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第24話 涙の訳は
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意識をしてしまうとどうにも落ち着かない。
いつもなら冷静沈着で獰猛果敢と言われ、何事に於いても失敗はなかったヴィルフレードの様子がおかしい。
シャツのボタンは掛け違っているし、ボトムスも前と後ろが逆で「用が足せない?!」とその時になってあたふたしているし、使用人に屋敷の中や庭を案内されているレティツィアが通りかかれば視線は固定されて、書きかけの書類にはインクが垂れてダマになってしまう。
「可愛いな…」
ポツリと口から零れた言葉に部屋にいた従者は瞬きを忘れて口も開きっぱなしになってしまった。
そして屋敷や庭もおおよそを把握したレティツィアは辺境にやって来て4日目。
遂に「今日からお掃除係!」と意気込んで桶と雑巾を手にして井戸で水を汲んだ。
「なっ!何をされているんです?!」
先日屋敷の中を案内してくれたメイドが「やめてください!」と悲鳴に近い声を出す。
「でも、お掃除が出来ません」
「どこですか?早速掃除させますから!」
「何処って…お屋敷」
「屋敷全部?!もしかして…超が付く潔癖?!いえいえ、手抜かりは確かにございます!急いでしまう時は四角い部屋も丸く掃いたりしますし!!はい!言い訳です。直ぐに改善致しますので!」
そう言ってメイドに桶と雑巾を取り上げられてしまい、仕方なく掃除用具を置いている部屋からモップを手に廊下を掃除しようとすればまた別のメイドが悲鳴を上げた。
「何をされているんです!?」
「廊下をモップ掛けしようと思いまして…」
「そんなことっ!!やっておきます!さぁモップをこちらに!」
「は、はい‥‥」
モップも取り上げられてしまい、どうしようかなと勝手口から外に出てみれば3人のメイドが径が大きな浅い桶に洗濯物を入れて踏み洗いをしていた。
「お手伝いします!こちらの洗濯物も洗うんですよね?」
洗い物の順番待ちをしている山になったシーツ。その中から1,2枚を抓んで「空いている桶は・・・」と周囲を見渡すと3人のメイドが…。
「なっ!何をされようと?!」
「洗濯ですよね。お手伝い致します」
「そんなことっ!!御御足が濡れて汚れてしまいます!」
「洗濯だから濡れますが…汚れを落とすので洗ってから踏み洗いをしますよ?」
「そうじゃなく!!兎に角ですね。大丈夫です!抜かりなくやっておきますので!」
手にしていたシーツを「ください」と言われて手渡す。
――どうしよう。全然することがないわ――
この後も厨房に行き、野菜を切ったり、洗ったり。
食器の配膳も手伝うと言ったが「とんでもない!」と断わられてしまった。
「そうだ!庭で落ち葉を集めよう」
そう思い、庭に行けば‥‥先手を打たれたのか掃除が必要ない。落ち葉はないし、雑草と呼ばれる邪魔な草も引っこ抜かれていて庭は手を付けることで逆に汚してしまいそうだった。
そして、ふと気が付いた。
「そうか!服だわ」
レティツィアは簡単なワンピースを着ている。部屋にお仕着せがなかったので一番動きやすくて汚れてもいい服を着ていたのだが、メイドや侍女はみんなお仕着せを着ている。
「お客様だと思われちゃってるのね。住み込みの掃除係なのに申し訳ないわ。てへっ」
庭から屋敷の中に戻り、メイドの1人に声を掛けた。
「あの…お仕着せで余っているのがあれば1着・・・出来れば替えも入れて2着頂きたいのですが」
「おっ、おっ…お待ちください!!」
「あのぅ‥‥」
サイズは一番ありふれたMサイズでも良いし、Fのサイズでも何とでもしますよと言おうとしたがメイドは慌てて何処かに走って行ってしまった。
「待っていればいいのかしら」
そう思って待っているとバタバタと音が聞こえて走って来たのはヴィルフレードだった。
「フレッド様!」
――そうか!フレッド様にちゃんとこの役目と決めてもらわないといけなかったんだわ――
