もしも貴女が愛せるならば、

cyaru

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再会からの逃亡

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「ねぇ。もっとお肉ないの?」
「少々お待ちくださいませ。焼き加減は先ほどと同じでよろしいでしょうか」
「そうねぇ。さっきのも良かったけど今度は出来れば焼き加減よりフィレが良いわ」
「承知致しました。ではこちらのワインを…直ぐに手配いたしますので」

神殿に連行をされたソフィーナは何故か至れり尽くせりの待遇を受けていた。
気が向いた時に湯あみがしたいと言えば、薔薇の花びらを浮かべた湯やラベンダーの香りがする湯がすぐさま用意されて熱くもなく冷たくもなく、おまけに髪まで丁寧に洗ってくれる。

男爵家では行水とも言えるようなただ冷たい石張りの水はけがよい部屋で沸かした湯を水で温度を自分ではかりながらかぶるくらい。
髪や体を誰かに洗ってもらうなど高級な宿で男性を癒していた時くらいである。

手荒れをしていた指もしんなりとなり、アカギレもたっぷりの塗り薬を付けてもらって乾燥しないように絹で作ったミトンで保湿をする。
与えられた部屋も豪華な調度品があり、化粧台の化粧品も宝石箱にある宝飾品も、ぎっしりと詰まったクローゼットのドレスも自由にしていいと言われ躊躇ったほどである。

「お気に召さないドレスは廃棄致しますが、それではお召し物に困ると思いますので新しくお仕立て致しましょう。さぁ採寸を致しますのでこちらへ」

騙されているのではないかと警戒するのも無理はないが警戒が続いたのは神殿に来て1週間ほどだった。神殿の敷地は広く、庭に出るのに息切れをしてしまったが、閉じられている扉以外の部屋は自由に入って良いと言われ探検のような気分で毎日建物の中をうろうろとするだけで食事の時間になってしまう。

見知った人間など一人も居らず、暇だと言えば吟遊詩人まで呼んでくれる。
信じられない好待遇だが、1週間経っても10日経ってもソフィーナへの扱いは変わらず1か月もするとソフィーナはお姫様気取りで気に入らない事があれば側付きのメイドに悪態を吐く。
頬をぶっても、足蹴にしても「わたくしが至らないばかりに」とメイドはソフィーナに縋って許しを乞うのだ。益々増長してしまうのも人間の性なのかも知れない。

これだけの待遇であるがソフィーナには不満があった。
性を覚えた体を持て余して仕方がない。自分自身で処理をした事は一度もなかった。
しかし、見目麗しい従者も神官も体を他人と繋げるのは不浄の事だと取り合ってくれなかった。

「そんな事よりも庭に白百合が咲き誇っておりますよ。きっと聖乙女様が来られたからですね。聖乙女様の美しさに並ぼうと花たちも必死なのですわ」

確かに庭の花は美しく咲いているけれど、ソフィーナには「それが何?」くらいの気持ちしかわかないのだ。確かにチヤホヤしてもらえるけれど、夜の街で癒しを求める男達がしてくれたような扱いとは違う。

2カ月も経った頃には、それまでの好待遇も「当たり前」としか思えずありがたみが薄れた。悶々とした気分をどうやって晴らそうかと邸内をうろつき、開いていない扉の部屋に忍び込んでしまった。

最初の数回は誰にも見つからず、禁止行為をする事で高揚感があった。
しかし、見られていないはずはないのだ。
死角となる場所ではソフィーナの行動を常に監視している者がいた事をソフィーナは気が付いていない。


「本日は大事な会合がございますので、あまり出歩かないようお願いいたします」

朝、ソフィーナの髪を丁寧に梳かしながらメイドはソフィーナに告げた。

「何かあるの?」
「わたくし共の様な下々には詳しい事は何も。ただあまり出歩かないようにとのご指示がございました」

「誰がそんな事を言うのかしら」
「神で御座います」

フフと少し笑いながら「神」と言い切るメイドはソフィーナの髪をいつもより香油もたっぷりつけて時間をかけて丁寧にゆっくりと髪を梳かした。

「今日はここにしようかな…」

何度目だったか…。一番廊下の奥まった場所にある扉を開けるとその先には階段があった。
上階に繋がる階段で、上は見上げても薄暗く視界がハッキリとしない。
ソフィーナはそっと扉を閉めるとゆっくりと階段を上がった。





