この空の下、君とともに光ある明日へ。

青花美来

文字の大きさ
3 / 23

四年前

しおりを挟む



――あれは、四年前の四月のことだった。
当時中学生になったばかり、入学式を終えてから数日。

本格的な授業が始まってすぐのある日のことだ。


「優恵!」

「オミ、おはよう。ごめん待った?」

「いや? 俺も今外出たところ。早くいこーぜ」

「うん」


優恵と同じマンションの隣の部屋に住んでいる藤原 龍臣は、幼稚園の頃からずっと一緒に育ってきた幼なじみだった。

家が隣同士だからか、親同士も仲が良く何をするにも一緒。

幼稚園も小学校も毎日一緒に通っていて、それは中学生になってからも変わらなかった。


「まだ制服って着慣れなくて。男子はいいよね、学ランって羽織ればいいだけでしょ? ラクそう」

「んなことねーよ。まぁ女子より面倒臭くはないだろうけど。俺もまだ着慣れてない」

「ふふっ、オミの制服、大きすぎてぶかぶかだもんね」

「俺も嫌だけど、男子はみんなこんなもんだって母さんが言ってたし仕方ねーだろ。成長期が来たらあっという間にぴったりになるから見てろよ?」

「うん、楽しみにしてる」


新入学でぶかぶかの制服を着ていた龍臣は、優恵と同じくらいの背丈で男の子にしては小柄だった。

優恵はそんな龍臣と一緒に歩く時間がすごく楽しくて大好きだった。


「そういえば明日から部活見学始まるね。オミはやっぱりサッカー部?」

「あぁ。もう入部決めてるって顧問の先生に言ったら、明日から練習参加させてくれるって言ってた」

「え! すごいじゃん! 良かったね!」


龍臣は、小学生の頃から地元のクラブチームに所属してサッカーをしていた。

中学に入ったらサッカー部に入部するんだと張り切っていたのを優恵ももちろん知っていた。


「だから明日からは一緒に帰れねーけど。朝も練習あるらしいから一緒に登下校できるのは今日が最後かもな」

「そっかー。なんかちょっと寂しくなるけど、仕方ないよね。頑張ってね。応援してる」

「さんきゅ。そういう優恵は? 部活入んねーの?」

「私はまだ迷ってる。吹奏楽も気になるしー、ソフトテニスも気になるし。料理部とか写真部もあるんだって」

「うちの学校中学にしては部活に力入れてるって聞くからな」

「うん。だから明日からの見学で色々回って考えるつもり」

「そうか。いいところ見つかるといいな」

「うん。ありがと」


そんな会話をしながら歩いていると、あっと言う間に学校に着いていた。

龍臣とは違うクラスだったけれど、今まで一緒に登下校するのが当たり前だったからそこに違和感はない。

だけど周りは違うようで、入学して数日だというのに


"付き合ってるの?"


