この空の下、君とともに光ある明日へ。

青花美来

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出会い

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街路樹が鮮やかな緑色に染まり、近くの花壇には色とりどりの花が咲き乱れる、四月の初め。

朗らかな陽気の中、そんな花たちには目もくれずに前だけを見て歩く一人の姿があった。

グレーのブレザーにチェックのスカート、胸にはスカートと同じ色のリボン。
黒髪のロングヘアを靡かせる少女、原田 優恵ハラダ ユエ

彼女はチューリップが咲き乱れる花壇を超えて国道に出る。

そして普段学校に行くための信号は渡らずに、そのまま通り過ぎてとある交差点の前で足を止めた。

そこは普通の人から見れば、近くにコンビニや不動産会社があるだけのただの交差点でしかない。

しかし、優恵にとってそこは忌々しく、いくつになっても忘れられない場所だった。


(……もう、四年にもなるのか)


それは、何年経っても脳裏にこびりついて離れない記憶だ。

決まってそれを思い出すと、胸が痛くなって動悸がする。

交差点の歩道側に佇む、一本の電柱。

優恵はその根本の部分にしゃがみ込むと、鞄の中から小さな花束とお菓子を出してそこに置く。

そしてゆっくりと両手を合わせて、目を閉じた。


(……ごめんね)


心の中で謝るのは、毎年同じ。

胸を痛めて、同じ花束を置いて手を合わせて。

そんなことしかできない自分自身に酷く絶望しながらも、他に何をどうすれば良いのかがわからない。


『優恵!』


そしてここに来ると決まってある人の声を思い出し、涙が目に滲むのだ。

すぐ横では止まることなく車が何台も通り過ぎて行き、優恵はゆっくりと目を開いてからそれを見つめる。自責の念に駆られ、胸がきゅーっと痛んだ。


(……帰ろう)


このままここにいるのがつらくて、苦しくて。

逃げるように立ち上がり、その場を離れようとする。

しかしその時、ふと視線を上げると一人の少年が優恵の目の前にいることに気が付いた。

優恵とは違う制服だが、同じ高校生なのがわかる。

しかし、その姿は男子高校生にしては余りにも線が細い。身長は百七十以上はありそうなのに、その身体は少し力を入れれば女性でも簡単に折ってしまいそうなほどに細かった。

黒い短髪とその下に見えるぱっちりとした二重の目。

マスクをしていたのに、その目が優恵をとらえるとゆっくりと静かにおろされる。

そして、目を見開いてから僅かに微笑んだ。

それは、とても綺麗なのに今にも消えてしまいそうなほどに儚かった。

優恵はその表情に目を奪われながらも、探るようにじっと見つめてみる。しかし頭の中の引き出しをいくつ開けてみても、一致する人物はいなかった。


(誰だろう……っていうか、なんでこっち見て……)


どうして目の前の彼が自分を見ているのか、優恵には見当もつかなかった。


(……あ。もしかしたら、同じようにお花を供えにきたのかもしれない。だとしたら邪魔だよね……)


そう思い。優恵は今度こそその場から逃げるように下を向いて歩き出す。


――しかし。


「──ゆえ」

「……え?」


すれ違う時に手首を掴まれ、見上げる。


「……優恵、だよな?」


優恵の手首を掴む彼は、うっすらと目に涙を溜めているようにも見えた。


(なんで……私の名前……)


彼は、明らかに他校の制服を身に纏っている。

その顔にも見覚えはない。

それなのに、どうして名前を知られているのか。

しかも呼び捨てにされるだなんて。

恐怖心が浮かび上がり、今すぐこの手を振り払って逃げたくなる。

だけど、振り解こうとしたその手は驚くほどに震えていた。

よく見るとほとんど力は入っておらず、身体の線が細いのと同じで指や手首も優恵と同じかそれ以上に細くも見える。

ただ、その震えを見たら何故かそれを無理矢理振り解いて逃げることはできなかった。


「あ、の……」

「っ……優恵」

「あの、どうして私の名前……」


優恵の声を聞いてついにその目から涙が一筋こぼれ落ちる。

同年代の男の子が手を震わせながら泣いている。

高校生にもなると、そんな場面に出くわすことなんてほぼ皆無だ。

優恵は驚いて息を呑み、彼が話すのを待った。


「……どうしてだろうな。俺は"優恵"なんて知らないはずなのに。一目見てあんたが優恵だってわかっちまうんだから……」

「なに、どういう……」

「……龍臣タツオミ。そう言えばわかるか?」


"龍臣"


その名前を聞いた瞬間、優恵の心臓がドクンと大きく鳴り響く。


「い……ま……なんて言った……?」

「龍臣。知ってるだろう?優恵」


涙を流しながらそう言う少年に、優恵は信じられないという表情を向けた。

いつのまにか少年の手の震えはおさまっていた。

しかし今度は優恵の手が、足が、全身が震え始める。


(どうしてこの人が、その名前を知ってるの?)

(どうして、私のことまで知ってるの?)


「なんで……」


どうして、なんで、そんな言葉ばかりが頭の中を巡り、目の前で起こっていることが理解できない。


「なんで、か。まぁ、そうなるよな」

「なんで……! あなたがその名前を知ってるの!? なんで私のことまで知ってるの!?」


はやる気持ちは声となって外に飛び出ていき、いつのまにか怒鳴るように叫んでいた。

少年はそんな優恵に


「落ち着けって、ちゃんと話すから。まず、自己紹介させてくれ。俺は佐倉 直哉サクラ ナオヤ


と優しく声をかけてから


「――龍臣の代わりに、君に会いにきた」


そう、切なさが溢れるような笑顔を優恵に向けた。


「オミの、代わり……?」

「あぁ。信じられないかもしれないけど……。俺の中には今、龍臣がいるんだ」

「……なに、言って……」

「今俺の身体の中には、ここで事故にあった藤原 龍臣の心臓が入ってる。それ以来、生きていた頃の龍臣の記憶が俺の中に共存しているんだ」


胸にそっと手を当てた直哉に、優恵は言葉を失う。


「優恵。あんたをずっと探してた。龍臣の記憶を頼りに今日ここに来れば絶対に会えると思ったんだ」


(……これは、夢? それとも、騙されてる?)


わけがわからなくて、そんなこと言われても"はいそうですか"と信じられるわけがない。


「あ、おい!」


優恵は、その場から一目散に逃げ出した。
とにかく直哉というあの人物から離れたかった。

頭の中を、整理したかった。


(だって、そんなわけない。そんなわけないんだ。だって龍臣は確かにあの日――)



(――私を庇って、確かに死んでしまったんだから)


後ろから響く直哉の声を背に、優恵は一度も振り返ることなく走り去っていった。

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