この空の下、君とともに光ある明日へ。

青花美来

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やまない雨はない

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「優恵? 具合悪い?」

「……え?」

「手、止まってるわよ?」

「あ……ごめん。ちょっと考え事してた」


優恵は目の前に並ぶ夕食を見ながら、食べることもせずに物思いに耽っていた。


「大丈夫? 最近ぼーっとしてること多いけど。学校で嫌なことあった?」

「……ううん。そうじゃないの。ただ、最近いろんなことがあって頭が追いつかなくて」

「……そう。もし何かあったらすぐ言ってね。お父さんもお母さんも、何があっても優恵の味方だからね」

「いつでも話聞くからな」

「うん。二人ともありがとう」


優恵の両親は、優恵の心の変化に敏感だ。

それもそのはず。幼馴染を目の前で亡くし、その後塞ぎ込み学校に通えなくなってしまった優恵をずっと見てきたのだ。

高校に入学してようやく毎日通えるようになった学校。

優恵の両親はそれに安堵しながらも、まだ優恵の心が何も癒えていないことは知っている。

地元の知り合いがいない学校とは言え、噂はいつどこで誰から広まるかはわからない。

それが原因でまた傷つくようなことが起きないかどうか心配で心配で仕方ないのだ。

何事もなかったかのように手を動かし始める優恵を見て、ようやく顔を見合わせてから二人も食事を再開する。



『これは俺の推測だけど。きっと、龍臣は優恵のことが好きだった』


直哉の言葉が、頭の中をぐるぐると回る。
龍臣が、優恵のことを好きだった。

直哉の想像でしかないものの、その言葉は優恵にとっては何よりも嬉しいものだった。

直哉から話を聞いて、家に帰ってきてから泣いてしまったほどだ。

あれから一週間ほどが経ち、もうすぐ五月が終わる。

あれ以来、直哉からの連絡はない。

優恵からも連絡することは特に無く、このまま自然と元々の他人に戻るのかもしれない、と漠然と考えてしまう。

そう思うと、少し胸がちくりと痛んで、優恵は手を止める。


(なんで……痛むの?)


そんな優恵を、両親はずっと心配そうに見つめていた。




*****

六月に入ると、一気に梅雨入りして外は蒸し暑くなる。

ジメジメとした空気は、優恵の心までをも暗くさせていく。

こんな時はお気に入りの傘を持って歩くといいのだろうけれど、生憎優恵はそんなものは持ち合わせていない。

もう二年ほどお世話になっているシンプルなビニール傘を差して、学校に向かう。

その道中で横を通った車が水たまりを跳ね、優恵のローファーとハイソックスが濡れてしまった。


「うわ……最悪」


一気にびしょ濡れになってしまった足を見て、みるみるうちにやる気を失って立ち止まった。


(このハイソックス、おろしたてだったのに……)


新品を雨の日に履く方が悪いと言われそうだが、天気が悪いからこそ些細なところで気持ちを上げていきたい優恵にとっては一大事。


(もういいや、今日は休もう……)


とは言え、今すぐに帰るとまだ出勤前の母親がいるだろう。

ただでさえ優恵のことをひどく心配している。

今帰ったら仕事を休むなんて言いかねない。

母親が仕事に行くまではどこかで時間を潰そう。

そう思って近くの公園に入った。



東屋がある公園は、雨が降り続いているため当たり前だが誰もいない。

優恵は東屋の中に入り、なんとか濡れていないベンチを探してそこに座った。

テーブルに荷物を置いて、雨を見つめながらため息をつく。


(そうだ、学校に連絡……は別にいいか。それより愛子ちゃんと栞ちゃんに連絡しないと)


あれから毎日のように一緒にお昼を食べてくれる二人に、


"今日は具合が悪いから休みます"


と適当な理由を作って送る。

するとすぐに二人から


"わかったよ~お大事にね!"

"ゆえち大丈夫? 無理しないでね! 今日の分のノートは愛子と一緒にゆえちの分も書いておくね!"


