戦場の悪魔将校の妻は今日も微笑む

cyaru

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VOL:21  座っているだけでぼろ儲け

王都にあるエバブ伯爵家は閑散としていた。

表門は鉄製の格子門があったのに、今は支柱だけが残って出入りも自由。
庭師によって整えられていた庭も草が伸び放題。屋敷も扉や窓からは常時風が吹き込んで抜けていく。

壁は破れ、天井も落ち、床に敷かれていた絨毯など木の板の色目が変わった部分が「あったんだろうな」と思わせる。

唯一の家具は厨房に転がる底が抜けた桶。
人はおらず、ネズミの糞がそこかしこに散らばっていた。


「取り壊してくれ。更地にして平民用の共同住宅を建てるんだから庭木も要らない。隣地との境界にある柵だけを残してくれればいい」

「これはもう解体費用だけですねぇ。伯爵家と聞いたので相殺できる何かがあればお安く出来ると思ったんですが」

「使用人への賃金も払わなかったらこうなるって見本だよ。使用人がやり出せばあっという間に「せどり」気取りが金になりそうなものを持って行くからな。まぁ、余計なものが残れば撤去費も処分費もかかるんだから今回は結果良ければって奴だ」

フォン公爵家への慰謝料が支払えずエバブ伯爵家は廃家となった。
ウィンストンとレティシアの結婚式が行われて2日後。翌々日には男爵家となるはずだったが、男爵家よりも伯爵家のほうが土地の評価額も若干高くなる。

金の工面がどうしても出来なかったエバブ伯爵は領地とこの屋敷の土地と家屋をフォン公爵家に差し出す事にした。当面は借家として住まわせてもらおうとしたのだが、「不動産は要らないので現金でよろしく」と言われ、売るしか無くなった。

翌日が慰謝料の支払い期限。エバブ伯爵の手元に残ったのはレティシアの結婚式でウィンストンが投げた「お裾分け」の残りがたった1個だけだった。

「お前の実家に身を寄せようか」

後妻であったエバブ伯爵夫人エメルダの実家ヌック侯爵家の門を叩いた。
家督はエメルダの兄が継いでいたのだが、格上のフォン公爵家への慰謝料を支払ったものの期限ぎりぎり、しかも全てを手放したとなればお荷物でしかない。

「お兄様、お願い。庭に庭師の休憩小屋があったでしょう?そこでいいの。おいてくれない?」

貴族とはいかに新鮮で、密な味の情報を掴むかで浮き沈みをするもの。

王太子フェリペにも睨まれているし、フォン公爵家への慰謝料は払っても医療院への滞納はそのまま。なのにレティシアの結婚式では民衆に「お裾分け」の大盤振る舞い。

ヌック侯爵は大聖堂での結婚式がフェリペによるものだとは知らない。
ただ、「結果」となった事実だけを見れば、支払わねばならないものは後回しに分不相応な挙式、そして生活の面倒をみてくれと泣き付いてくるという計画性の無さ。

例え実妹だと言ってもわざわざ王太子に睨まれる火中の栗を拾う事も無い。ヌック侯爵は目の前でマスカラが涙と共に頬を伝い、ペンキ缶の側面のようになった顔の実妹を切り捨てた。


エバブ伯爵の弟妹は早馬なら2週間、通常の馬車旅で2か月の領地を両親から譲り受け細々と暮らしている。弟妹に面倒をみてくれないかと手紙を送ったものの受け取る際に自分が住所不定となっている事まで考えていなかった。

