。
そこにいたのは物言わぬステファニア。
静かなのはどこか諦めているよう。静かなのにどこか諦めがつかず藻掻いているようにも見えた。
立派な馬を見せたら目の色を変えるのでは?敗戦したとは言え功績のある自分の妻になるのだと思えば、高飛車な態度になると思ったが、全く違った。興味さえ示してくれなかった。
荷物が少ないと侍女が文句を言っていた。あれだけ散財して物を買えば惜しいのだろうと思ったら、自国から持ってきた家具だと言う。ヴァレリオは首を傾げた。
家具は嵩張る。なので領地で買えば良いと言ったのだ。
ヴァレリオは長い馬車旅でボロが出るだろうと考えた。だから敢えて豪奢な馬車にしたのだ。こんな豪奢な馬車でも文句を言うなら街道に放り棄ててやろうと思った。だがそれも違った。文句どころか礼を言うし、自分たちがこんな馬車で寝るわけにはいかないと外で寝ると言い出す始末。
「やはりお嬢さんにはちゃんとした食事を出したほうがいいだろう」
そういう兵士たちに【自分たちと同じで】と指示を出した。
こんなもの食べられないと文句を言ってくるかと思えば、小さな口で骨付き肉に齧りついた。
――嘘だろ…なんだこの女――
着ているドレスも、着替えの服も輿入れの時に持ってきたもので質は良いが明らかにハルメルの物とは違う。
――聞いた話と違うぞ。なんかこの女、変だ――
文句を言わないどころか、不便しかない馬車旅を楽しむステファニアを観察するのが楽しくなってきた。
領地について早々に崖を上れと言ったのは賭けでもあった。
普通の令嬢なら怒って無理やりでも馬車を出しファミルに帰ると泣き喚くだろう。しかし辺境伯に嫁いだというのを真面目に受け取り考えたのなら登れないにしろ何か別の代替え案で自分を認めろと言い出すと思ったのだ。
だがどちらも、違った。
崖を上るが、今は無理なので待ってくれと身振り手振りで必死に訴える。
毎日、バルトロの執務を教えて貰う傍ら、空いた時間で崖にしがみつく。
使用人を顎で使う事もなく、買い物もしない。
庭に咲く花を、蕾を見つければ楽しそうに眺め、庭師と一緒に草を毟る。食事も美味しそうに感謝しながら全てを食べきる。いつしかステファニアの崖上りに率先して付き添うようになった。
ヴァレリオはステファニアが崖上りをしている間、バルトロに言われた事があった。
「あの子は人形なんだよ。怪我をすれば血を流す人形。今まで自分の意思で何かをする事はおろか、考える事も悪だと叩きこまれ、第二王子の為だけに存在すればいいとされた人形なんだ。泣く事すら許されないなんておかしいだろう。それまでの人生を否定されて声すら失うなんてなんと惨い事か」
「そんなの自分で嫌だと言えばいいだろう?辛いなら逃げるとかすればいいだけだ。自業自得だよ」
「嫌だと思う、辛いと思う。その感情すら持つことを許されなかった。いや、そういうものがあっても抑え込めという育ち方をしているんだ。自由に出来る者は『やればいい』という。だが出来ない者はどうしたらいいだろうね」
「そんなの生まれたばかりの赤子じゃないか」
「リオ、赤子は腹が減ったと泣く、尻が濡れたと泣く。あの子はそれも許されなかった子だよ。ここで人形から人間にしてあげようじゃないか。怪我をすれば痛い、旨いものを食べれば美味しい、冷たい、温かい、楽しい、悲しい。自由に表現できるようにしてあげようじゃないか」
崖上りの挑戦を始めて2カ月半。先に上がったヴァレリオは、頂上の岩に手がかかったステファニアの手を引き上げた。その手は細く、引き上げた体は羽根のように軽かった。
「‥‥った…ハァハァ…上がれ‥た…はぁはぁ…」
息を切らせて、まだ立ち上がれないステファニアに屋敷の屋根しか見えないけれどヴァレリオはいつもより高い位置で辺境の地を見て欲しくなった。
「わぁぁ~。本当だわ。色が違う板が見えますっ」
ステファニアの髪が吹いてきた風にたなびいた。
――綺麗だな――
額から流れる汗も太陽の光に映えてヴァレリオには宝石に見えた。
ふと思えば声が出ている事に気が付いた。
☆★☆
結婚式を挙げた夜。
ホットワインで手を温めながら微笑みあって向かいあう。
