婚約者、返品いたします

cyaru

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VOL:26   マスタード多め

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その夜、バークレイは教会での野鳥活動を終えて屋敷に戻ると家令から「旦那様の元に行け」と指示を受けた。

「あ~。ここもクビかな。長続きしないんだよなぁ」

問題を起こしてクビになるのは仕方がないと思っているけれど、近衛隊に居た時のように「やられたらやり返す」事をしなかった警備隊もクビになった。

あまり仕事先をころころと変えるのも母親に報告はし難いし、バークレイとしてはここの仕事は楽ではないけれど楽しいし働く時間はキッチリとしてくれているパルプ伯爵家は結構気に入っていた。

何より、パルプ伯爵家の娘、シャロットは可愛い。
バークレイの初恋の人だ。

警備隊に行く少し前、近衛隊の同僚の嫌がらせにブチキレて殴ってしまった事を懺悔するために出向いた教会でバークレイはシャロットに心を奪われた。

声を聞きたくて。
姿を見たくて。

警備隊になった時は用もないのに教会の周りの警備は進んで引き受けた。
だからと言って会えるかと言えばそうではなく、月に1、2回。遠目に姿を見るだけだったが。

見ているだけでバークレイの癒しになったし、パルプ伯爵家の私兵に雇われた時は心だけでなく本当に踊ってしまった。

教会で影絵を見られてしまった時は正直焦ったけれど会話をするきっかけにもなって生活に張りが出た。

本当はもっと良い恰好をしたいのだけれど、シャロットに警戒をされてしまうのが嫌で道化のようなふりをした。

キスしそうになった時は焦ってしまった。
バークレイの中で貴族令嬢がこんなにあっさり自分のような人間のいるフィールドやテリトリーに下りて来るなんて思ってもいなかったからだ。

期待しなかったと言えば嘘になるけれど…。

「仲良くなれたと勝手に勘違いして舞い上がった罰だな」

バークレイは調子に乗ってしまった自分が行けなかったのだと自分を戒め、パルプ伯爵のいる部屋の扉をノックした。


「バークレイ。入ります」
「おぉ。来たか。座ってくれ。出先から帰ったばかりなんだろう?疲れているのにすまないな」
「いえ。体力だけは人の何倍もありますので」

――あれ?解雇通告にしては旦那様、機嫌が良いな?――

勧められるがままにソファに腰を下ろし、茶まで振舞われて「腹が減ってるだろう?」と手で抓めるサンドウィッチまでテーブルに並ぶとバークレイも「何かおかしい」と思ってしまう。

「あの‥旦那様、俺…」
「話は腹を満たしてからだ。私はこのマスタードを限界まで塗り込んだハムサンドが好きなんだ」
「は、はぁ?…」

向かいに腰かけたパルプ伯爵がぱくりと1口先に食べて、マスタードの辛さと多さに鼻を抓んで悶絶する。バークレイも手を付けない事が失礼になると1口パクっと食べるが脳天に突き刺さる辛さとマスタードが多すぎて飲み込めない。

「この眉間に突き刺さる辛さが堪らんな。ところで…娘の事は好きかい?」
「ブッ!!!」

切り込みが激しいのは船で行く国ベトナームのアオザイのスリットだけでいいバークレイだったが、パルプ伯爵が投げて来る超ド級のストレートを真正面から食らってしまい、口に入れたパンを放射状に吐き出してしまった。

「もっ申し訳ございませんっ!!」
「良いんだよ。私もまだ瞬発力が衰えていない事が確認できて嬉しいよ」

パルプ伯爵はサッと身を翻し、マスタード攻撃を受けていなかった。

「ところでバークレイ君には付き合っている女性とか婚約中の女性は?」
「いません。即答できるのがお恥ずかしいんですけど」
「それは良かった。それでなんだが、シャロットは好きかい?」
「はい、大好きですっ!‥‥あ、いえ、その…変な意味ではなくぅぅぅ?―――あの旦那様、どうして俺は旦那様に手を握られているんでしょうか…あ、このハムサンド、旦那様の分でしたか?」

食べかけで申し訳ないけれど、抓むパンを間違えてしまったか。
確かにマスタードの量は昼に食べるサンドウィッチの10倍は塗り込まれていて悶絶級。

それは君のじゃないと2口目を阻止するために手の動きを封じられた?焦るバークレイにパルプ伯爵はバークレイを下から覗き込んで目をウルウルさせて上目遣いのお願い♡をする。

――女の子がすればそれなりだが…壮年男性はちょっと――


そんな趣味はないバークレイは乙女のように見上げて来るパルプ伯爵に気持ちが地平線の果てまで引いた。

「パンは君のだ。残りも食べていいが、娘も貰ってくれないか?」

地平線の果てまで引いた気持ちは一瞬でここに戻ってきた。

「あ、あの…旦那様はご存じかと思いますが、俺は生い立ちって言いますか色々と面倒で」
「知っている」
「だ、だとしてもですよ?面倒事をわざわざ引き寄せなくてもって言いますか」
「苦労は買ってでもしろというではないか」

――若い時ですよね?――

バークレイは心の声がうっかり外に出そうになったのを口残った最後のマスタードと一緒に飲み込んだ。この時ほどマスタード多めが嬉しいと感じたことはなかった。
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