弟妹の住む領地までの旅費などあるはずもない。

「パンでも買うか」

「お裾分け」の小袋を開いてエメルダは雄叫びをあげた。
入っていたのはあの日、冗談交じりに言った「小石」だったのだ。

ウィンストンが投げてしまっていれば誰かが怪我をしたかも知れない。手元に残って良かったのだ。そう思えないのも流石はエバブ伯爵。

「くっそぉ!!どいつもこいつもバカにしやがって!」

最後の頼みの綱はブレキ伯爵家なのだが、エバブ伯爵夫妻はそちらに足を向ける事はなかった。

エバブ伯爵家の残りの借金はシンシアがもう医療院を出たと言うことで滞納している800万ほどだが、ブレキ伯爵家は桁が違う。

元々がエバブ伯爵家の足元にも及ばない貧乏貴族。しかもシンシアについて魔導士が1人同行したとなれば支払いはまだ続くと言うことだ。

関わらないのが一番だとレティシアとも親子の縁を切る事にした。
尤も、レティシアの食費など到底稼げない。出戻られても困るだけだ。


エバブ伯爵夫妻は着ている衣類が金にならないかと布製品の買取店を訪れ、着ている衣類を売った。売った金で質素な服を買い、大人4人が寝転がれば寝返りも打てないくらいの小さな部屋を借りる事が出来た。

エバブ伯爵夫人は刺繍なら出来るとそれまでドレスなどを注文していた仕立て屋から刺繍の仕事が貰えた。問題はエバブ伯爵。シンシアと半分で執務はしていたと言っても実質署名をして印を押すだけ。

何の役にも立たないどころか、ことある毎に「私を誰だと思っている!」貴族である事を盾にして客に喧嘩を売るような従業員は要らないと雇われても半日足らずでクビになる。

エバブ伯爵はトボトボと歩いて帰る途中、大通りで「簡単な商売」を目撃した。

道端に座り、目の前に欠けた食器を1つ置いておけば道行く人が金を入れていく。

――座ってるだけだぞ?礼の一つも言わなくていいのか?!――

いつも馬車で通り過ぎるため、エバブ伯爵の知っている「物乞い」は速度を落とした馬車に近寄って「恵んでくれ」と縋る者か、商店に出入りする時に「パンをくれ」と集まって来る者達だけだった。

――座っているだけでいいなんて――

エバブ伯爵は試しに拾ったボウルを目の前に置いて橋のたもとに座ってみた。

チャリン♪ ――ファァァ♡――

何もせずに座っているだけで金が放り込まれたボウルを抱えて喜ぶと、身なりの良い紳士がそれを見て札を1枚入れてきた。

――凄い!こんなぼろ儲けな商売があったなんて!――


人に使われるよりずっと楽だし、雨の日は稼ぎがないだけで言わば「自由営業」にすっかり魅せられてしまった。


1年ほど経ったある日、いつものように橋のたもとに座り、ボウルに放り込まれる金を待っていた時、誰かと待ち合わせをしている男性2人の声が耳に入ってきた。


「聞いたか?戦場の悪魔が遂に父親になるんだってよ」
「聞いた。聞いた。嫁さんはあのエバブ家の娘だろう?」
「そうそう。あの時はびっくりしたぜ。第一王女を生まれて直ぐに亡くしたご経験のある殿下に娘を貸し出すとか言ったそうだが馬鹿だよなぁ。そりゃ殿下もキレるわな」

「戦場の悪魔あてに送った祝いの品の荷馬車を見たか?」
「あれを知らないやつはいないだろう。何台あったんだ?品代で領地が買えるんじゃないかと思ったぜ」


待ち人が来たようで男性2人の声は聞こえなくなった。
エバブ伯爵は奥歯をギリっと噛み締めた。

「父親の私がこんな生活をしていると言うのに!自分一人甘い汁を吸おうだなんて!躾し直してやるッ」

ボウルに入っていた2枚の硬貨をポケットに捩じ込んで、それまで稼いでくれたボウルを石畳に叩きつけた。木製のボウルはカランカランと音を立てて遠くに転がっていく。

触らぬ神に祟りなしと人々はそんなエバブ伯爵を避けるように歩いていく。

「ペッ!忌々しい…まぁそんだけ金があるなら面倒をみて貰おうか」

唾を吐いたエバブ伯爵は夫人の待つ家に戻って行った。
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