もしも貴女が愛せるならば、

cyaru

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カイネスの暗躍

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「陛下、本日の軍事協定締結の会合ですが隣国リルムデン皇国の使節団は第二王子殿下以下副官11名。総勢12名となっております。こちらからはベルン公爵、レッドソン辺境伯、それからマフーミド侯爵と各騎士団の団長及び副団長、陛下の14名となっております」

「判りました。リルムデン皇国は牛、豚、羊の食用は禁止をされているから、晩餐はどうしても肉を使うのであれば兎かヤギを。それからワインではないウィスキーなどを用意して。会議中の飲み物は柑橘系をメインにお願いね」


女王となり3年の歳月が過ぎた今も、朝から執務に追われるヴィアトリーチェは、別の書類を片付ける傍らでここ数日のメイン業務となる軍事協定の相手国を迎えるための指示をだす。
一時期、インフレに陥りそうになったがなんとか持ちこたえる事が出来て、この処は生産力も上がり農作物も今年からは計画的栽培に着手したところである。

31%だった失業率も14%と約半減し、民衆の賃金も経済界との折り合いがついて来年からはベースアップも見込まれる。年に一度ではなく、業績により年に2回は賃金形態の見直しが出来そうだという商会も幾つかあり、物価も安定して急激なデフレにならぬよう今度は逆の注意も必要である。

「東地区の土地が高騰傾向にあるというわ。開発の予定はあるけれどどこからか漏れたのかしら。南地区は昨年の地価より4倍近くになっているし…土地売買については規制が必要かも知れないわね。会合までの間に開発部の部長と技官を呼んで頂戴」

「承知致しました。その件ですがどうやら地価高騰で地税が払えず追い出された民がスラムを形成しているきらいがあります。陽動をしているのが子爵家から過日陞爵したワズタリー伯爵家ではないかという噂も御座います」

ワズタリー伯爵家といえば、子息のフレイザーをヴィアトリーチェが財務大臣として抜擢しマイオニーが嫁いだ家でもある。だが日頃の政務からはそのような事をする時間が取れるのか?と首を傾げた。

「変ね。ワズタリー卿にそんな時間があったかしら…気になるわね。調べてくれる?」
「承知致しました」


リルムデン皇国の使節団を出迎えるために席を立つとアリオンが心配そうな顔をしているのが目に入る。21歳となりアリオンはもう少年の時のような幼さは残っていない。
私的な話をする時間は殆どないけれど、幾つかの見合い話を断ったという話は小耳に挟んだ。

移動の間は使節団が来るからか、珍しく2人きりとなった。

「アリオン、またお見合いを断ったの?」
「その事を今聞くか?‥‥まぁ断ったな。気乗りしなかった」
「早く身を固めないとおじ様もおば様も落ち着けないわよ」
「判ってはいるが…意中の女性が忙しそうでね」
「気持ちは嬉しいけれど、わたくしは無理よ。まだ国が――」
「気にしていない。何時までも待つ」

自室の前まで来ると扉から先には入らず、アリオンは部屋を守る様に廊下に立った。

気持ちに応える事が出来ないのは、公爵令嬢の立場でなら問題はなくても今の立場は簡単には頷ける位置ではなかった。まだ3年。盤石とも言える礎を築いてからでなければ自分の事まで気が回らない。
その上、長年の課題であった軍事協定を前向きに検討したのにも理由があった。
海に面しているとはいえ、陸は3つの国と国境を介しそのうちの2つは睨みあって一触即発状態である。戦に巻き込まれればまだ屋台骨がぐらついているこの国など消し飛んでしまう。

そんな事になった時に「王配」となっていればアリオンも処刑をされてしまうだろう。
伯爵と言う位置ならば余程でなければ処刑にはならず、せいぜい追放や懲役の処罰だろう。

アリオンの縁談を聞いた時は手が震えた。従者が典医を呼ぼうかと言うほどにミスを連発してしまい、見合いを断ったという話には何故かホッとする自分がいた。

――自分にもけじめが必要なのかも知れないわ――

出迎えるためのドレスに着替えたあとは、華美ではない程度に髪もまとめてもらう。
肩口まで切った髪は背の中ほどを少し超えるくらいまで伸びた。

仕上げをしている頃に扉がノックされる。
開いた扉の先にアリオンがいるのが見えるが、従者はそれを背に一礼して入室してきた。

「どうなさったの?」
「陛下、このような時に申し訳ございません。お耳に入れておくべき報告が御座います」
「何かしら?」

「3年前に追放されたマフーミド侯爵家の子息カイネス。現在は平民となっており侯爵家も貴族籍を抹消しておりますがこの男が裏組織の幹部となっておりまして地価高騰に関わっていると思われます。ただ正直彼にはそこまで知恵があったかと言えば首を傾げる所ですので、絵図を描いているものは別にいると思われます」

ふと考える。ルセリックは裁判により国王、王妃と共に幽閉となった。
幽閉と言っても実際にその命があるのはせいぜい数年。気が触れてしまい部屋で息絶える事がほとんどである。

カイネスが傾倒していたソフィーナは昨年から新設した食品開発部で休日もアレルギー除去の色々な試作品を作って王宮内から出る事もない。
遠征する部隊にもアレルギーを持つものはおり、彼らに対していつものパフォーマンスを発揮してもらえるようにとソフィーナはかつての歪んだ癒し思考から脱却していた。
ソフィーナの関心は完全に食品に向けられていて、接する人間は増えたがカイネスの手が及ぶ位置にはいない。

チャールズは教皇と共に神殿の総本山とも言える大神殿で粛清をされている。
生贄を調達していた神殿。総本山もやはりその系統で「人柱信仰」がごく当たり前だったことから、カルト宗教としてこの国からは排除したのだった。
教皇とチャールズはこちらで裁くと通達をしたのだが、出迎えに行った日。
彼らは使えていた神官たちとその場で鳥刑に処された。希望したわけではないか目の前で崖から吊るされたその場に立ち会った事からチャールズが関与している事は考えられない。

残っているのは‥‥

「元フェルム侯爵家の子息アンソニーがどうなったか調べてくれる?」
「フェルム…前宰相閣下のご子息ですか」
「えぇ。早い時期に廃嫡にはなっているけれどその後の足取りを調べて頂戴」
「承知致しました」


アンソニーであれば出来は悪くなく、父親が宰相をしていた事から大なり小なり裏社会の人間とはパイプがあったかも知れない。宰相の任を解かれ蟄居している前宰相は自ら爵位を返上し今は平民となっている。
田舎の領地で倹しく暮らしているというがそこに子女の姿はない。

――杞憂に終わればいいのだけど――

そう思いながら、従者の「お時間です」との言葉にリルムデン皇国の使者を出迎えるため私室を後にした。
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