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カルロの策略、スティの伝言

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「‥‥という事なのです」

ふむ。とバルトロは顎に手を当てて考え込んだ。
事前に分かっていた独自で集めた情報と頭の中で擦り合わせをする。

前国王が鉛毒で容態が芳しくない事も分っていたが、それがレオポルドによるものだと言うのは看過できない事実となる。

「国王、いや前国王はまだご存命なのか。容態は」
「芳しくありません。鉛毒の吸引期間も長く…余命いくばくかと」
「こちらの王と違い、溶かした鉛が体に入ったのではなく吸収…狡猾ですな」
「はい、槍などによる負傷の傷口に付着、食事などからの経口摂取であればもっと早く判ったかも知れませんが‥まさかランプの芯に練り込んで気化を利用していたとは思いもよらず」

「で?第二王子殿下を即位させると?」
「証拠もありますから、最善策かと」
「だが、その証拠で第二王子殿下の領地から産出の鉛が原因と判明すれば、流れはどちらに向くか。企みの始まりの時期を考えれば、元婚約者の兄も一蓮托生。何より第二王子アベラルド殿下の管理責任も問われる。そんなものを国王に推すとなれば今のレオポルド陛下を引きずり降ろすより難しいかも知れない」


バルトロの言っている意味はカルロにも解る。
そこは懸念材料だった。代官のやった事で与り知らぬと言い訳は通用しない。
責任を取るために領主がいるのだ。その領主が国王になりたい…寝言でしかなかった。


「ですから、力を貸して頂きたい。幸いにアベラルド殿下には御子がいます。正妃はどうにもなりませんがステファニア嬢を公妃とすれば、2人は婚約者時代より仲睦まじく信頼も厚かったのです。民衆の支持も得られる」

「バカ言ってんじゃねぇよ。何でそこで都合よくスティを利用するんだ?スティはやると言ったのか?本人の意思も関係なくこんな大事を勝手に決めてんじゃねぇよ」

吐き捨てるようにヴァレリオは言葉を発するとカルロを睨みつけた。
だが、カルロは鼻で笑いヴァレリオを睨み返す。


「君は判っていない。彼女は完成された器なんだ。アベラルド殿下が今も王子でいられるのは彼女の存在があるからだ。王子以上に王子というものを理解し動く。トラント侯爵令嬢が戻られアベラルド殿下の隣に立つ。実務はトラント侯爵令嬢いや、ステファニア妃が行い、アベラルド殿下は国王となり添えられていれば国は回る」

カルロの言葉に部屋の空気はピンと張りつめた。
バルトロは隣で今にも飛び掛かりそうなヴァレリオの腕を掴み、眉間に皺を寄せた。カルロの言葉がアベラルドの本意であるか否か。

踊らされているだけなら、目の前のカルロを推す派閥が抜けた後、アベラルド派はどれだけいるのか。またレオポルドがカルロの動きを知っているのかどうかでも潮目が変わる。


「カルロ殿、それではアベラルド殿下はまるでステーキのパセリではないか」

「そうです。今までもそうだった。アベラルド殿下は出来るようで、その実何も出来ない。ですが御旗は必要。貴方方も見たでしょう?民衆はがいれば溜飲を下げるんです。失敗した時に責任を取ってくれる者は王族であるに越した事はない」

「お前、それ、クーデターっていうんぜ。知ってんのか」

ヴァレリオの言葉にカルロは口元がヒクりと動いた。

「クーデターではありません。アベラルド殿下こそ国王を父に正妃を母に持つ正当な継承者。道を正すのです。ステファニア妃の出来の良さは公妃という立場で御子をもうけられても現国王とは意味合いが違う。現国王は血だけ。だがアベラルド殿下の血筋、ステファニア妃の知恵。併せ持つ子だからこそファミル王国を統べるに相応しいのです」


バルトロはカルロを憐れむ目で瞳に映した。
儚くなったハルメルの国王がそうだった。病弱で気弱。とても政争には向かぬと空気の良い領地に送られたが、残ったのは王女。他国の王族の血を入れて継承させる危険性、継承は男児と凝り固まった偏見で呼び戻され、玉座へと持ち上げられた。

