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第06話 誤魔化せない熱
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カラカラと小ぶりな馬車に揺られるアリスティアは王都から片道5日の位置にあるソゥス伯爵家の領地にやってきた。
ソゥスとは水源地を意味し、ソゥス伯爵家とは事業提携をして7年目。
「ここの葦は出来が良いのよね」
その証拠に葦の茂っている部分は浅く水が張っている沼地のような場所だが、ここの水は澄んでいて小魚も多く泳いでいるのだ。
水深が浅いので真冬には底までの厚さで沼地は凍り付く。氷面から飛び出している葦をモップを改良して作った葦刈り機で刈っていく。
「お嬢様、滑りますよ」
「大丈夫。ほら、見て!靴の裏にピンを付けたの」
とても淑女とは思えない農婦ならぬ農夫の格好をしたアリスティアは片足をあげて靴底を声をかけて来た男性に見せた。
「危ない!転びますよ!」
「大丈夫。このピンがね、氷にグサッと刺さってストッパーになってるの」
片足をあげた姿勢になったアリスティアに男性が慌てて駆け寄って来るが、その男性こそツルっと滑って大股を開く格好で尻もちをついてしまった。
「ダメよ。ライアンさんの靴にも後でピンをつける方法を教えてあげるから。はい、どうぞ」
アリスティアはライアンに手を差し出すとライアンは恥ずかしそうに手を引いて貰って立ち上がった。
ライアンはソゥス伯爵家の嫡男でゆくゆくはこの領地と爵位を継ぐ。
幼い頃はその日その日を何とか暮らせていた極貧生活だったが、領地の葦をフェルマン伯爵家が買い取ってくれるようになってからは日に日に生活が改善した。
初めて自分がワンオーナーになる新品の服に袖を通した時の感動は今でも忘れられない。
伯爵家と言ってもピンからキリ。
祖父や父親の若い頃は葦を採取し編んで敷物にしたり、夏の日除けに衝立にしたりと製品に加工し売っていたが次代の流れと共に製品は売れなくなった。
雨風を避けるだけの家屋に住んでいた平民も床には木の板を張るようになって葦で作った茣蓙を敷く必要はなくなったし、絨毯と言うもっと良い製品も売り出されて葦の敷物は全く売れなくなった。
窓税も撤廃されたので平民は建物に窓をつけ、カーテンも取り付けたので葦の衝立で風や日除けをする必要もなくなった。
領地でも領民が住んでいるのは沼地ではない山の斜面で、95%は沼地のソゥス伯爵領は稼ぐ術を失った。
アリスティアに「薬にする」と話を持ち掛けられた日からソゥス伯爵領は生まれ変わった。
今では止血剤に痛み止め、吐き気止めにと活用されている。
「今年もいい感じね。ほら!」
得意げになってライアンに葦を差し出してくるアリスティアだが、出来が良いのはライアンが一番よく知っている。
アリスティアに喜んで欲しくてライアンは隣国の植物学者の研究所に足を運び、よりよい育成環境を学んできたがライアンは現在34歳。30歳を超えて学問を学ぶのは大変だった。
なんせ頭に内容が入ってこないのだ。気持ちが相当にノっていないと教本もただ読むだけで内容は綺麗さっぱり忘れてしまう。やめてしまおうか、若い領民に任せた方がいい。何度も挫折しそうになった。
植物学者が「六十の手習い」ですよと笑って付き合ってくれたが、その言葉すら貧乏で家庭教師も付けては貰えなかったライアンには初耳。
意味を「学びごとは年齢に関係なく何時初めてもいいのだ」と知った時は年齢を理由に挫折しそうになった自分を恥ずかしく思ったものだ。
その甲斐あって、今年の葦の生育状況は上々。
アリスティアに胸を張って「使ってください」と言える。
「でしょう?お嬢様が他の葦の方が出来が良いなんて言わないように日々世話をしていますからね」
「まぁ、嬉しい。でもソゥス領が断然出来が良いわ。そうだ!今回は良い話も持ってきたの。採取はこれくらいでいいから戻って話を聞いてくれます?」
「いいですよ。お嬢様の話ならなんでも聞きますし、ご用命があれば引き受けますよ」
「もぅ!話を聞く前から引き受けるなんて言ってはダメよ。私がとんでもない悪漢だったらどうするの」
「人を見て話はしますから大丈夫ですよ」
「認めてくれているの?お世辞だとしても嬉しいわ。じゃぁ戻りましょう」
――お世辞じゃないですよ――
ライアンは葦を手にフイフイと揺らして先を歩くアリスティアの背中に呟いた。
年齢も10はゆうに違うアリスティアには伝えられない思いが胸の奥にある。
第1王子の婚約者であるアリスティアに思いを伝えることはこの先もないだろうが、厚い沼地の氷も溶かしそうな思いを胸にさっき立ち上がるのに手を貸してもらい重なった手を見る。
――手袋しててよかった――
