冷血皇帝陛下は廃妃をお望みです

cyaru

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帝国との交渉①

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「お久しぶりです。ハーパー大使」
「こちらこそご無沙汰をしておりました。シリウス殿下」

握手をしてテーブルを挟み向かい合って座る両国。
国力の差は圧倒的に帝国が上となる。シュバイツ王国は近隣国の中でも最下位に近い。
ただ地理的に主だった街道が数本横切るのであくまでも【通過点】ではあるものの宿場町などはその恩恵にあずかっている。
行ってみればハブのようなもので、一国が侵略をしようとしても周りの数国がそれを阻止する。
自国ではなく、他国の策略によって生きながられている国と言っても良いだろう。

会合が始まる前までは談笑のような場でお互いの近況などを話しながら腹の探り合いをする。
シリウスはそれについてここ数週間の間にあった隣国との交渉で初めて知った。

それまでは他国の使者、大使、王族、王族と顔を合わせるのは夜会程度。
大事な話の前哨戦ともなるがシリウスは国王夫妻と違って単なる酒の席としか考えていなかった。
国王、王妃は重要性を判っているため、アルコール度数の低いワインを飲む振りをしながら人の間を渡っていくがシリウスはそうではなかった。

会談などの重要な場もアナスタシアがいるか、アナスタシアから細かく指示を受けた次官が数人ついていたのでOKの事柄だけ頷いてたまに通訳を介し話をすれば良かった。
その通訳すらアナスタシアから指示を受けており、余計な事は通訳をしない出来た通訳だった。

会談などは数年に一度行われるのでアナスタシアがいなくなりこれで3度目。
先に行われた2国との交渉は全て不調に終わり、いよいよ足元のぐらつきは大きい。
帝国が一番先の会談であればもうこの国はなかったかもしれない。
それだけお粗末な交渉しか出来なかったのだ。


時期的にもこの3国との交渉はアナスタシアが担当していたもので、押し付け合っている間に時間だけが過ぎて行ったというのが本当のところ。

例えてみれば――。
王妃はそれまで以上に仕事を任されていて既に車輪が外れた馬車を無理やり引かせている状態。国王は馬ではなくヤギに馬車を引かせている状態。
シリウスに至っては、後部座席に乗った事はあっても御者をした事がなく、動かす前に馬車の部品の名前を教えてもらっているような状態だった。

王妃だけは感じている。どんな馬車もずっと走り続けることはできない。
馬とて休息は必要だし、餌も水も必要なのだ。王太子妃となったアナスタシアに役割を任せすぎた。

アナスタシアは馬車を問題なく動かすための仕事だけではなく、その馬車に何の荷を、どれくらい乗せて、効率よく積んで降ろせば良いか。
この馬はこういう性質だからと相性の良い御者をつけて一番力の発揮できる場所に向けて走らせるように采配をしていた。

次官たちも指示をされていなければ、動きはしない。「それはマズイ」と思っていても口を挟む事は出来ない。挟んでしまえば代表となる国王や王太子の面子を潰してしまうからである。
堅実な経営をしていた貴族は隣国の親戚を頼って移住したり、賢い商人は商会の顔となる店の規模を縮小したり隣国の店舗と合併と言ってこの国の店を閉めてしまったりと逃げ出している。

ニヤリと笑う帝国のハーパー大使の笑顔の裏をシリウスは読む事は出来ない。
談笑の場だからと【言葉通り】に受け取るだけだ。

「そういえば、やっと我が帝国の皇帝陛下もお妃様を迎える運びとなりました」
「そうですか!それは目出たいですね。どのような女性なのですか」

「驚くほどに聡明で謙虚。役目に忠実な方で…何と言っても陛下がその方でないとと申しましてね。陛下直々に何度も足をお運びになり、後は帝国に迎えするのみです」

「そのような女性が!皇帝陛下のご成婚とあらば我が国も盛大に祝わねばなりませんね」

「嬉しい事を言ってくださりますなぁ。陛下もお悦びになるでしょう。そうそう!シリウス殿下には特別に参列をして頂くようにと陛下からも仰せつかっております」

「そうなのですか!戴冠式の際にお目にかかっただけですが覚えてくださっていたのですね」
「それはもう。シュバイツ王国については特段に配慮をされておりました」

戴冠式の時に、エレオネーラから絶賛を浴びたのはアナスタシアである。
どうしてあの娘があんな男にと暗殺の指令を出すほどに悔しがった。
グラディアスも挨拶程度の言葉しか交わしていないが、壇上から見るにつけ各国の王族や大使の心の中に巧みに入り込み、情報を引き出していくアナスタシアからは目が離せなかった。

