【改】わたくしの事はお気になさらずとも結構です

cyaru

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ハルメル王国、前国王と楪

辺境の朝食時。

バルトロと向かい合わせの丸いテーブルに腰掛けたステファニア。
ヴァレリオのいる時は長い長方形の形をしたテーブルだが、3日前にヴァレリオは王都に向けて出立し、暫くは2人だけの食事となった‥‥筈だった。
「どうしてここにっ?!」

使用人の給仕係が素っ頓狂な声をあげると、そこにいたのはヴァレリオ。
丸いテーブルにバルトロとステファニアが向かい合って座っていると椅子をズルズルと力なく引っ張ってきて座る。ステファニアはバルトロの向かいから丁度3人で三角形の角の位置になるように移動した。

何故かがっくりと項垂れて着席したヴァレリオ。

「どうしたんだ?お前、王都に向かって出立したんじゃなかったのか」
「そうしようと思っていたんだが、ミリーが妊娠してたんだ」
「だろうな。あんなに盛りがついていればそうなるだろ。…サラダを持ってきてくれ」

項垂れるヴァレリオに呆れ顔のバルトロは溜息交じりの返事をヴァレリオに返し、サラダを給仕係に頼んだ。ステファニアは何の事だ?と2人を交互に見るが、朝のミルクのお代わりを豪快に頼むバルトロと、未だ項垂れているヴァレリオ。何も聞き出せそうにない。

「ミリーに栄養のある物を食わしてやりたいのに金がないって言われた」
「それはそれで問題だが、まさか、まさか、まさかのこの3日間。ミリーの所に行ってたなんて言わないだろうな」
「イッテタ…」
「バカか、いや、バカなんだが、バカか!明日から吊り橋の架け替えだから3日前の予定を組んだんだぞ?今からじゃどんなに走っても吊り橋は前のやつが落とされた後だ。どうやって王都まで行く気だ」


冬の間は吊り橋も凍結するために春に向かい架け替えをする。手摺となるロープをそれぞれの領民が冬の間に家で編むのだ。春になれば新しいつり橋が架かる。
ほぼ最後の通行人となるだろうと、橋が架けられている日に間に合うようにヴァレリオは出立したはずだったのだ。
馬車の通れる道は遠回りになるが、吊り橋を渡れば1週間から10日は短縮できた。
そこに馬の交換できる休憩所もあるからだ。

「泳いでいく」
「ブッハッァーー!!」
「ゴホッ‥ゴホッ…ギョホッ…」

予想していない答えが返ってきた。川の水は真夏でも30分泳いでいれば体が冷えて動かなくなる。今はもういつ初雪が舞い降りて来てもおかしくない時期。
川の水は、チャプンと指先を浸しただけでビリビリと痛くなるほどに温度が下がっている。
氷水の中を泳げるはずがない。

バルトロは勢いよくミルクを吹き出し、ステファニアは変なところにミルクが入ってしまい咽込むせこんだ。


バルトロのミルクは綺麗にステファニアとヴァレリオの間を通って床を汚す。移動していなければ大惨事だったが、そもそもヴァレリオが予定通り出立していればミルクが無駄になる事はなかった。


ポツリと「泳ぐ」と呟くヴァレリオ。確かに川の流れを使えば王都までは10日もかからない。問題は昼夜問わず櫓を漕ぎ続けねばならないので船を出すものがいないだけだ。
それを泳ぐという生粋の【人力】のみに頼ろうとするヴァレリオ。
他者からみての問題点しかない選択肢もヴァレリオにはごく普通の選択肢なのだろう。

「で?ミリーさんの具合はどうなんですの?」
「機嫌が悪い。水もひっくり返してた…」
「だろうな」
「でしょうね」

ミリーはヴァレリオの愛馬の妹馬である。器量の良い顔立ちだが非常に気性が荒い。
ステファニアを迎えに行く旅では頑張って6頭立てのステファニアが乗る馬車の先頭で活躍をした。蹄鉄を付け直すために離れた場所にある「馬のお医者さん」がいる厩舎に預けられていたのだ。

