もしも貴女が愛せるならば、

cyaru

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絶対の忠誠

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アルバートはウィルソン公爵の前に歩み寄っていく。

ステファンの家であるベルン公爵家。その公爵夫人の弟の子にあたるが養子であるためベルン公爵家とは血縁関係にはないのがアルバートである。
養子となったのはもう数年前であるが、辺境の地を守る辺境伯が公爵夫人の弟なのだ。

ベルン公爵は当初ウィルソン公爵家のキャンディとステファンを婚約させてみてはどうかと考えたのだが、ベルン公爵とウィルソン公爵はお互い側妃の子とはいえ異母兄弟。
現在の国王の王弟にあたる、つまりは元王子様である2人。

その子供となるといとこの関係になり、血が濃くなる。
過去には同腹の姉弟や兄妹で結婚をした者もいるが、子に恵まれたかと言うとそうではなかった。

辺境に赴いた公爵夫人の弟は辺境伯。実子もいるがそうなればキャンディと結局いとことなってしまう。だがこのような状態になるかなり前にアルバートは養子に迎え入れられた。
決して落とし子という事ではなく、腕一本でのし上がってきた成り上がりの男。

出自としては辺境に幾つかある村を纏めている領主の息子だった。
流行病で母親を亡くした後、領地を守るために辺境の傭兵団に13歳で入団し数々の武功を挙げた。表彰をされれば少なからずとも金一封が出る。アルバートは自分一人の功績ではないと全てを固辞した。

25歳となり辺境にわざわざ輿入れしてくる令嬢がいるはずもなく、いたとしても辺境伯の実子が優先される。討伐で傷だらけの体を見て蝶よ花よと育てられた令嬢がそのままでいられようか。
独身もやむなしと考えていた所にウィルソン公爵家のキャンディとの婚約話が持ち上がった。

辺境の地で絵姿は何度か見たが、この世にこんな女性がいるのだろうかと首を傾げたアルバートはウィルソン公爵家にやってきた。
だが、過日の雨で公爵は出払っていると、先に1人ルクセル公爵家に出向いた。


「お初にお目にかかります。義伯父のベルン公爵の親戚筋にあたります。アルバート・ジェッツ・レッドソンと申します。お見知りおきを」

「ほほぅ。話には聞いておったが中々にいい男ぶりではないか」

ベルン公爵も初見となるアルバートに思わず見惚れてしまうほどの美丈夫である。
女性受けするような美丈夫ではないが、細身なのに筋肉の鎧を纏っている背の高いアルバートは促されるように絵姿ではないキャンディの前に出た。

「キャンディ・J・ウィルソンです。よろしくお願いいたします」

キャンディも絵姿では見ていたが実物を前にすると思わず目を反らしまた見てしまう。はしたないと思いつつも王都では鍛えている騎士の中でもアルバートほどの男はなかなかお目にかかれない。

貴族の結婚にはあまり当人同士の意向は考慮されないため、婚約期間を置いてお互いを知る期間を置き、余程ではない限り「恋愛愛情」ではなく「家族愛」を育んでいく。
だが、マイオニーやベリーズと同様にキャンディも目の前のアルバートには恋に落ちるのも時間の問題かと思われた。勿論アルバートもキャンディに対しては若干の挙動不審はあるものの好印象である。


「これで王都内の勢力はほぼルクセル公爵家を筆頭として3大公爵家に集まった。侯爵家もそれに追随する勢いで辺境伯がこちらに付いたとなれば、たとえ発言力のあるマフーミド侯爵も早々に騎士団を動かす事は出来ないだろう」

「近衛隊のほうはもう抑えてある。近衛隊長はこちらに付いた」

「ほぼ王家は丸裸という事か。第二王子以下の処遇は決めねばならんが…」

「お父様、おじ様達も安心をするのはまだ早いですわ。教皇の求心力はまだ削がれていません。隠れ神殿派の者が寝返る可能性もまだ捨てきれませんわ」

「確かに…伯爵家をはじめ特に低位貴族の間では神殿の所有する飛び地を通らねば領で収穫した農産物も海産物も輸送出来ない所もあるからな。その辺りはどう考えているのだ」

「この国から神殿という物を排除するよう考えています。話し合いで済めばよいのですが上手くいかない場合はこちらも向こうも挙兵するという事も在りうるでしょう」

「そうなった時に民衆がどちらに付くか…ヴィアトリーチェが即位をしても暴動となれば笑えぬ事態だ。主だった商人や豪商は押えてはいるが…」

「こちらには禁書という切り札がございます」

<<なっ!まさかっ?!>>


王弟であるベルン公爵、ウィルソン公爵そして父のルクセル公爵は禁書の内容を知っているがまさかそれを切り札として民衆に開示するつもりなのかとヴィアトリーチェに迫った。