ヴァレリオはステファニアに過去を問うた。ステファニアは「アベラルドに思いはない」と言ったが、ヴァレリオには小さな嫉妬心からつい、問うてしまったのだ。
ステファニアはアベラルドの事は一言も悪態を吐かなかったし悪くは言わなかった。むしろ努力をして周りの空気を読み、一歩引いて動向を見ている人間だと言った。
「自分の力を過信はしないけれど、周りをよく使う人ね」
「自分で動けば楽なのにな」
「今思えばそうなんだけど、あの時は王族だからそういうものかと。それが良いとか悪いとかはわたくしが口を出してよい事ではないし、考えてはいけないことだったから」
「もし、戻って来いと言ったらどうする」
「ヴァリは戻って欲しい?…なぁんて。戻る気はないわね。彼に会う事があれば伝えて欲しいの」
「なんて?」
「きっと彼は自分が責任を取らないと、とか、彼がいないとわたくしは息も出来ないくらいの事は言うと思うの。わたくしの事はお気になさらずとも結構です。わたくしはわたくしの人生を生きると。」
「本当にそれでいいのか?」
「えぇ。彼は自分の子ではないとカリメルラ様に言われたかどうかは分からないけれど認めている。わたくしには散々行動に責任を持てと言ってたのよ?なら認めたと言う事がどういう事なのか自分自身が解ってると言う事。それに…ふふっ。わたくし欲張りになったから夫を他人とわけあう気なんてないの」
少しだけ意地悪な顔つきになったステファニアはヴァレリオの頬をキュっと抓った。
「他の女なんか見る事もないから安心しろ」
ファミル王国にステファニアのお使いのついでに国王への謁見に出立する5日前の事だった。
――スティ。可愛かったなぁ――
――なのに!こいつらなんなんだ!――
アベラルドにもカリメルラにも腹が立った所に、ワインまで割れて腸はグルグルと煮えくり返りそうだ。そこに「遅ればせながら参上」と言わんばかりに現れたレオポルド。
ヴァレリオは怒りで脳みそが沸騰しそうだった。
★☆第肆拾話 テレーザの慟哭☆★
一同が現れた男を注視する。
「何の騒ぎだ」
誰にともなく問うたのは国王レオポルドだった。斜め後ろにエドガルドの姿もある。
騒ぎを聞きつけたと言うよりも、その落ち着きぶりは騒ぎが起こるだろう事を予測していたかにも見える。
そもそもで、貴賓室なのだから厳重な警備があるのが常。
例えその部屋に滞在するのが、武将と名高い者達であってもだ。
だが、カリメルラが見回りの兵に追われたとは言っても入室出来たのは扉の前に兵はいなかったと言う事。
平和な世の中だから、王城の中だからと言われればそれまでだが、バルトロを始めとしてファッジン辺境領からの一行には「お粗末」としか映らなかった。
「第二王子妃殿下が、ファッジン辺境伯殿に斬りかかろうとしましたので、取り押えた次第で御座います」
「違うだろ!」
レオポルドに説明をする兵士の言葉をヴァレリオが否定した。
「報告は正確に!だ。その女を取り押さえたのはこちらが先だ。引き渡そうとしたが今、右腕を掴んでいる兵士の注意がそれ、女がその隙に剣を奪って俺を刺そうとした。で、今に至る。これが正解だ」
「まことか?」
「グッ…はい」
レオポルドの確認に兵士は項垂れ、間違いを認めた。
悔しいのか兵士の拳は握られたまま、小刻みに震えている。国王の前で間違いを指摘されたのが腹立たしいのかとヴァレリオは推測した。
しかし、戦地の経験の長いヴァレリオは功績欲しさに他人の功績をさも己の物かのように報告する者を多く見てきた。その場にいたものしか分からない情報はトンビが油揚げを掻っ攫うような真似をする者には「抜け」が出る。それは部隊の全滅すら呼んでしまうため、禁じられている事だ。
レオポルドはニヤリと口角を上げた。
その目は弟のアベラルドに向けられている。
ヴァレリオたちはレオポルドの次の言葉に驚愕した。
「この兵士の舌を切り落せ。それから…伯は私の客人だ。この不始末、アベラルド、お前は責任を取り、先ず妻を今、この場で粛清しその血で詫びの深さを見せてみよ」
レオポルドの言葉に1人の兵士がアベラルドに帯剣していた剣を跪いて両手で持ち上げ差し出した。
ゴクリとアベラルドの喉仏が大きく動いた。
