この空の下、君とともに光ある明日へ。

青花美来

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直哉と龍臣

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そんなタイミングで現れた、龍臣の心臓が身体にあると言い張る直哉。

龍臣は四年も前に死んだんだ。自分が殺したも同然なんだ。


(そのオミの心臓が? あの直哉という男の子の身体の中に? どうして? だってあの時、オミは死んでしまったのに)

(心臓を移植したということ? そんなこと、お父さんもお母さんも何も言っていなかった。オミは死んだ。それしか聞いてない。そんなわけない)


龍臣の最期を見た優恵にとって、それは到底信じがたいものだった。

直哉の声が聞こえなくなったのを確認して、優恵はようやく足を止めた。

久しぶりに走ったら、息が上がってしまい苦しい。

呼吸を整えながら路地裏に入り、背中を預けてずるずるとしゃがみ込む。


「なんで……オミ……」


久しぶりに聞いて、久しぶりに口にした名前。

そんなわけないのに、じゃあどうして直哉という男は龍臣のことや優恵のことを知っているのか。

もし彼の話が本当なのであれば、どうしてそんなことに?

逆に彼の話が嘘なのであれば、どうしてそんな嘘を?

疑問は絶えず増えていき、頭がついていかない。

よろよろと立ち上がり、どうにか歩き出して家に舞い戻る。


「優恵? どうしたの?」

「……ごめん、学校休む……」


母親の返事を聞く前に自室に戻り、ベッドに潜り込んだ。




そのまま眠ってしまい、次に目が覚めた時は夕方になっていた。


「嘘でしょ……」


いくらなんでも寝すぎだ。

頭がガンガンと痛み、起き上がるのもつらい。

優恵はどうにか身体を起こして、ふらふらとリビングに向かう。


「優恵、大丈夫?」


心配そうに熱が無いかと額に手を当てる母親に、優恵はぼけっとしながら呟いた。


「……ねぇ、お母さん」

「ん?」

「……ううん。なんでもない……」


オミって、誰かに臓器提供したの……?

だなんて。

もし本当だったら?

そう思ったら、そんなこと口に出すことなんてできなかった。




翌朝。


優恵は周りを警戒しつつ、学校に向かう。
もしかしたらあの直哉という男が待ち伏せしているかもしれない。

一晩よく考えて、優恵はやっぱりあれはきっと何かの嫌がらせかイタズラの類いだったのだろうと自分の中で結論づけていた。


思い返してみれば、中学の頃も散々そんなことがあったからだった。


"俺、龍臣の気持ちがわかるんだ"

"俺は龍臣の幽霊が見える。お前のこと、恨んでるってさ"

"龍臣が泣いてるよ。お前のために死んだのは間違いだったって"

"お前のことなんて助けなきゃ良かったって"