期待に応えようとひ弱な体で剣を持ち、馬に跨り武功があれば尚よしとの言葉に出陣したばかりにヴァレリオの父が護衛をせねばならなくなった。
その隙に辺境の屋敷は襲撃をされた。多くの兵が向かっているとの言葉にヴァレリオの父は処罰覚悟で妻子を守るために持ち場を離れ帰らぬ人となった。

そして、先王は盾が留守の隙をつかれ1回目の鏃に倒れた。

バルトロはヴァレリオを育てたが、辺境伯にするつもりはなかった。
部下の中から相応しいと思う者に継承させるつもりだった。
意に反してヴァレリオが学問以外は突出していただけの話だ。

それもまた血のなせる業なのか。
そう思いつつも本人の意思に添わない道をつける手助けをするつもりはない。

何も知らなかった時であれば、苦しまずに済んだだろうが今のステファニアは「生きる喜びと意味」を知った。解き放たれた感情をまた封印させる事は、死ぬよりも辛い事だ。

「彼女はそうありたいと望むだろうか」

バルトロの言葉にカルロは少し笑った。

「トラント侯爵令嬢は殿下が困っていると言えば何でもする。殿下の為だけに生きる事を前提に育てられた人形なんだ。それがトラント侯爵令嬢の生き方でもある。トラント侯爵令嬢の意思は殿下の意思でもあり、殿下の決定に従うのはトラント侯爵令嬢には喜びでもある。そう育てられてきた。トラント侯爵令嬢の居場所はこの王都だ」

「馬鹿馬鹿しい。じゃ、そのトラント侯爵令嬢からの伝言を教えてやるよ」

「アハハ、何を言うかと思えば。どうそ。どうせ連れて来なかったのも君の独断だろうし、連れてくれば私の言葉に従うと警戒したんだろうが、こちらも押しかけた身。聞くだけは聞く事しよう」

「ハッ。何とでも言え。俺はバカだが危険を判っていて女を雪山に連れ出すようなバカとは違う。スティが機会があれば伝えてくれと言った言葉だ。ありがたく受け取れ。『わたくしの事はお気になさらずとも結構です。わたくしはわたくしの人生を生きていきます』だとよ」

「嘘を吐くな!」
「嘘じゃねぇよ!何度も反復でベル婆に練習させられたからな!」

プイっとまた顔を逸らしたヴァレリオだったが、カルロは納得できなかった。

カルロの知るステファニアは意思を持たない何事にも従う人形だった。
令嬢達に何かしてやる事ですら、アベラルドの言葉を借りたカルロの意思だった。


アベラルドは幼少期は確かに出来が良かった。
だからこそカルロはアベラルドの側近を願い出たのだ。

いずれは家督を継ぐ貴族子息ともなれば、誰に付くかは家の命運を左右する。

カルロの選択が「間違い」だった事は側近となって数年で片鱗を見せた。
あまりにも「人任せ」なのだ。人の上には立ちたい、持ち上げられるのが当たり前で命令をするが行き当たりばったりで「大人の従者」はいつも右往左往していた。
なんとか軌道に乗ったのはステファニアの功績だった。

アベラルドの為に生きる事が息をする事と同義と教えられたステファニアさえいればアベラルドは玉座を狙えた。

アベラルドには過去に予備として数人の婚約者候補がいた。
しかし、ステファニアになれる令嬢は一人としていなかったのだ。

ダンスのステップ一つでもその差は歴然だった。どの令嬢も完璧に踊ることは出来る。だが求められるものが違うのだ。アベラルドがステップ間違う。完璧にパートナーが踊ればアベラルドの間違いが露呈する。間違いに応じて臨機応変に対応し、間違いを間違いと見せない事が要求されるのだ。

執務などでも、アベラルドの状況に応じた事業提案が必要になる。
その時の身の丈に応じた事業内容で、尚且つ原稿を読み上げるアベラルドが言葉に詰まる事が無いよう必要な部分のみルビを振る。全てに振ってもダメ、振らなくてもダメ、必要な場所を見抜かねばならない。

アベラルドは神輿に担がれた完璧主義者なのである。
失敗をする、恥をかく事はアベラルドの最も嫌がる事なのだ。

ゆくゆくは臣籍降下をするとアベラルドが言い出した時、カルロは安堵した。
命令は出すが一貫性はなく振り回される事にカルロは「待ち」をするようになった。
率先して動けば責任を取らされるからである。
いつの間にかカルロはアベラルドのように面倒事から逃げるようになった。

