絶対的支配者である暴虐王太子の義弟は愛玩の檻の中

椎葉たき

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1.婚約と絶望

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◇◇◇◇


「フェレル、二十歳になったのだから婚約者をプレゼントしよう」

 朝食に呼ばれた席でヴァルグードに告げられ、驚いてフォークを落としてしまう。

 控えていたヴァルグードの従者、ベラド・ザッガスが無言で拾い新しいフォークを渡してくる。

 なんの感情も見えない従者に、怯えるフェレルの金色の瞳にじわりと涙を浮かぶ。
 ベラドはフェレルの教師の一人で、少しでも失敗すると、「無能」だとか、「ゴミ」だとか、「穢らわしい」だとか、ありとあらゆる罵声を浴びせられ、鞭で背中を打たれてきた。

 ベラドだけではない。王太子宮の居間の入り口に立って警護する、平民騎士ニコラスと、フェレル専属護衛騎士のアルバート・ダルゴッドも、ヴァルグードの後ろに控えている側近のパギンス・ロズスも、壁際に控えているフェレル専属侍女のダージ・ロズスも、フェレルに教えてくれた教師たちは皆そうだ。

 王太子ヴァルグードが家庭教師を付けられないフェレルを哀れだと嘆き、教師役に付けてくれた彼らだが、王族の一滴の血も流れていないのに王族に入ったフェレルを「卑しい」と言って蔑んだ。

 貴族は人間で、平民は家畜、王族は神。家畜が神を名乗るなんて烏滸がましいと、教師たちはフェレルに、体と心に立場を刷り込ませた。

「義兄さんの話を聞いているのか」
「す、みません……」

 ヴァルグードに言われ、ピクリと震えて義兄に向き直る。
 血の気が引いて真っ青な顔をするフェレルに微笑みかけてくれ、その優しい笑みに幾分か落ち着いた。

「フェレルの婚約者なんだが。ニーウェル公爵家のエジレアだ。実は何年も前から決まっていて、王子妃教育のために王宮内に住んで貰っていた。正式な決定ではなかったから隠されていたが、フェレルももう二十歳だろう?」

 ウェンカ王国で成人年齢は十八歳。大抵、十八歳で結婚する。三十二歳のヴァルグード王太子も、婚約者であるフェレルの妹があと数ヶ月で十ハ歳となる。成人を持って結婚を控えていた。
 二十歳にもなって婚約者もいないフェレルが特殊だ。

 後宮の王子宮に閉じ込められて育ったフェレルに出会いなどない。知っているのは、ヴァルグード義兄と、ヴァルグードが寄越した配下だけ。王族がフェレルの婚約者を決めなければ一生独身のはずだった。

 ――結婚なんて、したくない。

 いつかこうなるのと思っていたフェレルだが、いざ婚約者が決まると拒否感が湧いた。
 義兄以外からはずっと罵倒され鞭を振るわれてきた。
 フェレルの味方は、ヴァルグードだけだ。
 
 鞭で叩かれ背中が痛いと泣いたとき、「可哀想に」と抱きしめて慰め、傷を治療してくれたのはヴァルグードだけだった。
 結婚したら、義兄に食事に呼んで貰えなくなるのではないか。優しく声をかけて、味方でいてくれなくなってしまうのではないか。
 義兄がいたから生きてこられた。義兄がいたから生きていてもいいんだと思えたのに、結婚したらなにを生きる糧にすればいいのか。

 どうして、義兄の婚約者が自分ではなく妹なのか。

 常識を教わっているのだから、理屈はわかっている。王族の尊い血を残すため、結婚相手は女でなくてはならない。

 なぜ、自分は男なのだろう。女に生まれたら、ずっと優しい義兄の側にいられたのに。

 ――婚約者なんていらない。ずっとこのままでいたい。

 唯一の味方が遠く離れていってしまう絶望感に、心が軋んだ。どれだけ義兄を思ったところで、それを口に出すことは許されない。

 フォークを強く握る手が震え、フェレルの大きな金色の瞳から涙が一筋溢れた。

「やっと婚約者が決まって泣くほど嬉しいのか」
「……はい」

 紛い物の王族、卑しい血のフェレルが、正当な血を引く後継者である王太子殿下の決定に逆らってはいけない。
 消え入りそうな小さな声でなんとか返事をした。
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