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エフローレは甘くない
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ノックをしても、おそらく中にいる人間には聞こえていないのだろう。
「もしもの時は、これを若旦那様に渡してください」
「これは何ですの?」
「サトウキビです。若旦那様は甘いものが大好きなので」
食べ物で気を反らすという原始的な作戦にエフローレは公爵家の食への飽くなき探求心を知った。
「失礼いたします」
フェローと一緒に部屋に入ると、非常に風通しのよい応接室に変貌を遂げていた。
窓ガラスをたたき割ったのは、庭に転がっている布の包みのようである。
店の経営者と支配人、そして頬を張り店の外に突き飛ばした店員は床に顔をつけるように伏せていた。
「スティルレイン様、大きな声が屋敷の中に響いておりましてよ」
顔を真っ赤にしてフゥーフゥーと荒い鼻息をさせ乍らスティルレインはゆっくりと向かってくるエフローレを見た。
スティルレインの前に来ると、手でチョイチョイと屈むように合図を出すと額の汗をハンカチに吸わせて、スティルレインをソファに座らせた。
来客の3人の方へ体を向けると、床に膝をついた状態で上体を床に伏せていた3人は一様に顔をあげてエフローレを確認すると、ズズっと後ろにその状態のままで下がって「申し訳ない」と口を揃えた。
「どうぞ、ソファにかけてくださいませ」
「とんでもございません!ここに伏せさせて頂くだけでも申し訳なくっ」
「困りましたわ。お客様にそのような事をさせるのであれば、わたくし達も同じように床に伏さねばなりませんわね。向かい合わせでよろしいかしら?」
エフローレの言葉に3人はまさか本当に床に伏せられては困ると体を起こした。
「ソファにお掛けくださいませんの?」
敢えて【2回目】だと言わんばかりにエフローレはもう一度声をかけた。
恐る恐るスティルレインの顔色を伺いながらもソファに腰を下ろす3人にエフローレは茶を勧めた。その茶葉はあの市場で買ったもので良い香りが漂っている。
スティルレインの隣に腰を下ろし、にこやかに【ご用件は?】と問いかける。
恐縮した経営者の男が昨日の非礼を謝罪した。
しかし‥‥
「どうして謝罪をされますの?」
きょとんとした口調で3人に問う。スティルレインもギョッとした表情でエフローレを見て「ジア」と小さく口にしたところで、エフローレは自分の唇に指を当てて【何も言うな】と合図した。
「もう一度お伺いいたしますわね?どうして謝罪をされますの?」
「どうして…と申されましてもこちらの手違いで誠に申し訳なく、お詫びに伺ったのです」
「教えてくださいませ。仮にも王家並びに3公爵家御用達と看板を掲げる貴店の手違いとは何ですの?」
「そ、それは…ご予約を頂いておりましたにも関わらず、お買い物を楽しんで頂けなかった事で御座います」
「わたくし、店と客は対等だと考えていますの。だってそうでしょう?より良いものを取り扱う店が無ければ貴族だって困るんですもの。と、なれば急な用件で店に行けなくなった時や、気に入ったものが無ければ楽しく買い物は出来ないですものね。同じようにお詫びに伺わねばなりませんわ」
「そのように…お考え頂いてたとは有り難い限りで御座います」
「それに…ゴミが店内に入って来たとなれば掃き出すしか御座いませんもの。掃き出せばゴミは店の外。誰だって店の前に大きなゴミがあれば困るでしょう?まさか仮にも王家並びに3公爵家御用達と看板を掲げる貴店が碌に確認もせずに客をゴミ扱いする事などあり得ないでしょうし」
「あのっ…それは…その…教育が行き届いておりませんで…」
「あら?そんな不慣れな者を予約客が来るのに店頭に立たせるなどそれこそあり得ませんわよね?それこそ…どこだったかしら?そうそう!貧民街の手前にあるような店のように客を選ぶなどあり得ないと思いますの。あちらは予約をせずとも買い物は出来るでしょうけど、支払えるかどうかは店側が客を選ぶと聞きますものね」
ダラダラと流れる冷や汗を拭う経営者。息をしているかどうかも怪しい支配人と店員。大きな看板を掲げているだけにしてはならない失敗を悔やんでも悔やみきれないようである。
