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第01話 愛の伝道師は講師陣にいなかった
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ジャクリーン・オコットは沿道に向かって手を振るサジェス王国の王太子アルバートと王太子妃となったアビゲイルを言葉を発する事もなく、ただ視界に映すだけ。
「幸せそう。良かったわ」
隣でハンカチに目頭の涙を吸わせる母のオデリー。
そんな母の肩を抱き満足そうに頷く父のブライアン。
今日、王太子妃となったアビゲイルはジャクリーンの実妹。
この幸せいっぱいの結婚式の裏側にあった事実を歓声を上げる民衆は誰一人知らない。
「さぁ、次はリーンの番だ」
「しっかりね。貴女なら何処でだって上手くやれるわ」
民衆の歓声が遠くに聞こえるようになった頃、ジャクリーンは両親より先に馬車に乗り込みオコット公爵家への帰路についた。
★~★
時は1年前に遡る。
成婚の議をあと1年に控えたジャクリーンはその日、王太子アルバートとの婚約が白紙撤回された事実を聞かされた。
「何故なのです?わたくしが何か致しましたか?」
「いや、君は何もしていない」
王家による教育も終わり、成婚の議を前にしたジャクリーンは実家のオコット公爵家でのんびりと過ごしていたが、登城せよとの命令に従い、父親のブライアンと共に登城するや否や真っ先に告げられたのは「婚約の白紙撤回」だった。
ただジャクリーンとの婚約が白紙撤回となる文面を読み上げる文官の声がやんだ後、混乱する気持ちを抑え、ようよう声をだしたが、返って来たのはアルバートが顔を歪め、辛そうに告げた「何もしていない」という言葉だった。
「何もしていないのに何故? 何故なのです?!」
「さっき言っただろう?君は婚約者であった12年間、ただ僕の ”妃” になる為だけに己を磨き、己を高め、僕には何もしてくれなかった。人間に必要なのは愛だ。僕に愛を教えてくれたのはアビゲイルなんだ」
――どういう意味??――
アルバートの言葉の意味が解らない。
婚約者同士の時間は十分に取っていた。
アルバートとは何度も自分たちの治世になればこうしよう、あぁしようと夢を語り合った。
7歳で婚約者となった日、ジャクリーンはアルバートに恋をした。だからアルバートの隣にいて恥ずかしくない女性になろうと厳しい教育にも耐えてきた。
所作もマナーも隙を見せてはならず令嬢達のお手本とも言われた。
何がいけなかったのかさっぱりわからない。
――まさかのまさかと思うけれど、妃教育の内容や公務に執務、そして政務よりもアルバートに愛を教えることが大事だった?え?待って。なら妃教育の意味は?訳が分からないわ――
隣にいる父ブライアンを見れば王家から何を言われるのかは判っていたのか驚きもしていない。
その場で何も知らなかったのはジャクリーンだけ。
国王も王妃も文官も誰も言葉を発しない。。
答えを返してくれたのは、遅れて部屋に母親のオデリーと共に入って来た妹のアビゲイルだった。
「バート様」
小鳥の囀りを思わせるアビゲイルの声にアルバートの顔が綻ぶ。
それが全てを物語っていた。
「黙っていてすまないとは思っている。しかし成婚の儀も1年と迫り僕はどうしても愛のない結婚で生涯を君と共に歩む未来が描けなかった」
「アビゲイルとは描ける・・・と?」
「違う。アビゲイルでなければ描けない。そう言った方が解りやすいだろう。父上も母上もやっと僕の気持ちを汲んでくれたんだ」
「では・・・わたくしは殿下に・・・愛を教えられなかった。そんな理由で婚約者ではなくなると言う事ですのね?」
「君はそんな理由と言うが愛とは尊いものだ。何物にも代えられない。命と同じで代わりはないし金では買えないものなんだが…うん、そうだね。君はそういう人の気持ちには疎いんだから責めてはいけないと思う。思うんだけれど…」
「何なのです」
「そんな理由と言ってしまえる事を恥じたほうが良いよ。そんな君は民の前に立つ人であってはならないんだ。真実の愛を僕に教えてくれたアビゲイルこそ民の前に立つに相応しいんだ」
「左様で御座いましたが。妃教育に愛の伝道師を招いて頂ければ対応しましたものを」
