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第08話 跡取り不在のため
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ジャクリーンの部屋の明るさとは裏腹に晴天なのに淀んだ空気の漂う窓の外。
そっと視線を窓に移したジャクリーンは溜息を吐いた。
窓の外を見て、今日も城に出向いていく母親が乗った馬車を見てジャクリーンは呟いた。最近は両親が共に出向いてアビゲイルの講義の場に同伴している。
アビゲイルは付け焼刃でもと妃教育が始まり、勇んで城に向かったのは最初の2カ月。日を追うごとに内容も量も多くなってくる教育の内容に「公爵家に戻っていては間に合わない」と泊まり込みになった。
「これが出来れば、欲しいと言っていた品を買ってやる」と鼻先に人参をぶら下げ、しかも他人だと威張り散らした挙句にまともに講義を受けないので17歳になって両親の監視付きで講義を受けているためだ。
「王妃様はかなり血圧も上昇されていることでしょうね」
おおよそで見当はついていた。
公爵家の次女としては及第点を貰える程度のアビゲイル。
相手がアルバートでなく、侯爵家いや伯爵家の嫡男で次期当主となる子息だったとしてもアビゲイルは明らかな「力不足」だっただろう。
体の関係を持った事が明らかになってしまい、アルバートの願いを聞き入れた国王と王妃。王妃の表情は決して手放しで喜んでいるものではなかったが、それでも国の長として決めた事。
ジャクリーンは同情する気持ちさえも浮かばなかった。
家を切り盛りするほどの才覚はないが、見目の良い子息に擦り寄り取り入る嗅覚だけで立ち待っていたような女だ。アビゲイルには元々何処かの家から子息を婿入りさせて父のブライアンが名目上の引退をしても執務などは婿と二人三脚をする予定だった。
父親のブライアンが今日は登城せず玄関の前でうろつくのをみて「あぁ、今日なのね」と何処か他人事のように感じてしまった。
ジャクリーンはマルブル帝国の第4皇子ウォレスに嫁ぐためにあと半年もすれば出国する。アルバートとアビゲイルの成婚の儀が終わった翌日には出立する予定になっていた。
その前に出立しても良いと思っていたのだが、何処までもマウントを取りたいアビゲイルたっての願い「当日はお姉様にも祝福して頂きたいの」の言葉を文面通りに両親とアルバートが真に受けた結果、翌日の出立となった。
――ほんと、いい迷惑――
出立の予定はさておき、ブライアンが今日在宅なのは親戚筋から養子を迎えるため。
養子となり、次期公爵となるのは叔父の息子。ジャクリーンとアビゲイルから見れば従兄となる。
娘2人しかおらず、入り婿を取る予定だったアビゲイルはアルバートに嫁ぐので家を存続させるには養子を迎え入れるしかなかった。
窓の外を眺めていると正門あたりで母親の乗った馬車とすれ違ったであろう従兄の乗った馬車が門道を走ってくるのが見えた。
――叔父様もいい迷惑よね――
従兄のエヴァンは既に結婚していて叔父から間もなく子爵だったが爵位を継ぐはずだった。アルバートの相手を入れ替えるだけで幾つかの家には迷惑をかけっぱなし。
オコット公爵家を継げば王都住まいになるエヴァンは領地を離れねばならなくなり妻の実家には平謝り。エヴァンの妻は平民だが商会の娘。商会も経営の軌道修正を余儀なくされた。
公爵家の当主夫人に娘がなるとなれば不採算部門を抱える事も出来ず、大規模なリストラも行ったと聞く。面倒なことに妻の実家も資産については調査をされるのでたとえ研究、開発の為であっても赤字部門を抱えることは出来ないのだ。
職を失った領民は怒りの矛先を何処に向けるかなど言わずもがな。
おかげで叔父は領地で肩身の狭い思いをしている。
エヴァンの弟はまだ騎士学校にいるが、エヴァンが継ぐはずだった子爵家を継がねばならなくなり騎士になる夢を諦めて文官や事務次官を養成するための学問所に編入せねばならなくなった。
四面楚歌に近い状態で家督を継がねばならないなんて気の毒でしかない。
エヴァンからは公爵家に養子となる事で先だって手紙を受け取っていた。
【養子は受け入れる。申し訳ないが、リーンの両親の面倒を見る気はない】
そう書かれていた手紙に、エヴァンの怒りは当然のことだと感じた。
父のブライアンは元々家督を継ぐはずではなかったが、叔父を騙し領地に視察に行かせた際、先代に「あいつは逃げた」と親を騙した。
視察は1日、2日では終わらない。当時は今ほど交通事情も良くはなかったので行き来に要する時間も合わせれば半年かかる。対して調べもしなかった先代も先代だが、研究者肌だった叔父が本当に逃げたのだと思い込み、ブライアンに家督を譲る書面を作成してしまった。
叔父が視察から戻った時に、「してやられた」と悔いた先代はブライアンを睨みつけたが後の祭り。早々に田舎に追いやられた。
ブライアンは昔の事だと笑い飛ばす。
よく言うではないか。「した方は忘れてしまうが、された方はその恨みを忘れることはない」と。
自身が過去に親にした事が、甥の手によって同じ事がされるだけ。
そう考えるとアビゲイルは「本当にお父様の娘なんだわ」と感じてしまう。
ブライアンはそこまで経営などの才に長けているわけではない。
公爵家というブランドがあるから周囲の支えがあり、立っていられるだけ。
