もしも貴女が愛せるならば、

cyaru

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「ヴィアトリーチェ様、少しよろしいですか?」

学園にいる事もあと数日。卒業式までは1か月ほど自由登校になるため、少ないとはいえ私物を纏めていた所に声を掛けられる。ベリーズ侯爵令嬢がヴィアトリーチェを庇うかのように前に出て声をかけてきたぬしを牽制した。

マイオニー侯爵令嬢も不快感を隠さない。
先だって講師の頼みで雑用を言いつけられ遅れて教室に戻ってきたキャンディ公爵令嬢もその姿を見た瞬間から貴族の仮面をつける。誰にも歓迎をされていない声をかけてきたぬしはソフィーナ・ドルテ男爵令嬢。

学園内であれば爵位については不問。声を掛けても大きな問題にはならないものの、渦中の人物からの接触にヴィアトリーチェもピクリとこめかみが動く。
残っていた学園生も何か起こるのか、この先を聞き漏らすまいと耳を澄ませる。

第一王子ルセリックとルクセル公爵家のヴィアトリーチェは不仲。
そして次の王位に最も近いのはヴィアトリーチェ。女王となればルセリックは不貞を理由に廃嫡されるだろう。
大半はルクセル公爵家に付いたとはいえ、ルセリックの出方次第では国が割れる。
貴族の子女に取ってみれば、ライブのやり取りは貴重な情報源である。

「ヴィアトリーチェ様、お願いがあるのです」

祈るように手を胸の前で組んだソフィーナはルセリックにも効き目があったからか上目使いで縋る様に迫ってくるが既出の技に誰もが冷ややかな目線を向けた。

3人の令嬢に「大丈夫よ」と小声で呟き、ヴィアトリーチェは前に出た。
パーティピンクの髪はツインテールで軽く巻いておりソフィーナの両脇で揺れる。

「わたくしに頼むよりもルセリック殿下にお願いした方が現実味があるのではなくて?」

「ルセリック様では無理なのです。ヴィアトリーチェ様にしか頼めないのです」

「わたくしに?聞くだけは聞くけれどわたくしはただの公爵令嬢、出来ない事も当然にありますわよ」

「いえ、ヴィアトリーチェ様でないと無理なのです。わたくしに王妃教育を施してくださいませ」


プっと思わず失笑しそうになったキャンディ公爵令嬢が後ろを向く。
ベリーズ侯爵令嬢はマイオニー侯爵令嬢と「どういう事?」と顔を見合わせる。

「わたくしは‥‥2年しか時間はありませんがやり遂げてみせます。ヴィアトリーチェ様の隣でも良いのです。王妃教育を受けたいのです。ですが習いきれない部分をヴィアトリーチェ様に教えて頂きたいのです」

「それはルセリック殿下にそうしろと言われましたの?」

「いいえっ。ルセリック様は関係ありません。ヴィアトリーチェ様が婚約者だという事も知っています。わたくしの身分であれば側妃にしかなれない事も判っています。だけどチャンスが欲しいのです」

「ドルテ様、わたく―――」

「何をしてるんだっ!」

ヴィアトリーチェの言葉を遮るように教室に飛び込んできたのはルセリックとカイネスだった。「大丈夫か?」と声を掛け乍らソフィーナを腕に抱きしめ、ヴィアトリーチェを睨みつける。

「ルセリック様、違うのです。わたくしがヴィアトリーチェ様に――」
「いいんだ。気にするな。私が来たからにはこの女の好きなようにはさせない」

ヒーロー気取りなのは大変に結構なのだが、教室にいた全員が何の茶番だと肩を震わせる。


「お迎えも来られたようですし、皆様ごきげんよう」

ヴィアトリーチェを促すようにマイオニー侯爵令嬢がまとめた荷物を持ち上げて背を向けると、ルセリックの腕を振りほどいてソフィーナが駆け寄り、後ろからヴィアトリーチェの腕を掴んだ。