同じ頃、ルセリックは広さとしては4畳半ほどだろうか。
学園で運動系のクラブ活動をしているものが着替える部屋くらいの部屋に押し込められた。

普通の部屋と違うのは高い天井に窓が一つしかない事である。
扉はあるが鉄製でモノを投げつけてもビクともしなかった。当然開閉するのを見た事がない。
壁に空いた小さな小窓から食事の載せられたトレーが供給をされる。

この部屋が異様なのはそれだけではない。
天井に空いている窓以外は壁も床も真っ白なのである。あまりに白すぎて寝台で眠るルセリックの汗や皮脂汚れが顕著に目立ってしまうほどに部屋が白かった。

寛ぐにも、寝るにも、食事をするにも、排泄をするにも隔てる物は何もない。
本当のワンルームでシャワーですら手が届かない高い位置から降り注ぐ。
コックは壁に埋まっていてそれも白く塗られていた。

朝も昼も夜も物音ひとつしない。何か音がすると思えば自分であったり、雨が天井の窓に打ち付ける音だったりでルセリックは気が狂いそうになった。
食事の配給時にトレーが出てくる隙を狙って話しかけてみても返事が返ることはない。

ただ、食べる、寝る、天井や壁を見る。それしかする事がなかった。

色々と考えては見るが、チャールズの豹変した態度は何度思い出しても身震いしてしまう。
王国が無くなり神国になるとはどういう意味なのか。
どうして自分が生贄のような人柱にならねばならないのか。
記憶にあるチャールズが常日頃から飄々としてまるで風に煽られた落ち葉のようにあちこちをふらふらしていた事くらいしか思い浮かばず「どうして」「何故」と繰り返し呟いた。

どれくらいの時間が経っただろうか。
いつもと同じように床に座り寝台に背を預けて壁なのか天井なのかをぼんやりとみていると初めて「音」がした。ルセリックは本当に宙に浮くかと思うほどに体が飛び上がるほどに驚いた。

なにやら「人の声」のような音がするが、こんな部屋に閉じ込められて全てを遮断されたような生活をしているとペンを落としたほどの音でも発射する時の砲台の真横にいる気分になる。

全身に汗が纏わりつくような感覚の中、何をしてもビクともしなかった扉が開いた。

キィィ

「えっ?うそっ‥‥どうしてこんな所に?!」

そこには学園にいた頃よりも洗練されて美しくなったソフィーナがいた。
真っ白な部屋を眺めながら、ルセリックの名前を呼んだ。

「会いたかったですわ!ルセリック様っ」

飛びついてくるソフィーナだったが、ルセリックはかわすように部屋を逃げまどった。
頭の中には、あの日壇上でさも当たり前のように他の男達と体をつなげていたと得意気だったソフィーナに潔癖症ではないけれど体が受け付けないのだ。

「やめろ…出て行けっ!部屋から出ていってくれ!」
「何を言うの!?会いたくて堪らなかったのよ?ルセリック様の為に聖乙女としての務めを果たしていたのにどうしてわたくしからこのように逃げるのですっ」

静かだった部屋から途端に逃げまどう騒々しい音と、助けを求めるルセリックの声が響く。
部屋の隅に追い詰められたルセリックの胸にソフィーナは頬を当てた。
冷や汗なのか油汗なのかルセリックは全身が汗でしとどに濡れた気分だった。
肌を這うソフィーナの指に堪らずルセリックは思い切り突き飛ばし、開け放たれた扉から部屋を出た。

階段を駆け下り、突き当りにあった扉のドアノブに手を掛けて思い切り回す。
開かれた扉の前には眩しい光が溢れていた。しかし‥‥

「部屋から出る事が出来ましたか‥‥良かったですねぇ」

ニヤリと口角を上げてルセリックを見るチャールズがそこにいた。
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