と返事がくる。


……なぜだろう。


今までなら何も感じなかったのに、二人にこんな小さな嘘をつくことがものすごく悪いことに思えた。


(……現に、悪いことではあるけど)


"ありがとう"


とだけ返事をして、優恵はスマホを制服のポケットの中に戻す。

鉛色の空を見つめていると、そういえば小学生の時もこんなことがあったなと思い出した。


(小学校からの帰りに鍵を忘れてこの東屋で時間潰してたんだっけ。確かあの時は……)

(そうだ、途中でオミが偶然通りかかって……)


そう思い出してほんの少し口角を上げる。

──すると。


「……あれ? 優恵?」

「……え?」


雨の中、聞き覚えのある声に顔を上げた。


「……どうして、ここに」

「それはこっちのセリフ。どうした?」


ドクンと、胸が高鳴る。


"それはこっちのセリフだ。どうしたんだよこんなところで"


あの時のオミと全く同じ言葉に、優恵は一瞬で顔を歪めた。


「ちょっと、ね」

「……そっか」


優恵の含みのある言い方に頷くしかなかったのは、


「直哉くんは?」


平日の朝にも関わらず、私服で傘をさす直哉の姿だった。


「俺はこれから定期検診だから病院に行くところ。向こうにある大学病院なんだ」

「そうなんだ」


頷いた優恵を見て、直哉は徐にその隣に座る。


「……? 病院行くんじゃないの?」

「うん。でもまだ時間あるから。ちょっと疲れたし休憩しようかなって」


実際は結構ギリギリの時間だったものの、こんなところで一人でいる優恵を放っておくことなどできない。


「……そっか」


今度は優恵がそう返事をして、一緒に正面の鉛色の空を見上げた。


「……雨ってさ、空が泣いてるみたいに見えない?」


しとしとと降り続く雨を見ながら、直哉がぽつりと呟く。

それにちらりと視線をやってから、優恵はもう一度正面に戻して雨粒を見つめてみた。


「……そうかな。私、雨はあんまり好きじゃないから考えたこともない」

「そっかー。俺はマスクが蒸れるのは嫌だけど、雨自体は結構好き」

「珍しいね。……でも空が泣いてるみたいだなんて、直哉くんって結構ロマンチストなんだ」

「ははっ、そうかも。入院してる間、ずっと外に出られなくて。窓から景色だけ眺めてたからかな。人一倍憧れはすごいよ」


太陽の日差しの下を歩いたり、雨の中自分の傘をさして歩いたり。

そんな、みんなが当たり前のように過ごしている日常が羨ましいと思っていた時期もあった。


「昔、大部屋だった時に向かいのベッドの子が泣いちゃったことがあったんだ。ちょうどその時外は雨が降ってて。それで思ったんだよね」

「……空が泣いてる、って?」

「そう。昼過ぎだったのに、夕方じゃないかってほどに暗い日で。なんか向かいの子ともリンクしちゃって、泣いてるように見えたんだ。……それに、よく"止まない雨はない"って言うじゃん」

「うん」

「涙もそれと同じだなって思って。雨はいつか必ず止むし、涙だっていつか必ず止まる。その子が泣き止んだのが雨が止んで虹が出てきた時だったから、余計にそう思ったんだよね」

「……なんか、素敵だね」

「でしょ」


止まない雨はない。

どんなに悲しいことがあっても、涙は永遠に出続けるわけじゃない。いずか必ず止まる。

雨がやめば空には虹がかかるし、涙が止まればいずれそこには笑顔が蘇る。

直哉自身も幼い頃から自分の境遇に散々泣いてきたからだろうか。

そう思うとどことなく似ているような気がして、直哉は雨をどうしても嫌いだと思えない。


「それ以来、雨が降ってる日はもしかしたらどこかで誰かが泣いてるのかもって思うようにしてる」

「誰かが泣いてる……」

「そう。まぁ、この瞬間もどこかで誰かが泣いてるのなんて、ちょっと考えれば当たり前のことなんだけどさ。初心を取り戻すって言うのかな。俺が生きてるのはたくさんの涙が流れたからこそだと思ったら、雨が嫌いじゃなくなった」

「……やっぱりロマンチスト」


そう呟くと、直哉は嬉しそうに笑う。

その笑顔につられるように、優恵も小さく微笑んだ。

雨が降ってる日は、どこかで誰かが泣いているかもしれない。


「そうだよね。悲しいのも苦しいのも、私だけじゃないもんね」


優恵の声は、直哉に届く前に雨音にかき消されてしまっていた。

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