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馬鹿と鋏の使い道
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「あの娘に使い道があるとは思えないんだが…神殿か…陛下はこの事をご存じなのか?」
「はい、承知の上の事かと」
ルクセル公爵は指で親指と人差し指で顎を撫でながら考え込んだ。
壇上での騒ぎから先ず処罰を下すのは管理責任も問われる事から学園長だろう。
「ルセリック殿下…いやもう殿下ではないな。あの男はどうした?」
「現在は医療院へ輸送される前段階で第三騎士団の管轄する懲罰房に居ります」
「第三騎士団か…」
そこにルセリックの同い年の義弟である第二王子スティングが屋敷に来たと連絡があった。
☆~☆ 3年前のこと ☆~☆
側妃の子であり、ルセリックとは1か月ほどしか誕生日が違わない。
ただ、その母となる側妃は国王から見て従姉妹にあたり、スティングは近親婚の親を持つ。
その為か虚弱体質であり、体力的に王位に付くのは難しいとされた。
人一倍努力をするスティングは12歳で禁書を読み解いた。
読み進めるに従い、寝込む時間も長くなり学園に入学したころは体重が40キロもないほどに痩せ細ってしまった。身長が178センチである事を考えれば立っている事がやっとの状態である。
「僕が国王になろうと思うんだ」
「そうした時、貴方は民を、兵を先導する事が出来まして?」
「判らない。でも…少なくとも混乱期は作れると思うんだ。こんな体じゃ長くは持たないだろうし、それで一石を投じる事が出来れば儲けものだと思わないか?」
「ひっかきまわすだけ引っ掻きまわして、逃げるのならお止めくださいませ」
「だが、兄上では無理だ。兄上は禁書は読み解けないと思うんだ」
「そうでしょうね。ですからわたくしが立ちます。そこでスティング殿下にはお願いがございます。わたくしの次には貴方が民を先導くださいませ。お一人で出来なくとも第三王子、第四王子も王女殿下も居られます。貴方は良い弟妹に恵まれておりますもの。愚鈍なのは兄1人なら僥倖では御座いませんか」
「兄と心中するつもりか!」
「まさか、ルセリック殿下には一代限りの爵位をもって引きこもって頂きますわ。その為には貞節だけは守って頂きたい所ですけれど…20歳までのあと5年。持つかしら」
「どうだろうか。最近兄に付いた側近はあまり出来が良いとは言えないし」
「国王になろうと思っているのならその程度は理解していると信じたいですわね」
スティングとやり取りをした15歳のかの日。異母弟の杞憂となればと思ったのだがルセリックに見切りを付けたのはそれからたった3週間後だった。
学園に入学をして直ぐに事もあろうか生徒会室で「側妃でも良いのです」と言った子爵令嬢との行為は直ぐに知れ渡る事になった。
☆~☆ 3年前のこと ☆~☆
ルセリックの女性遍歴は目を覆うほどで、子こそ成さなかったがソフィーナが編入してくるまでの2年間で「側妃になれる」と思い込んでいる令嬢は両手の指では足らない程になった。
そしてソフィーナに傾倒した挙句に先日の卒業式での愚行。
ルクセル公爵家を訪れたスティングは学園に在学中、ルクセル公爵家、ベント公爵家が隣国から医師や薬師を招き適切な治療を受けた事で体重も筋力も増え、一見普通の男性に見えるまでになった。
だが、近親婚は遺伝子レベルでスティングを蝕んでいて視力は裸眼ではほぼ期待できないくらいしかなかった。
それも王家と神殿がもたらした悲劇とも言えるだろう。
スティングの母である側妃はその後数回懐妊、出産をしたが、生まれた子は数日から長くて1か月しかこの世を謳歌出来なかった。
「突然に申し訳ない。ルクセル公爵、そしてヴィアトリーチェ嬢」
「どうなされたのです?」
「母からこれを預かって参りました。母も心を決めたようです」
内ポケットから封筒を取り出すと、ルクセル公爵の前に差し出す。
「見ても?」と問う公爵に向かって小さく頷き菓子の籠からクッキーを手に取る。
