殿下のお世話はやめました

cyaru

文字の大きさ
33 / 57

第33話  到着はしたものの

しおりを挟む
最後の峠を越えるのが一番の難所でもある。

「そーれ!そーれ!」

全員が掛け声をかけて幌馬車を押す。少し平坦な場所に1台が到着するとまだ上り坂の1台に駆け寄ってまた掛け声をかけ、馬車を押す。

荷台にあるのは荷物ばかりで人は乗っていない。

登れば今度は下り。登る時以上に全員が神経をすり減らす。

かつてアリスティアがソゥス伯爵領に向かった時に小ぶりな馬車に荷物を載せる部分を牽引したのはここに理由がある。

片側は崖の斜面。狭い道を挟んだもう片方は高さが300mはゆうにある渓谷。
そこに柵などはなく、車輪が落ちてしまえばもう終わりなので馬を外し手綱を引き、荷馬車や幌馬車は人が後ろから引っ張って速度を調整しながらゆっくりと下るのだ。

全員が必死で23台の幌馬車を上るのに4日、下るのに4日を費やしようやく到着したソゥス伯爵領に誰もが息を失った。

見える限りにあるのは濁った沼地。
生えていた葦は灰になり、水に浮いているが氷を割って消火にあてたのもあるだろうが底は濁って見えない。

見渡す限りの山の斜面も黒くなって白い煙が何本も空に向かって昇っていく。

「火は鎮火したようですね」

「そうね…」

人の気配はない。峠を越えてすぐの所に領民の家屋があったはずなのに、今そこにあるのは焼失した家屋の残骸だけだった。割れたり、土を被った食器、半分埋もれた衣類に転がり汚れた木で作った人形が「ここには誰もいない」と教えてくれる。

「先に進みましょう。どこかに集まっているのかも知れないわ」

「集会所の様な場所は領主の家だと旦那様が言っておりましたが、どちらでしょう」

「・・・・あそこよ」

アリスティアは直ぐに返答が出来ず間をおいてライアンの家があった場所を指さした。
山の斜面で峠を降りたら青い屋根がよく見えたのだが、その場所は何もない。ライアンの家も焼失したのだ。

「酷いな。全部燃えてるよ」

幌馬車を進ませても見えるのは焼けた痕跡だけ。
領民は隣の領地に一時避難させてもらっているのだろうかと思いつつも進んでいると領民の子供が沼から水を汲んでいる姿が目に入った。

「アリスお姉ちゃん!やった!アリスお姉ちゃんだ!」

水を汲んでいた子供が横を向き、大きな声を出すと何処にいたのかわらわらと数人の大人が出てきた。

着ている服は煤けているし、ところどころ火の粉で穴が開いている。

「お嬢さん。良かった…助かった…知らせは届いたんですね」

「えぇ。懸命に駆けて来てくれたわ。他の皆は?無事?」

「・・・・」

「どうしたの?」

領民は俯いて何も喋ろうとしない。
アリスティアは不安に駆られ、「どうしたの?」領民の二の腕を掴んで問いかけた。

「食べるものもないんだ。アリスお姉ちゃん。お腹空いたよ」

大人たちは何も言わないが子供は腹が空いたとアリスティアの手を握ってきた。
アリスティアはしゃがんで子供の目線と自分の目線を合わせ、頭を撫でた。

「食べるものも、お薬も持ってきたわ。何日か遅れるけどまた届くわ。大丈夫よ」

「良かった。一昨日から沼の水をお湯にして飲むしかなかったんだ」

「そうだったのね。遅くなってごめんね」

アリスティアは子供の体を抱きしめたのだが、子供は「苦しいよ」と言いながらも言葉を続け、その言葉にアリスティアは目の前が揺れた。


「領主さまが大怪我したんだ。まだ寝ててずっと起きないんだ」

子供の言葉に大人を見ると申し訳なさそうに小さく頷いた。

「どこにいるの?ライアン様はどちらに?!」

「こっち!僕が連れて行ってあげる」

子供に手を引かれて向かった先は水を汲んでいた場所からは離れていない場所。
燃え方が激しくなかった場所に葦で編んだ茣蓙を敷いて力なく座り込んでいる領民がそこにいた。

よく見れば茣蓙の上に座っているのは高齢者と女性、そして幼い子供で成人の男女で動けるものは焼けた土の上。

そしてその後ろには何人もの人が寝かされていた。
駆け寄ると消火活動で火傷を負ってしまったと領民が教えてくれた。

「ただ薬も燃えちゃったから手当どころじゃなくて。みんな逃げるのに必死だったから」

「隣の領に行こうとしたんだけど、雷が落ちたのが峠を降りた付近で逃げようにも逃げられなかったんだ」

沼地を通ればもう片方にあるお隣さんに行けただろうがそちらは沼に深さがある。表面に張った氷ももう融け始めているので踏み込んで割れてしまうと冷たい水の中に落ちてしまう。
水に落ちれば5分も経たないうちに体温が奪われて沼の底に沈んでしまっただろう。