3人の公爵の驚きに、夫人達も令嬢も子息も息を飲んだ。この場で禁書の内容を知る者は6人。
3人の公爵とヴィアトリーチェ、そして継承権を放棄したがステファン、キャンディである。
ヴィアトリーチェには弟がいるがこの場にはいない。

「暴動となれば首を差し出す覚悟がなければ…本気なのか?」
「本気も本気で御座います。わたくしが女王として立つ。そう決めたのはあんな忌まわしい事はもう終わりにせねばなりません。未来に遺恨を残すような事は清算をする時期だと考えたからです」

「ルセリック殿下が不甲斐ないから…という事ではなかったのか」

「それも御座いますが、禁書を読み解く事もなくのらりくらり。民の血税を食いつぶすシロアリは不要。そしてお父様、そしておじ様達も今一度、過去を振り返ってくださいませ。現陛下の治世も薄皮一枚で繋がっているだけ。そんな綱渡りのような国家は国家と言えません。民は王の為にあるのではなく、王が民の為にあるべきなのです」

わずか18歳の令嬢1人の言葉に3人の公爵は何も言えなくなった。
彼らもまた、第二王子以下の継承権を持つ者と同様に禁書に触れ、恐れ戦きおそれおののき早々に継承権を放棄したのである。

「今一度、問います」

部屋の空気が一変してピンと張りつめた。触れれば瞬時に肌が切れそうなほどに空気まで凍り付いたような中でヴィアトリーチェは3人の公爵だけでなく全員に問うた。そこには両親や年配者などという高配は存在しない。己は女王なのだという気概が溢れ出る。

「わたくしヴィアトリーチェは女王となる。わたくしに従い絶対の忠誠を誓いなさい」

アリオン、アルバートが真っ先にその他の者もその場に跪き頭を垂れた。
ソファに腰かけていた夫人やマイオニーやベリーズ、キャンディは立ち上がり最高礼となるカーテシーを取った。

ルクセル公爵は凛と立つ娘にもう「お父様」と縋ってくる事はないのだなと惜別の念を禁じ得なかった。




部屋に戻ったヴィアトリーチェは小さくため息を吐いて肩の力を抜いた。
虚勢を張ったつもりはない。全てを清算するために己が立つと決めた日から心強くあらんと立ってきた。
だが、父や母、2公爵の前で啖呵を切った時、ヴィアトリーチェの手は震えていた。今もまだ小刻みに指先が震える。自分で自分を抱きしめて固く目を閉じていると部屋に誰かが入ってきた。

「ヴィア。1人で頑張るな。俺がいる。ずっと側にいる」
「アリオン‥‥優しい言葉を掛けないで。くじけてしまう」
「いいんじゃないか?俺の前だけは。泣いたって喚いたって全部受け止める」

ゆっくりとヴィアトリーチェに歩み寄り、両手を広げる。それを見てヴィアトリーチェはくしゃりと顔を歪めて声を押し殺し、アリオンの胸の中で泣いた。

「本当は怖い。怖くて怖くて…逃げ出したい」
「うん。そうだよな‥‥俺と逃げるか?俺はヴィアさえいればそれでいい」
「アリオン、堕ちる所まで堕ちてしまうわ。それは出来ない」
「ヴィア。お前と堕ちていくのも幸せだと俺は思っている。愛しているよ」
「ありがとう。アリオン。貴方がいてくれて良かった」

ヴィアトリーチェの涙をそっと指で拭うともう一度今度は強くその体をアリオンは抱きしめた。


ヴィアトリーチェはアリオンが屋敷を出た後、騎乗し去っていく姿を窓から眺めた。
アリオンは振り返りヴィアトリーチェの部屋の窓の方を見る。
小さく手を振ったヴィアトリーチェはかの日銀杏の葉を指輪に見立てて小指につけてくれた事を思い出し、指先を握りしめてポトリと涙を落とした。

幼い日からずっと側で思いを通わせたアリオンを道連れにする事は出来ない。
涙を流すのはこれで最後なのだと自分に言い聞かせ小指をまた握りしめた。
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