【改】わたくしの事はお気になさらずとも結構です

cyaru

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ヴァレリオの気鬱

「なんだお前は」

不機嫌さを隠さないのはハルメル王国の国王代理を名乗るレアンドロだった。
隣にはロザリーを侍らせている。

ヴァレリオの方こそ、「なんだお前は」と言いたかったがその言葉はまだこの部屋を訪れるものがいた事で飲み込むしかなかった。

「遠い所をありがとうございます」
「いえ、これも仕事ですから。お構いなく」

そう言いながら部屋に入って来たのは、ファミル王国、国王レオポルドの側近の1人でもあり、ステファニアの兄でもあるブレント侯爵家の嫡男、エドガルド・ブレントだった。

切れ長の目を覆っていた眼鏡を外すと、ロザリーが感嘆の声を漏らす。
窓から差し込む柔い日を浴び、軽く執務机に腰をのせ、片足を軽く折って交差させる。

「お座りになりませんか?」

従者の声に「結構」と短く返事をしてレアンドロを睨みつけた。
ロザリーはその視線ですら自分に向けられたものかと場所を取るレアンドロを押し退けて視界の全てに入ろうと身を乗り出した。

エドガルドがチラっとヴァレリオを見る。
ヴァレリオは「どこかで見たような…あの細い目…」と考え込んだ。

「妹がお世話になっているそうですね」
「妹??えっ?じゃぁベル婆…いやベルタさんの?!」

エドガルドの目がジト目になる。

「妹、い・も・う・と!と言ったはずだが?」

ベルタの兄となれば60代になってしまうではないかとエドガルドは少しだけ不機嫌になった。余りにも若く見られるのはどうかと思うがエドガルド・ブレント、24歳、未婚だが婚約者あり。
「もうすぐ30歳?」と言われた事はあったが、ベルタの兄と思われる年齢に見えたとなれば心外だ。

ヴァレリオはその「ジト目」に見覚えがあった。

「あっ!スティの!」
「えぇ。ステファニアがお世話をかけて。後ほど両親から荷馬車7台分の土産を預かっておりますのでお受け取り下さい」

ヴァレリオは「しくじった!」と後悔した。
荷馬車7台となれば陸路は簡単だが、ヴァレリオは海路ならぬ「川」なのだ。
しかも行きは下りだが、帰りは登り、いや遡上である。

――王都には上りで川下り、帰りは下りで川を遡上――

王都に来る前に散々ベルタに言われたのだが、ヴァレリオに王都向けが上りなどという知識はない。ベルタの言葉で理解できるのは「遡上」である。アユや、マスが一旦下流に行き、産卵のために上流に戻って来るのは知っていたからである。

そんなヴァレリオでも想像は出来る。
荷馬車7台分の荷物を漕いできた木船に載せれば間違いなく荷はバラバラになってそれぞれが浮いて流され、船は川底を舐めるだろう。


船を荷の分だけ調達しても問題がある。辺境まで下りで10日を遡上してくれるくらいの体力自慢はそうそう見つかるものではない。

「荷馬車7台は無理だな」
「何故だ。馬車の手配くらいはするぞ」
「時期としてもうすぐ雪だ。荷馬車を引く馬の替えがないんだ。冬支度をする為に今は数か月分の荷を運ぶ時期だ。その上、餌代の高騰で馬を養えず手放した業者が多くて今年は手配も大変なんだ。そのくらい頭にいれとけ」

まさかヴァレリオに言い返されるとは。
エドガルドはずり落ちた眼鏡を指先で突き上げた。


エドガルドは若干シスコン気味だった。両親から頼まれたのは荷馬車に2台だったがファッジン辺境領がこんなに離れているとは思わなかったのと、ステファニアは王太子妃だったので、おおよそで1年ほどかけて廃妃とする手続きをして引継ぎをするはずと、王都にまだいるつもりで兎に角買い込んでしまったのだ。

ヴァレリオは折角の荷物である。「考えてみる」と知恵を絞り出そうというのか首を傾げだした。その様子を見てエドガルドは、聞かずともステファニアは大事にされているのだろうと思い至った。

そして、レアンドロの方を向いた。


「可愛い妹を大事にしてくれていると思ったら…」

ちらりとレアンドロを見るエドガルドの目に温度はなかった。

「レアンドロ殿、一つ教えて頂けるかな」
「な、なんだ…」
「何故下賜先をファッジン辺境伯に?」
「そ、それは‥‥つ、強いから!強いからだ」
「辺境伯なのだから当たり前でしょう?ファッジン殿だったから我が国は苦戦したんですから」