と散々聞かれていた。

それに否定しながらも、中学生にもなるとそんな話題が出てくるのかと驚いていた。
優恵はただ龍臣と一緒にいるのが当たり前だっただけで、そこに深い意味はなかった。

それは龍臣も同じだろう。

しかし、周りはそれをよしとはしてくれないのだ。

龍臣は中学に入ってからやけに女子生徒からの人気が出始めていた。

かっこ可愛いなんて言われて、優恵のクラスでもかっこいい男子と言えば?でまず名前があがる。

その時に、もしかしたら近いうちに龍臣に可愛い彼女ができたりするのかなと初めて考えた。

そしてそれを嫌だと思ってしまう自分がいることに気が付いたのだった。

だからと言ってその気持ちの名前なんてわからなくて、優恵はもやもやしながらもしばらく一緒に登下校できなくなることが寂しいんだと結論づけていた。






迎えた放課後。

優恵は、玄関で龍臣と待ち合わせをして並んで帰る。


「そっちのクラス、今日小テストやった?」

「英語でしょ? やったよー。結構簡単だったよね」

「え、俺半分しか解けなかったんだけど」

「うっそ、だって単語の書取りだよ? 暗記してればすぐじゃん」

「俺最近気付いたんだけど、暗記系ダメっぽい」

「そうなの? じゃあ後で私の部屋おいでよ、教えてあげる」

「いいのか?」

「もちろん。幼なじみが頭悪いとか私も恥ずかしいし?」

「言ったな? じゃあ次の中間テストで勝負しよーぜ」


そのまま家に帰り、少しすると龍臣が勉強道具を抱えて優恵の部屋にやってくる。
二人で小さな机を囲みながら勉強すること一時間。


「なぁ、アイス食いたくねぇ?」

「食べたい! けど今うちの冷凍庫空っぽだよ」

「うちも。単語もなんとなく覚えてきたし、向こうのコンビニに買いに行こう」

「わかった。じゃあ準備する」

「俺もこれ一回置いてくるから」

「わかった。じゃあ十分後にエレベーター前ね!」

「ん」



お出かけ用のカバンの中から財布を出し、中身を確認してちょっと多めに三百円だけを小さな小銭入れに入れた。

それを持って、鏡で少しだけ前髪を直してから部屋を出る。


「おかーさん! オミと一緒に向こうのコンビニまで行ってくるからー!」

「わかった、気を付けてねー」

「うん! 行ってきまーす!」


リビングで夕食を作っている母親に伝えて、最近買ってもらったお気に入りのサンダルを履いて外に出る。

エレベーター前に行くと、すでに龍臣が待っていた。


「お待たせ」

「ん。行こ」


エレベーターに乗り込むと、龍臣は優恵の履くサンダルに視線を落とす。


「それ、新しいやつ?」

「そう、先週買ってもらったの。見て! ヒールがあるんだよ! 大人っぽくて可愛いでしょ!」

「可愛さは俺にはよくわかんないけど……なんか走りにくそうだな」

「もう! サンダルの時は走ることないから別にいーの!」

「……そんなもんか?」

「そんなもん!」


僅かながらについているヒールが、中学生になり少し大人に近づいたような気がして嬉しかった。

歩くたびにカツカツと小さく音を鳴らすサンダル。

まだ歩き方に慣れていなくて、少しよろけそうになりなからも優恵は笑っている。

龍臣はそんな優恵を呆れたように見つめていたけれど、優恵は全く気にしていない。

そのうち龍臣の方が優恵の歩くスピードに合わせ、よろける度に腕を支えるようになっていた。


「優恵、そのサンダル慣れるまでやめた方がいいんじゃねーの? 走りづらそうって言うか歩きづらそう」

「そのうち慣れるから大丈夫だって! ほら、コンビニもうすぐだよ!」


心配してくれる龍臣を笑い飛ばして、国道沿いにあるコンビニに向かう。

近所ではそこが一番アイスの種類が豊富で、二人で買いに行く時はいつもここだった。

すぐに食べられるアイスを買い、外に出るとすぐに袋を開ける。


「まだ四月なのに外でアイス食べてるの私たちくらいじゃない?」

「いいじゃん。うまいんだし」

「うん、食べながら帰ろ」


食べながらどのアイスが一番だ、なんてくだらない話をしながら歩いていると、すぐ目の前の信号が青になっているのが見えた。


「あ、おい。もうすぐ信号変わるぞ。その靴じゃ走れないんだからやめとけって」

「いーの。ここ一回見逃しちゃうと長いんだもん」

「そうだけど……」


案の定、渡り始めて少しすると信号は点滅する。


「ほら急げー」

「先行ってて!」


龍臣にそう言って、早歩きで横断歩道を渡っていると、あともう少しのところで信号が赤に変わる。


「やばっ」

「ほら早く!」


急かされて、走り出した時に運悪くバランスを崩してしまってそこに倒れ込む。


「あ、おい!」


アイスは無惨にも落ちてしまい、食べられそうにない。

それよりも、早く歩道に行かないと。

そう思って立ち上がった瞬間、脇道から猛スピードで左折してきた車がやってくる。

その車は明らかに法定速度を超えており、ブレーキを踏んでいる気配も無い。

そのまま交差点に入ってきてもスピードを緩めることなく、その車は優恵のいる横断歩道に突っ込んでくる。

優恵は避けないとと頭ではわかっているのに、突然の出来事に身体が固まってしまってうまく動かなかった。


