10 / 23
**
やまない雨はない
しおりを挟む「優恵? 具合悪い?」
「……え?」
「手、止まってるわよ?」
「あ……ごめん。ちょっと考え事してた」
優恵は目の前に並ぶ夕食を見ながら、食べることもせずに物思いに耽っていた。
「大丈夫? 最近ぼーっとしてること多いけど。学校で嫌なことあった?」
「……ううん。そうじゃないの。ただ、最近いろんなことがあって頭が追いつかなくて」
「……そう。もし何かあったらすぐ言ってね。お父さんもお母さんも、何があっても優恵の味方だからね」
「いつでも話聞くからな」
「うん。二人ともありがとう」
優恵の両親は、優恵の心の変化に敏感だ。
それもそのはず。幼馴染を目の前で亡くし、その後塞ぎ込み学校に通えなくなってしまった優恵をずっと見てきたのだ。
高校に入学してようやく毎日通えるようになった学校。
優恵の両親はそれに安堵しながらも、まだ優恵の心が何も癒えていないことは知っている。
地元の知り合いがいない学校とは言え、噂はいつどこで誰から広まるかはわからない。
それが原因でまた傷つくようなことが起きないかどうか心配で心配で仕方ないのだ。
何事もなかったかのように手を動かし始める優恵を見て、ようやく顔を見合わせてから二人も食事を再開する。
『これは俺の推測だけど。きっと、龍臣は優恵のことが好きだった』
直哉の言葉が、頭の中をぐるぐると回る。
龍臣が、優恵のことを好きだった。
直哉の想像でしかないものの、その言葉は優恵にとっては何よりも嬉しいものだった。
直哉から話を聞いて、家に帰ってきてから泣いてしまったほどだ。
あれから一週間ほどが経ち、もうすぐ五月が終わる。
あれ以来、直哉からの連絡はない。
優恵からも連絡することは特に無く、このまま自然と元々の他人に戻るのかもしれない、と漠然と考えてしまう。
そう思うと、少し胸がちくりと痛んで、優恵は手を止める。
(なんで……痛むの?)
そんな優恵を、両親はずっと心配そうに見つめていた。
*****
六月に入ると、一気に梅雨入りして外は蒸し暑くなる。
ジメジメとした空気は、優恵の心までをも暗くさせていく。
こんな時はお気に入りの傘を持って歩くといいのだろうけれど、生憎優恵はそんなものは持ち合わせていない。
もう二年ほどお世話になっているシンプルなビニール傘を差して、学校に向かう。
その道中で横を通った車が水たまりを跳ね、優恵のローファーとハイソックスが濡れてしまった。
「うわ……最悪」
一気にびしょ濡れになってしまった足を見て、みるみるうちにやる気を失って立ち止まった。
(このハイソックス、おろしたてだったのに……)
新品を雨の日に履く方が悪いと言われそうだが、天気が悪いからこそ些細なところで気持ちを上げていきたい優恵にとっては一大事。
(もういいや、今日は休もう……)
とは言え、今すぐに帰るとまだ出勤前の母親がいるだろう。
ただでさえ優恵のことをひどく心配している。
今帰ったら仕事を休むなんて言いかねない。
母親が仕事に行くまではどこかで時間を潰そう。
そう思って近くの公園に入った。
東屋がある公園は、雨が降り続いているため当たり前だが誰もいない。
優恵は東屋の中に入り、なんとか濡れていないベンチを探してそこに座った。
テーブルに荷物を置いて、雨を見つめながらため息をつく。
(そうだ、学校に連絡……は別にいいか。それより愛子ちゃんと栞ちゃんに連絡しないと)
あれから毎日のように一緒にお昼を食べてくれる二人に、
"今日は具合が悪いから休みます"
と適当な理由を作って送る。
するとすぐに二人から
"わかったよ~お大事にね!"
"ゆえち大丈夫? 無理しないでね! 今日の分のノートは愛子と一緒にゆえちの分も書いておくね!"
