伯爵様の恋はウール100%

cyaru

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第12話   弾む会話の後には苦いお茶

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「早起きして良かったなと思う瞬間ですね」
「奇遇です。私もそうなのです」


会話をするのはヘリンとムウトン伯爵子息。

茶会の始まりにスナーチェがムウトン伯爵子息を。スカッドがヘリンを紹介。
名前はフェルメルと知ったのは良かったのだが・・・。

何杯目かの茶を飲み終わろうかという時にスナーチェがスカッドを連れて奥に引いて行ってしまった。

スナーチェは1杯目、2杯目と茶の種類に合わせて焼き菓子なども手配をしたようだが、流石に4杯目、5杯目となると腰を下ろしている状況も状況だが、その度に「このお茶にはこの菓子」と勧められても手が伸びない。

手付かずの菓子を下げずに次の茶が運ばれてくる。

――今日はお茶の試飲会だったのかしら――

ヘリンがそう思っても誰も咎めないだろう。
手が付けられていない菓子をそのままに給仕メイドが次の茶はどうするかとスナーチェに耳打ちした。

スナーチェは喉が渇いていたのかかなり早いペースで茶を飲むので、周りもそれに合わせねばならないが限界というものがある。
たった4人の茶会で頻繁に「お花摘み」に場を離れる事も憚られるし、ヘリンも飲む量には2杯目の時点でセーブを始めた。

お茶と菓子の組み合わせが次第にズレてきてしまい、スナーチェはスカッドを連れて「立て直し」の為に奥に引っ込んだ。

ホストに放置されたゲストの2人。ヘリンとフェルメルは紹介もされた事だしとお互いの家が営む商売の事を会話のネタにして話を始めた。

ヘリンの家は綿花などの植物もだが、ヒツジや蚕という動物からも取れる材料を基に糸にして布を作る。フェルメルは羊の肉もだが主産業は羊毛の出荷。

共に田舎で羊の放牧を幼い頃から経験していて会話が弾む。


「早起きはきついなぁっと親父・・・いえ父親に愚痴を溢すんですけど、山の稜線から朝日が出る時は空気も澄んでいるし気持ちいいんですよ。早起きして良かったなと思う瞬間ですね」

「奇遇です。私もそうなのです。時々狼は追い払うのも苦労しますけど」

「狼の糞を置いておくとシカやイノシシが畑を荒らさないんで害獣とも言えねぇん・・・言えないですよ。狼も満腹なら必要以上の狩りはしませんし。共存は難しいですけど調和は取れてるんですよね」

笑顔のフェルメルだったがヘリンは「おや?」首を傾げた。
よく見ると手の甲なども切り傷がある。最近・・・下手をすればさっきついたような切り傷である。

ヘリンの視線に気が付くとフェルメルはサッと手を背に隠した。

「その傷・・・どうされたんです?」
「いやぁ…そのぅ…気持ちいい話じゃないんで」
「まさか…狼と格闘されたとか?」
「ちっ違います。あいつらと格闘したらこんなものでは済みませんよ。これは慌てちゃって」


エヘへと照れるフェルメルだったが、問うてみれば「婚約者との茶会」と聞いて慌てて身支度をした。

その際に「女性は毛深い男は嫌う」ために髭も剃り、眉も整え、髪も切った。
それだけではなく腕も指先に近い部分まで毛に覆われているので使用人達が急いで刈って‥いや剃ってくれたのだが、なんせ時間がない。

「前の日にでも知らされていたらゆっくりと整えられたんですけど。あはは」

聞けば髪の毛はかなりクリンクリンになる髪質で、切り残した髪の数本はピョコンと飛び出してクルンと回っている。

――わぁ。クルンってなってる♡羊の角みたいだわ――

そう言えば兄のアラゴンはカミシアに「ちゃんとして!」と叱られていてお洒落には無頓着。スカッドはサラサラの流れるような金髪だし、いつも清潔にしていた身嗜みなので考えた事もなかった。男性も女性と同じような悩みがあるのだと知ってへリンにはフェルメルに対し親近感がわいた。