「危ない!!」


龍臣の声に我に帰った優恵。しかしもう車はすぐそこまで来ており、急ブレーキの音とクラクションが鳴り響く。

間に合わない。そう思って目をギュッとつぶった。


――次の瞬間。

ドン、という大きな音と共に、優恵の身体は弾き飛ばされた。
しかし、思いの外痛みは少ない。


「あ、れ……」


どうしてだろう。そう思って身体を起こした瞬間、龍臣の姿が見えないことに気がついた。


「オミ……? どこ?」


辺りを見回しているうちに、通行人が集まり「救急車!」と叫んでいる場所があった。

そこには電柱があり、先ほどの車がぶつかり前の部分は大破していた。

そのすぐ近くに、見覚えのある服と身体が見える。


「お、み……?」


恐る恐る駆け寄ると、そこには頭から血を流してぐったりしている龍臣の姿があった。


「オミ……? なんで……オミ? ねぇオミ!? 返事してよ!?」


何度優恵が呼びかけても、龍臣は返事をしなかった。

救急車がやってきて、龍臣も優恵もそのまま病院に搬送された。


「私は大丈夫だから! オミ! オミのところに行かせて!」


龍臣と同じ救急車に乗ろうとして無理矢理引き剥がされてしまい、事故のショックと精神的なもので気を失ってしまった。

そして目が覚めた時、病室で龍臣の死を知らされた。

車に轢かれそうになった優恵を助けようとありったけの力で優恵を押した龍臣だったけれど、車もまた優恵を避けようとした。

結果撥ねられてしまったのは龍臣の方で、頭を強く打ってしまったことが原因での死だったと聞いた。

優恵は病室でそれを知り、優恵の目が覚めたことで安堵して"無事で良かった"と泣く両親に何も言えず。


(私の、せいで。私のせいで……オミが、死んだ……?)


その事実だけが、ずっと頭の中をぐるぐると回っていたのだった。




優恵は軽傷だったため、その後すぐに退院できた。

しかしその時にはすでに龍臣の葬儀は終わっており、龍臣の両親も引っ越してしまっていた。

会ったところで何を言えばいいのかはわからなかったけれど、とにかく謝りたかった。

それが龍臣の両親を苦しめるだけだということもわかっていた。

二人が優恵の顔など見たくもないだろうということもわかっていた。

ただの自己満足だとわかっていながらも、謝りたかった。

もしかしたら、謝ることで少しでも自分が楽になりたかったのかもしれない。

しかし、結局謝ることもできなかった。
小さなニュースにもなった。新聞にも載った。

"中学生男児が暴走車に撥ねられ死亡"

どうやらあの車は元々スピード違反をしていてパトカーから追跡されていたようだ。それを振り切って逃走後に事故を起こしたらしい。

しかし、だからといって龍臣が死んだ事実は変わらないし、そのきっかけに少なからず優恵が関係している事実も変わらない。
龍臣はもちろん優恵以外にも友達がたくさんいた。

周りから愛される人だった。

そのため、学校では"あいつのせいで龍臣が死んだ"と後ろ指を刺されるようになってしまった。

次第に引きこもるようになり、不登校に。

一年ほど経過するとどうにか定期テストの時だけ保健室登校をするようになったけれど、保健室には優恵以外誰もいないはずなのに"お前のせいで"という声が聞こえるような気がして、怖くてたまらなかったこともあった。


なんとか中学を卒業して少し遠くの高校に進学したものの、四年たった今でも全く気持ちは晴れていない。

それどころか、龍臣を死なせておきながら自分だけ健康にのうのうと生きていることが許せなくて、毎日どう死のうかなんてことばかり考えていた。

この四年の間に自ら命を断とうとマンションの屋上から飛び降りようとしたことも一度や二度ではない。

しかし、その度に怖くなってしまい足がすくんで踏みとどまってしまうのだ。


「ごめん、ごめんねオミっ……!」


生きている自分が許せない。なのに、死ぬ勇気なんて無い。

死んでしまいたい。逃げ出してしまいたい。なのに、怖くてそんなのできない。

どこまでも矛盾した自分に反吐が出そうで、ただ毎日を無意味に過ごすだけの日々。

龍臣の命日にだけは必ず事故現場に行き、花を手向ける。

ごめんねとしか言うことができない。他に言葉が見つからない。

そんな自分が大嫌いだった。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

神様がくれた時間―余命半年のボクと記憶喪失のキミの話―

コハラ
ライト文芸
余命半年の夫と記憶喪失の妻のラブストーリー! 愛妻の推しと同じ病にかかった夫は余命半年を告げられる。妻を悲しませたくなく病気を打ち明けられなかったが、病気のことが妻にバレ、妻は家を飛び出す。そして妻は駅の階段から転落し、病院で目覚めると、夫のことを全て忘れていた。妻に悲しい思いをさせたくない夫は妻との離婚を決意し、妻が入院している間に、自分の痕跡を消し出て行くのだった。一ヶ月後、千葉県の海辺の町で生活を始めた夫は妻と遭遇する。なぜか妻はカフェ店員になっていた。はたして二人の運命は? ―――――――― ※第8回ほっこりじんわり大賞奨励賞ありがとうございました!

