冷血皇帝陛下は廃妃をお望みです

cyaru

文字の大きさ
20 / 28

会合への乱入者

しおりを挟む
居並ぶ帝国の使節団。ハーパー大使を始めとして末席の補佐官も眼光が鋭い。

向かいのシリウスを中央に俯きがちな次官と文官が席を埋めていく。
表情を変えずにハーパー大使は口火を切る。

「では、昨日の報告をお願い出来ますかな」

シリウスはわずかな希望を持って両隣の次官の顔を盗み見るが「殿下、どうぞ」と言わんばかりに無言を貫く。シリウスは屈辱を感じながらも震える拳を握りしめた。

「も、申し訳ありません。輪転機の具合が良くなく資料をお渡し――」
「書面など必要はない。口頭で結構と昨日申し上げたはずだが」
「そっ…そうなのですが…担当がっ担当が過日より休暇を――」
「担当云々必要なし。責任者の貴方が!ご説明下さればよろしい」

万事休す。シリウスには打つ手がない。全てをアナスタシアに丸投げしやるものだと思っていたため今日の議題に上がる項目をさらりと斜め読みしたくらいである。
残念な事に、答えなければならない第三国の国名すら思い出せないのだ。
書面がなければ回避できるかと思えば口頭で良いと言う。そう言われても何の説明も出来ない。
アドリブすら出てこないのだ。

それでもこうなった責任は自分にはなく、次官や文官が余りにも無能すぎるのだとそれをハーパー大使に訴えようとしたが「もう結構」と一蹴されてしまった。

「本日の議題も条約更新はないと判断をさせて頂く」
「お、お待ちください。そちらは更新をお願いしますっ」

「シリウス殿、昨日と今日の議題。別物だとお考えなら大間違い。2つが揃ってなければ意味がない。それは我が帝国だけでなく貴国も同義。片方だけ都合よくというのはこちらも子供の使いで陛下の名代を賜っている訳ではない。愚弄するのであれば、開戦も辞さず…よろしいか」

今日の議題は【安全保障条約の更新】である。騎士団はいても隣国が攻めてくればひとたまりもない。交通の要所がある立場故に、過去にアナスタシアが帝国の関税を四半期は課税なし、残りを他国の25%とする事で、万が一の時は帝国の武力介入で守ってもらうというものだった。

昨日の議題と連動をしているのは、もしもの時に隣国から派兵をしていれば間に合わないので第11街道の整備と共に迂回路をもうけ、その迂回路に派兵する兵士たちの駐屯場も整備する事になっているのだ。
道の整備は昨日の議題、駐屯場の整備やそれにかかる費用の負担割合が今日の議題だ。

次官や文官たちは昨日の議題が出来上がっている事を前提に今日の条約更新、付随する負担割合については纏め上げてはいるが、相手があっての会合。こちらの言い分が全て通るわけではなく何処で折り合いをつけるか。それがシリウスの仕事でもあるのだ。


国王も王妃も帝国相手の折衝はアナスタシアに丸投げをした。
これとは切り離す事が出来る案件で気に入られ指名を受けているアナスタシアにこれ幸いと全てを丸投げして、王妃もそれがブーメランで帰ってきたが、帝国との折衝が必要なものは全てシリウスに投げる代わりに数か国の協議が必要なものを担当したのだ。

「お待ちくださいっ!き、休憩を!休憩を致しましょう」
「休憩?寝言を言われては困る。まだ始まって10分も経っておらんではありませんか」
「それは承知しています。1時間、いえ、30分でいいのです」
「10分ですな。我々も忙しい。身にならんのであれば早々に帰国せねばなりませんので」
「では15分!お願いしますっ」

「やれやれ」と呆れ顔の帝国側に了解をもらい15分の休憩に入る。
しかし、席を立つのはシリウスのみ。次官や文官は素知らぬ顔で資料に見入る。
シリウスは両隣の次官に「来てくれ」と小声を掛けるが、聞えぬふりをされてしまう。
ここで大声を出す事は出来ない。帝国側の次官はこれ見よがしに腕時計を見る。


「頼む。来てくれないか」シリウスの懇願する声に次官は面倒臭そうに席を立った。
ホッとしながらもそれで解決の糸口は見えない。シリウスは「自分の不手際で」と次官に謝罪させることを考えていた。次官もそんな事だろうと思ったからこそ聞こえないふりをしたのだ。

部屋から出るとシリウスは2人の次官に頼み込んだ。

「すまないが、お前たちの不手際という事で話をおさめてくれ」
「何を言ってるんです?それが通用するとでも?」
「そうですよ。話を聞いていましたか?責任者に口頭で!と言われてるんですよ」
「だから!その責任者は今からお前たちになったという事だ」

「そんなバカな話がありますか?なんのための殿下なのですか。我々の独断でそれをしてよいのならとっくにそうしていますよ。もう言わせて頂きますが殿下がいない方が仕事が捗るんです。アナスタシア様の時は本当にこんな事なかったですよ?むしろ我々の失態をその場で切り抜けて下さってました。責任転嫁された事など一度もありませんよ」