寒さで赤くなった頬や鼻の頭は誤魔化せても、体温の上昇は「こんなに寒いのに?」と誤魔化しきれるものではない。
ライアンはアリスティアの後を葦を抱えて歩き出した。
ソゥスとは水源地を意味し、ソゥス伯爵家とは事業提携をして7年目。
「ここの葦は出来が良いのよね」
その証拠に葦の茂っている部分は浅く水が張っている沼地のような場所だが、ここの水は澄んでいて小魚も多く泳いでいるのだ。
水深が浅いので真冬には底までの厚さで沼地は凍り付く。氷面から飛び出している葦をモップを改良して作った葦刈り機で刈っていく。
「お嬢様、滑りますよ」
「大丈夫。ほら、見て!靴の裏にピンを付けたの」
とても淑女とは思えない農婦ならぬ農夫の格好をしたアリスティアは片足をあげて靴底を声をかけて来た男性に見せた。
「危ない!転びますよ!」
「大丈夫。このピンがね、氷にグサッと刺さってストッパーになってるの」
片足をあげた姿勢になったアリスティアに男性が慌てて駆け寄って来るが、その男性こそツルっと滑って大股を開く格好で尻もちをついてしまった。
「ダメよ。ライアンさんの靴にも後でピンをつける方法を教えてあげるから。はい、どうぞ」
アリスティアはライアンに手を差し出すとライアンは恥ずかしそうに手を引いて貰って立ち上がった。
ライアンはソゥス伯爵家の嫡男でゆくゆくはこの領地と爵位を継ぐ。
幼い頃はその日その日を何とか暮らせていた極貧生活だったが、領地の葦をフェルマン伯爵家が買い取ってくれるようになってからは日に日に生活が改善した。
初めて自分がワンオーナーになる新品の服に袖を通した時の感動は今でも忘れられない。
伯爵家と言ってもピンからキリ。
祖父や父親の若い頃は葦を採取し編んで敷物にしたり、夏の日除けに衝立にしたりと製品に加工し売っていたが次代の流れと共に製品は売れなくなった。
雨風を避けるだけの家屋に住んでいた平民も床には木の板を張るようになって葦で作った茣蓙を敷く必要はなくなったし、絨毯と言うもっと良い製品も売り出されて葦の敷物は全く売れなくなった。
窓税も撤廃されたので平民は建物に窓をつけ、カーテンも取り付けたので葦の衝立で風や日除けをする必要もなくなった。
領地でも領民が住んでいるのは沼地ではない山の斜面で、95%は沼地のソゥス伯爵領は稼ぐ術を失った。
アリスティアに「薬にする」と話を持ち掛けられた日からソゥス伯爵領は生まれ変わった。
今では止血剤に痛み止め、吐き気止めにと活用されている。
「今年もいい感じね。ほら!」
得意げになってライアンに葦を差し出してくるアリスティアだが、出来が良いのはライアンが一番よく知っている。
アリスティアに喜んで欲しくてライアンは隣国の植物学者の研究所に足を運び、よりよい育成環境を学んできたがライアンは現在34歳。30歳を超えて学問を学ぶのは大変だった。
なんせ頭に内容が入ってこないのだ。気持ちが相当にノっていないと教本もただ読むだけで内容は綺麗さっぱり忘れてしまう。やめてしまおうか、若い領民に任せた方がいい。何度も挫折しそうになった。
植物学者が「六十の手習い」ですよと笑って付き合ってくれたが、その言葉すら貧乏で家庭教師も付けては貰えなかったライアンには初耳。
意味を「学びごとは年齢に関係なく何時初めてもいいのだ」と知った時は年齢を理由に挫折しそうになった自分を恥ずかしく思ったものだ。
その甲斐あって、今年の葦の生育状況は上々。
アリスティアに胸を張って「使ってください」と言える。
「でしょう?お嬢様が他の葦の方が出来が良いなんて言わないように日々世話をしていますからね」
「まぁ、嬉しい。でもソゥス領が断然出来が良いわ。そうだ!今回は良い話も持ってきたの。採取はこれくらいでいいから戻って話を聞いてくれます?」
「いいですよ。お嬢様の話ならなんでも聞きますし、ご用命があれば引き受けますよ」
「もぅ!話を聞く前から引き受けるなんて言ってはダメよ。私がとんでもない悪漢だったらどうするの」
「人を見て話はしますから大丈夫ですよ」
「認めてくれているの?お世辞だとしても嬉しいわ。じゃぁ戻りましょう」
――お世辞じゃないですよ――
ライアンは葦を手にフイフイと揺らして先を歩くアリスティアの背中に呟いた。
年齢も10はゆうに違うアリスティアには伝えられない思いが胸の奥にある。
第1王子の婚約者であるアリスティアに思いを伝えることはこの先もないだろうが、厚い沼地の氷も溶かしそうな思いを胸にさっき立ち上がるのに手を貸してもらい重なった手を見る。
――手袋しててよかった――
寒さで赤くなった頬や鼻の頭は誤魔化せても、体温の上昇は「こんなに寒いのに?」と誤魔化しきれるものではない。
ライアンはアリスティアの後を葦を抱えて歩き出した。
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