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第13話 約束(デート)の日
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「リカルド・・・いい子ね」
「クゥン・・・」
「お嬢様・・・お水です。人肌くらいに温めてます」
「ありがとう」
カトゥル侯爵家に戻ったのはいつもよりも少し早い時間だった。
それでも屋敷に到着したのは23時を少し過ぎた頃。
「伏せ」の姿勢でアナベルが差し出した器からほんのり温かい湯を飲むリカルド。
マジルカオオカミの生態は不明な点が多いので研究に学者が来るかと思ったが、辺境伯と共に防衛も担当する侯爵家という事もあって、リカルドは研究対象になる事は無かった。
全てが手探りだったが、それも終わりに近づいている。
リカルドの死期が近い事は誰も口にする事は無いが感じ取っていた。
「はぁ…それでも行かなきゃいけないのかしら」
「オペラで御座いますが・・・確かに人気の演目ではありますね」
「観劇よりも今はその時間をくれるならリカルドといたいのに」
息をしているんだろうか、体温はあるだろうかと心配で気が気でない。
リカルドに添い寝をする為に床に体を横たえ、リカルドを撫でながらアナベルは溜息を吐いた。
★~★
そして約束の日。
王都でも流行のカフェ。
婚約者のルーシュにオペラのチケットを貰ったと観劇に誘われ、指定された待ち合わせ場所。
「堂々といいご身分ですこと!」
「マシャリ。聞こえるわ。おやめなさい」
侍女のマシャリが憤慨をしているのは、先ず「待ち合わせ時間は2時間も前に過ぎていること」次に「オペラはもう見せ場も終わった時間」だということ。そして「なんで女といるのかな?」と、約束時間から遅れて・・・いや約束すら忘れているであろうルーシュに向けて、だ。
あまりにも人気のカフェ。オープンした日から入店してくる客と出て行く客、会計を待つ客で出入り口がごちゃごちゃになったので、今は一方通行。出入り口が別になった。
どうやらルーシュはデートの約束がブッキングをしたらしく、アナベルにも断りを入れねばと思ったのだろう。
ただその時間、既に相手が待ち合わせ場所にいる、若しくは向かっているという事までは考えない。
「悪いなと思ったから断りを入れた。何もしなかった訳じゃない」と何よりも自分の考えが最優先。間に合うかどうかなどは関係がない。
カトゥル侯爵家から使いの従者がブースで待ちぼうけのアナベルの元にやって来て「体調が悪いそうで、本日はキャンセルとの事です」と伝える背の向こうに見えていた光景にマシャリが憤慨したのである。
はす向かいのブースには店員に案内されてきたルーシュとベラリア。
「急に予定が空いちゃって暇するところだったわ。ルーに連絡してみて良かった。また行きたい!連れてって。でも新製品なんて奮発したわね」
「この前の登山でピッケルを貸して貰ったからな。これで借りは返したぞ」
ルーシュはアナベルとの約束を忘れていた訳ではない。
突然予定の空いた友人を優先させただけのこと。
おそらくは話の感じと、ベラリアが嬉しそうに抱きしめる紙袋にある店名から登山用品店に行った帰りなのだろう。登山が好きなルーシュは「何時間でもいられる」と用品店に行くと3、4時間は買う訳でもなく見ているだけで時間が潰せる人間である。
今の状態がルーシュの決めた選択なので、ルーシュには悪気はない。
ただ、アナベルとの約束があったので「怒るに怒れない」理由を急場でこしらえたが、嘘だっただけ。そんな事を平気でするのがルーシュ・ディックであり、アナベルに最大限気を使っての行為なのである。
だが、気を使ってもらった事が幸いし、嘘をついて他の女性と会っていた現場に遭遇する事が出来た。
アナベルは「天啓かしら」と神に感謝を捧げたい気分。
「凝りませんね~。お嬢様、もうよろしいのでは?」
「そうね。嘘まで吐くんだもの。もういいわよね」
ルーシュと同伴しているのは、たった今「元友人」となったルッソ子爵家のベラリア。
ルーシュ曰く、性別を超えた友人。
そして、筆頭公爵家も巻き込んですったもんだしている渦中の人。
「具合が悪いからとこっちはキャンセル。だけどベラリアとは仲良く楽しめるなんて。本当に都合のいい言い訳だわ」
アナベルが衝立だけで区切られたブースを出ると、視界の端にルーシュが驚いてバツの悪そうな顔をしているのが見えた。同じく視界の端に一瞬ハッとした表情になったベラリアも。
アナベルはクスリと小さく笑うと、そのまま出口に向かった。
★~★
――もう言い訳は通用しないわ――
カトゥル侯爵家に戻ったアナベルはいい加減カフェでも3杯もルーシュを待っている間に楽しんだが、「マシャリが淹れてくれるのは別腹」と香りのよい茶をマシャリに頼んだ。
カチャカチャとマシャリがワゴンの茶器に湯を入れ、温めている側のソファに腰を下ろしたアナベル。
――バッチリ見たわ。言い逃れをしても無駄よ――
店で会計をする際に、店員に注文した飲料とケーキなどをいつもは金額だけの領収書に書き記しでてもらい、ついでに日付と時刻も。
敢えて「あちらの方の清算も別で切って貰えます?」とルーシュとベラリアのブースの清算も済ませた。
「いいんですか?お嬢様。勿体ないですよ」
「手切れ金の額としてはピッタリよ」
2枚の領収を手にヒラヒラと揺らしていると従者の声がした。
「旦那様がお戻りになりました。ご挨拶をなさいますか?」