「おいっ!ソフィーナ何をするんだ」
「お願いでございます!何でもしますからお願いでございます!」

ルセリックはソフィーナの行動が理解できなかった。
てっきり難癖をつけられているものだと思い込んでの乱入だったのだ。

「貴女、いくら爵位が学園内では関係ないと言っても後ろから腕を掴むなど失礼にも程と言うものが御座いましてよ」

ベリーズ侯爵令嬢がヴィアトリーチェを掴んだソフィーナの手を振りほどこうとするがソフィーナの手の力が強くビクともしない。
ヴィアトリーチェは掴んだソフィーナの手に片手を添えてポンポンと優しく叩いた。

「では!お聞き届けくださるのですか!」

パッと花が咲いたような笑顔と言うのはこういう笑顔の事かも知れないと思いつつも、力が緩んだ手から腕を解放すると「困りましたわね」と呟いた。

「ご存じの部分だけで構わないのです。お願いです」

ツインテールが揺れる度に安い香水の強い香りがその辺りに振りまかれる。
尚も縋るソフィーナにヴィアトリーチェは少し首を傾げて言った。

「先ずはそれ以前のお勉強をしっかりとなされたほうが宜しくてよ」
「それはどういう…」

「それを教えてもらってどうするのです?各国の王妃殿下、皇后陛下をご存じ?誰かに教えてもらうばかりの王妃殿下、皇后陛下などお一人もおられませんわ。」


――それに次の王の治世に【王妃】は存在しないのよ――


喉元まで言いかけた二の句を飲み込む。直接的な言葉は避けねばならない。
甲斐甲斐しくソフィーナを抱きしめるルセリックのなんと愚かしい事か。


「ルセリック殿下。どのような思惑があるのかは存じませんが【順序】というものをそろそろご認識されたほうが宜しくてよ。まもなく卒業、その後の2年間は光の如く時が過ぎ去るのですから」


遠回しに【婚約を何とかしろ】と伝えては見るが、ルセリックの表情を見る限り明後日の方向を向いているのだなと呆れてしまうと同時に教育が始まった頃のルセリックを思い出す。





11人のうち3人は1歳年下だが横並びで始まった教育の場に最初の頃は一番先に来て、一番声がよく聞こえる席に陣取り、先日の講義の課題を幾つも考え得意満面で流石は継承順位1位だと誉めそやされ【神童】だと有頂天になっていた。

新しい課題が出されれば、城で働く使用人や文官などに貴賤を問わず問いかけ、教えを乞うていたルセリック。横並びの教育だけで見れば次期国王として全く問題がなかった。
聖乙女だから魅かれたのではなく、昔から爵位を問わずに誰彼に好かれていたその名残で男爵令嬢にも声を掛けて親しくなったのだろう。その結果恋に落ちるのは致し方のない事である。

禁書を読み解くのに過去のルセリックならば何としてでも読み解く努力は惜しまなかったはずだ。だが難しい事、面倒な事、ややこしい事を後回しにしても第一王子と言う立場は変わらないし、窘められる事もない。
禁書の段階に入れば誰も手は貸さないし、しないからと苦言も呈さない。試されているのだという事を自覚しなければならなかったのだ。

そのうち他の弟妹、いとこたちが自主的に継承権を放棄していく。
過去に【流石は継承順位1位だと誉めそやされ有頂天になった】記憶が成長を止めたのだった。
そして側近が付いた頃からさらにおかしくなった。時に主となるルセリックを諫める立場の側近たちはただの腰巾着でしかなかった。

そんな側近を選んだのもルセリック。如何に苦言を呈さないか。一緒にいて笑えるかを基準にすれば太鼓持ちか風見鶏しか寄ってこないのは当然の事である。



ヴィアトリーチェはルセリックの腕に抱かれたソフィーナを見据えた。

「ドルテ様、残念ですが貴女のご要望には応えることが出来ませんわ」
「そんな‥‥ヴィアトリーチェ様に断られたらわたくしどうすればいいの!」
「先程も言いましたが、先ずは自分で考える事が大事ですわ。それに…」

クスリと口角を上げてヴィアトリーチェは目線をルセリックに移した。

「わたくしに王妃教育は不要ですの」

ルセリックは何かを言いたげに唇を動かしたが声にするまでには至らない。
やっと【何が言いたいのか】宣戦布告を理解をし、ギリリと歯を食いしばった。
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