カリメルラもハッと顔を上げる。その表情から読み取れるのは「疑問」だった。喚くため猿轡をされている。声が出ればなんと叫んだだろうか。
「お待ちくださいませ。陛下!」
アベラルドを庇うようにその身を盾にしたのはカルロだった。
背にアベラルドを隠したままで、自身の帯剣していた剣のベルトを腰から外し、鞘の付いたまま片手で剣の中ほどを握って前に突き出した。
「その役目は私が。殿下が…王族がその手を血に染める事はあってはなりません。ましてここは王城に御座います。その役目は私に御下命くださいませ」
ククッとレオポルドの鼻から抜けるような笑い声が小さく聞こえる。
すぐに溜息のような息をレオポルドが吐いた。
「私は、妻の愚行の責任は夫にと言ったのだ。カルロ‥‥しばらく見ぬうちに耳まで呆けたか?」
カルロはレオポルドの言葉に突き出した剣を下げた。
「ヴヴヴゥー!!」
両腕を押さえていた兵士の顔に手枷の枠を叩きつけたカリメルラがレオポルドの元に走り寄ってきた。聞き取れない声は喉の奥から絞り出すような咆哮にも聞こえる。
ドゴッ!! ガタタタッ・・ドザッ。
「陛下、お怪我は」
「大丈夫だ。この部屋の羽虫はまるでイノシシだな」
「直ぐに始末を」
「アベラルド。何度も言わせるな。片付けるのはお前だ」
カリメルラはレオポルドの前に出ようとしたものの、回り込んだエドガルドに思い切り蹴り飛ばされ、バルトロの足元に転がってしまった。
「おやおや、女性を足蹴に…」
カリメルラをバルトロの部下の1人が抱き起した。
「ンググウッグウ!!」
「お嬢さん、少し黙っていてくれるかな?眠っている間に何も言えずに終わるのは悔しかろう?」
「グホ??」
カリメルラはバルトロを見て目を丸くした。
バルトロは立ち上がると、ソファの向かいにいるアベラルドから順に入り口前にいるレオポルドまでゆっくりと顔を動かしながら見た。
「陛下。何の余興か存じませんが何点か申し上げる」
「ファッジン、聞こう。なんだろうか」
バルトロの言葉に部下達は放っていた威圧を消した。カルロと数人の兵士は背筋が寒くなった。間諜も行うカルロたちはその威圧の消し方がまるで気配を消し、気が付けば背後で喉元に剣を当てる間者と同じだったからだ。
気が付いているだろうかとアベラルドを見る。おそらく全く気が付いていないだろう。先程まで向かいにいると判っているのに喉にある空気が圧縮されたかと思う威圧感が今度は気配すら全く無になっている事を。
何より、5人いたはずの部下が今は2人しかいない。
3人の姿は見えず気配もない。
ゾクゾクとした言い知れない快感に襲われるカルロをバルトロがチラリと見た。
カルロはピン!と針で刺された痛みを頭のてっぺんに感じた。
カルロたちにしか分からない「達した感」にバルトロは気が付いたのだろう。
静かに視線を逸らせた。
「陛下、まず女囚とて我々は足蹴にする事はない。女子供、抵抗できない者に無体をする事は許されません」
「耳が痛いな。だが、時と場合による。身の危険を感じればそれも致し方なかろう」
「ほぅ。さようで。では次に客人と言いながらこの部屋の惨状。そして先触れのない来訪者。これはどうお考えになる」
「部屋については整えた部屋を直ぐに用意しよう。これは不可抗力と言うものだ。そして来訪者だが分を弁えぬ痴れ者。こちらでじっくりと取り調べた上で然るべき処罰を与える事を約束しよう」
「然るべき処罰。それは妻の罪を夫も負うと考えてよろしいか」
「無論。夫婦、兄弟姉妹、そして親子。誰かの責は負って当然だ」
「ならば、陛下も同様に罪を償いなさいませ」
「なんだと?」
不敵な笑いを浮かべるバルトロにレオポルドは眉をピクリと動かした。
エドガルドが視界を遮らない程度にレオポルドの盾になった。
「ご自身の父、前国王に鉛を吸引させ葬り去ろうとした罪。それは陛下と誰が負うのです?」
バルトロの言葉にレオポルドを守っていた兵士が騒めきだした。
前国王が床に伏せてもう長い事、余命幾ばくもない事はその場にいる者で知らぬ者はいない。レオポルドがアベラルドに妻のカリメルラの罪を償えと言うのであれば、例え国王であろうとその言葉を発する以上、罪があるのなら同様に、いやそれ以上に償う必要があるだろう。