憤慨した次官2人は堰が決壊したのか、言いたい放題である。
思い切り殴り飛ばしたくもなるが、ここで殴れば責任を取る者がいなくなる。
怒りを堪えているところに「時間ですが」と声がかかった。
次官は何も言わずに入室していく。シリウスは最後に部屋に入った。

着席をし、横目で次官2人を交互に見る。「上手くやってくれよ」と思った時、ノックをする音がした。全員が扉の方を向いた。

「なんだ。会議中だぞ」

シリウスは扉を開けた衛兵を睨みつける。しかし衛兵は「どうぞ」と扉の向こうに声を掛けた。
王太子である自分の言葉を無視するとは!と叱りつけようとすると男が2人入って来た。
一人は自分とさほど変わらない年齢。もう一人はかなり若い。
誰だ?シリウスはその顔を見ても誰なのか判らなかったが、見知った顔ではない。
帝国側の人間か…遅れてくるとは‥

ガタン!ガタッ!!帝国側の人間が全員起立をし、敬礼をしている。
先ほどまで偉そうにしていたハーパー大使まで最上級の敬礼をしていた。

「楽にしてくれ。遅れたのは私だ」
「何処に座ればいいかな?こっち?」

2人は帝国側の中央に陣取った。それまで椅子に腰かけていた帝国側の全員は手を後ろに組んで直立不動の姿勢を取り、顔は文官ではなく武官の顔になっていた。

「シリウス殿、久しいな」
「え、と…はい?」

隣の次官は立ち上がり、頭を下げながらシリウスに小声で「帝国の皇帝陛下ですよ」と伝える。

「さして際立った何かがある顔ではない。4年前にみた程度なら忘れられて当然だろう。気にするなシリウス殿。微塵も感じるものはない」

「いえ、申し訳ございませんっ。ほ、本日はどのような…」

椅子を後ろに引き、長い足を組んで、片手で顎を支えるようにしながら皇帝グラディアスはシリウスを見てニヤリと笑った。隣に座るディレイドも口角をあげている。

「花を愛でに来たついでだ」
「花…で御座いますが…我が国にそんな花が…ありましたか」

「知らぬか?儚くも凛とした花を。どこぞの痴鈍に手折られてなぁ」

シリウス以外、その場にいるものは皇帝の言葉が何を指しているのかを悟る。
扉の向こうが騒がしくなった。皇帝が直々に来ているとの知らせに国王と王妃が全てを放り投げて来たのである。

「揃ったか」
「まだだよ~枯れかけた毒花がまだだと思うし」
「毒花?何の事です?」

ディレイドはシリウスの隣に座る次官をちょいちょいと手招きする。
顔を見合わせて次官は一礼し、前のめりになった。

「側妃のロザリア。ここに連れて来てよ」
「承知致しました」

次官が席を立つが、シリウスはその言葉が納得できなかった。

「失礼でしょう!帝国よりは小国ですが側妃を呼び捨てにするなど!」

ドンッ!!

グラディアスは足をテーブルの上に叩きつける様に置くと、足を組みなおした。

「呼んで来い‥‥と言っておるのだ。二度も言わすな」

圧倒的な威厳のある圧力にシリウスは蛇に、いや大蛇に睨まれた蛙だった。
しおりを挟む
感想 178

あなたにおすすめの小説

不倫の味

麻実
恋愛
夫に裏切られた妻。彼女は家族を大事にしていて見失っていたものに気付く・・・。

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

側妃契約は満了しました。

夢草 蝶
恋愛
 婚約者である王太子から、別の女性を正妃にするから、側妃となって自分達の仕事をしろ。  そのような申し出を受け入れてから、五年の時が経ちました。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

妻を蔑ろにしていた結果。

下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。 主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。 小説家になろう様でも投稿しています。

初恋だったお兄様から好きだと言われ失恋した私の出会いがあるまでの日

クロユキ
恋愛
隣に住む私より一つ年上のお兄さんは、優しくて肩まで伸ばした金色の髪の毛を結ぶその姿は王子様のようで私には初恋の人でもあった。 いつも学園が休みの日には、お茶をしてお喋りをして…勉強を教えてくれるお兄さんから好きだと言われて信じられない私は泣きながら喜んだ…でもその好きは恋人の好きではなかった…… 誤字脱字がありますが、読んでもらえたら嬉しいです。 更新が不定期ですが、よろしくお願いします。

そんなに義妹が大事なら、番は解消してあげます。さようなら。

雪葉
恋愛
貧しい子爵家の娘であるセルマは、ある日突然王国の使者から「あなたは我が国の竜人の番だ」と宣言され、竜人族の住まう国、ズーグへと連れて行かれることになる。しかし、連れて行かれた先でのセルマの扱いは散々なものだった。番であるはずのウィルフレッドには既に好きな相手がおり、終始冷たい態度を取られるのだ。セルマはそれでも頑張って彼と仲良くなろうとしたが、何もかもを否定されて終わってしまった。 その内、セルマはウィルフレッドとの番解消を考えるようになる。しかし、「竜人族からしか番関係は解消できない」と言われ、また絶望の中に叩き落とされそうになったその時──、セルマの前に、一人の手が差し伸べられるのであった。 *相手を大事にしなければ、そりゃあ見捨てられてもしょうがないよね。っていう当然の話。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...