婚約破棄になったのは貴方が最愛を選んだからです。

cyaru

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VOL.14  エマの失望と未来

数日振りのレオンの声にエマは歓喜した。
歓迎をしていないのはこの2人のせいだと疑う事もない。


「誰?っていうか…何の用だ?」


聞いた事がないような素っ気ないレオンの声にエマは力いっぱい呻き声を上げた。


「うーっ!!ウゥゥゥーッ!!」
「申し遅れたね。私はジェームズと言う。こちらの女性は私の妻であり、エマの母親だ」
「えっ?エマの…」
「親として君に話をしに来たんだ」


エマは希望を持った。
レオンがどうしてこんな所にいるのかは判らなかったが、迎えに来てくれる準備をする為の部屋なのだと。そして自分にこんな仕打ちをする両親から助け出してくれる。そんな希望を。


「エマの事で話?丁度いい。手間が省けたよ。ハッキリ言うがいい迷惑なんだ。サシャリィの従姉妹だなんて僕を騙し…エマの嘘が無ければ僕は侯爵家から籍を抜かれる事も無かったんだぞ!騎士の試験だって第一騎士団に合格レベルだったのに貴族籍が無くなったせいで‥‥話をしたい?なら被った損害を賠償するって話なら聞いてやるよ」


レオンの怒りからくる怒声を聞いてエマは海老のように蠢いていた動きを止めた。
エマの心がレオンの口から出る言葉の数が増えるに従って冷えついて行く。


「誰にでも股を開くような女だろ。ちょっと優しい言葉を掛けてやったらその気になって。本当にいい迷惑だ。で?幾ら払ってくれるんだ?子爵辺りまでなら爵位を売ろうってのを紹介するけど?」

「随分な事を言うね。エマは君と結婚をする気で侯爵夫人になるとまで言ってたんだよ」

「あぁ…そういう事ね。爵位に群がる女は掃いて捨てるほどいたよ。尤も?今じゃそのエマのおかげでこんな荒んだ生活なんだぜ?親なら責任を取ってくれよ。だいたいさ、平民が貴族を騙る。その時点で犯罪なんだけど、判ってる?ま、エマの話が本当ならジェームズさん、あんたはアガントス伯爵夫人の弟なんだろ?詐称に付いては便宜を図って貰ったって事か。いいね~。身内同士で仲良しこよし。羨ましいよ」


レオンはジェームズの肩に担がれたままのエマを脹脛ふくらはぎをパチンと指で打った。


「とにか―――ウガッ!」


鈍い音を立ててレオンは衝撃から盛大に尻もちをついた。
エマが縛られたままの足を思い切り振り上げ、両足のかかとがレオンの顎に直撃した。

ジェームズは突然の事にエマを下ろし、レオンに空いた手を差し出した。しかしレオンはその手を振り払い、床に転がされる形になったエマに飛び掛かろうとした。

ジェームズは体を張ってレオンを止め、エマの母親はエマに覆いかぶさった。
その拍子に噛まされていた猿轡が外れ、エマは叫んだ。


「レオンの嘘吐き!プロポーズまでしたくせに!私との子供は可愛いだろって言ったくせに!」


体を捩じって尻もちをついたレオンの顔を見たエマは怒りよりも先に驚いた。
声しか聞こえていなかったが、今、エマの目に映ったレオンは本物だろうかと疑うほどに小汚い男だった。

身に着けている衣類も胸ポケットが解れて取れかかった着古しの隊服。
鍛錬で汗を掻いた後でも白かった肌は垢黒く、髪も脂が張り付いたようなテカリ。清々しさとは対極の生き物に見えた。

たった10日ほど会わなかっただけなのにこんなに汚れるものなのか?
そう考えたが、隊服にある肩章で「第5騎士団」だと判るとエマの中でストンと違和感が落ちて消えた。

騎士団通いを学友達としている時、第5騎士団は常に土埃、砂埃の舞う中や、泥にまみれて勤務を行うため2、3日でとんでもない汚れが目につくようになる事を知った。

貴族はおらず、平民であるが故に湯殿で体を洗う事はない。せいぜい雨に打たれて埃を洗い流すか川に入るか。だから学友達と共に先輩から一番に教えて貰ったのは第5騎士団の見抜き方だった。