――どこにも逃げ場がなかったんだわ――

「ライアン様はどちらに?」

「こっち!ご領主さまはね、アリスお姉ちゃんの葦が燃えてるって聞いて火の中に飛び込んだんだよ」

「そんなっ!!」

子供に手を引かれて一番奥の端に行くと他の領民よりも状態が酷いライアンが横たわっていた。

「ライアン様っ!!」

駆け寄り、そっと手で触れると体温はあるが燃えるように熱い。
服を脱がせていないのは処置としては正解。皮膚まで剥がれてしまうので無理に脱がしてはいけないのだ。

「ライアン様、アリスティアです。もう大丈夫ですからね」

ライアンから反応はない。アリスティアは後方にいる従者に声をかけた。

「幌馬車から荷を下ろして!順番に収容して手当てを!動ける方は出来るだけ濁っていない場所で水を汲んで湯を沸かして頂戴っ!」

アリスティアの号令に全員が動き出した。
しおりを挟む
感想 80

あなたにおすすめの小説

幼馴染がそんなに良いなら、婚約解消いたしましょうか?

ルイス
恋愛
「アーチェ、君は明るいのは良いんだけれど、お淑やかさが足りないと思うんだ。貴族令嬢であれば、もっと気品を持ってだね。例えば、ニーナのような……」 「はあ……なるほどね」 伯爵令嬢のアーチェと伯爵令息のウォーレスは幼馴染であり婚約関係でもあった。 彼らにはもう一人、ニーナという幼馴染が居た。 アーチェはウォーレスが性格面でニーナと比べ過ぎることに辟易し、婚約解消を申し出る。 ウォーレスも納得し、婚約解消は無事に成立したはずだったが……。 ウォーレスはニーナのことを大切にしながらも、アーチェのことも忘れられないと言って来る始末だった……。

「君は完璧だから、放っておいても大丈夫」と笑った夫。~王宮から私が去ったあと「愛していた」と泣きついても、もう手遅れです~

水上
恋愛
「君は完璧だから、放っておいても大丈夫だ」 夫である王太子はそう笑い、泣き真似が得意な見習い令嬢ばかりを優先した。 王太子妃セシリアは、怒り狂うこともなく、静かに心を閉ざす。 「左様でございますか」 彼女は夫への期待というノイズを遮断し、離縁の準備を始めた。

【完結】旦那様、その真実の愛とお幸せに

おのまとぺ
恋愛
「真実の愛を見つけてしまった。申し訳ないが、君とは離縁したい」 結婚三年目の祝いの席で、遅れて現れた夫アントンが放った第一声。レミリアは驚きつつも笑顔を作って夫を見上げる。 「承知いたしました、旦那様。その恋全力で応援します」 「え?」 驚愕するアントンをそのままに、レミリアは宣言通りに片想いのサポートのような真似を始める。呆然とする者、訝しむ者に見守られ、迫りつつある別れの日を二人はどういった形で迎えるのか。 ◇真実の愛に目覚めた夫を支える妻の話 ◇元サヤではありません ◇全56話完結予定

壊れた心はそのままで ~騙したのは貴方?それとも私?~

志波 連
恋愛
バージル王国の公爵令嬢として、優しい両親と兄に慈しまれ美しい淑女に育ったリリア・サザーランドは、貴族女子学園を卒業してすぐに、ジェラルド・パーシモン侯爵令息と結婚した。 政略結婚ではあったものの、二人はお互いを信頼し愛を深めていった。 社交界でも仲睦まじい夫婦として有名だった二人は、マーガレットという娘も授かり、順風満帆な生活を送っていた。 ある日、学生時代の友人と旅行に行った先でリリアは夫が自分でない女性と、夫にそっくりな男の子、そして娘のマーガレットと仲よく食事をしている場面に遭遇する。 ショックを受けて立ち去るリリアと、追いすがるジェラルド。 一緒にいた子供は確かにジェラルドの子供だったが、これには深い事情があるようで……。 リリアの心をなんとか取り戻そうと友人に相談していた時、リリアがバルコニーから転落したという知らせが飛び込んだ。 ジェラルドとマーガレットは、リリアの心を取り戻す決心をする。 そして関係者が頭を寄せ合って、ある破天荒な計画を遂行するのだった。 王家までも巻き込んだその作戦とは……。 他サイトでも掲載中です。 コメントありがとうございます。 タグのコメディに反対意見が多かったので修正しました。 必ず完結させますので、よろしくお願いします。

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

いくつもの、最期の願い

しゃーりん
恋愛
エステルは出産後からずっと体調を崩したままベッドで過ごしていた。 夫アイザックとは政略結婚で、仲は良くも悪くもない。 そんなアイザックが屋敷で働き始めた侍女メイディアの名を口にして微笑んだ時、エステルは閃いた。 メイディアをアイザックの後妻にしよう、と。 死期の迫ったエステルの願いにアイザックたちは応えるのか、なぜエステルが生前からそれを願ったかという理由はエステルの実妹デボラに関係があるというお話です。

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

処理中です...