「何を…何を言い出すかと思えば、伯の余興は笑えぬでいかんな」
レオポルドは誤魔化し気味にバルトロに返す。表情から余裕が消えた。
「余興ではない。ここにいる第二王子アベラルド殿下、そして部下のカルロ殿も証拠はあると言っているが…」
「そんなもの、何とでも捏造できる。弟は王位を継げなかった事を妬んでいるからな」
「継承は与り知らぬ事だが、何故私が長く辺境伯として生きながらえたか。その程度の証拠はこちらも掴んである。何の土産もなく丸腰で登城する腑抜けと思われましたか」
バルトロはクイっと口角を上げた。
実のところ二の句は賭けだ。バルトロはレオポルドの毒殺計画をさっき知ったのだ。証拠など一つとして持ってはいない。はったりにレオポルドがどう出るか。
「グッ…だ、だが…父上は…」
はくはくと口は動くが、出てくる言葉が少なくなり、声から覇気が消えた。
「陛下…本当なんですか…」
兵士の1人がポツリ小さく呟いた。蚊の鳴くような小さな声だが静まり返った室内には反響するようだった。レオポルドは返事を返せない。それが答えだった。兵士のざわめきがより大きくなった。
「この国には決まりがあるんだろう?」
突然声をあげたのはヴァレリオ。
誰もがその声にびくりと体を震わせた。
「自分の行動には責任を持て。そういう決まりがあるんだろう?」
ヴァレリオの言葉に返事を返す者はいない。
今、この場で声を出す事の危うさを察したからだ。
「脆いな」小さくバルトロは呟くと、蒼白になったレオポルドを見やった。
「まぁ、私達は兄弟喧嘩に興味はない。進退をどうするかは新参者の田舎貴族ゆえ1票は無効で構わないから好きに決めてくれていい。それから女性の扱いは慎重に。明日の謁見は中止でよろしいな?我々も領地で待つ家族に土産を買う時間が欲しいのでね」
「アグッ…グフゥゥ‥」
バルトロの言葉が終わるや否や、ズサリと膝から崩れ落ちそのまま前のめりに体を倒したのはレオポルドだった。床を赤い染みがあっという間に模様を描いていく。
皆と逆、1人背を向けていた男はエドガルド。その手には短剣が握られて赤い雫が床に落ちる。何事が起こったのかわからず動きが止まった兵士が一斉に飛び掛かった。
アベラルドも何が起きたのかわからず、数名の兵士に潰されるように取り押さえられているエドガルドをただ見ていた。
「何やってんだよ!おいっ!止血!布を持ってこい!」
ヴァレリオが叫んだ。
レオポルドの体を抱きかかえるように起こすがレオポルドは即死だと判断できた。
「くっそ…なんでこんな…悪い事して謝りもしてねぇだろ!こいつに謝らせないといけない事があるだろうがよ!お前も!こいつは兄貴じゃねぇのかよ!なんで突っ立ってんだよ!」
アベラルドに向かってヴァレリオは噛みつく勢いで怒鳴った。
アベラルドは立ち上がったものの力なくまたソファにドサッと音を立てて座り込んだ。
放心状態の顔は笑いもしていないが涙も出ていない。
捕縛されたエドガルドは呟いた。
「王は清いままで天に召されねばならない。何事も語ってはならないんだ」
真夜中の騒ぎに、誰かが知らせに走ったのだろう。
程なくして王妃テレーザが髪を振り乱し、寝間着姿で現れた。
走って来る最中に何度も転んだのだろうか。汚れの中に血の赤い色も見える。人目も憚らずテレーザはヴァレリオに抱きかかえられたレオポルドを見て悲鳴を上げた。
「いやぁっ!レオっ…レオ…いやよ!目を開けて!誰か!侍医を!誰か助けて!レオポルドを助けてぇぇ」
ヴァレリオから引っ手繰るようにレオポルドの頭部を抱いてテレーザは泣きじゃくりながら何度も何度も名を呼んだ。頬を叩き、頬を合わせ、頬を撫でて何度も名を呼ぶ。
「アーハッハッハ、ざまぁみろだわ!私に嘘を吐くからよ!こいつも!私をこんな所に留め置くからいけないのよ!みんな罪人!裁かれて死んでしまえばいい!」
転んだ拍子に口に嵌められた猿轡が弛み、やっと取れたカリメルラは、ヒィヒィと腹を抱えて笑い始めた。テレーザはヴァレリオにレオポルドを預けると飛び掛かって馬乗りになり、何度も頬を打った。
「ギャーハッハ。死んでやがる。自業自――」
「黙れぇっ!!黙れっ!黙れ!」
