もしも貴女が愛せるならば、

cyaru

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女王の仕事と元聖乙女の仕事

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神殿の周りは民衆で溢れかえっていた。
信仰心はさほど熱くなくても騒ぎがあればにわか信仰者が多く集まってくる。

バルコニーに立ったヴィアトリーチェを見つけた民衆はさらに何事かと騒ぎ出した。
これが王宮でドレスでも着ていれば違ったのかも知れないが、民衆の声は決して歓迎の声ではなく、神聖なる神殿でどういうことだという怒りの声が多かった。

「ヴィア…どうする」
「どうするもこうするもありません。全てを明かします」
「だが‥‥ここには第一騎士団と第二騎士団もまだ中にいる。暴動が起これば抑えきれない」
「アリオン。きっと大丈夫。ここに教皇様をお連れして頂戴」
「え?教皇を?縄で縛られているんだが…」
「結構よ。その状態で構わないわ」

民衆は増えていく一方で減る気配は微塵もない。
バルコニーと言ってもパラペットのない平らな屋根のような場所なので足元まで民衆には丸見えの場所に縄で縛られた教皇が連行されてくるとどよめきが起こった。

息を一つ大きく吸うとヴィアトリーチェは数歩前に歩き、あと2,3歩で落ちる寸前で立ち止まる。
右から左、左から右と体を動かし、正面を向いた。

「わたくしは、129代国王となったヴィアトリーチェ!この国の民よ。聖乙女の存在を偽り長きにわたり尊い命を贄としてきた悪しき習慣はこの日で断ち切る!」


更にどよめきが大きくなる。民衆は何も知らない。知らない方が幸せな事も在る。だが知らないからと事実を知らせないのはただ「知らなかった」という事にはならない。

「歴代の国王、そして教皇をはじめ神殿は、国を統べるためという思いの元、生贄と称し民の命を散らして来た。たとえそれが犯罪者であったとしても、わたくしはそれを許さない」

教皇がアリオンによってヴィアトリーチェの隣に連れられ、その場に蹲る。
民衆の間からは「首を刎ねろ」「処刑しろ」という声が飛び交い始めた。
教皇はその声に、体を震わせて足元を濡らした。

「わたくしはこの国を根本から変える!罪を犯す、償う、それに身分は関係がない。誰もが同じように裁かれねばならない。首を刎ねるのは容易い。だが首を刎ねる前に同じ轍を踏まぬよう犯罪の全てを詳らかにすること!そしてそれから学ぶ事が重要なのだ!」

悪態とも言える声が飛び交っていたのがピタリと止まった。
集まった民衆がヴィアトリーチェの次の言葉を待つ。しんと静まり返ったのを見てヴィアトリーチェは少しだけ微笑んだ。

更に一歩前に歩き、両手を大きく広げた。

「わたくしは貴方がたに誓う!悪しき慣習をこの日で断ち切り、列国に並ぶ強国にこの国をして見せる。皆の声を聞き!共に同じ夢を見て目標に向かって前に進もうではないか!」

騒めきは完成となり空に轟いて、明らかに声が届かないだろうと思われる場所からも「うぉー!」と歓声が聞こえる。ヴィアトリーチェは胸に手を当て、民に向かい頭を垂れた。
更に大きくなる声に、俯いた顔からはポタリ、ポタリと雫が落ちる。

顔を上げると、大地も揺らぐような大歓声が響き渡った。
女王ヴィアトリーチェはここに誕生したのだった。




カツカツカツと廊下を数人が歩く音がする。
中央にはヴィアトリーチェ。隣はアリオンだが数人の男性に囲まれて王宮内の廊下を闊歩する。移動する間も簡易な手続きで済む物は次官、文官の判断によりこうやって歩きながら決済をするのである。

「陛下、こちらの果樹園なのですが夜間に忍び込んだものに荒らされております」
「状況を詳しく。それだけでは人なのか獣なのか鳥なのか不明でしょう?」
「えっと‥あ、そうです。詰め直してきます」

「陛下、こちらですが隣国から領海への密漁被害を訴える漁民の嘆願書です」
「密漁者は押えてあるのかしら」
「はい、5名ほど。漁船も拿捕しております」
「大使館に抗議を入れて頂戴。来週通商大臣との会合があったわね」
「はい、大臣以下副官が3名。関税についての会合が御座います」
「この件を議題に盛り込んで頂戴。いける所まで押してみるわ」

1人が離れてもまた1人と付いて回る人数が減ることはない。
多忙を極めるヴィアトリーチェは執務室に戻っても茶を飲む暇もないほどに執務をこなす。

「陛下、先月立ち入りをした神殿が行っていた孤児院の報告書です」

手渡された報告書に赤でペンを走らせていく。
インク壺にペンが浸されるたびに次官は頬を引きつらせていく。

「甘いわね。腹を空かせ、寒い寝具で我慢をするのは子供たちよ。部屋の広さに対して収容人数が多すぎる。この広さなら3人部屋ね。4人とするならもっと広い部屋にしないと。それから野菜と肉、小麦の量だけどこれだったら5日、せいぜい1週間分の量よ。これで10日なんて誰が調達係をしているの。人選からやり直して頂戴。だけどよく纏まっていると思うわ。それに目を通し易い書き方ね。手が空いたらあなたの書類の作り方を基本とした統一書式を作りたいわ。大変だけどお願いね」