にやけた視線で龍臣と仲が良かった男子達にそう言われるのはいつものことだった。

だからきっと、今回だって演技がとても上手なだけ。

ニヤけていたらあからさまですぐに優恵にバレてしまうから、涙を見せるという高騰手段を使って優恵に嫌がらせをしているのだろう。

そう思ってしまえば、逆にイライラとしてきて朝ごはんもしっかり食べることができた。

四月の空気はどこか爽やかで温かみを感じる。

そんな空気は自分には似合わない。そう思いながら、優恵は歩みを進めた。

高校は少し遠くにある進学校を選んだ。
特に理由は無い。無意味に生きている中で、勉強している時間だけが唯一何も考えなくて済んだからかもしれない。

自分が合格圏内の高校の中で一番上のランクの学校を選んだ。

少し遠くにあるからか、進学校だからか。

どうやら同じ中学から進学した生徒は一人もいないようだった。

それが優恵にとって良かったことなのかは本人もわかっていない。

だけど、"龍臣を死なせた"という噂が流れていない学校生活が久しぶりすぎて、逆に慣れることができずに困っていた。


今日は無事に直哉という男子に会わないまま学校にたどり着くことができて、優恵はいつも通り教室に入る。

自分の席に座ると、ようやく息ができたような気がした。

高校に入学してまだ日は浅い。

友達なんて呼べる存在はもちろんいないし、クラスの中で仲良く会話をするような人もいない。


「原田さん、おはよう」


そう挨拶してくれるクラスメイトの女の子に


「あ……おはよう」


とぎこちない笑みを向けるのが唯一のまともな会話かもしれない。

高校は進学校だからか、優恵はもっとカリカリしている学校なのだろうと思っていた。

ガチガチの校則があってガリ勉タイプばかりで、教室の中はペンを走らせる音が響くくらい静かなのだろうと勝手に想像していた。

しかし、通い始めてみるとそれはただの偏見だったようだ。

校則はそこまでガチガチではなくてむしろ緩い方で、みんな適度に制服を着崩したりアレンジしたりと自由だ。

髪の毛を染めている人までいて驚いた。

生徒の性格も様々な人がいて、メガネをかけたいかにも頭が良さそうな人もいれば、派手で明るくいわゆるギャルに近いような人も。

とても進学校にいるようには見えない人も多い。

授業中はみんな一気に集中するためか静かだけれど、それ以外はむしろ賑やかで常に明るい学校だった。

そんな場所で一人でいれば悪目立ちするかと思ったけれど、同じように一人を好む生徒もそれなりにいるようで優恵が浮くことはなかった。

用があれば話しかけるし、用がなければ何も言わない。

挨拶は交わし、お互いの存在も名前も知っている。だけど必要以上に関わろうとはしない。

優恵にとって、そんな距離感はすごく居心地が良かった。



授業を終えて帰ろうと玄関で靴を履き替えていると、何やら騒がしい。


「聞いた!? めちゃくちゃイケメンがいるって!」

「聞いた聞いた! 他校の男子だって? 誰か待ってるんでしょ!?」

「マスクで顔隠れててもわかるほどのイケメンって、やばくない!?」

「彼女かなー。いいなぁ、憧れるよねー」

「ちょっと見に行こう!」


優恵を追い越して走り去っていく女子生徒を見送り、他校の男子というワードに一抹の不安を覚える。


(……まさか、ね)


違う違う。そう自分に言い聞かせながら彼女達に続くように歩き始める。

そして門の前に着いた時、


「……え」


噂の"誰かを待っている他校の男子"の姿を見た瞬間に、優恵は動きを止めた。


「……あ、いた」

「なんっ……」


それは、昨日の直哉という人物だった。

今にも消えてしまいそうなほどの儚い雰囲気も、マスクで顔の半分を隠しているように見えるのも、折れてしまいそうな線の細さも昨日と同じ。

他校の制服を身に纏った彼は、優恵を見つけると安心したようにマスクをおろし、笑って近付いてきた。


「優恵」

「な、んで」

「その制服、この辺りじゃ有名だからな」


言われて、確かにこの地域で一番制服が可愛いと言われていたことを思い出した。

彼が待っていた人物が現れたことで、好奇心からくる視線をひしひしと肌で感じる。


「あの子、誰?」

「可愛いー」

「一年生じゃない?」


そんな声を聞いて、優恵は慌てて直哉の手を掴んでその場から歩き出した。


「お、今日は俺を置いて逃げないんだ?」

「……あの状況で私だけ逃げられるわけないでしょ」

「ははっ、そりゃそうだな」


少し歩いたところに公園があり、そこに並んで入る。

ベンチに腰掛けて、


「それで、昨日から一体なんなのよ……」


そう聞くと、直哉は


「まぁ、いきなりあんなこと言われて信じられるわけないよな」


と言いながら同じように優恵の隣に腰掛けた。


「俺、佐倉 直哉」

「昨日聞いた」

「あ、そっか。じゃあ次は……歳は十五。高校一年。向こうにある南高に通ってる。地元は南高の近くで家は──」

「ちょ、ちょっとストップ。急に何?」

「何って……自己紹介?」

「なんで? 私そんなことが知りたいんじゃない」


唐突に始まった直哉の自己紹介に困惑していると、直哉は不思議そうに首を傾げる。


「いやぁ、信じてもらうには俺のことを知ってもらうのが手っ取り早いかと」

「……そう、ですか」


(意味わかんないし、からかってるだけなら早く帰りたい……)


イライラを抑えられないままでいると、直哉はそのまま続きを話し始める。


「誕生日は三月一日。身長は百七十三センチ。血液型はA型。特技はゲーム、趣味は寝ることかな」

「……」

「あとはー……」


兄弟はいなくて一人っ子だとか、親は共働きだとか。

そんな優恵にとってはどうでもいい情報ばかりが並び、次第に頭が痛くなってきた頃。


「それで、俺は小さい頃から心臓が悪くて。中一の終わりくらいまでずっと入院してたんだ」


そんな、普通に生きていれば聞くことがなさそうな言葉を聞いて、思わず顔を上げた。


「……え?」

「いわゆる心臓病ってやつ? 詳しいことは親が教えてくれなかったし知りたくもなかったから俺もよくわかんない。ただ子どもの頃から色々と手術したけどどうやらダメで。あとは移植しか道は残されてないって言われてた。俺と同年代のドナーなんて日本じゃ滅多にいないから、親は海外での手術も視野に入れてたっぽい。正直俺は諦めてたよ。何年もドナーを待って、その間に何回も発作起こして死にかけて。早く死んで楽になりたいって思ったこともたくさんあった。だけどそんな時に……」

「……」

「……中一の春に、日本でドナーが見つかった」


中一の春。

その言葉に優恵の肩が跳ねる。


「個人の特定がされないようになってるから、告知なんてされないよ。ドナーが見つかったってだけ知らされた。ほとんど諦めてたから断ろうかとも思ったけど、泣いて喜んでる親の顔見たら嫌なんて言えなくてさ。それで、移植したんだ」