女性の、しかも王妃の体に触れてよいものか長く悩んだ兵士に引き剥がされるまでテレーザはカリメルラを張り続けた。テレーザの手は爪が折れ、血塗れだったがどちらの血かも判らない。
兵士に両脇を抱きかかえられるとテレーザはアベラルドを睨みつけた。
「貴方がこんな…こんな疫病神の女を引き入れるから…許さない。貴方達は絶対に許さない。レオポルドを返して!私のレオポルドを返してよぉぉ…うあぁぁぁっ」
兵士がテレーザを連れて出ていく。部屋を出てもテレーザの慟哭は王城に響くように長く聞こえた。その後を兵士がレオポルドの亡骸を丁寧に担架に乗せて運んでいく。そしてカリメルラは小さく口で息をする状態だったが連行されていった。バルトロとヴァレリオは部下2人と共に静かに見送った。
アベラルドは未だに放心状態でカルロもその隣に無言で立ったままだった。
★☆第肆拾壱話 最終話☆国王アベラルド☆★
レオポルドの葬儀は盛大に行われた。
カルロは呟いた。
――何も知らないと言うのは幸せな事かも知れない――
エドガルドはあれから黙秘を貫いていて、何も喋ろうとしない。
両親のブレント侯爵夫妻が何度か訪れたが、泣き落としでも叱責でも顔色一つ変えず、一言も発する事はなかった。
現行犯であるだけに処刑は決定しているが、前国王の鉛毒事件は当事者はもう居らず共犯者のエドガルドも貝のように口を噤んでは、自白なしの状況証拠だけとなりレオポルドの罪は民衆に公表できないままだ。
弔いの鐘の音が王都だけでなく、各地で鳴らされる。
真実を知らされていない民衆は若き国王の突然の死を悼んで祈りを捧げた。
――世の中、こんなものか…やり切れないな――
そう思いながらもカルロは王城に向かった。
あの日から2週間が経過したが、アベラルドは執務が手に付かなかった。
窓の外から見える山は真っ白だが、ステファニアのいる辺境の山は頂すら見えない。
それでも、窓の外を眺め静かに涙を流す日々が続いた。
「殿下、少し召し上がらないと…昨日もお食事をされておられませんよね。それに!なんです?この部屋の空気。こんなに臭い部屋によくいられますね」
突然部屋に入ってきた令嬢は、ベルタの娘でヴァネッサと名乗った。
アベラルドの返事など待たずに次々と窓を開け、執務机の前に腰に手を当てて立つと「要らないものはこの籠に入れる!要る物は片付ける!」命令口調にも近い言葉でアベラルドに片づけをさせた。
「カルロ…彼女はいったい何なんだ」
「ステファニア嬢の乳母ベルタの娘、ヴァネッサです。先月離縁されて戻されたそうなんですよ。仕事がないっていうので連れてきました。一応ケルソネ国の侯爵家に嫁いでたので‥母譲りで口は悪いですが一通りは出来ます」
口煩いのは母譲りとよく言われるが、ヴァネッサはステファニアとは乳姉妹。
母のベルタは怒り心頭だし、ステファニアにも悪いとは思うけれど、そこは貧乏貴族、背に腹は代えられない。働き口が決まるまで日雇いの掃除婦兼メイドとしてカルロに仕事を斡旋してもらったのだ。
「ね~。部屋が綺麗になると食事も美味しいでしょう?」
「そうだな…。この埃のソースが何とも言えない」
「え?ナフキンを被せてなかったの?…信じられないわ」
24歳だと言うが、確かに貴族令嬢にしては口が悪い。
アベラルドは久しぶりに食事をした気分になり、少し肌寒いが、入れ替えた新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
翌日、アベラルドとカリメルラは謁見の間に呼び出された。
玉座は空席のまま、隣の王妃だけが2人を待ち受けていた。
ただ、引き連れられて入ってきたアベラルドと、キョロキョロとブリジッタの手を引いて怪訝そうに王妃を見るカリメルラ。左右の壁際には貴族の当主が並ぶ。その中にブレント侯爵夫妻の姿はなかった。
前日、エドガルドと共に処刑をされたからである。
ステファニアは既にファッジン辺境伯ヴァレリオの籍に入っておりブレント侯爵家とは無関係とされた。どう足掻いても王族の籍のあるアベラルドの礼儀を欠いた訪問と、カリメルラがヴァレリオに斬りつけた事は取り返しがつかず一線を画したファッジン辺境伯ヴァレリオへの謝罪の意味も込めて、無関係としたのだ。
