雨に染まれば

cyaru

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最終話:雨に染まれば

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「ぐすっ‥‥ぐすっ‥‥」

テラスで本を読んでいるエフローレの元に半べそでやって来たのは4歳になる息子である。今日は庭師と一緒に紫陽花の株を植える予定だったのだが…。

スティルレインとエフローレの待望の第一子である。
4歳の男の子のフランジーは髪がピンク色で目が紅眼。

スティルレインとエフローレの髪色と瞳の色が半分だが、フランジーはこの髪の色が気に入らない。

「男の子なのにピンクの髪だって!!アハハ」

いつも笑いものにされてしまうのだ。
かつての自分と同じように髪色がピンクであるだけでなく、男の子なのにピンクだと友達から虐められているのだ。体格も華奢なフランジーは取っ組み合いの喧嘩でもいつも負けてしまう。

赤ちゃんの時は誰も彼も、お世辞も含めて可愛いと言われたが、成長すれば憐みの目を向けられる事に心を痛める事もある。エフローレは座る方向を変えて、フランジーを前抱っこした。
日々成長する我が子は段々と抱っこするのが辛くなってくる。
特に来月にはもう臨月を迎えるお腹がせり出してしまっている。


「フランジーはピンクの髪は嫌い?」

額にかかる前髪を指で優しく寄せてあげるとフランジーはキュっと目を閉じて、嬉しいのか口元が綻んで頬にえくぼが出来る。眉は凛々しい父親似だが、垂れた目はエフローレに似ている。生まれた頃よりは段々とスティルレインに似てきてはいるが、ヒグマ、ツキノワグマと呼ばれた祖父と父には程遠い。


エフローレの問いにフランジーはギュッと顔を胸に押し付けた。

「お母様と一緒だけど嫌い。それに皆が変だって言うし」

「あのね?お母様は、前はこのピンクの髪が大嫌いだったの。でもね?お父様は大好きだと言ってくれたのよ?だからお父様にもっと大好きになって貰おうと思って…お母様は何をしたと思う?」

「んっと…お父様にいっぱいキスした?…うわっ!!」

「違うぞ?」

エフローレに甘えていたフランジーは後ろからスティルレインに抱き上げられてしまった。昨夜は新しく始めた市井での事業の書類整理に追われて髭を剃っていない頬をあてられたフランジーが両手でスティルレインの顔を押しのけようとしている。

「お父様、ちくちくするっ!やだっ」

「レイン様、書類はもうよろしいの?」

「あぁ、フープがよくやってくれている。まだ11歳なのにやはりあの子はただ者じゃないな。年配者もきっちり纏めて場所取りで争いもない。それから…テーパー侯爵家から礼状が来ていた。学問小屋への寄付のお礼だそうだ」


手渡された封筒は厚く、開封してみると覚えたての字で名前が書かれた紙が沢山入っている。その中にドングリとヒマワリの種の挿絵を見つけた。この手紙を書いたのが誰だかは判らないが、エフローレは懐かしい友人を思い浮かべた。渡せなかったヒマワリの種。それも今年は幾つかの村に無料で配布している。雨の季節が終われば黄色い花が沢山咲く事だろう。


かつて、推しが沢山いて報奨金で経済を回す!と豪語した少女の名はフープ。
国王が変わっただけでなく、税率も税の徴収方法も変わったし、無秩序に乱立していた屋台や露天商は曜日によって1番街から7番街までの通りが市場に姿を変えて、エフローレの発案で場所に応じた値段設定の出店料を払う形式にして場所も取り決めをした事で諍いもなくなった。
それらを取りまとめているのが若干11歳のフープである。

税率も以前は一律で35%の税金を払うようになっていたが、今は売上から材料費などの経費を差し引いて、月間の利益もしくは年間の利益に段階別で税率が掛けられた。
これは新しく国王になったセレパータと補佐のフォムタイの発案である。