「はぁぁ~ミリーがそんな事をするなんて‥いや、されたなんて!」
「・・・・」
「・・・・」

ヴァレリオを無視して朝食をとる2人。
この場にベルタがいないのが救いだ。ベルタがいれば川にこの状態で放り込んで、じっくりと頭を漬け込んでいただろう。何度も言うようだがこの時期の川の水は冷たいを通り越して「痛い」からだ。
そのくらいしないとヴァレリオに効果が見込めない。

だが、馬のミリーが出産をした事で、ステファニア専用の馬が出来た。

「これで行動範囲も広がるな」
「わぁ!馬をくださるの?!嬉しいっ!!大きくなるまではお世話を馬丁さんに習いませんといけませんわ。ところで馬も仔馬はヤギのようにフルフルしますの?」

ステファニアは辺境に来てヤギ、豚、ロバの出産は見たのだが馬は見た事が無かった。ニワトリは朝、卵を拝借するが幾つかは親鳥が温めて孵化させる。殻を破ってきたヒヨコはピーピー啼きながら親鳥の周りをうろうろする。鳥なら同じかと思ったのだが、ツバメやメジロは違うようで歩く事も飛ぶ事も出来ず親が餌を巣に持って来る。

――鳥なのに育ち方が違うのね――

今までの生活では気にも留めなかった事が、自分の目で見られる事に好奇心は既に爆発している。ならば馬はヤギやロバとは違うのか。見られなかった事が残念だとしょんぼりしながらも自分の馬が出来る喜びを伝えた。

「フルフル?いや、しないな」
「しないんですのね」
「あぁ、フルフルというよりは、ガクガクだな」

――するのね――

人が物事を見てどう感じるかは人それぞれ。それも辺境で学んだ事だ。
ステファニアはヴァレリオの言葉に「どんなフルフルなんだろう?」と想像しながらヤギミルクをコクリと飲んだ。


★☆★

そのような事があり、急遽船を用意したヴァレリオは雨(雪)が降り出す前に船上の人となった。船上の人と言っても定員1名の木船である。泳いでいくと着替えの荷物が濡れてしまうと「荷物ファースト」の結果こうなった。

ただし、王都に到着した時は荷物がびしょびしょで使い物にならず、出張所的なファッジン辺境伯所有の屋敷で体形の似た従者から服を貸してもらう事になったのは言うまでもない。




「面倒だな。で?陛下は何処だ?」
「国王陛下は自室で己を見直されております」
「なんだって?だから辺境への金が滞ってるって事か」

ヴァレリオは賢くはないが、金が無ければ防具を始めとして十分な備えも出来なければ、砦などの修復費用なども出ない事を知っている。軍事に関してだけは頭が、いや気が回るという面倒な男なのだ。

ステファニアを辺境伯と結婚をさせると通達がある半年以上前から資金は滞っておりファッジン辺境伯は自腹を切っていた。金が支給されるまで何もしませんと言う事は出来ないからだ。

特に冬の間は、支給金が他の季節よりも多く必要になる。
国内の農村や漁村などから冬の間だけ出稼ぎに来る「季節兵士」が増えるのだ。
季節兵士は壊れた砦の補修をしたり、傷んだ武具の手入れもする。季節兵士は農夫や漁夫だけでなく木こりや鍛冶屋、大工などもいるのだ。

出稼ぎをしてくる者達を長期宿泊をさせ、食事を提供する事で宿屋も飲食店も、果ては娼婦までが潤うのだ。冬の間にそのようにして現金収入を得る事で、夏の間はまばらな観光客だけでもなんとか生きていけるのがハルメル王国の宿場町なのだ。

支給される金が滞れば経済が止まる。田舎町や辺境の経済が止まったところで王都に影響するのは数年後。だが今は敗戦直後であり、仕事を与えるという意味でも支給を止めることはありえなかった。
ファッジン前辺境伯は季節兵士たちが暴徒化しないよう自腹を切って来たのだ。