「久しぶりね。少し痩せたかしら。奥方はそうでもなさそうだけど」
「義姉上‥いえ、王妃殿下にはご機嫌麗しく存じ上げます」
「えぇっと…はい」
テレーザは2人の言葉を聞いて、微笑んだ。
「知っての通り現在ファミル王国は国王が不在。これは対外的にも早急に解決せねばならない問題だと認識はしているかしら」
「はい」
「ん?…あ、はい」
「良かったわ。そこまでわからなかったらどうしようかと思ったわ」
終始にこやかに話すテレーザだが、目は笑っていない。アベラルドはそれに気が付き嫌な予感がした。
「やはりね、我が夫であり国の太陽であったレオポルド前国王の母は公妃。正そうと思うのよ」
「正す…何を正すのです」
「ふふっ。次期国王は正妃様の子であるアベラルド。貴方が相応しい。このファミル王国の次の国王は貴方。王妃となる妃もいる事だし、解決する問題は1つ。似ても似つかない子よりもお励みになって『正式』な御子を一日でも早く民衆に知らしめる事を願っているわ」
「次期…いえ、待ってください。私はかねてより王位につく気はなく…」
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「許す?誰が何を許すと?」
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「許してなどいない。誰が許すものですか。貴方がたが国王と王妃となりこの国を統べる。それがあなた達に科す罰。アベラルドは知っているでしょう?この国の法では国王と王妃は離縁が出来ない。だから公妃という制度がある。貴方達は死ぬまで、いえ死んでも罪を償うといいわ」
ピシリと言い放つとテレーザは立ち上がり、1組の夫婦を招き入れた。
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「ジージルっ!ジージルゥ!!なんなの!その女は誰なの!」
女の執念だろう。テレーザはジージルの実兄を探し出した。家系だろうか。ジージルの兄も浮気はせず妻一筋だったのだが、子が出来なかった。ブリジッタを引き取って欲しいと話を持ち掛けた時、ジージルの兄は涙を流して喜んだ。礼金など要らない。亡くなった弟の分まで可愛がると二つ返事で了承したのだ。
謁見の間で初めてブリジッタを見たジージルの兄は感涙に咽び、従者に連れられてくるブリジッタが間近にくると、夫婦でブリジッタを挟むように抱きしめた。
年齢差は2歳だが、双子かとよく間違われるくらいに似た兄弟だったジージルと兄。
カリメルラは何もかもがそっくりのジージルの兄に向って手を伸ばす。
だが、それまでのブリジッタへの育児を聞かされていたジージルの兄はカリメルラを汚物を見るような目で見据えた後、扉の方を向くとブリジッタを抱いて振り返りもせずに謁見の間から出て行った。
「どういう事なの!どうっ…なんでぇぇ!」
テレーザは、涙と鼻水塗れになったカリメルラの顔をみて、扇で口元を隠した。
「安心して、あの夫婦は城の庭師として雇ったの。子供を育てるにはちゃんとした職が必要だもの。毎日、話し掛ける事は出来ないけれど、見える範囲で仕事をする筈よ。休息日には子供の顔も見られるわ」
息の仕方も忘れてしまったカリメルラはその場に突っ伏して泣き喚いた。
これから先、ジージルにそっくりな男が毎日、部屋の周りの庭木を剪定するのだ。話しかけることは許されず、見るだけの地獄が始まる。それだけではない。
彼らが住まう庭師小屋はカリメルラの部屋からはよく見える。
食事室の窓は大きく、毎晩家族団らんの風景が見られる事だろう。
休息日には、自分ではない女性とジージルにそっくりな兄がブリジッタと共に家族らしく憩う場を見せつけられる。カリメルラは気が狂いそうだった。
「では、御機嫌よう。ファミル王国の益々の繁栄を心より祈っているわ」
テレーザは従者と共に扉の向こうに消えていった。
戴冠式もなく、通達のみで新国王が立つ。アベラルドの治世は不安材料しかなかった。
民衆がいる限り逃げ出すことは叶わない。