優恵が向ける揺れる瞳に、直哉は困ったように笑いながらも話を続ける。


「手術が終わって、目が覚めて。変な感覚がした。身体も心も俺なんだけど、何かが違ったんだ。しばらくよくわかんなくてキツかった。だけど、徐々に気付いた」

「なにを……」

「心臓がドクンドクンって動くたびに、何か訴えかけてるような気がしてさ。それで、少しずつ頭に龍臣の記憶が浮かんでくるんだ」

「記憶……」

「そう。事故で脳死になる直前までの記憶。それが、俺の頭の中に浮かんできたり聞こえてきたりする」

「のう、し……?」

「あぁ。事故のこと調べたけど、結構ニュースにもなってたんだな。その時、龍臣は頭を電柱に打ちつけたことで亡くなったらしい。骨折とかの怪我はあったけど、奇跡的に内臓には損傷が無かった。だから脳死判定になって、臓器移植の話がいったんだ」

「そんな……」

「どんな経緯でドナーになったのかはわからない。龍臣が元々その登録をしていたのか、龍臣の両親がその場で決めたのか。それは知らないけど、その心臓が今俺の身体の中にある。全部、この心臓が教えてくれたんだ」


確かに直哉の言うことは、他人には知り得ないことだった。

しかし、優恵もまた知らないことばかり。

脳死判定?ドナー?臓器移植?

優恵の両親はそんなこと一言も言っていなかった。

それなのに、急にそんな話をされてどうやって信じろと言うのだろうか。

しかし、隣に住んでいて仲が良かっただけで、普通に考えれば家族でもないあくまでも他人の間柄。

しかも娘は事故の原因となっている。

そんな優恵の両親が、龍臣の死に関して詳しいことまで知っているわけがないのもまた事実。

優恵が無事だったことを一番に喜んでいて、優恵の心の回復に努めようとしていた両親。

もしその事実を知っていようとも、それを受け止められるかもわからない優恵に伝えるはずがないのだ。


「でも、仮に移植した話が本当だとしても……心臓に記憶なんて……バカじゃないの? そんなの、ありえないって誰でも知ってるよ。記憶を司ってるのは心臓じゃなくて、脳でしょ……?」

「俺もそう思ってた。だけど、実際に心臓移植で記憶が転移したっていう事例もあるらしいんだ。まぁ、医者には都市伝説レベルって言われたしそれが本当かどうかはわからないけど。でも、あり得ない話じゃない」

「そんな……」


聞いたこともない話に、優恵は言葉を失う。

まさか、そんなことがあり得るだなんて。


「龍臣の記憶は目に見えるわけじゃない。ただ、龍臣の声が聞こえたり会話が聞こえたり。ぶわっと記憶が浮かんできたりするだけ。だから、俺は龍臣の顔も知らないし正直どんな奴かも知らない。だけど、龍臣には大切な幼なじみがいたってことだけは知ってる」

「それって……」

「そう。優恵のこと。龍臣の記憶には、必ず優恵がいた。もちろん優恵の顔も俺は知らなかったよ。だけど、昔からずっと優恵と一緒にいたっていうのはわかった。それで昨日が龍臣の命日だったから、事故現場に行けばその優恵に会えるんじゃないかと思った。それで、昨日あの交差点に行ったんだ」


直哉は優恵の手を取り、そっと自分の胸に当てる。

優恵は、硬直しつつもその心臓の鼓動に少しずつ意識を深めていった。


(……これが、オミの心臓の音だって言うの?)


にわかには信じ難い話だ。

しかし、聞けば聞くほど本当のことなんじゃないかと思えてくる自分もいた。

だけど、確信が持てなくて。


「……やっぱり信じられない」

「……うん。俺が優恵の立場でもそう言うと思う」

「じゃあなんで……」


信じてもらえないとわかっていて、どうしてそんな話をしたのか。

手を離した直哉は、真っ直ぐに優恵を見つめた。


「他の誰に笑われたっていい。馬鹿にされてもいい。だけど、優恵にだけはどうしても信じてもらいたいから」

「え?」

「龍臣が最期に伝えたかったこと、龍臣の想い。どれだけ優恵のことを想っていたのかを、伝えたかったから」

「なに、それ」

「龍臣が、俺に訴えかけてくるんだ。優恵を探せって。優恵に会いたいって。優恵に伝えなきゃいけないことがあるって。龍臣が、心臓が、そう言ってる気がするんだ」

「っ……」


思わず縋るように直哉のブレザーの袖を掴んだ優恵に、直哉は笑う。


「……何言ってんだって思うだろう。でも嘘じゃない。それだけは言える。今はまだ信じられなくてもいいよ。だけど、これだけは覚えておいて。龍臣は、優恵のことを一ミリも恨んだりしてない」


その笑顔にどんな意味が込められているのか、昨日出会ったばかりの優恵にはわかるはずもないのに。


「恨んでない。嫌ってもいない。ただ、今でも優恵のことを大切に想ってる」


──どうしてだろう。


その言葉が、すっと胸に入り込んできて。

久しく渇ききっていた優恵の瞳から、一粒の雫がこぼれ落ちていった。

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