と返事がくる。
……なぜだろう。
今までなら何も感じなかったのに、二人にこんな小さな嘘をつくことがものすごく悪いことに思えた。
(……現に、悪いことではあるけど)
"ありがとう"
とだけ返事をして、優恵はスマホを制服のポケットの中に戻す。
鉛色の空を見つめていると、そういえば小学生の時もこんなことがあったなと思い出した。
(小学校からの帰りに鍵を忘れてこの東屋で時間潰してたんだっけ。確かあの時は……)
(そうだ、途中でオミが偶然通りかかって……)
そう思い出してほんの少し口角を上げる。
──すると。
「……あれ? 優恵?」
「……え?」
雨の中、聞き覚えのある声に顔を上げた。
「……どうして、ここに」
「それはこっちのセリフ。どうした?」
ドクンと、胸が高鳴る。
"それはこっちのセリフだ。どうしたんだよこんなところで"
あの時のオミと全く同じ言葉に、優恵は一瞬で顔を歪めた。
「ちょっと、ね」
「……そっか」
優恵の含みのある言い方に頷くしかなかったのは、
「直哉くんは?」
平日の朝にも関わらず、私服で傘をさす直哉の姿だった。
「俺はこれから定期検診だから病院に行くところ。向こうにある大学病院なんだ」
「そうなんだ」
頷いた優恵を見て、直哉は徐にその隣に座る。
「……? 病院行くんじゃないの?」
「うん。でもまだ時間あるから。ちょっと疲れたし休憩しようかなって」
実際は結構ギリギリの時間だったものの、こんなところで一人でいる優恵を放っておくことなどできない。
「……そっか」
今度は優恵がそう返事をして、一緒に正面の鉛色の空を見上げた。
「……雨ってさ、空が泣いてるみたいに見えない?」
しとしとと降り続く雨を見ながら、直哉がぽつりと呟く。
それにちらりと視線をやってから、優恵はもう一度正面に戻して雨粒を見つめてみた。
「……そうかな。私、雨はあんまり好きじゃないから考えたこともない」
「そっかー。俺はマスクが蒸れるのは嫌だけど、雨自体は結構好き」
「珍しいね。……でも空が泣いてるみたいだなんて、直哉くんって結構ロマンチストなんだ」
「ははっ、そうかも。入院してる間、ずっと外に出られなくて。窓から景色だけ眺めてたからかな。人一倍憧れはすごいよ」
太陽の日差しの下を歩いたり、雨の中自分の傘をさして歩いたり。
そんな、みんなが当たり前のように過ごしている日常が羨ましいと思っていた時期もあった。
「昔、大部屋だった時に向かいのベッドの子が泣いちゃったことがあったんだ。ちょうどその時外は雨が降ってて。それで思ったんだよね」
「……空が泣いてる、って?」
「そう。昼過ぎだったのに、夕方じゃないかってほどに暗い日で。なんか向かいの子ともリンクしちゃって、泣いてるように見えたんだ。……それに、よく"止まない雨はない"って言うじゃん」
「うん」
「涙もそれと同じだなって思って。雨はいつか必ず止むし、涙だっていつか必ず止まる。その子が泣き止んだのが雨が止んで虹が出てきた時だったから、余計にそう思ったんだよね」
「……なんか、素敵だね」
「でしょ」
止まない雨はない。
どんなに悲しいことがあっても、涙は永遠に出続けるわけじゃない。いずか必ず止まる。
雨がやめば空には虹がかかるし、涙が止まればいずれそこには笑顔が蘇る。
直哉自身も幼い頃から自分の境遇に散々泣いてきたからだろうか。
そう思うとどことなく似ているような気がして、直哉は雨をどうしても嫌いだと思えない。
「それ以来、雨が降ってる日はもしかしたらどこかで誰かが泣いてるのかもって思うようにしてる」
「誰かが泣いてる……」
「そう。まぁ、この瞬間もどこかで誰かが泣いてるのなんて、ちょっと考えれば当たり前のことなんだけどさ。初心を取り戻すって言うのかな。俺が生きてるのはたくさんの涙が流れたからこそだと思ったら、雨が嫌いじゃなくなった」
「……やっぱりロマンチスト」
そう呟くと、直哉は嬉しそうに笑う。
その笑顔につられるように、優恵も小さく微笑んだ。
雨が降ってる日は、どこかで誰かが泣いているかもしれない。
「そうだよね。悲しいのも苦しいのも、私だけじゃないもんね」
優恵の声は、直哉に届く前に雨音にかき消されてしまっていた。
10
あなたにおすすめの小説
神様がくれた時間―余命半年のボクと記憶喪失のキミの話―
コハラ
ライト文芸
余命半年の夫と記憶喪失の妻のラブストーリー!
愛妻の推しと同じ病にかかった夫は余命半年を告げられる。妻を悲しませたくなく病気を打ち明けられなかったが、病気のことが妻にバレ、妻は家を飛び出す。そして妻は駅の階段から転落し、病院で目覚めると、夫のことを全て忘れていた。妻に悲しい思いをさせたくない夫は妻との離婚を決意し、妻が入院している間に、自分の痕跡を消し出て行くのだった。一ヶ月後、千葉県の海辺の町で生活を始めた夫は妻と遭遇する。なぜか妻はカフェ店員になっていた。はたして二人の運命は?