求心力のあったレオポルドを慕っていた臣下はアベラルドを推す派閥ではない。ステファニアとの婚約解消でアベラルドから多くの貴族が離れて行ったままだし、2年間を無駄に過ごしたアベラルドは臣下との信頼の構築もイチから始めねばならない。
――兄上のようにやってみろと言う事か――
国王と王妃である以上離縁は出来ないのも痛手だった。
四面楚歌に近い状態でカリメルラと一生添い遂げろと言う事でもあり困難が待ち受けているのは考えるまでもない。
――でも、やるしかない。自分の愚かさが招いた未来だ――
☆★7年後★☆
時折獣のような叫び声が王妃の宮の方向から聞こえるが、それももう気にする者は誰もいない。むしろその声がない日が寂しいくらいである。
「まぁまぁじゃないかしら。で、予算は組んだの?」
「議案は通した。細かい所をファッジン辺境伯と調整中だ」
「そう…あ、そうだ。これを持ってきたのよ」
テレーザが取り出したのは、古びた積み木。幼い頃にレオポルドとアベラルドが遊んでいたものだと言う。
「大事に取っていたなんて。見つけた時はびっくりしたわ」
テレーザは王太后の扱いとなり、今はレオポルドが幼少期に過ごした宮を住まいとしている。そこにはレオポルドが色んな悪戯を仕掛けた痕跡が残っている。毎日が宝箱を探すようなものだ。
テレーザがアベラルドと和解したのは3年前。業なのだろうか。レオポルドの墓が荒らされたのだ。テレーザが死後も困らないようにと公爵家を上げて大量の埋葬品を一緒に埋めたのが原因で墓荒らしに狙われた。
盗まれた品の中に鍵の付いた日記があった。アベラルドが回収しテレーザの元に戻ったのだが盗賊は鍵を壊しており中の日記が読めた。
そこに書かれていたのはテレーザの知らないレオポルドの嫉妬に塗れた裏の顔だった。
アベラルドに対しての嫉妬、妬み、憎悪…テレーザは怒り、呆れた。そしてアベラルドに謝罪をしたのだ。カリメルラに対しては同性だからだろうか。許そうという気持ちに全くなれない。
だが、アベラルドに対してはレオポルドの嫉妬に塗れた策略で嵌められてしまったのも否定はできない。今更取り返しはつかないが、テレーザはその点には謝罪をしたのだ。
「記憶がないなぁ。でも兄上はとっておいたんだな」
「きっと、貴方に関するものだからよ。とんだブラコンだわ」
クスクスと笑うテレーザに「いらっしゃってましたの?」と声をかけたのはヴァネッサだった。
大きなお腹で足元がおぼつかない。アベラルドは間もなく「本当」に父親になる。
国王となり夜会などにも出席せねばならないのにカリメルラは使い物にならない。
茶会でも貴族の夫人同士を纏める筈が、いがみ合ってあわや内戦になり掛けた事もある。周囲の勧めもありアベラルドは公妃を取った。結婚歴のある者であれば既婚者でも公妃になれるが、アベラルドはヴァネッサだけを公妃とした。
父はもういないヴァネッサだが、母はいる。アベラルドは公務に政務、執務をなんとかやりくりしファッジン辺境伯に出向いてヴァネッサの母、ベルタに公妃とする許しを得た。
3児の母となったステファニアとも面会をした。
逞しくなったステファニアに領で採れた蜂蜜の販路拡大を約束させられてしまった。
こっそりとレオポルドの日記の中に国王毒殺未遂事件の記述があった事を話した。
ステファニアは、「人に言えないものは湿布薬の貼紙にするのが丁度いい」と言った。流石に本当に湿布薬の貼紙には出来なかったが、アベラルドはヴァネッサの出産が終わり、大きな事業が終わる1年後、それを公表する予定である。テレーザにも了解は得ている。
加害者も被害者ももうこの世にはいない。だがアベラルドはその責任を取り退位。かの日は幼かった弟に玉座を譲るつもりでいる。退位後はカリメルラをどうするかでまだ検討はしているが、ファッジン辺境領の東端で代官を募集しているそうなので応募してみようと思っている。
「国王やめても、何とか養うから安心していい」
アベラルドの言葉にヴァネッサは心外だと言う顔をした。
「わたくしの事は、お気になさらずとも結構ですわ」
――女性は強いな。一生敵わない――
ヴァネッサの言葉に、アベラルドは逞しくなったステファニア思い出しヴァレリオに父親の心得を習おうと心で誓った。