『少々綺麗にしてても絶対に付き合っちゃダメ。貧乏暮らしを強いられて背中に子供を背負って洗濯やら炊事をさせられてしまうわよ?』

『第5騎士団は新品の隊服を買うお金がないから常に退役した騎士のお下がりなの。聞こえのいい事を言うけど真に受けちゃだめ』


在りし日の先輩の言葉が頭の中に聞こえ、目に映るレオンの姿にエマは何もかもが馬鹿馬鹿しくなって笑いだしてしまった。

確かにレオンには嘘を吐いたが、こうなったのは自業自得じゃないかと。
何より、汚い言葉を平気で吐き続けるレオンを慕っていた自分が惨めに思えた。


「何がおかしいんだ!この阿婆擦れ!」
「キャハハ!!汚いツラして何?所詮アンタだって平民じゃないの!偉そうな事言ってんじゃないわ。第5でしょ?第5だって!アーッハッハ。そんな男、こっちから願い下げ!せいぜい泥と埃に塗れてオツトメするといいわ!あんたにお似合いよ!」


その後も何かを言うたびに大声で笑い声をあげながら「第5」と連呼をするエマにレオンは玄関の扉を閉めてしまった。閉じた扉の鍵を締めると背を預け、レオンは扉の向こうから聞こえるエマの声を遮るように手で耳を塞ぐ。


「エマ、やめなさい」


声が枯れても笑い、叫び続けるエマを母親は抱きしめた。
レオンを罵りながらもエマはボロボロと大粒の涙を流しながら叫んでいたのだ。

ジェームズはエマの拘束を取り払うと、前抱きに抱え待たせていた馬車に乗り込んだ。馬車が動き始めてもエマは泣き続け、しゃくりあげるのもようようになるまで泣いた。

その涙が止まる頃にはもう馬車は2回馬の交換を済ませ、田舎に戻るための分岐まで到達し、振り返っても王都の街並みはもう見えない所まで来ていた。


「ごめんなさい…ごめんなさい…」


エマは母親とジェームズに初めて謝罪の言葉を口にした。


「エマ?それは誰に対しての言葉なのか。判るわね?」
「うん…アガントス伯爵家の…ひっく…」
「でも、もう直接謝罪をする事は出来ないの?理由は判るわね?」
「うん…ごめんなさい…」
「彼が受け入れてくれるならエマを置いていこうと思って来たんだが…とんでもないクズでびっくりしたよ」
「嫌よ!酷いっ!って…私の居場所なんかもうないもんね…」
「田舎でやり直そう。エマ、親として一緒に謝罪していくよ。1人じゃないさ」

エマはジェームズの言葉に枯れたと思った涙がまた溢れ出した。



馬車の窓から見える夕焼け。
エマは領地に帰ったらサシャリィに手紙を書こうと思った。

しかし、いざ手紙を書こうとインク瓶にペン先を浸けるが文字が書けなかった。どうして自分が文字を書けるのか。時候の挨拶から始まる書き出し。何故そうするのか。

考えた時に、周りの支援があったからこそ自分は学ぶ機会を与えられたのだと気が付いた。

――なんて事をしてしまったんだろう――


取り返しのつかない過去を悔いて、上辺だけの謝罪の言葉に意味があるのかと思い悩み、結局手紙は書く事が出来ずエマは態度で示そうと人の何倍も働いた。

エマは領地に戻り二度と王都の地を踏む事はなかった。ジェームズの手伝いをしながらアガントス伯爵家に得た賃金の殆どを送金し、20年後、38歳の時に妻に先立たれた幼馴染と結婚をする。

エマ自身は子供には恵まれなかったが、王都で母やジェームズ、皆に迷惑をかけた当時の年齢と同じ18歳の連れ子を持った事で、初めてジェームズや母の苦悩を知ったのだった。
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