野菜で色を付けた生地を組み合わせて焼いた色とりどりのクッキーの両面を交互に見ながら一口齧るのと、ルクセル公爵が封筒の中を改めて、スティングに向かい肩をすぼめるのは同時だった。
「側妃殿下達も気持ちを固められたようですな」
「卒業式でアレを見れば誰もそうなるでしょう。私達は王族。王族であれば当然に順序と言うものを尊重しなければならない。兄上はそれを見誤った。今頃は牢の中で後悔をしているか…いやあの兄上の事だからまだ誰かに助けてもらえると考えているかも知れません。他の側妃殿下も陛下を見限りました。それぞれの家が王家に付くことはないでしょう。王妃殿下の御実家以外はね。
母の祖父母であるウィルソン公爵家があなた方と足並みを揃えるのなら、母も私もそれに従うまで。ただヴィアトリーチェ嬢。くれぐれも命を投げ出す事だけはやめて頂きたい」
こくりと頷いたヴィアトリーチェだったが、神殿の意図が見えなかった。
神殿に連行されたというソフィーナ。
「あの共に壇上にいた女性が神殿にと聞きましたが何か掴んでおられますの?」
「調べさせてはいますが、父は知っているようでしたね」
「王子殿下、王女殿下が付かないとなれば…廃嫡を覆すでしょうか」
「あれだけ大勢の前で未来永劫覆らないと宣い、それはないでしょう」
「それもそうだな。いや失敬」
「お父様もスティング殿下も甘いですわね。後がないものは白をも黒と言い張るのですよ。手駒が無くなった国王陛下は飢えた獣では御座いません。手負いの獣…手負いの獣ほど恐ろしいものはないのです」
ヴィアトリーチェは国王の3人の側妃宛に素早く手紙を認めた。
神殿の関わる選定までは2か月ほどある。
その間に継承権の放棄は伝えていても婚姻と同じで王家と神殿が認める必要がある。
現在は王家だけが認めている状態で、神殿は新国王の指名と同時に放棄をした者を認めるのだ。
今までは早い段階で放棄をした者を説得するようなことはなかっただけである。
最終的に選定をされなくとも、継承権レースに国王の子は必ず絡んでいたからだ。
今回は違う。最も出来が悪いものが国王になろうと最後までしがみ付き残っていた。
直前になって王家は駒が無くなった事からルセリック以外の王子、王女を説得し擁立する可能性がある。
今すぐ離反の意思を示せば国王は何をするか判らない。
選定の時まで、沈黙を貫くようにと側妃たちの動きを止めなければならないのである。
☆~☆
「へぇ。面白い事をしてるんだねぇ…」
「チャールズっ!いい所にきた。ここから出してくれ」
「勿論。やっと役に立つ日が来たからね。バカとハサミは使いよう…先人はいい事を言う」
チャールズは鼻でフフンと笑い、鉄格子の向こうで出してくれとせがむルセリックに蔑んだ笑いを向けた。格子に警戒なく近づいたルセリックだがチャールズはスラックスのポケットに手を入れたままで噛んでいたガムを吐き出した。
二歩、三歩と歩み寄ると突然手を伸ばして格子の隙間からルセリックの髪を鷲掴みにし、苦痛に歪んだルセリックの顔の中央にある鼻を抓みあげる。
ギリギリと爪を立てて捩じりあげるとルセリックは堪らず悲鳴をあげた。
顔を背け、後ろに尻もちをつくようにチャールズの手から逃れると、掴まれた鼻に手をやる。爪の痕が残っているのは指の腹に感じる凹凸に鼻を何度も撫でた。
目の前で離れる時に引き千切られた髪の毛を汚いものを棄てるかのようにパンパンと手で払うチャールズを睨み返すと、一歩格子に近づく風の素振りに、びくりと体を震わせる。
間に鉄格子があり、チャールズはここまでは来ないと判っていても痛みが恐怖を更にかきたてる。
「こんな事をして…ただで済むと思うなよ」
「勿論。君には君の使い道があるからね。一番の特等席で一瞬だけ見せてあげるよ」
「特等席?一瞬?どういう意味だ」
「バカはこれだから困る。もうすぐこの国は神国となる。君はその崇高な青い血を神国の人柱として捧げる大役を担わせてあげるよ。王家は途絶える。断頭台で順番に首を刎ねてあげるよ」
それまでのヘラヘラしていたチャールズの裏の顔、いやこちらが本当の顔なのかも知れない。薄く笑いを浮かべチャールズの指示通りに鉄格子の扉は開かれルセリックはいとも簡単に牢から出された。
