上 下
74 / 87
本編

【ただいまの門出】57.プロポーズは突然に

しおりを挟む
 冬の寒い時期と違い、旦那様が部屋を出られても寒い思いをしないので食堂での食事だ。
 使用人たちの食事は使用人たちで作るが、旦那様には専属の料理人を雇っている。堅い物が苦手で職が細くなりがちな旦那様でも美味しく、沢山食べて頂けるよう、この町でも馴染みのある料理をベースに工夫を凝らしたものだ。
 堅いものを柔らかくするには、手間も時間も掛かる。更に、使用人たちの分も含めた食料庫の管理も彼の管轄であり、重要な役職だ。
 その料理人が腕によりを掛けた昼食が、執事バセの手でテーブルにと給仕される。
「いんげん豆のポタージュです」
 旦那様がスプーンを手にされたとき、廊下の方からドタドタと騒がしい足音が聞こえた。
「ミラ! 結婚しろ!」
 壊れるんじゃないかと思うほど食堂のドアが強く開かれ、同時、急報の勢いでラフィが叫んだ。
「ゴフッ! ゴホッ、ゴホゴホ……」
 テーブル、絨毯と飛び散るいんげん豆の緑。咳き込む旦那様の背中をバセが擦る。
 驚いた給仕の使用人たちが、医者を呼ぶか呼ばないかの騒動。
 仁王立ちで固まっている求婚者ラフィ。
 混沌。
「申し訳ございません」
 ラフィのことは俺の監督責任だ、頭を下げて謝り、努めて冷静に飛び散った緑の飛沫を拭きながら、チラリと視線を向けると、滅多に怒らないバセの左眉がヒクついたのを見た。
「ミラ、旦那様への給仕は私たちでする」
「はい」
 いつになく低い声で言われ、素直に従う。
 未だ苦しそうに咳をしている旦那様に一礼し、ラフィの腕を掴んみ、使用人側の談話室へと引きずっていった。
 ムスッとしているラフィに詰め寄る。
「なんで追い出されたのか理解しているのか」
「ジジイに認めて貰うにはジジイの前でプロポーズする必要があるだろう」
「今、問い詰めているのはそこじゃない」
「認めないジジイが悪い」
 プイッと顔を背けた。
 コイツは、本当に俺のことしか見えていないのか。だから、俺が旦那様を主体に話そうとすると、ラフィと話が噛み合わない。
「それでも、あれはない」
「だけど、」
「「だけど」もない」
「どうせ、食事中に飛び込むのはマナーがなってないって言うんだろう」
 認識がズレている。
 どうして、あれでプロポーズが成功すると思っているのか。
 夏の間は屋敷の使用人ではないラフィが、旦那様の居る食堂へ勝手に乗り込んで来て、開口一番にプロポーズなんてどう考えてもおかしい。
 ラフィを見逃した警備兵も警備兵だが、実力的に止められるとは思えない。
「マナー以前の問題だ、常識的にない。仕事中に飛び入りをしたら、俺にも他の者にも迷惑だとは考えないのですか」
「驚かせてやりたかった」
 その目論みは見事成功はしてる。実際、パニック状態だったし。
「旦那様は高齢だ。驚かせて、何かあったらどうする」
「ジジイが死んだら、養子にはなれないな」
 そうだが、勝手に殺すな。
 そして、そこじゃない。
 そのジジイの心配をしてやれ。
「大体、ラフィはそれでいいのか? コナ家の跡取りですよ?」
「コナ家の跡取りになったら、ミラの服を好きなように好きなだけ作れる」
 フン、と鼻息を荒くして胸を張る。
 それが目的か。
 世話になった町の人の為と奇麗事を言うなんて期待していない。私利私欲しかない小さな野望は、ラフィらしくて逆に納得がいく。
 コナ家の跡取りになったら、放っておくと突っ走っていく暴走しがちなコレを俺が支えて行くのか。やり甲斐はありそうだ。
「俺の服の前に、キギ・コナ商会と、この家を守って行かなければならないのはわかっていますか」
「町が平和じゃなかったら、ミラと楽しく暮らせないし、コナ家が落ちぶれればミラの服も作れないからな。仕事はちゃんとやる」
「わかっていればよろしい」
 根は真面目だから、任された仕事はキッチリこなすだろう。コナ家の仕事九割で俺の服作りが一割でも、投げ出さずにやれるのがラフィだ。仕事をする能力もやる気も心配していない。

「それより。ミラは嫌か? 話していた通り、家を建てて二人で暮らす方がいいか?」
「家の設計や近所との関係など、手間が省けていい」
 家を建てることに拘りはない。極論を言えば、心置きなくラフィと二人で居られるのなら、何もない雪原のド真ん中でも構わない。

 上目遣いで様子を窺ってくる。
「無理矢理、俺に合わせてないか?」
「無理矢理じゃない。慣れた環境でそのまま生活していけるのは気安いし、屋敷だと家事は使用人で分担だ。一軒家を建てて自分たちで生活していかなきゃならない分、こっちの方が楽できる」
「ミラを楽にしてやれるのなら、ジジイに認めて貰わなければならないな」
 嬉しそうに言ってはいるが、ラフィのやり方では永遠に認めて貰えない気がする。
「それで。旦那様を驚かせて、何でプロポーズを認め手もらえるとお思いで?」
 問い詰めれば、唇を尖らせて俯く。
 自己中心……いや、俺中心的な考え方も、そういう仕草も含めて子供っぽい。
「早くミラと一緒になりたかったし」
 ポツリと小さく呟かれた。
 コイツは何を言っているんだろうな。
 今まで一緒に居たのはなんだと思っているのか。
「一緒でしょう。これからもずっと」
「ミラ……!」
「今、そこじゃない」
 褒められた犬みたいに目を輝かせたが、少しも褒めていない。寧ろ、先の奇行を叱っている。なのに、なんで嬉しそうなんだ。

 一緒に居ることが当たり前で、プロポーズなんて縁遠かった俺たちがいくら話し合っても堂々巡りの平行線になりそうだ。一旦切り替えて昼食を作ろう。給仕を追い出されてしまったのだから、お詫びも込めて使用人たちの分も一緒に。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

奪われし者の強き刃

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

薔薇のゆかり

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

顔の良い灰勿くんに着てほしい服があるの

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:525pt お気に入り:0

役目を終えて現代に戻ってきた聖女の同窓会

恋愛 / 完結 24h.ポイント:5,261pt お気に入り:79

秘密の男の娘〜僕らは可愛いアイドルちゃん〜 (匂わせBL)(完結)

Oj
BL / 完結 24h.ポイント:518pt お気に入り:8

居眠り令嬢。婚約破棄でも眠る。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:10

文学フリマに参加するのかしないのか。

エッセイ・ノンフィクション / 連載中 24h.ポイント:377pt お気に入り:4

処理中です...