今回は言ってみれば【立替分】の回収も含まれての登城である。
呼び出しただけで辺境伯はホイホイやって来るほど暇ではない。

「ファッジン辺境伯様とお見受けする」

前国王付きの従者がヴァレリオに問いかけた。

「いかにも、俺、いや私がファッジンだが?貴殿は?」
「先代国王陛下専属執事のリベリオ・ネッシと申します。ネッシ侯爵家の次男坊でございますが」
「ネッシ?ネッシ‥‥ネッシッシ…ネッシッシ‥」
「ネッシッシではなく、ネッシ!で、御座います」
「すまない、思い出す時は反復しているだけだ。不快にさせたなら申し訳ない」
「いえ、吹けば飛ぶような家柄ですから。それよりもあって頂きたい方が…」
「俺に?ジジィ‥いや先代ではなく俺…私に?」
「えぇ。貴方様に」


なんだろうと思いつつも帯剣した剣の柄に手がかかるヴァレリオ。
リベリオに先導されて、その背をついて行った先にあったのは先代国王の私室だった。

バルトロから「敵の矢に射られた。鏃に溶かした鉛が塗られていて治療に苦労した」とは聞かされていた。ファミル王国の要とも言える砦を攻略した際に、その砦が落とされれば、なし崩しになる事からファミル王国の激しい抵抗にあった。

ファミル王国の兵士達は矢を射る直前にドロドロに溶かした鉛の液体に鏃を浸し、それをハルメル王国の兵士にむかって次々に射ってきた。そのうちの1本が脇腹、1本が太ももに刺さったのだ。

静かな私室。寝台に横たわる国王は顔色はもう茶色に近く死期が間近にある事は考える必要もない。

「クロ‥‥クロじゃないか…」

喉から絞り出すような声が聞こえる。従者はもう喋れず、息をするだけとなっていた国王が聞き取れなくもない声でヴァレリオに向かって名を呼び、数か月前のように体を捩じって、肘を使っておきあがろうとするのを慌てて止めた。

「親父の事を知ってるのか?」
「クロ…久しぶりだ…どうだ。いい刀鍛冶は見つかったか?」

ヴァレリオは従者の顔を見た。

「昔の記憶で御座います。話を合わせて頂けますか?」
「判った」

勲章のじゃらじゃらついた隊服は首回りが苦しい。指を入れて隙間を作る仕草を懐かし気に前国王は目を細めて見ていた。開かれた瞳は濁っていて目の前のヴァレリオが見えているかどうかはわからない。
それでも前国王は、目尻を下げて破顔すると震える手を伸ばしてきた。

クロと呼ばれているのは、ヴァレリオの父の名だろう。
ヴァレリオの父は、クロリネス・ファッジンと言った。

「クロ…この国を頼む…お前にしか頼めない」
「判った。頼まれよう」
「良かった…良かった…開戦でお前を怒らせ…ゴホッゴホッ」
「大丈夫か?」
「(ヒュゥゥ~ヒュゥッ)クロ…クロ…頼む‥(ヒュウヒュウ)」

国王の声は喉の奥からヒューヒューと音のする息に交じる。口でハァハァと荒い息になったのもつかの間。国王からは微かな呼吸音しかしなくなった。

ヴァレリオの手を握る前国王の手はポトリと寝台に落ち、ヴァレリオと入れ替わるように侍医が隣に付いた。しかし出来る事などもう無いに等しく、侍医は耳元で呼びかける事もしない。
半刻、いや一刻経っているだろうか。

侍医は立ち上がると従者に静かに頭を下げた。その後ろで助手が前国王の手を掛布から出すと胸の上で組み合わせる。今日の日は近日中と予定されていたのだろう。

助手は「ゆずりは」の葉を取り出した。
若葉が出た後は、代替わりをするように前の葉はポロリと落ちる。
落ちた「ゆずりは」は親。亡くなった時に新しい葉である子供が憂いが無いよう、手に握らせて埋葬するのだ。

「親父の事を知ってる人にあったのは2人目だ」

ヴァレリオは従者に言い残すと、親の死に目にも表れない現国王レアンドロの部屋に向かった。
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