もしも貴女が愛せるならば、

cyaru

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消えた炎

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ルセリックとソフィーナ、カイネスに会釈をして教室を出ていく学園生たち。
明日からは自由登校で、次に卒業生全員が揃うのは卒業式である。

そこでもルセリックは己の失態を否が応でも感じざるを得なかった。
よそよそしい学園生たちがルセリックを見限っているかのような視線を向けていた。その原因は自分が作ったものだとは言え、継承者としての自分を敬って当たり前だと信じてやまなかったのに。

学園を卒業すれば何処かに嫁ぐ令嬢は別として子息たちは自分の足で歩きだす。
早いものは卒業と同時に家督を継いで当主となる者もいる。
次男、三男であれば平民と言う扱いにはなるが貴族籍は残る事から功績をあげ家を興す者もいる。10年後にはそのほとんどが大なり小なり「貴族」ではなくても家族を持ち家長となる。

「学園は貴族社会だけでなく広く社会の縮図なのよ」と何度も母である王妃が言っていた事を思い出す。あの茶会以来アンソニーは登校しておらず、宰相に城で会ってもその話題に触れることはない。アンソニーは何らかの失敗をして学園からも貴族社会からも弾かれたのだと思うと身震いをした。
自分に残っているのはと見回せば、ソフィーナとカイネス、チャールズだけである。

その中で一番爵位が高いチャールズも気が向けば行動を共にするだけで頼りにする事は出来ない。カイネスは既に廃嫡をされていて今は平民である。

「はぁ…」
「どうなさったの?ルセリック様」

溜息を吐けば、ソフィーナが心配そうに顔を覗き込んできた。
パーティピンクのツインテールがフワフワと揺れて見ているだけで癒される。

いっそのこと継承権を放棄して平民となりソフィーナと結婚するかと考えてみるが、ソフィーナの上には兄が2人、姉が1人いてソフィーナは末っ子である。
結婚をしても男爵家は継ぐ事は出来ない。カイネスのように剣の腕もない。王子だった自分が平民になり、誰かの下で働かねばならない生活など考えたくもない。

それよりも結婚をするのであればヴィアトリーチェとの婚約を解消するか破棄しなければ結婚は出来ない。ヴィアトリーチェとの婚約は王家と公爵家の間に神殿が入っているためすんなりと解消は出来ないだろう。
婚約の際に公爵家が神殿を挟むのは結婚の時で良いのではないかと言っていた事があったが、ヴィアトリーチェを王家に取り込めばルセリックの即位がより確実になると国王夫妻が神殿を間に立てたのだ。



イライラしながらも打つべき手を考えているとソフィーナはグッと手を握りルセリックに語った。

「わたくし、ヴィアトリーチェ様にもう一度頼んでみるわ」

「ソフィーナ。気持ちは嬉しいがそんな事をしなくてもいいんだ。過去には平民だった妃もいる。身分などは問題にならない。召し上げるとなった時から学べばいいんだ」

「いいえ。わたくしは聖乙女ですもの。側妃とあっても王妃様以上の存在となってルセリック様をお支えするのです。それが聖乙女としての使命でもあります。ほら、この本を読んでみてくださいませ。側妃となった聖乙女が陛下と民衆に愛され、側妃を蔑む王妃を断罪して全てを幸せに導くという話で御座いますわ」

幾つかある聖乙女を題材とした歌劇の元となった小説を手渡してくる。
ここに書かれているのだと目次からページを開き、読んで聞かせるソフィーナはもう主人公になりきっていた。


「だけど、その話は王妃つまりヴィアトリーチェ様に虐められるんだろう?そんな人に教えてもらってどうするんだよ。今のうちから虐められるだけだろう?」

カイネスが本をかすめ取るようにソフィーナから奪いながら言うとソフィーナはごそごそとカバンからまた別の本を取り出す。何冊かあるようで全て聖乙女を題材にした小説のようである。

「あった。これよ。王妃となる婚約者と共に陛下をお支えする聖乙女なの。素敵なのよ。陛下はどちらを愛するか迷うのだけど身を引こうとする聖乙女に、石女の王妃様は御子を成して欲しいと頼むの。共に手を取り合って学んだ貴女なら許せると言って王妃様と聖乙女は抱き合って泣くのよ」