バサリとレアンドロの腰を下ろす目の前のテーブルに書類の束が置かれた。
「持ってきてくれ」というエドガルドの声に扉が開き、人間の体の肩から太ももあたりまでのトルソーが3体運び込まれてくる。その後を大きな箱を抱えた侍女が数人入室してきた。

侍女の後は仕立て屋や宝飾品店の支配人などがぞろぞろと入って来る。

「あ、あんた何してるの!それ私のドレスでしょう?!何、勝手に持ち出してるの!」

ロザリーが勢いよく立ち上がり、なんならソファの前にあるテーブルをステップ台に飛び上がるかと思う勢いで乗り越え、侍女からドレスを引っ手繰ろうとした。

どんなに愚鈍でもロザリーの一言が不味いのは判る。
ここに色々なものを運び入れてきていると言う事は、証拠は押さえられていると言う事だ。
あと、必要だったのは「本人の告白」だった。

いとも簡単にロザリーは「私のドレス」と飛び掛かったが、そのドレスはロザリーが気に入ったデザインを、ロザリーが選んだ布地で、ロザリーに合わせて仕立てたものだったが、王太子妃にとファミル王国から別途計上された予算から全て支払われ、書類もステファニアが所有するとなっていたのだ。

単にハルメル王国の決めた予算に手を付けたのではない。
ファミル王国から「王太子妃用」として指定をされて組まれた予算に手を付けたのだ。

それだけではなかった。追い出すようにして辺境に送ったのが災いした。
離宮に残された家具は遊ぶ金欲しさにレアンドロとロザリーが業者に売り払ってしまったのだ。
金を受け取り使った事も問題だったが、業者にも指摘はされていた。

「家具ですけど、全てファミル王国の王家を示す紋章があるんですが」
「外れるなら外せ。外れないなら潰せばいい」

業者は外せる紋章は外し、外れないものは槌で叩き潰した。
代金を着服した云々よりもこちらの方が大問題だった。

レオポルドはレアンドロがロザリーに傾倒していることは知っていた。これほどまでだと言うのが想定外だっただけでステファニアは愛人の在り方で困惑するだろうとは考えていた。
ファミル王国には公妃という制度はあるが、ハルメル王国にはない。
夫が愛人に肩入れをしている場合、庶子を実子として届ける貴族もいるのだ。力のない家から嫁いだ正妻はその苦渋くじゅうを味わうのみ。


ゴトリと音がしてゆっくりと音の原因となったテーブルに置かれた木の板を見る。

「扉や引き出しに嵌め込んであったガラス板を売ろうとしたんでしょう。バラバラになったこの木の板。どこで見つけたと思います?」

「さ、さぁ???何処でしょうか‥」

レアンドロは喉がカラカラで声が通って行く度に棘が刺さったような痛みを感じた。

「傾斜のある道に馬車を止める時の車止めです。で。ここ…見えますか?」

見えなくても見えるとしか答えは許されていないのが解る。
レアンドロは泣き出しそうな声で返事をした。

「我が国の紋章が潰されています。この家具は特注で世界に1つしかないんですよ。王妃殿下と公妃殿下、王太子妃殿下が連名でステファニアに贈ったものなんです。知ってました?」

口からは吸いこんだばかりの息しか出てこない。声を出そうにもレアンドロはなんと答えても結論が目の前に突きつけられてブルブルと震えた。

「もう!なんて事なのよ。ねぇっ。私の宝飾品は取り上げれられてるし、ドレスも皺が付いてるのよ?なんて扱いなのかしら、ねぇ!レアンドロ聞いてるの?ねぇってば!」

レアンドロの腕を掴んで何とかしろと叫ぶロザリー。考えている間などなかった。
助かるにはこれしかないと思ったレアンドロは壁に掛けてあった剣に手を伸ばし、エドガルドを斬るべくその鞘を抜いた。