「これからは精神誠意、真心を持って商売をさせて頂きますので何卒今回の事はお目こぼしくださいませ」
「大丈夫ですわよ?」
「えっ?と、言いますと…」
「フォーズド公爵家はもう御厄介になる事はございませんが公爵家はあと2家御座いますしメチル王家もご用達で御座いましょう?精神誠意、真心を持って今まで通りの御商売に邁進されませ」
「ヒュッ」っと息を飲んだのは支配人の男だろうか。それとも店員だろうか。
経営者の男は口を開けて、酸欠の魚のようになっているので違うはずだ。
エフローレはにっこりと笑った。
「わたくしと夫は建設中の新居に相応しいものをと思い、夢見心地で伺ったのですが取り寄せも出来ないとハッキリ仰って頂いて助かりましたの。夢を見るような買い物も商売も大人になればお伽噺は卒業せねばなりませんわよね(にっこり)」
「お待ちくださいっ!」
経営者の男がソファから立ち上がり身を乗り出した。
エフローレが男から視線を逸らし、ふと庭を見れば庭師が何かを持って指差している。何だろうと持ってきてもらえば、詫びのつもりだったのだろう。
革の袋いっぱいに金貨が入っていた。
「お忘れになりませんよう。きっと債権者の方が有意義に使ってくださいますわ」
経営者の手に金貨の入った袋を渡すと経営者の膝が崩れ落ちた。
にこやかにフェローに向かって「お客様がお帰りですわ」と声をかけると、まだ何か言いたげな3人は従者たちによって廊下に出されて行った。
「ジア…謝罪を受けなくて良かったのか?」
「何を仰いますの?謝罪なんか受けたら阿婆擦れだの娼婦崩れだのと言われた事を認めなくてはならないではありませんか。わたくしは他人様がどう見ていようと阿婆擦れでも娼婦でもありません。相手が失言だと認めるのは結構ですが、その失言に対する謝罪を受け入れるかどうか決めるのはわたくしです」
「それもそうだな」
「あ!忘れておりました。レイン様。はいどうぞ♡」
パッと差し出した【サトウキビ】をスティルレインはガリリと齧った。
「甘くないな…サトウキビもジアも…(ボリリ)ガッシュガッシュ‥(ボリリ)」
怒り過ぎたのか、目元がまだ真っ赤になっているが強面の顔面。
赤ではなく、目元が黒く見えてしまっている。
――まぁ!大熊猫みたいね‥‥あら?大熊猫は笹だったかしら?――
あとで図鑑を見て確認をしてみようと思うエフローレだった。
「もしもの時は、これを若旦那様に渡してください」
「これは何ですの?」
「サトウキビです。若旦那様は甘いものが大好きなので」
食べ物で気を反らすという原始的な作戦にエフローレは公爵家の食への飽くなき探求心を知った。
「失礼いたします」
フェローと一緒に部屋に入ると、非常に風通しのよい応接室に変貌を遂げていた。
窓ガラスをたたき割ったのは、庭に転がっている布の包みのようである。
店の経営者と支配人、そして頬を張り店の外に突き飛ばした店員は床に顔をつけるように伏せていた。
「スティルレイン様、大きな声が屋敷の中に響いておりましてよ」
顔を真っ赤にしてフゥーフゥーと荒い鼻息をさせ乍らスティルレインはゆっくりと向かってくるエフローレを見た。
スティルレインの前に来ると、手でチョイチョイと屈むように合図を出すと額の汗をハンカチに吸わせて、スティルレインをソファに座らせた。
来客の3人の方へ体を向けると、床に膝をついた状態で上体を床に伏せていた3人は一様に顔をあげてエフローレを確認すると、ズズっと後ろにその状態のままで下がって「申し訳ない」と口を揃えた。
「どうぞ、ソファにかけてくださいませ」
「とんでもございません!ここに伏せさせて頂くだけでも申し訳なくっ」
「困りましたわ。お客様にそのような事をさせるのであれば、わたくし達も同じように床に伏さねばなりませんわね。向かい合わせでよろしいかしら?」
エフローレの言葉に3人はまさか本当に床に伏せられては困ると体を起こした。
「ソファにお掛けくださいませんの?」
敢えて【2回目】だと言わんばかりにエフローレはもう一度声をかけた。
恐る恐るスティルレインの顔色を伺いながらもソファに腰を下ろす3人にエフローレは茶を勧めた。その茶葉はあの市場で買ったもので良い香りが漂っている。
スティルレインの隣に腰を下ろし、にこやかに【ご用件は?】と問いかける。
恐縮した経営者の男が昨日の非礼を謝罪した。
しかし‥‥