イケメン警視、アルバイトで雇った恋人役を溺愛する。

楠ノ木雫
恋愛
 蒸発した母の借金を擦り付けられた主人公瑠奈は、お見合い代行のアルバイトを受けた。だが、そのお見合い相手、矢野湊に借金の事を見破られ3ヶ月間恋人役を務めるアルバイトを提案された。瑠奈はその報酬に飛びついたが……

12年目の恋物語

真矢すみれ
恋愛
生まれつき心臓の悪い少女陽菜(はるな)と、12年間同じクラス、隣の家に住む幼なじみの男の子叶太(かなた)は学校公認カップルと呼ばれるほどに仲が良く、同じ時間を過ごしていた。 だけど、陽菜はある日、叶太が自分の身体に責任を感じて、ずっと一緒にいてくれるのだと知り、叶太から離れることを決意をする。 すれ違う想い。陽菜を好きな先輩の出現。二人を見守り、何とか想いが通じるようにと奔走する友人たち。 2人が結ばれるまでの物語。 第一部「12年目の恋物語」完結 第二部「13年目のやさしい願い」完結 第三部「14年目の永遠の誓い」←順次公開中 ※ベリーズカフェと小説家になろうにも公開しています。

後宮の下賜姫様

四宮 あか
ライト文芸
薬屋では、国試という国を挙げての祭りにちっともうまみがない。 商魂たくましい母方の血を強く譲り受けたリンメイは、得意の饅頭を使い金を稼ぐことを思いついた。 試験に悩み胃が痛む若者には胃腸にいい薬を練りこんだものを。 クマがひどい若者には、よく眠れる薬草を練りこんだものを。 饅頭を売るだけではなく、薬屋としてもちゃんとやれることはやったから、流石に文句のつけようもないでしょう。 これで、薬屋の跡取りは私で決まったな!と思ったときに。 リンメイのもとに、後宮に上がるようにお達しがきたからさぁ大変。好きな男を市井において、一年どうか待っていてとリンメイは後宮に入った。 今日から毎日20時更新します。 予約ミスで29話とんでおりましたすみません。

王女と2人の誘拐犯~囚われのセリーナ~

Masa&G
ファンタジー
王女セリーナが連れ去られた。犯人は、貧しい村出身の二人の男。だが、彼らの瞳にあったのは憎しみではなく――痛みだった。 閉ざされた小屋で、セリーナは知る。彼らが抱える“事情”と、王国が見落としてきた現実に。 恐怖、怒り、そして理解。交わるはずのなかった三人の心が、やがて静かに溶け合っていく。 「助けてあげて」。母の残した言葉を胸に、セリーナは自らの“選択”を迫られる。 ――これは、王女として生きる前に、人としての答えを、彼女は見つけにいく。

青春リフレクション

羽月咲羅
青春
16歳までしか生きられない――。 命の期限がある一条蒼月は未来も希望もなく、生きることを諦め、死ぬことを受け入れるしかできずにいた。 そんなある日、一人の少女に出会う。 彼女はいつも当たり前のように側にいて、次第に蒼月の心にも変化が現れる。 でも、その出会いは偶然じゃなく、必然だった…!? 胸きゅんありの切ない恋愛作品、の予定です!

嘘をつく唇に優しいキスを

松本ユミ
恋愛
いつだって私は本音を隠して嘘をつくーーー。 桜井麻里奈は優しい同期の新庄湊に恋をした。 だけど、湊には学生時代から付き合っている彼女がいることを知りショックを受ける。 麻里奈はこの恋心が叶わないなら自分の気持ちに嘘をつくからせめて同期として隣で笑い合うことだけは許してほしいと密かに思っていた。 そんなある日、湊が『結婚する』という話を聞いてしまい……。

女神の白刃

玉椿 沢
ファンタジー
 どこかの世界の、いつかの時代。  その世界の戦争は、ある遺跡群から出現した剣により、大きく姿を変えた。  女の身体を鞘とする剣は、魔力を収束、発振する兵器。  剣は瞬く間に戦を大戦へ進歩させた。数々の大戦を経た世界は、権威を西の皇帝が、権力を東の大帝が握る世になり、終息した。  大戦より数年後、まだ治まったとはいえない世界で、未だ剣士は剣を求め、奪い合っていた。  魔物が出ようと、町も村も知った事かと剣を求める愚かな世界で、赤茶けた大地を畑や町に、煤けた顔を笑顔に変えたいという脳天気な一団が現れる。  *表紙絵は五月七日ヤマネコさん(@yamanekolynx_2)の作品です*

処理中です...