あなたの瞳に映るのは

cyaru

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24:アルフォンスの地固め

スプリングの効いた馬車の中でアルフォンスは報告書を読んでいた。

向かいには従者のカミル。
前回と違い今回は国境付近までは騎乗しそこからは馬車の旅である。
隊列は先頭を走る2頭の馬に跨った騎士から始まり、しんがりを任されている騎士まで50mはゆうにある長さ。人数も見えているだけなら75人である。

勿論、並走し道なき道を走る部隊も従えての隊列。

国を出る前、アルフォンスは父である国王に婚姻の許可も貰って来た。
このまま寡で過ごす事になるかと思われたアルフォンスが選んだ女性。それが子爵令嬢だと聞いた瞬間に眉を顰めた。だが、アルフォンスはその婚姻許可と引き換えにエルドゥからもたらされた最新の技術を差し出した。


カドリア王国は平和な国ではあるが、問題がない訳ではない。
食糧の自給率は60%をようやく超えた所で、輸入に頼っているのが実情。国家間の駆け引きで食料の輸出を止める措置に出られれば瞬く間に国内は混乱に陥ってしまう。

その為に銀と銅、鉄などの鉱物を多く産出し、他国に売っている状況である。収穫と言う気候や自然災害に左右はされるが毎年ある程度の利益が見込めるものと、いずれは枯渇する鉱物を対等に見ることは出来ない。
カドリア王国が本当の意味で自立する国家になるためには食糧の自給率を上げるのは長年の課題だった。

国王は試験的に半年行った事業での成果、そして病気に強い穀物の種苗の開発を手掛けるエルドゥをアルフォンスが抱き込んだ事に大いに喜び、対価として婚姻の許可を出した。


だが、喜ばしい事だけではない。
それまで足らなかった40%ほどの食料を輸入し、売りさばく事で利益を得ていた貴族たちは表向き婚姻には賛成をしても腹の中は違う。下手をすれば家が傾くかも知れない事業を推し進められては困るのだ。

アルフォンスが「花嫁」を迎えに出た隊列を見送った後のカドリア王国の貴族は水面下で動きが活発化していた。その報告書も当然目を通しながらの旅ではあるが、より食い入るようにアルフォンスが読んでいた報告書。

それはトルデリーゼのかつての婚約者であるバレリオ・レンドンに関するものだった。


国が違えど、各国は一見普通の民衆に見えるよう間者を忍ばせている。
その間者からの報告書。表紙から数えて数枚目を抜き取りアルフォンスは向かいに腰を下ろすカミルに手渡した。

本人が知るよりも本人の事が詳細に書かれた報告書には、この半年の間バレリオとプリシラの動向が記載されていた。勿論バレリオが職につかず毎日マルス家を監視している事も、プリシラが時折青果店で売り子をしている事も書かれている。

「寄生虫と言うのは一度味の良い宿主を見つけるとつき纏うものだな」
「金の出所が…マルス家からの金ですか。親の首が皮一枚で繋がったのに娘を持つとなかなか隠居も出来ないという良い事例ですな」

「スブレ氏はエルドゥ氏とセットで取り込む事も考えた人材だが全てに恵まれているという訳ではない。見送った理由はその娘だが…ククっ蠅は蠅と連むつるむいや、まさに孳尾むつるむだな」

「殿下、良くない表情になっておられますよ。で?どうされます」

「美しい花の棘に絡めとられるのは僥倖だが、飛び回る虫は要らん」

「では、手配いたします」


馬車の小窓が開くと心地よい風が馬車の中を一巡する。
従者カミルから小さく折りたたんだ紙を渡された騎士は隊列を離れていった。

「土産は用意できたのか?」

小窓を閉じるカミルの背にアルフォンスの言葉がかけられる。
静かに腰を下ろしながらカミルは「勿論で御座います」と応えた。

「では、先に王城に行くとするか」

長い足を組み替えてアルフォンスは微笑んだ。

「外堀は埋めないのではなかったのですか?」

あの時、周りに従者はいなかったはずだと思ったアルフォンスは小さく噴き出した。

「聞いていたのか。地獄耳だな」
「人聞きの悪い。情報通と言ってください」
「外堀ではない。地固めだ。出国を認めさせねばならん。まさか攫って行く訳にもいくまい」

「エルドゥ氏もまだ出国許可が下りておりませんし、愚鈍な国王もどの人材が流れたら窮するのかはよく選別をされているようですな。ですが宜しいので?関税は第二王子ディートヘルム殿下の采配で決まったものですが」

カミルの言葉にアルフォンスは鼻で笑った。

「知った事か」


アルフォンスの答えにカミルは小さく溜息を吐き、肩を竦めた。
他国を出し抜き、1国だけの関税を引き下げればその輸入品だけは安く販売をする事が出来る。国内で収穫できる農作物と種類が同じであれば、国産品は打撃を受けてしまう。
自給率の低いカドリア王国はそれまで一律の関税率を設けてきた。

他国との折衝でその折り合いをつけ、頷かせたのが第二王子ディートヘルム。
絶妙なバランスを保っていたその均衡を破る事になり危険な賭けでもあった。


「トルデリーゼを手に入れる事が出来るのなら安いものだ」
「殿下、色恋は人を惑わせます。まだ間に合いますし再考されては?」
「何度もしたさ。ただ奴は甘い。餌はちらつかせて食いつく寸前で回収するものだと言うお手本を見せてやろうと思ってな」

不敵な笑みを見せるアルフォンス。
その隊列は王都の外郭を通り、大通りを王城に向け走り去っていった。
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