私ってせっかちさん!なんて暢気に構えていたら…。
「何もしなくていいんだ」とヴィルフレードは言う。
「それではお話が違います」
「良いんだよ。レティツィアはここにいてくれるだけで良いんだ」
「そんな・・・何でも出来ます。多分・・・なんですけど」
「気にしなくていい。ケガもまだちゃんと癒えていないんだ。無理をしないでくれ」
「でも・・・」
「なら執務を手伝ってくれればいい」
そういうので、ヴィルフレードの執務室に行ったのだが先ほどよりもする事が無い。
ソファに案内をされて、目の前にはお茶と茶菓子。
仕事の説明があるのかと思えば、書類に目を落とし、ペンを走らせつつも、時折顔をあげてにこにこと笑顔を向けるヴィルフレード。
書類も一区切りしてからかな?と待っているのだが全く仕事の説明が始まらないまま1時間半が経過した。
「あのぅ…執務の手伝いって何をすればいいんですか?」
「そこにいてくれればいいよ」
「え?‥‥ここに?」
「そうだ」
「ただ座っているだけなんですけど」
「あ、そうか。茶のお替りがなかったな。直ぐに用意させる」
「そうではなくて!!」
「茶じゃない?茶菓子か?」
「そうじゃないです!」
これでは何もしないただの「穀潰し」‥‥。
――穀潰し‥‥どこかで誰かに言われたような。そうだ。お母様に!!――
父親と母親の事は思い出せていたが、突然頭の中に母親の声が聞こえた。
『このっ!穀潰しの役立たずッ!!』
同時にいないはずの母親が目の前で手を振り上げているような気がしてレティツィアはバっと手で頭を覆った。
「どうしたんだ?!」
駆け寄ってくるヴィルフレード。
レティツィアは「ごめんなさい。ごめんなさい」泣きながら叫び、ソファに座ったまま体を丸めた。
「大丈夫か?落ち着け」
「ごめんなさい。役立たずでごめんなさい!」
「レティツィア!こっちを向け」
「もうしません!ごめんなさい!お母様、ごめんなさい」
「レティ!!」
ヴィルフレードはレティツィアの顔を胸に押し付けるようにして抱きしめた。
髪を撫でて「大丈夫だ。レティはいい子だ」と優しく諭すようにゆっくりと言葉を掛けた。
いつもなら冷静沈着で獰猛果敢と言われ、何事に於いても失敗はなかったヴィルフレードの様子がおかしい。
シャツのボタンは掛け違っているし、ボトムスも前と後ろが逆で「用が足せない?!」とその時になってあたふたしているし、使用人に屋敷の中や庭を案内されているレティツィアが通りかかれば視線は固定されて、書きかけの書類にはインクが垂れてダマになってしまう。
「可愛いな…」
ポツリと口から零れた言葉に部屋にいた従者は瞬きを忘れて口も開きっぱなしになってしまった。
そして屋敷や庭もおおよそを把握したレティツィアは辺境にやって来て4日目。
遂に「今日からお掃除係!」と意気込んで桶と雑巾を手にして井戸で水を汲んだ。
「なっ!何をされているんです?!」
先日屋敷の中を案内してくれたメイドが「やめてください!」と悲鳴に近い声を出す。
「でも、お掃除が出来ません」
「どこですか?早速掃除させますから!」
「何処って…お屋敷」
「屋敷全部?!もしかして…超が付く潔癖?!いえいえ、手抜かりは確かにございます!急いでしまう時は四角い部屋も丸く掃いたりしますし!!はい!言い訳です。直ぐに改善致しますので!」
そう言ってメイドに桶と雑巾を取り上げられてしまい、仕方なく掃除用具を置いている部屋からモップを手に廊下を掃除しようとすればまた別のメイドが悲鳴を上げた。
「何をされているんです!?」
「廊下をモップ掛けしようと思いまして…」
「そんなことっ!!やっておきます!さぁモップをこちらに!」
「は、はい‥‥」
モップも取り上げられてしまい、どうしようかなと勝手口から外に出てみれば3人のメイドが径が大きな浅い桶に洗濯物を入れて踏み洗いをしていた。
「お手伝いします!こちらの洗濯物も洗うんですよね?」
洗い物の順番待ちをしている山になったシーツ。その中から1,2枚を抓んで「空いている桶は・・・」と周囲を見渡すと3人のメイドが…。