皮肉を込めて最後の言葉を返せば、この場は何時から花畑になったらしい。
アルバートとアビゲイルは見つめ合い、微笑を交わす。
アルバートの腕に手を絡めるアビゲイルの口角は歪んでいた。
「幸せそう。良かったわ」
隣でハンカチに目頭の涙を吸わせる母のオデリー。
そんな母の肩を抱き満足そうに頷く父のブライアン。
今日、王太子妃となったアビゲイルはジャクリーンの実妹。
この幸せいっぱいの結婚式の裏側にあった事実を歓声を上げる民衆は誰一人知らない。
「さぁ、次はリーンの番だ」
「しっかりね。貴女なら何処でだって上手くやれるわ」
民衆の歓声が遠くに聞こえるようになった頃、ジャクリーンは両親より先に馬車に乗り込みオコット公爵家への帰路についた。
★~★
時は1年前に遡る。
成婚の議をあと1年に控えたジャクリーンはその日、王太子アルバートとの婚約が白紙撤回された事実を聞かされた。
「何故なのです?わたくしが何か致しましたか?」
「いや、君は何もしていない」
王家による教育も終わり、成婚の議を前にしたジャクリーンは実家のオコット公爵家でのんびりと過ごしていたが、登城せよとの命令に従い、父親のブライアンと共に登城するや否や真っ先に告げられたのは「婚約の白紙撤回」だった。
ただジャクリーンとの婚約が白紙撤回となる文面を読み上げる文官の声がやんだ後、混乱する気持ちを抑え、ようよう声をだしたが、返って来たのはアルバートが顔を歪め、辛そうに告げた「何もしていない」という言葉だった。
「何もしていないのに何故? 何故なのです?!」
「さっき言っただろう?君は婚約者であった12年間、ただ僕の ”妃” になる為だけに己を磨き、己を高め、僕には何もしてくれなかった。人間に必要なのは愛だ。僕に愛を教えてくれたのはアビゲイルなんだ」
――どういう意味??――
アルバートの言葉の意味が解らない。
婚約者同士の時間は十分に取っていた。
アルバートとは何度も自分たちの治世になればこうしよう、あぁしようと夢を語り合った。
7歳で婚約者となった日、ジャクリーンはアルバートに恋をした。だからアルバートの隣にいて恥ずかしくない女性になろうと厳しい教育にも耐えてきた。
所作もマナーも隙を見せてはならず令嬢達のお手本とも言われた。
何がいけなかったのかさっぱりわからない。
――まさかのまさかと思うけれど、妃教育の内容や公務に執務、そして政務よりもアルバートに愛を教えることが大事だった?え?待って。なら妃教育の意味は?訳が分からないわ――
隣にいる父ブライアンを見れば王家から何を言われるのかは判っていたのか驚きもしていない。
その場で何も知らなかったのはジャクリーンだけ。
国王も王妃も文官も誰も言葉を発しない。。
答えを返してくれたのは、遅れて部屋に母親のオデリーと共に入って来た妹のアビゲイルだった。
「バート様」
小鳥の囀りを思わせるアビゲイルの声にアルバートの顔が綻ぶ。
それが全てを物語っていた。
「黙っていてすまないとは思っている。しかし成婚の儀も1年と迫り僕はどうしても愛のない結婚で生涯を君と共に歩む未来が描けなかった」
「アビゲイルとは描ける・・・と?」
「違う。アビゲイルでなければ描けない。そう言った方が解りやすいだろう。父上も母上もやっと僕の気持ちを汲んでくれたんだ」
「では・・・わたくしは殿下に・・・愛を教えられなかった。そんな理由で婚約者ではなくなると言う事ですのね?」
「君はそんな理由と言うが愛とは尊いものだ。何物にも代えられない。命と同じで代わりはないし金では買えないものなんだが…うん、そうだね。君はそういう人の気持ちには疎いんだから責めてはいけないと思う。思うんだけれど…」
「何なのです」
「そんな理由と言ってしまえる事を恥じたほうが良いよ。そんな君は民の前に立つ人であってはならないんだ。真実の愛を僕に教えてくれたアビゲイルこそ民の前に立つに相応しいんだ」
「左様で御座いましたが。妃教育に愛の伝道師を招いて頂ければ対応しましたものを」
皮肉を込めて最後の言葉を返せば、この場は何時から花畑になったらしい。
アルバートとアビゲイルは見つめ合い、微笑を交わす。
アルバートの腕に手を絡めるアビゲイルの口角は歪んでいた。
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