縄は解かれることはなかったが、外に出るまでの通路で第三騎士団の騎士たちはチャールズに向かって頭を垂れた。
第三騎士団は既に神殿の手に落ちていた事をルセリックが理解するのに時間はかからなかった。
「はい、承知の上の事かと」
ルクセル公爵は指で親指と人差し指で顎を撫でながら考え込んだ。
壇上での騒ぎから先ず処罰を下すのは管理責任も問われる事から学園長だろう。
「ルセリック殿下…いやもう殿下ではないな。あの男はどうした?」
「現在は医療院へ輸送される前段階で第三騎士団の管轄する懲罰房に居ります」
「第三騎士団か…」
そこにルセリックの同い年の義弟である第二王子スティングが屋敷に来たと連絡があった。
☆~☆ 3年前のこと ☆~☆
側妃の子であり、ルセリックとは1か月ほどしか誕生日が違わない。
ただ、その母となる側妃は国王から見て従姉妹にあたり、スティングは近親婚の親を持つ。
その為か虚弱体質であり、体力的に王位に付くのは難しいとされた。
人一倍努力をするスティングは12歳で禁書を読み解いた。
読み進めるに従い、寝込む時間も長くなり学園に入学したころは体重が40キロもないほどに痩せ細ってしまった。身長が178センチである事を考えれば立っている事がやっとの状態である。
「僕が国王になろうと思うんだ」
「そうした時、貴方は民を、兵を先導する事が出来まして?」
「判らない。でも…少なくとも混乱期は作れると思うんだ。こんな体じゃ長くは持たないだろうし、それで一石を投じる事が出来れば儲けものだと思わないか?」
「ひっかきまわすだけ引っ掻きまわして、逃げるのならお止めくださいませ」
「だが、兄上では無理だ。兄上は禁書は読み解けないと思うんだ」
「そうでしょうね。ですからわたくしが立ちます。そこでスティング殿下にはお願いがございます。わたくしの次には貴方が民を先導くださいませ。お一人で出来なくとも第三王子、第四王子も王女殿下も居られます。貴方は良い弟妹に恵まれておりますもの。愚鈍なのは兄1人なら僥倖では御座いませんか」
「兄と心中するつもりか!」
「まさか、ルセリック殿下には一代限りの爵位をもって引きこもって頂きますわ。その為には貞節だけは守って頂きたい所ですけれど…20歳までのあと5年。持つかしら」
「どうだろうか。最近兄に付いた側近はあまり出来が良いとは言えないし」
「国王になろうと思っているのならその程度は理解していると信じたいですわね」
スティングとやり取りをした15歳のかの日。異母弟の杞憂となればと思ったのだがルセリックに見切りを付けたのはそれからたった3週間後だった。
学園に入学をして直ぐに事もあろうか生徒会室で「側妃でも良いのです」と言った子爵令嬢との行為は直ぐに知れ渡る事になった。
☆~☆ 3年前のこと ☆~☆
ルセリックの女性遍歴は目を覆うほどで、子こそ成さなかったがソフィーナが編入してくるまでの2年間で「側妃になれる」と思い込んでいる令嬢は両手の指では足らない程になった。
そしてソフィーナに傾倒した挙句に先日の卒業式での愚行。
ルクセル公爵家を訪れたスティングは学園に在学中、ルクセル公爵家、ベント公爵家が隣国から医師や薬師を招き適切な治療を受けた事で体重も筋力も増え、一見普通の男性に見えるまでになった。
だが、近親婚は遺伝子レベルでスティングを蝕んでいて視力は裸眼ではほぼ期待できないくらいしかなかった。
それも王家と神殿がもたらした悲劇とも言えるだろう。
スティングの母である側妃はその後数回懐妊、出産をしたが、生まれた子は数日から長くて1か月しかこの世を謳歌出来なかった。
「突然に申し訳ない。ルクセル公爵、そしてヴィアトリーチェ嬢」
「どうなされたのです?」
「母からこれを預かって参りました。母も心を決めたようです」
内ポケットから封筒を取り出すと、ルクセル公爵の前に差し出す。
「見ても?」と問う公爵に向かって小さく頷き菓子の籠からクッキーを手に取る。
野菜で色を付けた生地を組み合わせて焼いた色とりどりのクッキーの両面を交互に見ながら一口齧るのと、ルクセル公爵が封筒の中を改めて、スティングに向かい肩をすぼめるのは同時だった。
「側妃殿下達も気持ちを固められたようですな」