国王と2人の王子は幽閉と蟄居が続いている。国王とジーメトンは自給自足に近い生活のようだが、厳しい管理下に置かれたままである。弔いの鐘はまだ鳴っていない。
ルデビット公爵家は取り潰しとなり、公爵とクリアラも投獄をされたままである。
妃だった者とルデビット公爵夫人は実家に戻されたが、半数は修道院に入ったと聞く。残りもどこかに嫁ぐかと思ったが貰い手もなく年齢も40代となった彼女たちの姿を見たと言うものは少ない。


現金収入を必要とする女性の労働を後押ししたのはテーパー侯爵家の3兄弟だった。
テーパー侯爵家は嫡男が家督を継ぐ事で存続となったが、スクラープは医療院で2年間治療を受けたが儚くなった。亡くなる前日に突然まともな状態になり、妻のフリライム、3人の妻に謝罪をしたいと教会から神父を病室に呼んで懺悔をした後、嫡男に手紙を書いたと言う。
最後まで禁断症状に苦しんだが、藻掻き苦しむ時も結婚した当時にフリライムから贈られた刺繍入りのハンカチを握りしめていた。

亡くなった後に手紙を読んだ嫡男は、父のスクラープの最後の願いを叶えた。本当はフリライムの隣で眠りたかっただろう。息子たちは場所が遠すぎて遺体が運べないと言う葬儀屋を拝み倒してフリライムを妹エマとその夫リベットが眠る墓標の一画に埋葬していたのだが、誰から聞いたのか墓標はフリライムの眠る地の方向に向けて欲しいと言う最後の願いを叶えた。

その時に貧しい低位貴族の女性達が出稼ぎの平民女性達と共に母の葬送を親身になって手伝ってくれた事から、手慰み程度の内職も仕立て屋などと提携させる方式で売り上げを確保させたり、材料をまとめて購入する事で仕入れ単価を抑えたり、就労の場を広げる意味で読み書きを教えたり、王都から離れた貧しい山村漁村に簡易の学びが出来る場を創設したりと識字率の向上にも一役買った。



「もう!お父様、は・な・し・てっ!」

スティルレインに抱っこされたままで手足をバタバタさせるフランジー。
しかし、ひょいと肩車をすると高すぎる視界にスティルレインの頭にしがみついた。

「高すぎっ!もっと低くってもいいよぅ」

「無理だな。伸びた身長はそんな簡単には縮まないからな。フランジー。人には変えられるものと変えられないものがあるんだ。お母様はピンクの髪が大好きになるようにしたんだ」

「え?お父様が好きなのに?」

「そう。お父様が好きなピンクの髪をお母様も大好きになるよう頑張ったんだ」

「じゃぁ、お父様がピンクの髪がもっと好きになったらどうするの?」

「もっともっと好きになるさ。ピンクの髪は変えられないけれど、嫌いと言う気持ちを好きに変える事は出来る。男の子なのにピンクが変だと言う友達も、ピンクだって変じゃないと思う時がきっと来る」

「来るかなぁ‥‥」

「来る。それにフランジーは得をしてるんだ」

「どんな?虐められて損ばかりしてるよ…僕…」

「揶揄われたら嫌な気分になるだろう?だから人を見た目で揶揄ったりもしない。虐められる気持ちを知っているから人を虐める事もない。そんなつまらない事をするより面白い事を探せる時間もあるから得をしてるんだ」

「そうなんだ‥‥僕、ピンクの髪も好きっ」

「簡単だな…」「レイン様っ!(しぃっ!)」


賑やかなテラス。庭師と一緒に紫陽花の株を追加で植える予定だったのを思い出したフランジーは雑用を片付けた庭師が顔を見せるとスコップを手に走り出した。

新居には池がないので、紫陽花は屋敷を囲う塀に沿って植えられている。
白や青、ピンクと色々な株を取り寄せたのだが、咲くのは何故かピンク色ばかりでスティルレインはエフローレと婚約者つなぎから夫婦つなぎに名前だけが変わったつなぎ方で散歩をするのが日課になっている。