「はっはい!ありがとうございます!」

ダメだしでしょぼくれていた次官は部屋を出る時にはスキップをしそうなほどに浮かれていた。
その後ろ姿を見て、クスリとヴィアトリーチェは笑った。

「微笑ついでに陛下、お茶です!ちゃんと休んでください」

ヴィアトリーチェに茶と菓子を差し出すのはソフィーナだった。


あの日、助け出されてからは暫く治療を受けていたが体よりも心が病んでいた。
捕えられたルセリックはソフィーナを酷く罵った。

「お前のせいで俺は王になれない!罪人になったんだ」

何よりもルセリックのためにと言ってみれば体を張ってきたソフィーナは言葉を返せなかった。
そして良かれと思ってしてきた事で、娼館を経営しているものからは恨まれてしまい両親も兄も姉も王都では住めなくなり今では田舎で名前を変えて生活をしている。
市井を歩けば、誘拐されそうになったり暴行をされそうになった事も一度や二度ではない。
複数人に廃屋に連れ込まれ、衣類を引裂かれ無理やり相手をさせられそうになったところを警ら中の騎士に助けられた。それ以降人間恐怖症のようになってしまい部屋から出る事も出来なくなってしまった。

仕方なくベント公爵家が身柄を引き受け、屋敷でメイド見習いとして色々と仕事を覚えさせた。それでも貴族の夫人や令嬢からは毛嫌いされていて買い物に行くにもメイド見習いのソフィーナに護衛が必要で手に余った事からヴィアトリーチェが引き受けたのだった。

執務室に併設された簡易のキッチンで、ヴィアトリーチェの為に菓子を焼く。
半年ほどで厨房の数人とは会話のキャッチボールが出来るようになった。

「(ぽりっ)甘さも丁度ね。とても美味しいわ」
「ありがとうございます!どうかなと思ったんですが大豆粉を使ったんです」
「これなら小麦アレルギーのある子供にも食べさせられそうね」

仲が良くなった厨房にいる使用人の子供にアレルギーがあると聞いたソフィーナは許可を得て王宮の図書室で色々と調べて小麦の代わりになる食材で色々と作っているのだった。

「食べてくれた人が美味しいって言ってれると嬉しくなるんです。きっとこれが人を癒すって事なんですよね。まだ
美味しいって言葉に癒されてばかりなので、前とは逆なんですけど」

「そうかしら。美味しいと癒されるから言葉にして伝えてくれてるのだと思うけど。わたくしもこのお菓子は好きになりそうね。問題は…小麦よりも大豆の方が価格が安定していないことね」

「他にもあるんです…陛下を毒味役にしてしまってるのでアリオンさんからいつも睨まれるんです。毒なんか入れてないんですけど…」

えへっと笑うとソフィーナはトレーをもって奥に下がっていこうとするがヴィアトリーチェは呼び止めた。

「ねぇ。孤児院の子供たちにもこういう食材を使ってのお菓子じゃなくて食事を教えてあげてくれないかしら」

菓子はどうしても嗜好品というイメージがあり生きるだけで手一杯という者には馴染みがない。だが食事は裕福であろうと貧しかろうと取るものである。
孤児院の報告書を見ていると、食事後に発疹がでたり息苦しくなる子供も少なからずいるのである。食事の改善にもなる上に、手に職を付ければ孤児院出身でも独り立ちしやすいと考えたヴィアトリーチェは思い切ってソフィーナにそれをさせてみる事にした。

「返事は急がなくていいわ。やってみようかな?と思ったら週に1回でもいいから。教室風にするならわたくし個人で食材を供給も出来るし…あ、お返しは作ったものを食べさせてくれればいいから」

「そ、それなら!ちょっと待ってくださいませっ」

パタパタとソフィーナは使用人の寝泊まりする自分の部屋に戻ると不要紙の裏面に書いたレシピ集をもってまた駆け込んできた。

「こういうのを使ってみたらどうだろうって思った物があるんです。大豆もダメって子供にはトウモロコシをひいた粉とか米を粉にした米粉とか‥‥米粉を使ったケーキ先週お出ししましたよね。他にもカカオがダメだって子にはイナゴ豆をひいた粉ならカカオ原料のチョコに似た味が出せるんですよ」

生き生きとしながら、説明をするソフィーナに以前のような「わたくしは聖乙女!」と言ったものは全く影を潜めている。

「今度イナゴ豆でチョコケーキもどき作ってみるので食べてみてくださいね」
「楽しみにしているわ」

満面の笑みで石臼を借りてきます!と部屋を出ていくソフィーナを見送るとヴィアトリーチェはまた書類に目を移した。

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