「でもこれにあるくらい仲は良くないだろう?」

「大丈夫なの。その話は聖乙女と王妃様が手を取り合って国を導いていくんだもの。で、こっちの話の王妃様となる婚約者に教えてもらう聖乙女と、こっちの話の側妃となった聖乙女が陛下と民衆に愛されるってところをマッチングすればいいのよ」


得意気に話をするソフィーナにうんうんと微笑みながら相槌を打つルセリックとは正反対に脳筋であったカイネスは懐疑的な気持ちになっていた。
ソフィーナが話をすればするほどその疑いの気持ちがどんどん大きくなる。

今日、ソフィーナがヴィアトリーチェに絡んでいた時、後で駆け付けたのはルセリックに当面の生活費の都合をつけてもらうためである。
学園生の制服を着てはいるが、カイネスは廃嫡をされて扱いとしては既に退学処分となっている。王子の側近だから学園にも出入りが出来るだけである。

平民となった事でなんのしがらみもなくソフィーナと結婚できると思っていた。
だがソフィーナはルセリックとの未来をその口で語っている。

騎士団の独身寮に何とか入寮出来たもののルセリックの側近であるとずっと思っていたため、本来の業務そっちのけでルセリックに付いていた結果、数日前に寮を追い出され食べる物にも事欠いていた。

ルセリックから数日分の側近としての給与をもらうために話をしていたため、ソフィーナがヴィアトリーチェに絡んだ当初の場にいる事が出来なかった。

目の前で、「こっちの話はね、宰相様が雨に濡れながら祈る聖乙女を―――」とキャッキャ話を聞かせるソフィーナを見る目も心もどんどん冷えていく。いや冷めていくのだ。

否が応でも今日の食事に事欠くようになれば現実を見るようになってしまう。


何度かソフィーナの屋敷には行ったことがある。ルセリックと関係を持ち出してからはカイネスとはご無沙汰だが、ソフィーナはカイネスとも関係を持っていた。
ソフィーナの部屋には恋愛小説が山のように積まれていた。民衆に多く読まれているのはやはり聖乙女を題材にした話でソフィーナの部屋には数十冊の聖乙女をヒロインとした小説が積まれていた。

――まさかとは思うが、自称聖乙女じゃないだろうな――

ふとカイネスは思った。



☆~☆~☆

騎士科の鍛錬の時に打ち合いで負けてしまい、項垂れているところを隣にちょこんと座り慰めてもらった時に、その笑顔に癒された。

「ソフィーナの笑顔を見てると癒されるな。きっと聖乙女もこんな風に人を癒すんだろうな」

「え?…やっぱりカイネス君もそう思う?実はそうじゃないかと思ってて‥」

「まさか!?本物なのか?本物の聖乙女なのか?!」

「皆には黙ってて。ずっと体が弱くて本に囲まれて暮らしてたの。誰かを癒せる聖乙女ならってずっと思いながら…でもお父様もお母様もお兄様たちも言うの。ソフィーは我が家の聖乙女だから癒されるって。でも聖乙女だとは誰にも言わないで。騒ぎになると大変だから」

☆~☆~☆

そう、ソフィーナは教会などで聖乙女と認定されたなど一言も言っていない。家族にそう言われていただけで、その程度ならどの家だって我が子の事を「姫」と呼ぶのと同じ位置づけなのである。

あんなに可愛い、愛しいと思っていたのに創作の世界の話と現実を線引き出来ないのだろうかとふと小さな思いが心をよぎると紙が炎に炙られて灰になっていくようにそれまでの気持ちが灰になって焼け落ちていく。
ソフィーナもそこまでバカではないだろうと小さく首を振り、自分の考えを打ち消すだけのものが欲しかった。


「だが、全部作り話の事だろう?現実のルセリック殿下やヴィアトリーチェ嬢の話じゃないから一緒にしても意味がないだろう」


今までソフィーナに対して強く否定的な意見など言ったこともなかったがつい言葉に出てしまった。しかしソフィーナは全く意に介さず、きょとんとした表情をした後、にっこりとカイネスに微笑んだ。

「大丈夫よ。だってわたくしは聖乙女なのよ。新しい物語がここから始まるの」


見せていた本をカバンにしまい込み、ルセリックの腕にぶら下がる様に甘えるソフィーナを見てカイネスに残っていた恋の炎は白い煙となって渇いた笑いと共に消え去った。
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