「うわぁぁ!!」

斬りかかったレアンドロ。声だけは威勢が良かった。

壁に掛けてあった剣は、鞘から引き抜くと薄い木の板が短く鞘に引っ掛かる程度に柄から伸びていた。果物ナイフの方が余程武器なるレベル。

エドガルドに向かって刃があるものだと思っていたレアンドロは、思い切り振り被り、型で言うならば袈裟懸けで勢いよく柄を振り下ろそうとした。

ガッ(ゴリュッ)!! ゴトン! 「ウガァァッ」

レアンドロは握っていたほぼ柄だけの剣を床に落とし、手首から数セルト上の腕があらぬ方向を向いたまま床を転がった。

「何やってんだ。バカが。城内で剣を抜くな」

ヴァレリオは壁の剣を手にしたレアンドロの手首を瞬時に抜いた剣の腹で叩きつけた。
その間エドガルドは身動き一つせず、なんなら瞬きもせずに前を見ていた。

「織り込み済みってわけだよな?戦勝国の宰相は違うねぇ」
「私は宰相ではない。それに追い詰められた輩の次の行動くらいは把握しているつもりだ」
「だから壁の剣をオモチャに入れ替えたと?」
「さぁ?入れ替えたのは私ではないからあずかり知らん。もっとも目的を果たしたのは僥倖だな」
「目的ね…。こいつの首が欲しかった訳じゃない…よな」
「今の時代、生首など贈られても処分に困る。そんな趣味は陛下も持っていない。それに生首は生首で効果的に使わねば意味がない」
「寸でで止めたからお咎めなし…は無理そうって事か」
「理解が早くて助かるよ。私はそこまでお人好しではない。他人の忖度をあてにするようになるとはヴァレリオ・ファッジンも随分と丸くなったものだ」


ヴァレリオは部屋の中を見渡す。腰を抜かして失禁しているロザリーは論外だ。
レアンドロの両腕の前腕骨は橈骨とうこつ尺骨しゃくこつも折れていて当面は何も出来ないだろうし、熱で浮かされ、痛みもでる事から寝る事も出来ないだろう。今も尚、動物のような咆哮を吐き散らす。顔も鼻水と涙、涎で、ずり這いながらロザリーのドレスを掴む物だから床の染みも加わっている。

――この2人は本物の雑魚だからな…どいつだ――

ヴァレリオはゆっくりと部屋の中にいる使用人を見渡す。
入室してきたばかりのエドガルドが剣をすり替えるのは無理である。
ここはレアンドロの私室なのだ。

綺麗ごとを言うつもりはない。辺境の戦いでも寝返るものは少なくないのだ。
誰だって命は惜しい。敗戦して復興を共に手を取り合ってなど綺麗ごとのスローガンで腹が膨れれば最初から戦争など起こらない。
貧しくなれば人は何でもする。国を裏切り、生き延びるためなら家族も売る。

だが、どうしても罠に嵌めるようなやり方は許せないのだ。
エドガルドに、ファミルに心を売った同胞がこの中にいるとヴァレリオは神経を研ぎ澄ます。

カチャリ。

ヴァレリオは一人の従者の鼻先に剣を突きつけた。
ピクリと動いた従者の鼻の先端から裂けた皮膚に赤く血が滲む。

「貴様か」
「な、何の事です…私は…なにも…」
「していない筈がないだろう。この卑怯者が」

野山を、谷を泥を啜りながら敗走した経験のあるヴァレリオは裏切り者が許せなかった。
戦に正攻法もなにもあったモノではない事は十分に承知しているが、敗戦となった後で次々に貴族は粛清された。今残っている貴族はファミル王国の庇護の元でハルメル王国を立て直すと誓ったものばかりの筈だった。

「エドガルド殿、国が欲しいなら欲しいと言えばどうだ。我が国の王は神に召された。残りはこの愚か者だけだ。回りくどい大義名分を作らずともこの国は手に入ったはずだ。この従者を使い、剣を入れ替え、瑕疵を作る事になんの意味がある」

「話に聞くよりもバカではないようだな」
「どんな話を聞いたか知らないが、その話は間違っていない。俺は多分、この国で一番のバカだからな。前代未聞だと思うぞ。文字の読み書きができない辺境伯など」
「自虐か?だが、お見事だ。学問だけで身を立てることは出来ないが剣の腕一本で身を立てることは出来る。君は妹の夫にこの上なく相応しい人間だと認めよう」
「抜かせ」

ヴァレリオは剣を仕舞う素振りもなく、従者はロザリーの隣に座り込む。
エドガルドは不敵な笑いを浮かべ、顎で従者とロザリー。そして今も尚、のたうち回るレアンドロを捕縛させた。それを見てヴァレリオは哀しそうに笑った。