――――――――
※第8回ほっこりじんわり大賞奨励賞ありがとうございました!
イケメン警視、アルバイトで雇った恋人役を溺愛する。
楠ノ木雫
恋愛
蒸発した母の借金を擦り付けられた主人公瑠奈は、お見合い代行のアルバイトを受けた。だが、そのお見合い相手、矢野湊に借金の事を見破られ3ヶ月間恋人役を務めるアルバイトを提案された。瑠奈はその報酬に飛びついたが……
12年目の恋物語
真矢すみれ
恋愛
生まれつき心臓の悪い少女陽菜(はるな)と、12年間同じクラス、隣の家に住む幼なじみの男の子叶太(かなた)は学校公認カップルと呼ばれるほどに仲が良く、同じ時間を過ごしていた。
だけど、陽菜はある日、叶太が自分の身体に責任を感じて、ずっと一緒にいてくれるのだと知り、叶太から離れることを決意をする。
すれ違う想い。陽菜を好きな先輩の出現。二人を見守り、何とか想いが通じるようにと奔走する友人たち。
2人が結ばれるまでの物語。
第一部「12年目の恋物語」完結
第二部「13年目のやさしい願い」完結
第三部「14年目の永遠の誓い」←順次公開中
※ベリーズカフェと小説家になろうにも公開しています。
後宮の下賜姫様
四宮 あか
ライト文芸
薬屋では、国試という国を挙げての祭りにちっともうまみがない。
商魂たくましい母方の血を強く譲り受けたリンメイは、得意の饅頭を使い金を稼ぐことを思いついた。
試験に悩み胃が痛む若者には胃腸にいい薬を練りこんだものを。
クマがひどい若者には、よく眠れる薬草を練りこんだものを。
饅頭を売るだけではなく、薬屋としてもちゃんとやれることはやったから、流石に文句のつけようもないでしょう。
これで、薬屋の跡取りは私で決まったな!と思ったときに。
リンメイのもとに、後宮に上がるようにお達しがきたからさぁ大変。好きな男を市井において、一年どうか待っていてとリンメイは後宮に入った。
今日から毎日20時更新します。
予約ミスで29話とんでおりましたすみません。
王女と2人の誘拐犯~囚われのセリーナ~
Masa&G
ファンタジー
王女セリーナが連れ去られた。犯人は、貧しい村出身の二人の男。だが、彼らの瞳にあったのは憎しみではなく――痛みだった。
閉ざされた小屋で、セリーナは知る。彼らが抱える“事情”と、王国が見落としてきた現実に。
恐怖、怒り、そして理解。交わるはずのなかった三人の心が、やがて静かに溶け合っていく。
「助けてあげて」。母の残した言葉を胸に、セリーナは自らの“選択”を迫られる。
――これは、王女として生きる前に、人としての答えを、彼女は見つけにいく。
青春リフレクション
羽月咲羅
青春
16歳までしか生きられない――。
命の期限がある一条蒼月は未来も希望もなく、生きることを諦め、死ぬことを受け入れるしかできずにいた。
そんなある日、一人の少女に出会う。
彼女はいつも当たり前のように側にいて、次第に蒼月の心にも変化が現れる。
でも、その出会いは偶然じゃなく、必然だった…!?
胸きゅんありの切ない恋愛作品、の予定です!
嘘をつく唇に優しいキスを
松本ユミ
恋愛
いつだって私は本音を隠して嘘をつくーーー。
桜井麻里奈は優しい同期の新庄湊に恋をした。
だけど、湊には学生時代から付き合っている彼女がいることを知りショックを受ける。
麻里奈はこの恋心が叶わないなら自分の気持ちに嘘をつくからせめて同期として隣で笑い合うことだけは許してほしいと密かに思っていた。
そんなある日、湊が『結婚する』という話を聞いてしまい……。
女神の白刃
玉椿 沢
ファンタジー
どこかの世界の、いつかの時代。
その世界の戦争は、ある遺跡群から出現した剣により、大きく姿を変えた。
女の身体を鞘とする剣は、魔力を収束、発振する兵器。
剣は瞬く間に戦を大戦へ進歩させた。数々の大戦を経た世界は、権威を西の皇帝が、権力を東の大帝が握る世になり、終息した。
大戦より数年後、まだ治まったとはいえない世界で、未だ剣士は剣を求め、奪い合っていた。
魔物が出ようと、町も村も知った事かと剣を求める愚かな世界で、赤茶けた大地を畑や町に、煤けた顔を笑顔に変えたいという脳天気な一団が現れる。
*表紙絵は五月七日ヤマネコさん(@yamanekolynx_2)の作品です*
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる