追放されましたが、私は幸せなのでご心配なく。

cyaru

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第20話  無自覚、無意識の煽り

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初年度は課題ばかりが見つかるもので、仕方がないと諦めてはいたがほんの少し進んだ領地の改革。

羊の毛を冬季に洗えるとなれば春から秋には他に事にも従事できる。
領民には大好評だし、これまで刈り取った毛は持ち分もあって持ち帰って洗ったりもしていたが洗いむらもあって均一さがなかった。

毛を洗う場所と湯殿を集約したことで領民には好評。
薪割りをするのにキノコの家だけで済むので、湯を浴びたあとで雪道を帰るのは体も冷えてしまうが各々の家まで距離はそんなにない。

何より湯殿用の家屋には男女それぞれ10人ほどが湯に浸れる湯船も作ったことで帰りついても体はホカホカである。この湯舟を作る時も、ウェルシェスがまず床を掘らせ、石を敷き詰めて石灰で固め、そこに木の板で湯船を作らせたことで湯も冷めにくい。

距離はあるものの薪風呂のようなものなので、体の芯から温まる。


通水試験をした翌日には湯にならない部分は切り離して塞いだことで湯の量も豊富。
さらに良かったのは土の道が見える事だけでなく、キノコの家は熱死してしまうくらいに熱いが、その熱は外にも放熱をされているのでキノコの家を熱するための薪は温度で乾燥する。周囲には雪が降って来ても積もらないので薪が湿る事もなくむしろ乾燥している。

湯を流し、1か月が経ったが、かなりの雪が降る時期になっても管を通している部分には土が見えて出来栄えは上々。

ウェルシェスも領民ともすっかり打ち解けて、先日は生まれて初めてソルガムの実を石臼で挽いて粉にするという領民にとっては当たり前の事も経験をした。

今日は羊と一緒に飼っているヤギの乳しぼりもして、領民の夫人たちと一緒にチーズを作った。
自分で作ったチーズは夫人たちから見れば失敗作だが、ウェルシェスにとっては至高の逸品。

掻き混ぜ方が悪かったのが舌触りは最悪だったけれど、ベールジアンは「すごくいい出来だ!初めて食べる味だ!」と褒めてくれた。

――確かにこんなにエグ味とざらざら感のチーズは初めてでしょうね――

お世辞とは思っても、ウェルシェスの作ったチーズを全て食べきってくれたベールジアンにウェルシェスは胸の奥がほんのり温かくなった。



「春が来たらここに洗浄した毛をる家屋を建ててもいいわね。冬でも作業が出来るから春になれば出荷が出来るわ」

「そうだな。これだけの温度だから温かい環境で作業も出来るな」

「帰りは湯殿で温まって行けるしね」


そんな事を話しながら、2人は夕方になると領民と共同で利用する湯殿用の家にやってきた。
先に数人の領民が湯船で寛いでいた。


「あら、奥さん」

――奥さんではないんだけど――

否定するのも面倒で放っておいたらいつの間にか領民の間でウェルシェスとベールジアンは夫婦の扱いになっていた。ウェルシェスとしては家長の父との取り決めがなければ結婚はないと考えているが、領民たちは貴族とは違う平民。1つ屋根の下で男女が暮らせばそれだけで既成事実の完成である。


「お腹はまだ膨れてないのね」

――そう言うこと、してませんからね――

何もなく膨れてしまえばそれは食べすぎか不摂生になるだろう。
そこに4、5歳の女の子が近づいてきた。

「奥様、すべすべ~。ケィちゃん。奥様大好き!」

「まぁ、ありがとう。私もケィちゃん大好きよ」

すべすべと言われて悪い気はしないが、ウェルシェスとすると水気を弾くケィちゃんことケイリーちゃんの肌の方が羨ましい。年齢を重ねると残念なことに保湿しない癖に水気を吸い取っている気がするのだ。


その帰り道。湯殿から出て温まった体から湯気も立ち上がるウェルシェスが「ベールジアンはもう湯から出たかな?」と思い、出入り口まで行くとベールジアンが待ってくれていた。

「ごめんなさい。急いだつもりだったんですが」

「いいんだよ。逆上せ気味だったから丁度だ」

「そうですか?そんなにお湯は熱かったかしら」

「湯は良い加減だったけど、体内で何というか燃焼しているんだ」

「そうなんですか…」

「寒いから。これ着て」

ベールジアンが差し出したのは売り物にならなかった羊の毛を寄せ集めて作った防寒着。毛布のような大きさで着るというよりも体に羽織る。

「わたくしだけでは余ってしまいます。ルジーも冷えてしまいますからご一緒しましょう」

ここでも無自覚、無意識のウェルシェスの煽りが発動してしまう。


ウェルシェスがタビュレン子爵領にやって来て間もなく2か月。
ベールジアンの理性は何度崩壊したことか。

「はい。冷えちゃう。早く。早く」

「君って人は…」

一緒に防寒着に包まるとまたまたウェルシェスは無自覚に発言する。

「わ、本当ね。ルジーってあったかい。わたくし、もう指先が冷えちゃってるのに。ほら、冷たいぞ~」


ウェルシェスは悪戯っ子の様な顔をしてベールジアンの手を握った。

――あぁ、もう駄目だ。もう理性なんか湯で流れてしまった事に気が付いたじゃないか――


ベールジアンはウェルシェスの肩を抱くようにして帰路についた。
背中に向けられる領民の視線をうけながら。
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