戴冠式の後も、小さな国と交易を開始するにあたって相手側が一歩引き、特に取り柄のないシュバイツ王国主導で幾つも条約が結ばれたと聞き、帝国もお手並み拝見と農産物の輸出入についての交渉を始めた。

単に売り買いをするという事だけではなく、果実の交配で病気に強く、使用用途に適した味、大きさなどになるような技術的な事から、天候による不作の対策、輸送中の街道整備、護衛など1つの事で複数の事業に複雑に絡み合う交渉となりここ5年間はお互いが驚くほどの成長分野となった。



「さて、条約の更新についてなのですが」

遂に神経を張り巡らせる時間が来たとシリウスは姿勢を正した。
目の前のハーパー大使は先ほどまでとは全く違う眼光でシリウスを見てくる。

「条約の更新についての条件などはお手元の書類に御座います。1ページ目は表紙、2ページ目は目次です。3、4と条約の定義についてですので、5ページ目。更新の条件をご覧ください」

各自が一斉に書類を捲り始める。と言っても、先に同じものは届けられているのでそれについて帝国側からの質問事項についても回答している記載ページがある。

書いてある事については一通り説明と言う名の、読み聞かせを終えたシリウスは満足気だった。
反対に次官たちの表情は厳しい。

書類を作成するにあたって、次官たちは今までアナスタシアの下で補佐をしていた時と同様に細かい事もシリウスにどうするべきか伺いは立てていた。

だが、シリウスは【書かれている事】に対してのみの対応しかできない。
幅を広げ、大きく見る事が出来ないのだ。
交渉ではそれが致命傷になると何度説得をしても、それまで女性だったアナスタシアが出来た仕事。
しかも今回は初回ではなく継続をするかどうかのいわば中間点。
シリウスは楽観視で挑んでいた。忙しかったのも最新の資料の突合せだと思っていたのだ。
その中に小さくても重要な事柄があった事にも気が付いていない。

「お忘れのようなので、こちらから一点よろしいですかな」
「抜かりがありましたか?」

「まぁ、抜かりと言えば抜かり。付随するものですがなくてはなりませんのでその点については条約を更新の折にシュバイツ王国から報告とそれに対しての問題点、新たな提案があればというお話でしたがね」

「えっと…そのような事は‥」

必死に手元の書類のページを捲るシリウスだが、隣で次官が必死に【違います】【そこにはありません】と小声で話しかける。

「お忘れのようなので。口頭で結構ですよ。第11街道を通行する際のメリル―プ神国との分岐点になる個所。ここは今でも荷馬車が通行するのに厳しい場所故に、メリル―プ国との交渉で我が帝国も一緒に三か国協議をする。それにあたって工事に必要な地質調査、迂回路の整備状況、警護、迂回をする事による時間的ロスの損益などを今回の交渉でご提示いただくようになっておりましたが、どうなっているのですかね」

敢えてゆっくりと噛み砕くように言って聞かせるハーパー大使。
シリウスはそんな文言があったかと次官の顔を見る。次官はテーブルに隠れた太ももの上に前回の交渉締結に当たっての条件という個所で、最後から数行上にある文字を指でなぞってシリウスに見せる。

確かにそれが盛り込まれているが68項目もある締結の条件。
地質調査が何故今更必要なのかと読み飛ばしてしまっていた。

「そ、その件は隣にいるこの者が説明を致します」

説明が出来ないどころか把握をしていないシリウスは隣に座る次官に丸投げをした。
最悪、この次官に責任を取らせれば良いだけだ。そう考えたのだ。
突然ふられた次官は、出来なくもないが手元に何もない状態で間違いをしてしまえば記録に残る。
間違いを訂正するのは膨大な時間と、「何故間違ったか」の説明も必要になる。
焦る次官にハーパー大使は予想通りとほくそ笑んだ。

「シリウス殿下。重要な事です。資料がないのですから責任者である貴方、シリウス殿下の言葉として説明を願いたいのだが?」

「あ、あの…すみません。その件は資料を挟み忘れておりまして」
「なら今から取りに行かせてくださいますかな」
「いや、えっと…あ、明日!明日にはご説明を致しますのでお待ち願えますか」
「明日?我々も子供の使いではない。無駄に時間を伸ばされても日程が狂うだけだ」
「申し訳ないっ。明日には必ず。明日の議題の前にこの件は必ず!」

取り繕えたかに見えたシリウスだが、それは自分を追い込む一歩目だった。
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