「行くわ!待ってたの!」
軽やかにアナベルは立ち上がり玄関に向かおうとしたのだが、別の従者がバタバタと廊下を走り駆け込んできた。
「クゥン・・・」
「お嬢様・・・お水です。人肌くらいに温めてます」
「ありがとう」
カトゥル侯爵家に戻ったのはいつもよりも少し早い時間だった。
それでも屋敷に到着したのは23時を少し過ぎた頃。
「伏せ」の姿勢でアナベルが差し出した器からほんのり温かい湯を飲むリカルド。
マジルカオオカミの生態は不明な点が多いので研究に学者が来るかと思ったが、辺境伯と共に防衛も担当する侯爵家という事もあって、リカルドは研究対象になる事は無かった。
全てが手探りだったが、それも終わりに近づいている。
リカルドの死期が近い事は誰も口にする事は無いが感じ取っていた。
「はぁ…それでも行かなきゃいけないのかしら」
「オペラで御座いますが・・・確かに人気の演目ではありますね」
「観劇よりも今はその時間をくれるならリカルドといたいのに」
息をしているんだろうか、体温はあるだろうかと心配で気が気でない。
リカルドに添い寝をする為に床に体を横たえ、リカルドを撫でながらアナベルは溜息を吐いた。
★~★
そして約束の日。
王都でも流行のカフェ。
婚約者のルーシュにオペラのチケットを貰ったと観劇に誘われ、指定された待ち合わせ場所。
「堂々といいご身分ですこと!」
「マシャリ。聞こえるわ。おやめなさい」
侍女のマシャリが憤慨をしているのは、先ず「待ち合わせ時間は2時間も前に過ぎていること」次に「オペラはもう見せ場も終わった時間」だということ。そして「なんで女といるのかな?」と、約束時間から遅れて・・・いや約束すら忘れているであろうルーシュに向けて、だ。
あまりにも人気のカフェ。オープンした日から入店してくる客と出て行く客、会計を待つ客で出入り口がごちゃごちゃになったので、今は一方通行。出入り口が別になった。
どうやらルーシュはデートの約束がブッキングをしたらしく、アナベルにも断りを入れねばと思ったのだろう。
ただその時間、既に相手が待ち合わせ場所にいる、若しくは向かっているという事までは考えない。
「悪いなと思ったから断りを入れた。何もしなかった訳じゃない」と何よりも自分の考えが最優先。間に合うかどうかなどは関係がない。
カトゥル侯爵家から使いの従者がブースで待ちぼうけのアナベルの元にやって来て「体調が悪いそうで、本日はキャンセルとの事です」と伝える背の向こうに見えていた光景にマシャリが憤慨したのである。
はす向かいのブースには店員に案内されてきたルーシュとベラリア。
「急に予定が空いちゃって暇するところだったわ。ルーに連絡してみて良かった。また行きたい!連れてって。でも新製品なんて奮発したわね」
「この前の登山でピッケルを貸して貰ったからな。これで借りは返したぞ」
ルーシュはアナベルとの約束を忘れていた訳ではない。
突然予定の空いた友人を優先させただけのこと。
おそらくは話の感じと、ベラリアが嬉しそうに抱きしめる紙袋にある店名から登山用品店に行った帰りなのだろう。登山が好きなルーシュは「何時間でもいられる」と用品店に行くと3、4時間は買う訳でもなく見ているだけで時間が潰せる人間である。
今の状態がルーシュの決めた選択なので、ルーシュには悪気はない。
ただ、アナベルとの約束があったので「怒るに怒れない」理由を急場でこしらえたが、嘘だっただけ。そんな事を平気でするのがルーシュ・ディックであり、アナベルに最大限気を使っての行為なのである。
だが、気を使ってもらった事が幸いし、嘘をついて他の女性と会っていた現場に遭遇する事が出来た。
アナベルは「天啓かしら」と神に感謝を捧げたい気分。
「凝りませんね~。お嬢様、もうよろしいのでは?」
「そうね。嘘まで吐くんだもの。もういいわよね」
ルーシュと同伴しているのは、たった今「元友人」となったルッソ子爵家のベラリア。
ルーシュ曰く、性別を超えた友人。
そして、筆頭公爵家も巻き込んですったもんだしている渦中の人。
「具合が悪いからとこっちはキャンセル。だけどベラリアとは仲良く楽しめるなんて。本当に都合のいい言い訳だわ」
アナベルが衝立だけで区切られたブースを出ると、視界の端にルーシュが驚いてバツの悪そうな顔をしているのが見えた。同じく視界の端に一瞬ハッとした表情になったベラリアも。
アナベルはクスリと小さく笑うと、そのまま出口に向かった。
★~★
――もう言い訳は通用しないわ――
カトゥル侯爵家に戻ったアナベルはいい加減カフェでも3杯もルーシュを待っている間に楽しんだが、「マシャリが淹れてくれるのは別腹」と香りのよい茶をマシャリに頼んだ。
カチャカチャとマシャリがワゴンの茶器に湯を入れ、温めている側のソファに腰を下ろしたアナベル。
――バッチリ見たわ。言い逃れをしても無駄よ――
店で会計をする際に、店員に注文した飲料とケーキなどをいつもは金額だけの領収書に書き記しでてもらい、ついでに日付と時刻も。
敢えて「あちらの方の清算も別で切って貰えます?」とルーシュとベラリアのブースの清算も済ませた。
「いいんですか?お嬢様。勿体ないですよ」
「手切れ金の額としてはピッタリよ」
2枚の領収を手にヒラヒラと揺らしていると従者の声がした。
「旦那様がお戻りになりました。ご挨拶をなさいますか?」
「行くわ!待ってたの!」
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