「なっ!何をされようと?!」
「洗濯ですよね。お手伝い致します」
「そんなことっ!!御御足が濡れて汚れてしまいます!」
「洗濯だから濡れますが…汚れを落とすので洗ってから踏み洗いをしますよ?」
「そうじゃなく!!兎に角ですね。大丈夫です!抜かりなくやっておきますので!」
手にしていたシーツを「ください」と言われて手渡す。
――どうしよう。全然することがないわ――
この後も厨房に行き、野菜を切ったり、洗ったり。
食器の配膳も手伝うと言ったが「とんでもない!」と断わられてしまった。
「そうだ!庭で落ち葉を集めよう」
そう思い、庭に行けば‥‥先手を打たれたのか掃除が必要ない。落ち葉はないし、雑草と呼ばれる邪魔な草も引っこ抜かれていて庭は手を付けることで逆に汚してしまいそうだった。
そして、ふと気が付いた。
「そうか!服だわ」
レティツィアは簡単なワンピースを着ている。部屋にお仕着せがなかったので一番動きやすくて汚れてもいい服を着ていたのだが、メイドや侍女はみんなお仕着せを着ている。
「お客様だと思われちゃってるのね。住み込みの掃除係なのに申し訳ないわ。てへっ」
庭から屋敷の中に戻り、メイドの1人に声を掛けた。
「あの…お仕着せで余っているのがあれば1着・・・出来れば替えも入れて2着頂きたいのですが」
「おっ、おっ…お待ちください!!」
「あのぅ‥‥」
サイズは一番ありふれたMサイズでも良いし、Fのサイズでも何とでもしますよと言おうとしたがメイドは慌てて何処かに走って行ってしまった。
「待っていればいいのかしら」
そう思って待っているとバタバタと音が聞こえて走って来たのはヴィルフレードだった。
「フレッド様!」
――そうか!フレッド様にちゃんとこの役目と決めてもらわないといけなかったんだわ――
私ってせっかちさん!なんて暢気に構えていたら…。
「何もしなくていいんだ」とヴィルフレードは言う。
「それではお話が違います」
「良いんだよ。レティツィアはここにいてくれるだけで良いんだ」
「そんな・・・何でも出来ます。多分・・・なんですけど」
「気にしなくていい。ケガもまだちゃんと癒えていないんだ。無理をしないでくれ」
「でも・・・」
「なら執務を手伝ってくれればいい」
そういうので、ヴィルフレードの執務室に行ったのだが先ほどよりもする事が無い。
ソファに案内をされて、目の前にはお茶と茶菓子。
仕事の説明があるのかと思えば、書類に目を落とし、ペンを走らせつつも、時折顔をあげてにこにこと笑顔を向けるヴィルフレード。
書類も一区切りしてからかな?と待っているのだが全く仕事の説明が始まらないまま1時間半が経過した。
「あのぅ…執務の手伝いって何をすればいいんですか?」
「そこにいてくれればいいよ」
「え?‥‥ここに?」
「そうだ」
「ただ座っているだけなんですけど」
「あ、そうか。茶のお替りがなかったな。直ぐに用意させる」
「そうではなくて!!」
「茶じゃない?茶菓子か?」
「そうじゃないです!」
これでは何もしないただの「穀潰し」‥‥。
――穀潰し‥‥どこかで誰かに言われたような。そうだ。お母様に!!――
父親と母親の事は思い出せていたが、突然頭の中に母親の声が聞こえた。
『このっ!穀潰しの役立たずッ!!』
同時にいないはずの母親が目の前で手を振り上げているような気がしてレティツィアはバっと手で頭を覆った。
「どうしたんだ?!」
駆け寄ってくるヴィルフレード。
レティツィアは「ごめんなさい。ごめんなさい」泣きながら叫び、ソファに座ったまま体を丸めた。
「大丈夫か?落ち着け」
「ごめんなさい。役立たずでごめんなさい!」
「レティツィア!こっちを向け」
「もうしません!ごめんなさい!お母様、ごめんなさい」
「レティ!!」
ヴィルフレードはレティツィアの顔を胸に押し付けるようにして抱きしめた。
髪を撫でて「大丈夫だ。レティはいい子だ」と優しく諭すようにゆっくりと言葉を掛けた。
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