アビゲイルをアルバートの妃にする事で周囲にどれだけの影響を与えるか考えが及ばない時点で終わっているのだ。こちらも王家同様に同情の余地はないとジャクリーンは思ったのだった。
そっと視線を窓に移したジャクリーンは溜息を吐いた。
窓の外を見て、今日も城に出向いていく母親が乗った馬車を見てジャクリーンは呟いた。最近は両親が共に出向いてアビゲイルの講義の場に同伴している。
アビゲイルは付け焼刃でもと妃教育が始まり、勇んで城に向かったのは最初の2カ月。日を追うごとに内容も量も多くなってくる教育の内容に「公爵家に戻っていては間に合わない」と泊まり込みになった。
「これが出来れば、欲しいと言っていた品を買ってやる」と鼻先に人参をぶら下げ、しかも他人だと威張り散らした挙句にまともに講義を受けないので17歳になって両親の監視付きで講義を受けているためだ。
「王妃様はかなり血圧も上昇されていることでしょうね」
おおよそで見当はついていた。
公爵家の次女としては及第点を貰える程度のアビゲイル。
相手がアルバートでなく、侯爵家いや伯爵家の嫡男で次期当主となる子息だったとしてもアビゲイルは明らかな「力不足」だっただろう。
体の関係を持った事が明らかになってしまい、アルバートの願いを聞き入れた国王と王妃。王妃の表情は決して手放しで喜んでいるものではなかったが、それでも国の長として決めた事。
ジャクリーンは同情する気持ちさえも浮かばなかった。
家を切り盛りするほどの才覚はないが、見目の良い子息に擦り寄り取り入る嗅覚だけで立ち待っていたような女だ。アビゲイルには元々何処かの家から子息を婿入りさせて父のブライアンが名目上の引退をしても執務などは婿と二人三脚をする予定だった。
父親のブライアンが今日は登城せず玄関の前でうろつくのをみて「あぁ、今日なのね」と何処か他人事のように感じてしまった。
ジャクリーンはマルブル帝国の第4皇子ウォレスに嫁ぐためにあと半年もすれば出国する。アルバートとアビゲイルの成婚の儀が終わった翌日には出立する予定になっていた。
その前に出立しても良いと思っていたのだが、何処までもマウントを取りたいアビゲイルたっての願い「当日はお姉様にも祝福して頂きたいの」の言葉を文面通りに両親とアルバートが真に受けた結果、翌日の出立となった。
――ほんと、いい迷惑――
出立の予定はさておき、ブライアンが今日在宅なのは親戚筋から養子を迎えるため。
養子となり、次期公爵となるのは叔父の息子。ジャクリーンとアビゲイルから見れば従兄となる。
娘2人しかおらず、入り婿を取る予定だったアビゲイルはアルバートに嫁ぐので家を存続させるには養子を迎え入れるしかなかった。
窓の外を眺めていると正門あたりで母親の乗った馬車とすれ違ったであろう従兄の乗った馬車が門道を走ってくるのが見えた。
――叔父様もいい迷惑よね――
従兄のエヴァンは既に結婚していて叔父から間もなく子爵だったが爵位を継ぐはずだった。アルバートの相手を入れ替えるだけで幾つかの家には迷惑をかけっぱなし。
オコット公爵家を継げば王都住まいになるエヴァンは領地を離れねばならなくなり妻の実家には平謝り。エヴァンの妻は平民だが商会の娘。商会も経営の軌道修正を余儀なくされた。
公爵家の当主夫人に娘がなるとなれば不採算部門を抱える事も出来ず、大規模なリストラも行ったと聞く。面倒なことに妻の実家も資産については調査をされるのでたとえ研究、開発の為であっても赤字部門を抱えることは出来ないのだ。
職を失った領民は怒りの矛先を何処に向けるかなど言わずもがな。
おかげで叔父は領地で肩身の狭い思いをしている。
エヴァンの弟はまだ騎士学校にいるが、エヴァンが継ぐはずだった子爵家を継がねばならなくなり騎士になる夢を諦めて文官や事務次官を養成するための学問所に編入せねばならなくなった。
四面楚歌に近い状態で家督を継がねばならないなんて気の毒でしかない。
エヴァンからは公爵家に養子となる事で先だって手紙を受け取っていた。
【養子は受け入れる。申し訳ないが、リーンの両親の面倒を見る気はない】
そう書かれていた手紙に、エヴァンの怒りは当然のことだと感じた。
父のブライアンは元々家督を継ぐはずではなかったが、叔父を騙し領地に視察に行かせた際、先代に「あいつは逃げた」と親を騙した。
視察は1日、2日では終わらない。当時は今ほど交通事情も良くはなかったので行き来に要する時間も合わせれば半年かかる。対して調べもしなかった先代も先代だが、研究者肌だった叔父が本当に逃げたのだと思い込み、ブライアンに家督を譲る書面を作成してしまった。
叔父が視察から戻った時に、「してやられた」と悔いた先代はブライアンを睨みつけたが後の祭り。早々に田舎に追いやられた。
ブライアンは昔の事だと笑い飛ばす。
よく言うではないか。「した方は忘れてしまうが、された方はその恨みを忘れることはない」と。
自身が過去に親にした事が、甥の手によって同じ事がされるだけ。
そう考えるとアビゲイルは「本当にお父様の娘なんだわ」と感じてしまう。
ブライアンはそこまで経営などの才に長けているわけではない。
公爵家というブランドがあるから周囲の支えがあり、立っていられるだけ。
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