「どうして謝罪をされますの?」
きょとんとした口調で3人に問う。スティルレインもギョッとした表情でエフローレを見て「ジア」と小さく口にしたところで、エフローレは自分の唇に指を当てて【何も言うな】と合図した。
「もう一度お伺いいたしますわね?どうして謝罪をされますの?」
「どうして…と申されましてもこちらの手違いで誠に申し訳なく、お詫びに伺ったのです」
「教えてくださいませ。仮にも王家並びに3公爵家御用達と看板を掲げる貴店の手違いとは何ですの?」
「そ、それは…ご予約を頂いておりましたにも関わらず、お買い物を楽しんで頂けなかった事で御座います」
「わたくし、店と客は対等だと考えていますの。だってそうでしょう?より良いものを取り扱う店が無ければ貴族だって困るんですもの。と、なれば急な用件で店に行けなくなった時や、気に入ったものが無ければ楽しく買い物は出来ないですものね。同じようにお詫びに伺わねばなりませんわ」
「そのように…お考え頂いてたとは有り難い限りで御座います」
「それに…ゴミが店内に入って来たとなれば掃き出すしか御座いませんもの。掃き出せばゴミは店の外。誰だって店の前に大きなゴミがあれば困るでしょう?まさか仮にも王家並びに3公爵家御用達と看板を掲げる貴店が碌に確認もせずに客をゴミ扱いする事などあり得ないでしょうし」
「あのっ…それは…その…教育が行き届いておりませんで…」
「あら?そんな不慣れな者を予約客が来るのに店頭に立たせるなどそれこそあり得ませんわよね?それこそ…どこだったかしら?そうそう!貧民街の手前にあるような店のように客を選ぶなどあり得ないと思いますの。あちらは予約をせずとも買い物は出来るでしょうけど、支払えるかどうかは店側が客を選ぶと聞きますものね」
ダラダラと流れる冷や汗を拭う経営者。息をしているかどうかも怪しい支配人と店員。大きな看板を掲げているだけにしてはならない失敗を悔やんでも悔やみきれないようである。
「これからは精神誠意、真心を持って商売をさせて頂きますので何卒今回の事はお目こぼしくださいませ」
「大丈夫ですわよ?」
「えっ?と、言いますと…」
「フォーズド公爵家はもう御厄介になる事はございませんが公爵家はあと2家御座いますしメチル王家もご用達で御座いましょう?精神誠意、真心を持って今まで通りの御商売に邁進されませ」
「ヒュッ」っと息を飲んだのは支配人の男だろうか。それとも店員だろうか。
経営者の男は口を開けて、酸欠の魚のようになっているので違うはずだ。
エフローレはにっこりと笑った。
「わたくしと夫は建設中の新居に相応しいものをと思い、夢見心地で伺ったのですが取り寄せも出来ないとハッキリ仰って頂いて助かりましたの。夢を見るような買い物も商売も大人になればお伽噺は卒業せねばなりませんわよね(にっこり)」
「お待ちくださいっ!」
経営者の男がソファから立ち上がり身を乗り出した。
エフローレが男から視線を逸らし、ふと庭を見れば庭師が何かを持って指差している。何だろうと持ってきてもらえば、詫びのつもりだったのだろう。
革の袋いっぱいに金貨が入っていた。
「お忘れになりませんよう。きっと債権者の方が有意義に使ってくださいますわ」
経営者の手に金貨の入った袋を渡すと経営者の膝が崩れ落ちた。
にこやかにフェローに向かって「お客様がお帰りですわ」と声をかけると、まだ何か言いたげな3人は従者たちによって廊下に出されて行った。
「ジア…謝罪を受けなくて良かったのか?」
「何を仰いますの?謝罪なんか受けたら阿婆擦れだの娼婦崩れだのと言われた事を認めなくてはならないではありませんか。わたくしは他人様がどう見ていようと阿婆擦れでも娼婦でもありません。相手が失言だと認めるのは結構ですが、その失言に対する謝罪を受け入れるかどうか決めるのはわたくしです」
「それもそうだな」
「あ!忘れておりました。レイン様。はいどうぞ♡」
パッと差し出した【サトウキビ】をスティルレインはガリリと齧った。
「甘くないな…サトウキビもジアも…(ボリリ)ガッシュガッシュ‥(ボリリ)」
怒り過ぎたのか、目元がまだ真っ赤になっているが強面の顔面。
赤ではなく、目元が黒く見えてしまっている。
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