紅い砂時計

cyaru

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第02話   何を驚く事がある

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「解りました」
「おぉ!やはりルドヴィカは解ってくれたか」
「しかし私も1人の人間、1人の女です。王太子殿下の事は物心つく前から唯一の夫として気持ちも育てて参りました。義妹と言えど・・・事実を受け入れるには時間を頂けませんか」


ジェルマノとやっと目が合った。
キラキラと青い瞳が輝くが、今はその輝きすら妖光にしか思えない。


「父上、事をややこしくしたのは私です。ここはルドヴィカに時間を」
「そうだな・・・ミドラン家に籍が移った事もこの場で知ったとなれば混乱もするだろう」


ギッと国王が父を睨むが、それすらどこの陳腐な喜劇を見せられているのだろうと心が冷える。父は父で「話す時間がなかった」口の中でモゴモゴとバツが悪そうに頭を掻く。

どうせミレリーの懐妊に毎日のように茶会を開く母に連れ添って自慢話に鼻を極限まで高くしていたのだろう。残念なことに公爵家から毎年提出される報告書。

説明を求めても説明できるのは使用人で当主はしどろもどろ。
面倒な事は後回しにした上で丸投げ。だから提出も期限ぎりぎりで受付を済ませておけば良いと考えているのか、その後は差し替えの嵐が吹き荒れていた。

父がする事はパフォーマンス。大声で使用人を能無しだと詰り、責任を転嫁する事。

今回は事が事だけに、国王と会う前に言い含めればいいと思っていたようだが、公爵家には立ち寄らず王宮に私がそのまま乗り入れたものだから事前に口裏を合わせろと詰め寄る時間も無かっただけ。


父に時間を割いても仕方がないと国王が口を開いた。

「ルドヴィカ、そなたはどうしたいのだ」

側妃になる事を受け入れて貰えればそれで済むと考えている国王に私は微笑みを加えて応えた。


「気持ちが落ち着くまでフレイザ領にて過ごしたいと思います」
「フレイザ領?!遠すぎる!」

ジェルマノが声を出すが、関係ない。
私は ”傷心令嬢” も演じなければならないし、私はもう国政に関わる気など微塵もない。近くにいれば都合よく扱われるだけだ。

なら、物理で距離を先ずとるのが先決。


「考えても見てください。19年間・・・殿下のことだけを唯一の男性と慕ってきたのです。国王ご夫妻と同じく夫と妻、仲良く生涯を過ごすのが当たり前だと思ってきたのがそうではなくなった。間もなく甥なのか姪なのか誕生する事は喜ばしい事ですが・・・気持ちの整理をしたい、だから時間をくれと申し上げているのです」


フレイザ領は王都からは遠く離れた地。早馬を出したところで2週間はかかる道のりだ。折り返しの返事が届くのも1カ月後。引っ越しをするのにこじんまりとした馬車を使っても隣国に行くのと同じ3か月はかかるだろう。

何より冬になれば雪と氷に閉ざされるので山を越えた隣の領民と交流する事すら出来なくなる。

国王だけは気が付いている。
私が首を横に振り、自死あるいは気狂いの振りをするだけで持ち帰った成果は限定的になる。大抵の条約は結べばそれで終わりではなく、世は常に時間と共に流れており都度見直しと更新となる。今回は期限が1年。その時に私がいなければ話は振り出しに戻る。

なんせ隣国にこの国の王家は信用が無いのだ。今回、私を送り出し結果を持って帰って来た事で胸を撫でおろしているが、隣国の風当たりが弱まった訳でもなく、王家の信用信頼が回復したわけでもないのだから。


それだけ「新しい命の誕生」は諸刃の剣。

ジェルマノの行為を不貞ではないとせねばならない以上、ある程度の譲歩をしなければ私が納得しない事も判っている。

この命が取引材料となったジェルマノの落馬。
今となっては感謝しかない。代理で出向く事がなければ価値も出なかったのだから。


「相判った。出立はルドヴィカが好きなようにすれば良いだろう」
「陛下の御心の広さ。有難くお言葉を頂戴いたします」
「では、何時発つのだ?」
「そうですね…では直ぐにでも」
「す、直ぐっ?!」


何を驚く事があるのだろう何代も前の王が側妃を住まわせた宮が郊外にあると言っても現在は外貨を稼ぐために観光地となっていて住むには適していないし、養女にだされたのなら公爵家は私が帰る場所ではない。

ミドラン家に養女となったのもつい先程知ったばかり。
宿屋ではないのだから「疲れた~」と寝台に飛び込む事も出来ない。

それまで使っていた部屋を使うのもおかしな話。
側妃が王太子妃用に用意された部屋を使用するなんて前代未聞だ。

王太子の妃だから側妃でも王太子妃などという世迷言が通じるのは頭に花が咲いたこの部屋にいる者達だけ。壁に張り付く使用人ですら理解不能を示す表情になったのに気が付かなかったのだろうか。

幸いに隣国から帰国をしたばかりで先に荷下ろしをしたのは土産の品と報告書。
私の荷はまだこれからで幌を被せたままになっているはずだ。下ろす手間が省けるのに何故まだ居なければならないと言うのだろう。

これ以上付き合う事こそ時間の無駄だと私は立ち上がった。

「用意も御座いますので、わたくしはこれにて」


部屋を出たばかりだと言うのに、追って来たジェルマノに腕を掴まれてしまった。

「御放し下さいませ」
「ヴィー。話がしたい。ちゃんと説明をしたいんだ」
「不要です。話をして事実が覆る事は御座いません。どなたか。殿下を中に」
「ヴィー!話を聞いてくれよ!ヴィー!」

掴まれた事で袖が少し上がり、腕にある生まれ持っての痣が兵士の目に入る。

「お放しください」

ジェルマノも痣が見えている事に気が付き、私の手を謝罪しながらやっと放した。

生み痣と言っても色や形、部位によって忌み嫌う者もいる。
生みの親の母親ですら私のこの痣を気味悪がる。

紅く血の色をしたまるで砂時計のような痣を袖を引き隠した。

「殿下、お幸せに」
「ヴィー!」

ジェルマノの前に兵士が盾となり、私は振り返る事も無くその場を立ち去った。


★~★

今日はここまで~\(^▽^)/

もう気が付いた方もいると思いますけども、ルドヴィカの痣は・・・(=^p^=)シィィー
なのでぇ…ポヤポヤっとした乙女風を望む方は明日以降は読まないほうがいいです♡


では、おやすみなさい(-_-)zzz
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