もしも貴女が愛せるならば、

cyaru

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暖炉にくべる物

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マフーミド侯爵家に向かって走る馬車が1台。
郊外にあるマフーミド侯爵の屋敷は低木の庭園が見事だと誰もが誉めそやす。
しかし美しく見ごろを迎えた花に目を向けることなく車上のヴィアトリーチェは瞑想をしていた。

豪奢な玄関は武を司るマフーミド侯爵には似合わず煌びやかな女性を思わせた。
引退をして心でも入れ替えたのかと言えば当たらずしも遠からず。
夫人(カイネスの母)を早くに亡くしたマフーミド侯爵は後妻も迎えずにいた。

――それだけを聞けば立派なのだけど――

車輪が動きを緩やかにし、その動きを止めると小窓からはマフーミド侯爵本人が家令と出迎えているのが目に入った。馬車から降りてくるのがヴィアトリーチェと側近のアリオンだけだという事に聊か驚いた風だが丁寧に屋敷にいざなう。

サロンに通されると、大きな連想窓からはテラスの向こうにツツジの赤や白の色が目に映える。

「本日は突然の訪問にも関わらず丁寧なご対応に感謝いたします」
「いえ、この先を鑑みれば当然の事」

マフーミド侯爵は話もまだこれからだという時に家令に「あれを」と告げるとソファにヴィアトリーチェを促した。年配のメイドが注ぐ茶の湯気と香りが鼻腔を突く。
おそらくは最高級かそれに近い茶葉を使っているのだろう。
毒味を兼ねてマフーミド侯爵は銀のスプーンを使って茶を軽く混ぜた。
ヴィアトリーチェにも同じようにと仕草で示すがヴィアトリーチェは微笑むのみ。

「誓って毒などは入れておりませんので…まぁ言葉で言うは容易いですがね」
「いいえ。高価な銀製品。細工も美しいですわね」
「何を言っても腹の探り合いになるのは止めましょう」

目の奥に力を感じるマフーミド侯爵の視線は真剣そのもので、家令が箱を抱えるように部屋に入ってくるのが見えると自ら立ち上がり、その箱を受け取った。
テーブルに置き、紐を解き、蓋を開けるとウコンで染め上げた布に包まれた短剣を取り出した。
一目で値段のつけようがない国宝級の短剣をマフーミド侯爵はヴィアトリーチェに差し出した。

「貴女から先ぶれが届いた時、どうすれば貴女に信用をしてもらえるか。それを考えました。私は現国王に仕える騎士でもあり、引退はしたとは言えまだ声を掛ければ動く部隊もある。言葉だけで信用してもらうには何もかもが足りない。それに何より‥‥愚息の行いは人としてあるまじき行為。男親だから見抜けなかったというのは言い訳に過ぎず、クローバル侯爵令嬢には謝罪の言葉もない。ルクセル公爵家の計らいで彼女にこの先幸せが訪れると聞き、こちらから謝罪と礼をと考えていたところだ」

「こちらの短剣は如何なさいました」

「これは我が家に建国以来伝わる宝剣。これを次代の女王である貴女に忠誠の証として献上しようと思いました。まだ足らぬと申されるのであらば、この剣でわが胸を貫いて頂いても結構」

「ふふっ。そのお気持ちだけにしておきますわ。出来るだけ血は流したくないので」

「本日のお話と言うのは、有事の際の騎士団の動きという事でしょうか」

「えぇ。2カ月後選定の会議が開かれます。わたくしはその折に神殿と王家の在り方を変えようと思っております。おそらくは神殿側の反発があるでしょう」

「神殿…と言うと第三騎士団ですな」

「ご存じでしたの。取り込まれてしまい妄信する者が多い上に第一、第二と違って民衆への距離も近い。脅威になりかねません。暴動がおこるとすれば第三騎士団がそれを煽る可能性も捨てきれません」

「騎士が神に縋るなどという者もおりますが、騎士だからこそ神に縋るものが多いのです。第三騎士団はその点有事の際には真っ先に敵陣に突入する隊となりますから…精神論だけでは死への恐怖には打ち勝てないのです。彼らを愚かだと笑わないでやってください。今回ルセリック殿下の件。これは神殿が第三騎士団を使ってやった事だと私は考えています。切り捨てるには惜しいですが‥‥信仰はどうにもなりません。ただ有事の際は持てる力を使い、押さえ込むよう尽力を致しましょう」