もうすぐ雨季がやって来るからか、紫陽花は蕾を付け始めている。

「今年もピンクだけになりそうね」

「俺はそれでも嬉しいが‥‥あ、そう言えば向こうの墓地に植えた紫陽花なんだが…」


向こうの墓地と言うのは、遠く離れたエフローレが10歳まで育った地にある両親と伯母の墓地の事である。妊娠をしたため管理をスローライフがしたいという3人の女性に頼んでいるのだ。
元娼婦だった女性と元男爵令嬢だった女性、彼女たちの娘ほどの年齢の女性の3人組は女三人寄れば姦しいとばかりに賑やかな生活を満喫しているようだ。

数か月前に犬を拾って飼い始めたら狸だったと手紙が届いていた。


「どうかしましたの?枯れちゃった?蜂が巣を作ってしまいました?」

「いや、母上の方には白い紫陽花、伯母上と父上の方にはピンクの紫陽花ばかりになるそうだ。こっちは白は咲かないのにな。残念だが蜂はいないそうだ」

「それでいいんですわ。きっと雨が降る度に想いが流れて色が染まるのですから」

スティルレインがエフローレの白い頬にキスをするとほんのりとピンク色に染まる。

「愛してるってキスしたら染まるなぁ」

「えぇ。レイン様もほんのり赤いですわね」

そろそろ夕焼け色に染まる空が広がる。2人はそっと唇を合わせた。










それから30年後。
1男1女の子供に恵まれたスティルレインとエフローレ。
長男のフランジーは幼い頃の面影は何処にやら。色素が抜けやすかったのかピンク色の髪は真っ白になり今では【ホッキョクグマ公爵】と呼ばれる獰猛な見た目に成長した。

長女はスティルレインに似た焦げ茶色の髪に緑眼。今は伯爵夫人になっている。

巷で流行る歌劇になぞらえたように見た目で揶揄する者はまだいるけれど、あの時から変わったのは揶揄するものを窘めるたしなめる者がいる事だ。
エフローレが願ったように、ゆっくりと人々の心の中に広がりは見せているようだ。


仲睦まじい夫婦だった2人も半年前にエフローレが先に天に召された。
失意からか寝込みがちになったスティルレインもその時を迎えようとしていた。



「今日は、何日だったか」


皺枯れたスティルレインの声は横たわる寝台に吸い取られるかのようにか細い。
ふと机の卓上暦を見て、執事のフェローは「雨の月、18日で御座います」と応えた。

「長きに渡り、世話になった‥‥ありがとう」

「何を仰るかと思えばそのような。明日も明後日もお世話をさせて頂きますよ」

何時になく弱気な主の言葉にフェローが窓の外の空に目をやると、薄い桃色にも似た空が広がる。日没となる時刻の空に、かの日の夫人の髪色を重ねもう半世紀仕えてきた主に目を移した。

「旦那様‥‥見事な夕焼けが空を…」

執事の声は途切れたまま、部屋には静寂が広がった。
寝台に横たわる主は穏やかな顔で天に召されていた。


葬儀の日は、亡くなった日の空から予測した通りの雨。
ピンク色の紫陽花が、並んだ墓標の周りを彩っていた。

Fin

☆彡☆彡☆彡

アクシデントありましたが、最後までお付き合いいただきありがとうございました<(_ _)>

この後、登場キャラの名前の意味を投稿しますが、そちらは特に読まなくても問題ありません。
こういう意味でこんな名前にしましたー!ってモノです。(*´▽`*)

皆さまも、ハチにはくれぐれもご注意ください <(_ _)>
※都市伝説 昭和治療の〇〇かけとけば治る!というのは余計に悪化しますので止めましょう(笑)
 刺されたらぎゅーっと毒を絞りだして流水でジャンジャン洗って病院へGOで御座います<(_ _)>
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