雨が降るとグリングリンになって手に負えない髪だと笑うフェルメルにヘリンもつられて笑った。


「こっちは大変なのにへらへらと。人の気持ちに配慮できないなんて」

楽しい会話は戻ってきたスナーチェによって断ち切られた。
スナーチェの隣ではスカッドが怒りを隠す事のない表情を向けている。

だが、どうすればよかったというのだろう。
何もへリンたちには言わずに「カディちょっと来て」と奥に向かって1時間近く放られていたままだったのだが。

「お茶!ぐずぐずしないの!」
「はいっ!ただいま!」

給仕メイドを叱りつけたスナーチェは椅子に腰を下ろすと指先でテーブルをコツコツ叩く。
短い溜息を1つ吐き出すと先ずはフェルメルに強い口調で言い放った。


「あのね?幾ら紹介されたからって図々しいと思わないの?その子は子爵家でこの中では一番だけどカディの婚約者なのよ?私に愛人作って良いって言っても、今から自分も?しかも私の従兄の婚約者に手を出すなんて!鏡を見てから自分と相談したら?」

「あ、あの、誤解されるような関係ではありません。私もつい話しかけてしまって…申し訳ございません」


強い口調で詰られるフェルメルにヘリンはつい助け船を出してしまった。
そこからスナーチェの矛先はヘリンに向けられてしまった。


「両極端な好みなのね?ゲデモノも好きだなんて。可愛い顔して、あ~怖い怖い。ここだけの事にしておいてあげるから今度から軽はずみな行動はしない事ね」

「はい…申し訳ございません」


今度は堪りかねてフェルメルが助け舟を出したのだが、スナーチェはそれも気に入らない。


「ビルボ侯爵令嬢。貴女が思っているような事ではないんだ。何処かに貴女達が行ってしまって手持無沙汰で話しかけたのは私だ。だが誓って人に聞かれて困るような話はしていない。彼女の名誉のために私が証言する」

「まぁ!聞いた?カディ。まるで私達が原因のような・・・責任転嫁もいい所だわ。丁度いいわ。本当は黙っているつもりだったけどついでだから言ってあげる。ヘリン。あなたカディからのドレスを着て来いと言われたでしょう?」

「はい、ですので――」

「それが何?夫となる男性の頼みも聞けないの?いいえ違うわね。私がホストだからどうでもいい格好で来たんでしょう?それを世間では失礼と言うの!気構えが足りないのよ。公爵夫人になろうという人間が既製品だなんて・・・恥ずかしいと思わないの?」


ヘリンはハッとスカッドを見た。スカッドと目が合うとスカッドは小さく頷いた。
今日のドレスはスカッドが贈ってくれたもの。
勿論先日の茶会もだったが今日は気が付いてくれているはず。
スカッドに弁明を丸投げするつもりは無かったが、スカッドが「自分が贈ったもの」と言って貰えればスナーチェの誤解も解けるだろうと思ったのだ。


「リン。僕はくれただけで嬉しいと思っているから、気にしなくていいよ」

ヘリンは「どう言う意味?」思わず言葉がもれそうになった。

「来て」なのか「着て」なのか。受け取り方でどちらにも都合よく聞こえる言葉選び。
この場にいる事が嬉しいとへリンには「来てくれてありがとう」とも取れるが、「嫌だ」と突っぱねてゴネたけれどスカッドの顔を立てて渋々とも受け取れる。

――なんなの・・・このモヤモヤーー

何の解決にもならないスカッドの言葉をスナーチェがどう理解したかはへリンには判らない。
しかし、その後、給仕メイドが淹れた茶がすっかり冷めてしまうまでヘリンはスナーチェの講義をフェルメルと並んで聞く事になった。

「いい?わたくしの言葉が厳しく聞こえるのはヘリン、貴女にがあるからなの。言葉、態度、ドレス、気構え、何一つ出来ていないっていうのはヘリンにとっては大損害なのよ?実家と同じにいるんだから自分の頑張り一つで幾らでもステップアップ出来るわ。何年も底辺のままだったなんて・・・誰も言ってくれなかったの?なんて憐れなの!!」


気遣ってくれているのか、それとも蔑んでいるのか。
1つ言える事は面倒な事にスナーチェは【ヘリンの為】を思って言っていると言う事。

――フェルメルさんとの会話は楽しかったのに・・・良薬は口に苦しなのかしら――

とんでもなく苦い茶を無理やり飲まされているような苦行の講義。
ヘリンは見た目は普通のセンブリ茶を飲んだ日を思い出しながら耐えた。

隣でギュッと拳を握るフェルメルの手が俯いたヘリンの視界に入る。
婚約者のスカッドは時折スナーチェの言葉を注意するもののへリンを庇ってくれるには至らない。

フェルメルも悔しかった。本当の意味で「対等」ならこの場でスナーチェに婚約破棄を突きつけても良かったのだが、悔しいかな今はまだ当主ではなく父が頭を下げて取り付けて来た婚約。
自分の感情に任せた言葉で自分だけが咎を負うならまだしも一族が路頭に迷う羽目になった家も知っているだけに耐えるしかなかった。
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