「残りは俺だけと言う事か」

「そうではない。君は遠い地に居て気が付かなかっただけだ。ファッジン辺境伯には今まで通り、いや今まで以上に活躍を期待している。このハルメル王国がハルメル地方と名を変えることで、領地の形は変わるが、諸国との【国境線】がなくなるわけではない。それにね民衆には【目に見える】罪が必要なんだ」

「そいつらをどうすると言うんだ」

「1つの国が滅ぶ時、為政者は新しい時代にそれまでの悪政をその血で洗い流さねばならない。彼らは民衆に新しい国、新しい時代になるのだとその身をもって知らしめる。ガス抜きというやつだ。この国の民衆は暴徒化する一歩手前まで来ている。贄は必要、生首の効果的な使い方と言う訳だ」

「処刑すると言う事か‥‥」

「余りある罪状だからな。戦勝国、敗戦国と言うだけじゃない。今の両国の関係は宗主国と属国に等しい。その宗主国の紋章の扱い。これだけで数回首が刎ねられる。ただこれは想定をしていなかったのは本当だ。下賜先に運ぶだろうと思っていたから、売り払ったと聞いて…正直顎が外れるほど驚いた。そこまで常識を知らなかったのかってね」

「確かにまだ和平はあって無いようなものだが、それでも処刑は重い」

「処刑する理由は2つ必要なんだよ。身分のある者用と無い者用。身分のないものに紋章だのなんだのはただの言い掛かりだ。この理由は身分のある者には抑止力として使えるけれど、身分のない者には効果が薄い。一部の過激派には効果がある程度だ。国旗を燃やすようなものだからね。ま、見ていて気分の良いものじゃないが、それだけで処刑は重いと考えるのが身分のない者だ。

だからもう一つの理由が必要だった。
彼らの罪として【身分のない者】はファミルの国王より遣わされた王太子妃を無碍に扱い、費用も流用、挙句民衆を貧困に叩き落した。とすればもろ手を挙げて賛成をする。自分たちの生活を困窮させ、王太子妃という言ってみれば他人の金で遊び倒し、挙句下賜で遠くに追いやった極悪人だと認知されるからな」


「だから、登城しろと俺を呼んだのか」

「フフフ。そうだ。そしてここに私がいる事も大事なんだ。ハルメル王国で国王よりも慕われるファッジン辺境伯。影響は大きい。そのファッジン辺境伯が愚かで散財好きの王太子から斬りつけられる私を守る。この事実が大事だった。私は、ファッジン辺境伯ヴァレリオ君、君の義兄だ。民衆はこのような戯曲が大好きなのさ。愛する妻の涙を見たくない君は、過去に妻をこっ酷く捨てた男から義兄をも守る。何と素晴らしい事だろう」

「だが、スティが辺境に来たのは――」

「そう、偶然だ。あの愚か者がファッジン辺境伯を選んだのは、高齢の独り身男だからファニーへの嫌がらせだっただけだろうが、唯一我がファミル王国に多大なる貢献をしたと認められる事項だ。本当に愚か者のする事は予測が出来ないから面白い」


ヴァレリオは王城の中で暴れた所で孤軍奮闘。どんなに身体能力が高くても歯向かえば生きて城を出ることは叶わないだろう。
エドガルドの言っている意味も理解は出来る。戦争中はもっと理不尽で残虐な場面に出くわす事もあったし、レアンドロが無罪ではないのも解っている。

罪は、した事に対して重いのか、軽いのか。
人により判断は判れる。そこに【情】が入れば刑罰は大きく変わる。

判っているだけにイライラするのだ。
エドガルドが、いやファミル王国がその「情」を使い分けて命を利用しようとしている事に。

悔しくて堪らないのだ。
ヴァレリオの行動が、読まれ利用された事に。

何よりやり切れないのだ。
処刑ありきで罪を用意し、嵌め、「消すための命」の扱いを目の当りにした事に。

彼らは更生はしなかったかも知れない。
しかし、その機会すら与えないのは、捕虜の扱いに苦慮したヴァレリオには『違う』と感じた。



ヴァレリオが王都を出立する日。

『わぁぁぁ!!』

轟くような民衆の声が空に向かって突き抜けていく。
歓声はレアンドロとロザリーの処刑に民衆が歓喜したもの。
戦死も、病死も、自然死も、処刑も。一つの命が消える事に変わりはないがヴァレリオはやりきれなさを抱えて櫓を漕ぐ。航跡の広がりはそのやりきれなさにも似ていたが、ゆっくりと静かな水面となった。
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