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第01話 帰国してみれば盛大な裏切り
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幸せとは何だろう。
たった今、目の前で私の幸せは国王の決定を告げる声の後、音もなく崩れ去った。
『2人で国を統べるのが僕達の幸せの形だよ。ずっと一緒だ』
生み痣とは言え体に紋様を描く痣がある事を忌み嫌う者が多い中、ジェルマノはルドヴィカの腕にある痣に優しく唇を寄せ、ルドヴィカに誓った。
あの行為は、あの言葉は何だったのだろう。
「もう決まった事なんだが」断りが入って国王から告げられた言葉は、私の未来が大きく変わる言葉。
「ジェルマノの正妃はミレリーとする」だった。
「ルドヴィカ。これからは自由を謳歌してくれ」
気遣ってくれている言葉にも聞こえるが、その言葉は4時間前に帰国した私にではなく隣に腰掛ける息子に掛ける言葉ではないかとため息が漏れそうになる。
★~★
私、ルドヴィカ・キュレックはキュレック公爵家に生を受けた19年前から王太子ジェルマノの婚約者だった。
家族といる時間よりも嫁ぎ先となる王家の面々と過ごした時間が圧倒的に長く、公爵家に私の部屋はあるとは言っても年に何度足を踏み入れるか。
だから家族構成が突然変わったとしても、私の生活が変わる訳ではないし家長である父と正妻である母がそう決めたのなら私は事後報告を受け「そうですか」と返す以外には術がなかった。
19年という月日は「これからの人生を謳歌」するのに必要な土台を築く時間。私はそれを次代の王妃として民の為に立つことだけを目的に言葉も判らぬ時から教育をされてきた。
なのに突然目の前で梯子を外されるどころか梯子が消えた。
例えてみれば陸で生活をしてきた動物に「これから海で暮らせ」といきなり放り込むのに等しいのだが解って言葉を掛けているのだろうか。
頼りになるのは実家・・・多くの令嬢が同じ立場に置かれた時に頼るだろうがそれも出来ない。
両親は私の隣に腰を下ろしているのだが、私がこの2人を両親を思えないように2人も私のことは娘とは思っていない。それが19年という月日が育んだ家族の形。
こうなってしまった原因は1年半前、婚約者であり未来の夫となるジェルマノが遠乗りをしようとして落馬したことが発端だった。
打ち所が悪く太ももの骨を折ってしまったジェルマノは隣国に出向いての折衝に行くことが出来なくなった。隣国へは片道3か月はかかる。滞在は4カ月なので天候次第では1年は帰国する事が出来ない。早くても10カ月は不在となる。
しかし、これをやり遂げれば大きな成果となり民衆の生活も安定する。
但し・・・隣国が要請をしたのはその為に文官や次官を寄越す事ではなく国王若しくは王太子がその話し合いの席に着く事が条件だった。
150年ほど前に大陸では殆どの国が睨み合い、戦を繰り返していた。
目の前の敵を仕留めれば後方に新たな敵。考えた末7つの国は手を結び、結果的にその7つの国が生き残った。
元は他国だった領土を分配する際、両国の中間に位置する鉱山を調査と偽り採掘を続け、利益だけを貪って来たツケは大きかった。
鉱山資源に財政を頼ったまでは良かったが掘ればいつかは枯渇する。
鉱山に頼り衰退の一途を辿った我が国と、鉱山はないものとして技術革新をし発展を遂げた隣国。今や国力の差は明白で無茶苦茶な隣国の要求を飲むしかなかったのだ。
隣国は積年の恨みからか交渉テーブルにつく相手を指名してきている。
ジェルマノが行けなくなったとなれば国王が行くしかない。
だが、国王もなんだかんだと理由をつけその役目が「王太子妃になるのだから」と私に回って来た。
「まだ成婚はしていません」と突っぱねたのだが私の声が通るはずもなく。
隣国では怪訝な目で見られ、最初は交渉の場に相手はいない状態で数時間過ごした。助けてくれたのは隣国の王太子妃と第2王子妃。2人の女性の助けが無ければ私は結果を持って帰国は出来なかった。
だが、帰国をしてみれば・・・異母妹のミレリーが足繁くジェルマノの見舞いに訪れていたようで留守の1年でミレリーは来月には臨月を迎える体になっていた。
ジェルマノとミレリーがどんな関係になったのか。
説明を受ける必要もない。
「自由を謳歌」と言いながら私に差し出されたのは結婚宣誓書。