そしてマフーミド侯爵は家令から書類を受け取り、封筒から出すとヴィアトリーチェにベリーズへ渡してほしいと頼んだ。

「こちらは?」
「我が侯爵領にあるオリーブ畑の権利書になります。妻が生前‥‥オリーブから取れるオイルが好きでしてね。何もしてやれませんでしたがオリーブの木を植樹したのですが最初の収穫をする前に流行病で先に逝ってしまいました。息子の妻になる女性に渡してほしいと頼まれておりまして。今では輸出出来るほどに収穫量もあります。世話をする者も上手く代替わりも出来ており、せめてもの慰謝料としてこの権利書をクローバル侯爵令嬢にお渡し願いたい。いや、これで許してもらえるなどとは露ほどにも考えてはおりませんが‥‥年を取るとこの庭の手入れだけで手一杯でしてね」

「判りました。ですがそうすると侯爵家の収入が減るのではないですか?」
「武官が身の丈以上の金を持つものではありませんからご心配なく」
「侯爵は教皇…いえ陛下と刺し違えるおつもりですの?」
「それも辞さず。と、申しておきましょう。盾は何枚あっても足らぬものですよ」
「頼もしいですと言いたいところですが、わたくしに忠誠を誓う者に早死と無駄死は許しません」
「御心に添いましょう。では2週間時間をください。騎士団を纏めておきます」
「頼みましたよ。くれぐれも無理はなさらないように。あと動きを知られるのは不味いので表立っての目立った動きはなさらないように」
「御意」


帰りの馬車。ヴィアトリーチェは御者に街にある1軒の古物商に寄る様に頼んだ。
メインロードから1本隣にある道は少し狭く、一昔前の街並みを残していた。
築40年は経っているであろうカマキリの看板が風に揺れる建物にアリオンを従えて入っていく。

アリオンが裏手にある御不浄に向かうとヴィアトリーチェは店の2階にあるカフェ風の個室に向かった。

「待たせてしまったかしら」

部屋の扉を開くと、1人の男が退屈そうにテーブルに足をのせて組み、椅子の前足2本を浮かせて居眠りをしている。ゆらゆらと揺れる椅子が止まり、男はヴィアトリーチェの方を見た。

「長かったですね。本格的に寝ちまうかと思いました」
「起きなければ水を掛けるから寝てても良かったのに」

「やめてください。水も滴る良い男なのは判ってますが今日の服は、嫁さんの手作りなので濡らしたくないんですよ」

「あら、ルーナはまた腕をあげたのね。乗馬服を頼もうかしら」
「毎度あり。伝えておきますよ」
「で?どうだったかしら?」
「はい、お嬢の暗殺を頼まれました。心臓をここに持ってこーいって」
「あら困った。貴方刺すのは得意だけど分解は苦手なのにねぇ」

ヴィアトリーチェがやってきたのはフレイドとの待ち合わせ場所だった。
ルクセル公爵が20年前から王宮に忍び込ませている間者のフレイド。
アリオンの剣の師匠でもあり、ヴィアトリーチェの子飼いでもあるのだった。

「息子もだけど…遺伝って怖いわね。間抜けな所がそっくりだわ」
「それだけ俺の芝居が上手いってそこは褒めてくださいよ」
「はいはい。良く出来ました。ハナマル(棒)」
「それ、嬉しくない~って、うわっ!本気でやるんですか?」

おもむろにヴィアトリーチェは自分の髪をフレイドのテーブルに置いた剣でバッサリと落としてしまう。
腰まであった銀髪は肩口までとなったが、気にも留めず束になった髪をフレイドに手渡す。

「これで息子同様やらかしてくれると思うわ。成果だと渡しなさい」



フレイドは言われた通りに髪の束を国王に見せた。
翌日ルクセル公爵家はヴィアトリーチェが高熱で寝込んだと次官が報告にあがってきた。

「そうか、流感の時期だからな。ゆっくり養生するよう伝えてくれ」
「承知致しました」

次官が部屋を出た後、国王は引き出しから紙に包んだ銀髪の束を取り出し暖炉に放り込んだ。
髪の焼ける匂いが充満すると、国王は笑いを堪えきれず声をたてて笑った。
廊下に響くその笑い声は多くの者が首を傾げる中、数名には失笑を誘った。


そして選定の日を迎えた。
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