国王となれば命を幾つ差し出さねばならないか判らない。行き当たりばったりの計画にマリエルとの時間どころか寝る時間すら取れるか判らない。しかしそこにステファニアがいれば問題は解決するのだ。

国王を狙うとすればステファニア責任者の存在は必要不可欠。

レオポルドは自身の責任は自身で負う。
レオポルドに並ぶにはステファニアは必須だったし、王子でいる事ですらステファニアありきとなっていた。


だから「ステファニアの価値」をアベラルド自身が一番知っている。

【ファニーを失えば私がどうなるか!父上もご存じでしょう?!】

アベラルドは確かにステファニアを愛していた。愛する者を失う事についての恐れもあっただろう。しかし本質は聊か異なる。ステファニアの喪失はそのままアベラルドの失敗に繋がる。

カリメルラを放置していたのも、関われば面倒だからである。
五月蠅い子供にも菓子を与えていれば、食べている間は静かになる。
気を逸らせる。そうすれば楽だから見て見ぬふりを続けていたのだ。

アベラルドが愛していたのは

【人間】としてのステファニアではない。
【道具】としてのステファニアなのだ。


アベラルドが望んだのは

【妻】としてのステファニアではない。
【妃】としてのステファニアなのだ。

アベラルドが2年間動かなかった理由は簡単だ。
失敗したくないから動かなかったのである。

カルロが気が付いた時にはもう側近を降りる事も、乗り換える事も出来なかった。

だが!千載一遇の好機が転がり込んできた。

ステファニアは辺境伯に下賜された。今は地方になったが国であった時に王太子妃では手が出せなかったが、今は違う。レオポルドの闇を合わせれば他に適任者がいないのだからアベラルドが国王になるしかない。

アベラルドもステファニアの使は知っている。

【捨てるくらいなら自分にくれ】と言う事である。



――なのに【わたくしの人生を生きていきます】とはどういう事だ――

息をするのもようようなカルロにバルトロは両肩を押してソファに座らせた。

「カルロさん。話は伺いましたが我々が出来る事は何もありません。現国王に罪を認めさせることは出来るでしょう。ですが継承問題となれば‥‥フッ。とどのつまりステファニアがいなければ成り立たないアベラルド殿下であれば国政が滞り、失速するのは火を見るよりも明らか。かつての我が国の王太子のように殿下が失敗すればステファニアの首を刎ねますか?刎ねて解決しますかね?今と同じように行き詰まるのではありませんか?」

「それは…だが!代わりがいないのだ。仕方ないだろう」

「道具の代りはあっても、人の代りはいないのです。だから若手を育てるんです。人を育てるのは一発勝負。失敗も多々ありますがね。それでも次の世代を担う若者を育てるんです。カルロさん。どうこう言っても貴方のあるじは王子妃を迎えた。子も認知した。ならばその王子妃を子を育てよと尻を叩くのも臣下の役目です。出来ないの責任が取れないなら立ち位置を変えねばなりません。貴方方が何もしなかったこの2年半のツケをステファニアに押し付けようなどと…言語道断…ですよ?」


口調は柔らかいが表情に温度がなく変化もない。
しかし、カルロの心にバルトロの言葉はストンと落ちてきた

カルロ自身、誰かに言って欲しかったのかも知れない。

【出来ないのなら立ち位置を変えよ】

バルトロの言葉はカルロの背を強く押した。



カルロは深々と頭を下げた。
扉から出ることは出来ないのでと、少年を思わせる笑顔を見せると4階にも関わらず窓を開け、バルコニーの手すりを掴むとヒョイと階下に飛び降りた。

「すげぇな…20メルトルはあるぞ…足も速えぇぇ。前世はエミューかな」

「エミューは飛ばない」

数か月前、卵に滋養強壮作用があるかも?と辺境にダチョウとエミューがやってきた。ヴァレリオはダチョウに追いかけ回されて未だに警戒心を持たれたままだが、微妙にエミューとは上手くやっていた。

バルトロと部下4人は遠い目になり、両手を翼のようにバサバサ動かすヴァレリオを見て深い溜息を肺の空気が枯渇するまで吐き続けた。
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