Fin
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初期公開編とは大分ラストが違ったのですね。うん、改稿後の方が好きです。
コメントありがとうございます。<(_ _)>
そうですねぇ…これはもうワシの黒歴史話と言ってもよいんですけどもね(;^_^A
戒めの為に敢えて恥を晒して公開しとこうと思いまして(笑)
隠すのは簡単なんですけども、隠してしまうとこういう失敗を忘れちゃうと言いますか、公開しとく事でどうしても新しい話とか書く時にスクロールして目に留まるようタイトルにも【改】って入れたんですよ(;^_^A
【改】より【戒】の方がいいかと思ったんですけども、目に留まった方が違う方に思っちゃうといけないなと。
途中で伏線張った部分へのご指摘に「なるほど…」っと思ったワシが悪いんですけどもね(*^-^*)
以降はご指摘はご指摘…っと一先ず突っ走る事に致しまして(爆)
長い話なので、読んでくださった方には本当に申し訳なくて( ノД`)シクシク…
失敗の部分も含めるとすごく長くなっちゃうのに読んで頂いてありがとうございます(*´▽`*人)感謝
ワシも元々の話(話回ごとのほう)で納得はしております(*^-^*)
そちらのほうが好き♡と言って頂けてとっても嬉しいです\(^▽^)/
両方ともラストまでお付き合いいただきありがとうございました。<(_ _)>
楽しく読ませて頂いています。
本筋には影響ないかもしれませんが、「イモリ」は水中に住んでいる生き物です、壁などに張り付いているのは「ヤモリ」かな?と。
コメントありがとうございます。<(_ _)>
そうなのですよねぇ…ご指摘の部分はヤモリに変更を致しました。
カリメルラが窓を開けるので、入ってきたとしたかったのですが、まぁヤモリも入ってきちゃいますよね(笑)
どっちかというとヤモリの可能性の方が高いともいえますし(;^_^A
イモリも水の中だけじゃなく陸でも活動はするので(水の中の方が多いとは思いますけども。笑)、田舎のワシの家にも時期になるとよく入り込んでくるんですよ(笑)
ヤモリかと思ったらお腹赤いしイモリかい!って(;一_一) ←沢に逃がしますよ(*^-^*)
家を守るヤモリ(屋守)と井戸を守るイモリ(井守)とも言いますしね(*^-^*)
ご指摘ありがとうございました<(_ _)>
こっちの方がスッキリした気分の終わり方でした。
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お兄さん、壊れずに終わりました。
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コメントありがとうございます。<(_ _)>
アベラルドは失敗する事が嫌いなので動かないんですよねぇ。最後は辺境でステファニアと言葉を交わす事は無かったですが、既に前に向かって別の道を歩いているステファニアには声をかけずに旅立ちます(*^-^*)
ワシ的にはアベラルドは「過去についての謝罪」と廃嫡となって新しい人生を歩む自分を「見て欲しい」という思いで辺境に行った…と書こうかな?と思いましたが、敢えて書きませんでした。
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ですが、最後に臨床試験を自ら願い出たのは自分の減刑の為ではなく、レオポルドに生きて償ってもらうためでもあります(*^-^*)
リアルで考えれば先王の容態からしてギリギリのところですけども、生きていると死んでいるは大きく違うので、先王が生きているという事がレオポルドの戒めにもなるかなと思いまして(;^ω^)
実はここが伏線の回収だったんですよ(;^_^A
伏線はステファニアの「つめたいのかも?」って所です。
これを伏線消しちゃったので、ボツ版はカルロがテレーザに言う「知らない事が幸せ」ってするしかなくなっちゃったんですよ…。もう猛省ですわぁ(*´▽`*人) ←ちゃんと猛省してます。はい~♡
ラストまでお付き合いいただきありがとうございました。<(_ _)>