そう、側妃になれという命令書。
「同じ家から2人の妃は出せない筈です」
突っぱねた私に父親が静かに言う。
「お前はミドラン伯爵家に養女に出した。半年前の事だが‥帰国をしてから伝えようと思っていたんだ」
「ならば隣国とのこの話し合いは無効になります!私は王太子妃になるという前提で!」
「黙っていればいいだけだ。側妃と言えど王太子の妃。王太子妃だ」
「そんな・・・そんな屁理屈が隣国に受け入れられるとでもお思いですか!」
「隣国が受け入れようと受け入れまいとわが国では王太子の妃は王太子妃だ。他国の常識を押し付けられる筋合いはない」
離れて暮らし、娘と思えなくなったのは仕方ないにしてもミレリーは父が愛人に産ませた子。父はミレリーが可愛いのではなく自分の血を引く娘が王家に嫁げばそれでいいのだ。
正妻である母がミレリーを受け入れているのは保身。
父と離縁となれば実家には出戻る事も出来ず、良くて修道院。
夫の不貞を寛容に受け入れ、外で産ませた子も引き取って可愛がる。そうする事で衣食住に不自由する事も無く公爵夫人として生きることができる。
残念なことに母と同じような境遇の夫人はそれなりの数がいる。母だけが特別変わった事をしている訳ではなく、母のように愛人の子を養女として籍に入れ、実子を他家に養女に出すのは異例中の異例でも、使用人ありきの生活しかしてこなかった女性に1人で生きていく術などないのだから選択肢の1つとして「ない寄りのあり」
だとしても、何故私を側妃として側に置くのかなど・・・考えるまでも無い。
ミレリーは容姿は整っていて見た目は良い。ファッションに関しては社交界にもミレリーという存在を知らしめた女。それなりに立ちまわるし知恵もついている。
問題なのは隣国から満点回答を引き出したのが私だと言う事。
今になって「実は王太子妃はこっちです」となれば・・・隣国は私を王太子妃と認め、条約を結んでくれたのだから、他国を欺いて国家間交渉をした事になる。戦争案件だ。
国王も王妃もジェルマノも父の言葉には反論せず、私が視線を向ければ顔を逸らす。
懐妊が判った時点で王家と公爵家は内密に話し合い、私をミドラン家に養女に出した。
つまり、話が出来上がっているこの場に私の味方など1人もいない。
そっと右手を左腕に添え、服の上から腕を強く握った。
話にならないのなら‥‥女優になるだけだ。
たった今、目の前で私の幸せは国王の決定を告げる声の後、音もなく崩れ去った。
『2人で国を統べるのが僕達の幸せの形だよ。ずっと一緒だ』
生み痣とは言え体に紋様を描く痣がある事を忌み嫌う者が多い中、ジェルマノはルドヴィカの腕にある痣に優しく唇を寄せ、ルドヴィカに誓った。
あの行為は、あの言葉は何だったのだろう。
「もう決まった事なんだが」断りが入って国王から告げられた言葉は、私の未来が大きく変わる言葉。
「ジェルマノの正妃はミレリーとする」だった。
「ルドヴィカ。これからは自由を謳歌してくれ」
気遣ってくれている言葉にも聞こえるが、その言葉は4時間前に帰国した私にではなく隣に腰掛ける息子に掛ける言葉ではないかとため息が漏れそうになる。
★~★
私、ルドヴィカ・キュレックはキュレック公爵家に生を受けた19年前から王太子ジェルマノの婚約者だった。
家族といる時間よりも嫁ぎ先となる王家の面々と過ごした時間が圧倒的に長く、公爵家に私の部屋はあるとは言っても年に何度足を踏み入れるか。
だから家族構成が突然変わったとしても、私の生活が変わる訳ではないし家長である父と正妻である母がそう決めたのなら私は事後報告を受け「そうですか」と返す以外には術がなかった。
19年という月日は「これからの人生を謳歌」するのに必要な土台を築く時間。私はそれを次代の王妃として民の為に立つことだけを目的に言葉も判らぬ時から教育をされてきた。
なのに突然目の前で梯子を外されるどころか梯子が消えた。
例えてみれば陸で生活をしてきた動物に「これから海で暮らせ」といきなり放り込むのに等しいのだが解って言葉を掛けているのだろうか。
頼りになるのは実家・・・多くの令嬢が同じ立場に置かれた時に頼るだろうがそれも出来ない。
両親は私の隣に腰を下ろしているのだが、私がこの2人を両親を思えないように2人も私のことは娘とは思っていない。それが19年という月日が育んだ家族の形。
