離縁は恋の始まり~サインランゲージ~

cyaru

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第23話    ライネル、復職する

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調停で離縁が決定し、その日のうちに手続きを済ませたオルバンシェ伯爵は「娘」に戻ったビオレッタを迎えにファッセル侯爵家に迎えに行った。

喜びに沸くオルバンシェ伯爵とビオレッタを乗せた馬車は通り道となるライネルの屋敷の前を通過していく。

残った使用人は数が少ないが全員が頭を下げてその馬車を見送るのがビオレッタに見えた。

「どうした?今になって可哀想だと言い出さないでくれよ」
「いえ、そのような事は」


ライネルの事を本当に愛していたし、共に歩く未来を何度も夢に描いた。
「自分の為でしょう?」と最後に告げた時のライネルの表情が瞼に焼き付いてビオレッタを悩ませる。

しっかりしているようでおっちょこちょいな面もあり、それがまたビオレッタの「母性愛」を擽った日もあった。

気持ちはもう無くなってしまったし、復縁は考えられない。
ソフィアの存在はビオレッタにとって「ライネルには良かったのだろう」と思える。

ライネルが望んでいるのは過去の自分で今の自分ではない。負傷して7カ月ビオレッタ自身がまだ自分の全てを受け入れられないのに、他者が過去は過去と切り離して受け入れるのは更に困難を極める。

現実としてビオレッタが本当の意味で前を向いてからではないと周囲も動けないのだ。その点、今の自分のように何かひと手間が必要な者よりもソフィアの方が煩わしくも無いだろうと。

気持ちは切れても過去は消せない。
ビオレッタは静かに目を閉じて馬車の揺れに身を任せた。




調停院でライネルは涙も声も枯れるほどに泣き、家令が迎えに行った時は抜け殻だった。

「旦那様、帰りましょう」
「もう・・・生きていけない・・・ビオレッタが・・・」
「兎に角!帰りましょう。ねっ!!おーい!手を貸してくれ」


男性の使用人も連れて来た家令はライネルを運んでくれるように使用人に頼み、屋敷までライネルを連れ帰った。


「人任せにすればこうなるのですよ」
「うん…」
「やれやれ。これでは職場復帰も難しいでしょう。休暇の延長を申請しておきましょう」
「もう辞める。意味がない」
「何を言ってるんです。辞めてしまえば収入が途絶えます。使用人も生活があるのですよ」
「そうなんだが・・・もうやる気が起きない」
「では、明日は庭で私と花の手入れでも致しましょうか」
「花?」
「えぇ。ビオレッタ様がお好きだと伺ったのでユーフォルビアやロドレイアの苗を植えていたのです」


ライネルは窓の外を見るももう暗くて庭の花は見えない。
家令が退室した後、書庫に行き植物の図鑑など何冊かを取り出した。

「ユーフォルビア・・・会いたい・・・って」

そしてロドレイヤの花は「無事を祈る」という意味も持つ花。
危険な戦地に身を置くライネルを気遣ってだったのだろう。ビオレッタが庭木に選んだのは薔薇でもユリでも蘭でもなく小さな花を幾つも咲かせるユーフォルビアと、ピンク色の小さな花が下向きに纏まって咲くロドレイヤ。

ビオレッタはライネルを気遣う事はあったが、敢えて言葉にした事はない。
戦場に向かう兵士に「待っている」や「無事を願う」などは思いを残す事もにもなり思慕から脱走する兵士も多い。部下を率いるライネルには士気を削ぐとして掛ける言葉すら厳しく戒められていた。

その分、帰還した時は弾けんばかりの笑顔で「お帰りなさい!」と抱き着いて来た。

見えない気持ちを花に託していた事も知り、枯れ果てたと思った涙がまた溢れて来て図鑑の挿絵を滲ませた。

「隠せば見えないなんて・・・なんて酷い言葉を・・・ごめん。ごめん。ビオレッタ」

調停でのビオレッタの言葉がライネルの心に突き刺さる。
今ならやり直せると思っても、涙で滲んだ図鑑が「それは無理」だとライネルに教える。

涙で浮いてしまったインクはふき取ると黒い線で他の文字まで読めなくしてしまった。その文字がライネルの放った心無い一言でビオレッタとの関係を「元には戻らない」と訴えている様に見えた。


翌日、ライネルは家令と共に庭の花に本格的に来る冬支度をした。
冬の花でもあり、ある程度の寒さにも耐えられるが直接風を受けるよりもワンクッション置いた方が花の見ごろも長いと本に書いてあった。

「この花・・・受け取ってはくれないよな」
「難しいでしょうね」

可憐に咲くユーフォルビアの白い花をライネルは指でツン!と突くと小さく花が揺れた。

「届けてくる」
「旦那様っ!ダメですよ。昨日の今日でそんな事をして接近禁止命令でも出たら!」
「だとしても・・・」
「いいえ。旦那様、今は辛抱です。何より・・・世話をしなかったのでほら、花びらも欠けています。女性に贈るには失礼が過ぎますよ」
「そうかな…でも沢山咲いてるし」
「それが!ダメなんです。小さな事にも気を配らないと!まぁ‥配りすぎて失敗したんですけどね。余計な事も必要な事と混ぜてしまったんです。これからは花の剪定と同じです。必要なものだけを残せるようにして‥奥様に許しを乞うのはそれからです」
「そんな事をして・・・ビオレッタが他の男に・・・」
「その時は、その時です。おめでとうと祝福すればいいんです。懐の深さを見せればいいんですよ」

そんな物かな?と思いつつもビオレッタが選んだという庭木の世話をしながらライネルは気持ちを落ち着かせていった。


仕事に復帰をしたのは離縁決定から1カ月後。
ライネルの休職を戦場経験の後遺症と判断した軍隊長はライネルの職を解き、市井の警備を命じた。降格とも言える異動となったが、ライネルはそのほうが有難かった。

今のままでは自分の状況に似た者を見ればまたソフィアにしてやってように情けを掛けて騙されるかも知れない。教会に預けたオルクに里親が見つかったと言うのも市井の警備隊長を引き受けた理由でもある。

縁もゆかりもない子供だが、一時的に世話をしたのも事実だし母親のソフィアの事を知っているのもごく一部。遠くからその成長を見守るのはライネルなりの後始末のつもりだった。

何より王都に居れば会えなくてもオルバンシェ伯爵家に戻ったビオレッタに再会できる可能性もある。

しかし運命とは皮肉なもの。
警備隊長に就任し、最初に捕らえた者がソフィアだった事にライネルは神を呪った。
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