「卒業式でアレを見れば誰もそうなるでしょう。私達は王族。王族であれば当然に順序と言うものを尊重しなければならない。兄上はそれを見誤った。今頃は牢の中で後悔をしているか…いやあの兄上の事だからまだ誰かに助けてもらえると考えているかも知れません。他の側妃殿下も陛下を見限りました。それぞれの家が王家に付くことはないでしょう。王妃殿下の御実家以外はね。
母の祖父母であるウィルソン公爵家があなた方と足並みを揃えるのなら、母も私もそれに従うまで。ただヴィアトリーチェ嬢。くれぐれも命を投げ出す事だけはやめて頂きたい」
こくりと頷いたヴィアトリーチェだったが、神殿の意図が見えなかった。
神殿に連行されたというソフィーナ。
「あの共に壇上にいた女性が神殿にと聞きましたが何か掴んでおられますの?」
「調べさせてはいますが、父は知っているようでしたね」
「王子殿下、王女殿下が付かないとなれば…廃嫡を覆すでしょうか」
「あれだけ大勢の前で未来永劫覆らないと宣い、それはないでしょう」
「それもそうだな。いや失敬」
「お父様もスティング殿下も甘いですわね。後がないものは白をも黒と言い張るのですよ。手駒が無くなった国王陛下は飢えた獣では御座いません。手負いの獣…手負いの獣ほど恐ろしいものはないのです」
ヴィアトリーチェは国王の3人の側妃宛に素早く手紙を認めた。
神殿の関わる選定までは2か月ほどある。
その間に継承権の放棄は伝えていても婚姻と同じで王家と神殿が認める必要がある。
現在は王家だけが認めている状態で、神殿は新国王の指名と同時に放棄をした者を認めるのだ。
今までは早い段階で放棄をした者を説得するようなことはなかっただけである。
最終的に選定をされなくとも、継承権レースに国王の子は必ず絡んでいたからだ。
今回は違う。最も出来が悪いものが国王になろうと最後までしがみ付き残っていた。
直前になって王家は駒が無くなった事からルセリック以外の王子、王女を説得し擁立する可能性がある。
今すぐ離反の意思を示せば国王は何をするか判らない。
選定の時まで、沈黙を貫くようにと側妃たちの動きを止めなければならないのである。
☆~☆
「へぇ。面白い事をしてるんだねぇ…」
「チャールズっ!いい所にきた。ここから出してくれ」
「勿論。やっと役に立つ日が来たからね。バカとハサミは使いよう…先人はいい事を言う」
チャールズは鼻でフフンと笑い、鉄格子の向こうで出してくれとせがむルセリックに蔑んだ笑いを向けた。格子に警戒なく近づいたルセリックだがチャールズはスラックスのポケットに手を入れたままで噛んでいたガムを吐き出した。
二歩、三歩と歩み寄ると突然手を伸ばして格子の隙間からルセリックの髪を鷲掴みにし、苦痛に歪んだルセリックの顔の中央にある鼻を抓みあげる。
ギリギリと爪を立てて捩じりあげるとルセリックは堪らず悲鳴をあげた。
顔を背け、後ろに尻もちをつくようにチャールズの手から逃れると、掴まれた鼻に手をやる。爪の痕が残っているのは指の腹に感じる凹凸に鼻を何度も撫でた。
目の前で離れる時に引き千切られた髪の毛を汚いものを棄てるかのようにパンパンと手で払うチャールズを睨み返すと、一歩格子に近づく風の素振りに、びくりと体を震わせる。
間に鉄格子があり、チャールズはここまでは来ないと判っていても痛みが恐怖を更にかきたてる。
「こんな事をして…ただで済むと思うなよ」
「勿論。君には君の使い道があるからね。一番の特等席で一瞬だけ見せてあげるよ」
「特等席?一瞬?どういう意味だ」
「バカはこれだから困る。もうすぐこの国は神国となる。君はその崇高な青い血を神国の人柱として捧げる大役を担わせてあげるよ。王家は途絶える。断頭台で順番に首を刎ねてあげるよ」
それまでのヘラヘラしていたチャールズの裏の顔、いやこちらが本当の顔なのかも知れない。薄く笑いを浮かべチャールズの指示通りに鉄格子の扉は開かれルセリックはいとも簡単に牢から出された。
縄は解かれることはなかったが、外に出るまでの通路で第三騎士団の騎士たちはチャールズに向かって頭を垂れた。
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