こうなってしまった原因は1年半前、婚約者であり未来の夫となるジェルマノが遠乗りをしようとして落馬したことが発端だった。
打ち所が悪く太ももの骨を折ってしまったジェルマノは隣国に出向いての折衝に行くことが出来なくなった。隣国へは片道3か月はかかる。滞在は4カ月なので天候次第では1年は帰国する事が出来ない。早くても10カ月は不在となる。
しかし、これをやり遂げれば大きな成果となり民衆の生活も安定する。
但し・・・隣国が要請をしたのはその為に文官や次官を寄越す事ではなく国王若しくは王太子がその話し合いの席に着く事が条件だった。
150年ほど前に大陸では殆どの国が睨み合い、戦を繰り返していた。
目の前の敵を仕留めれば後方に新たな敵。考えた末7つの国は手を結び、結果的にその7つの国が生き残った。
元は他国だった領土を分配する際、両国の中間に位置する鉱山を調査と偽り採掘を続け、利益だけを貪って来たツケは大きかった。
鉱山資源に財政を頼ったまでは良かったが掘ればいつかは枯渇する。
鉱山に頼り衰退の一途を辿った我が国と、鉱山はないものとして技術革新をし発展を遂げた隣国。今や国力の差は明白で無茶苦茶な隣国の要求を飲むしかなかったのだ。
隣国は積年の恨みからか交渉テーブルにつく相手を指名してきている。
ジェルマノが行けなくなったとなれば国王が行くしかない。
だが、国王もなんだかんだと理由をつけその役目が「王太子妃になるのだから」と私に回って来た。
「まだ成婚はしていません」と突っぱねたのだが私の声が通るはずもなく。
隣国では怪訝な目で見られ、最初は交渉の場に相手はいない状態で数時間過ごした。助けてくれたのは隣国の王太子妃と第2王子妃。2人の女性の助けが無ければ私は結果を持って帰国は出来なかった。
だが、帰国をしてみれば・・・異母妹のミレリーが足繁くジェルマノの見舞いに訪れていたようで留守の1年でミレリーは来月には臨月を迎える体になっていた。
ジェルマノとミレリーがどんな関係になったのか。
説明を受ける必要もない。
「自由を謳歌」と言いながら私に差し出されたのは結婚宣誓書。
そう、側妃になれという命令書。
「同じ家から2人の妃は出せない筈です」
突っぱねた私に父親が静かに言う。
「お前はミドラン伯爵家に養女に出した。半年前の事だが‥帰国をしてから伝えようと思っていたんだ」
「ならば隣国とのこの話し合いは無効になります!私は王太子妃になるという前提で!」
「黙っていればいいだけだ。側妃と言えど王太子の妃。王太子妃だ」
「そんな・・・そんな屁理屈が隣国に受け入れられるとでもお思いですか!」
「隣国が受け入れようと受け入れまいとわが国では王太子の妃は王太子妃だ。他国の常識を押し付けられる筋合いはない」
離れて暮らし、娘と思えなくなったのは仕方ないにしてもミレリーは父が愛人に産ませた子。父はミレリーが可愛いのではなく自分の血を引く娘が王家に嫁げばそれでいいのだ。
正妻である母がミレリーを受け入れているのは保身。
父と離縁となれば実家には出戻る事も出来ず、良くて修道院。
夫の不貞を寛容に受け入れ、外で産ませた子も引き取って可愛がる。そうする事で衣食住に不自由する事も無く公爵夫人として生きることができる。
残念なことに母と同じような境遇の夫人はそれなりの数がいる。母だけが特別変わった事をしている訳ではなく、母のように愛人の子を養女として籍に入れ、実子を他家に養女に出すのは異例中の異例でも、使用人ありきの生活しかしてこなかった女性に1人で生きていく術などないのだから選択肢の1つとして「ない寄りのあり」
だとしても、何故私を側妃として側に置くのかなど・・・考えるまでも無い。
ミレリーは容姿は整っていて見た目は良い。ファッションに関しては社交界にもミレリーという存在を知らしめた女。それなりに立ちまわるし知恵もついている。
問題なのは隣国から満点回答を引き出したのが私だと言う事。
今になって「実は王太子妃はこっちです」となれば・・・隣国は私を王太子妃と認め、条約を結んでくれたのだから、他国を欺いて国家間交渉をした事になる。戦争案件だ。
国王も王妃もジェルマノも父の言葉には反論せず、私が視線を向ければ顔を逸らす。
懐妊が判った時点で王家と公爵家は内密に話し合い、私をミドラン家に養女に出した。
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