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友達
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数日後、まだしとしとと雨が降り続いている中、学校に向かう。
あの公園で直哉と別れた後、すぐに家に帰った優恵は、一日中窓から雨を眺めていた。
直哉の言葉を思い出したら雨を好きになれるかもしれないと思ったけれど、濡れたハイソックスを見るとやっぱり好きにはなれないなと思ったのだった。
「おはよう優恵ちゃん」
「ゆえち! おはよ!」
「おはよう。愛子ちゃん栞ちゃん」
学校につくと、すでに登校していた愛子と栞と挨拶を交わす。
二人とは少しずつ距離を縮めていき、ありがたいことに今では緊張もあまりしなくなり普通に喋ることができるようなっていた。
(これ以上、大切なものを増やしたくないのに)
一度仲良くなってしまうと、もうこの二人を失うことが怖くてたまらない。
でもそれ以上に、友達ができて学校に行くのが楽しいと思えるようになったことが、嬉しかった。
(普通の高校生になれたような気がする。なんて、それこそ龍臣に合わせる顔がないや……)
複雑な心境が生み出す表情は、周りから見れば儚い笑み。
それが視線を集めていることになど、優恵は全く気がつかない。
先日ハイソックスとローファーが濡れたことで嫌になり学校を休んだ日、やっぱり二人に体調が悪いなんて嘘をついたことがモヤモヤしたままで、昨日正直に話した。
何を言われるんだろうとビクビクしていたけれど、二人はきょとんとした後に大笑いして
『ふふっ、優恵ちゃん律儀すぎない?』
『ゆえちもそういうところあるんだねっ、ちょっと安心した。ははっ、かーわいいっ』
『そりゃあそんなことがあったらサボりたくもなるよね。わかる!』
『おろしたて濡れるとかショックすぎて無理!』
となぜか嬉しそうにしていて拍子抜けしてしまった。
どうやら優恵の新しい一面を見た気がして嬉しくなったらしい。
『私たちに正直に話そうって思ってくれた気持ちが嬉しい』
と優しく微笑んでくれたのが優恵も嬉しかった。
(……今日も、どこかで誰かが泣いている……かも)
昼休み、直哉の言葉を思い出しながら窓の外を見つめていると、愛子が
「優恵ちゃん、どうかした?」
と不思議そうに首を傾げてくる。
「ううん。今日も雨すごいなあと思って」
「そうだね。梅雨早く終わってほしいなあ」
同じように窓の外に視線を向けた愛子に、優恵はひとつ質問をしてみた。
「愛子ちゃんは、雨の日って好き?」
「雨? うーん、嫌いではないよ」
「そうなの?」
「最近新しい傘買ったから、実は雨が降るの結構楽しみにしてるんだ」
「そっか……」
やはり傘が新しかったり気に入ってたりすると、雨の日も楽しみになるものなのかと頷く。
対して物欲も無い優恵には縁遠い話だ。
「私はあんまり好きじゃないかな。雨の中外歩くの大変だから」
栞はそうでもないらしい。
「優恵ちゃんは?」
「私は……嫌いだったけど、なんか悪く無いかもってちょっとだけ思えてきた、かな」
「えー、何それ、意味ありげ! 詳しく聞きたいんだけど!」
「あ……特に深い意味は……」
「いーや! 絶対深い意味あったよ! さては例のあの男の子でしょ!」
「な、直哉くんは関係ないよっ……」
「あ! 愛子聞いた!? "直哉くん"だって!」
「聞いた! やっぱり何かあったんだね?」
「ない、ないから!」
「そういえば最近待ち伏せしてないね」
「それは……うん。連絡先交換したから」
「ついに! それで? デートとかしてるの?」
「デートなんか……ただ、スイーツバイキングには一緒に行ったけど……」
正直に答えると、愛子と栞が慌てたように
「待って待って! どういうこと!? 二人きりで? デートじゃん!」
「優恵ちゃん、今日の放課後あいてる? あいてるよね!? 三人で駅前のカフェ行こ!」
と詰め寄ってくる。
優恵はその勢いに圧倒されつつも、逃げることは許されなさそうな雰囲気に
「は、はい……」
と頷くことしかできなかった。
*****
その日の放課後。
優恵は愛子と栞に連れられ、駅前のカフェへやってきた。
「さぁゆえち! 今日こそはあの待ち伏せ彼との関係を聞かせてもらうからね!」
「ま、待ち伏せ彼……?」
「まぁまぁ栞、まずはケーキでも食べない? ここのタルト美味しいってお母さんが言ってたよ」
「本当!? 食べよ食べよ! 私フルーツタルトがいい! ゆえちは?」
「私は……いちごタルトかな」
「わかるー! 王道いいよね!」
「私はブルーベリーのタルトにしよーっと」
三者三様でケーキを選び、注文すると数分で飲み物と一緒に運ばれてくる。
「いただきます」
三人で手を合わせて一口ずつ食べながら、会話を再開した。
「結局彼とは付き合ったりしてないんだっけ?」
「付き合うなんてっ……全然、ただの友達だよ」
「あれ、この間は知り合いって言ってたのに、やっぱり友達に昇格してる!」
「本当だ!」
(昇格……とは……)
二人の勢いに優恵は若干引き気味だ。
「中学の同級生とか?」
「ううん」
「じゃあ何繋がり?」
変に誤魔化しても不自然だと思った優恵は、少し考えてから
「……道端で出会った人……かな」
と答えた。
「っ、道端!?」
「待ってどういうこと!?」
(……あれ、言葉選び間違えた……?)
優恵は全く嘘はついていないのだが、普通の人はおそらく納得しない答えだろう。
愛子も栞も驚きすぎて喉にケーキを詰まらせそうになったらしく、慌てて飲み物で流し込んでいた。
どう説明したらいいのだろう。
優恵は再びしばらく考えたものの、
「そこは……色々と事情があって……」
上手い言葉が出てこなくてそう濁すしかなかった。
(まさか、自分のせいで死んだ幼なじみの命日に出会いました、だなんて。ましてその人は幼なじみの心臓を持っている人でした、しかも私に会いにきて知り合いました、なんて。言えるわけがない。というか言ったとしてもまず信じてもらえるはずがない)
優恵の頭の中は忙しい。
二人のことを信用していないわけじゃない。
ただ、話すことで二人が離れていくことが怖かった。
「そっかー……なんか、フクザツな事情があるんだね?」
「優恵ちゃんも色々抱えてるんだね……」
愛子も栞も何かを察したのかそれ以上深く聞くことはなく、話題は移り変わっていく。
それにホッとしながらも、
(……でも、このままでいいのかな……)
そう、自分に疑問を投げかけるのだった。
二人と別れて家に帰ると、母親が作る夕飯の良い匂いがした。
「ただいま」
「おかえりー。遅かったわね」
「……うん。その、友達とカフェに行ってて……」
そう告げると、母親は一度動きを止めた後に
「……友達……!?」
と嬉しそうに優恵の元へ駆け寄ってくる。
「友達ができたの?」
「うん。二人。愛子ちゃんっていう子と、栞ちゃん」
本当は直哉という友達もできているのだが、優恵はそれは黙っていることにした。
「そう、そう! 良かったわ」
「……でも、事故のこととかは何も言えてない」
「そっか。うん、わかった。でも、お母さん嬉しい」
ずっと優恵に友達がいないことを心配していた母親は、優恵の表情が最近コロコロ変わることには気付いていた。
この四年間、静かに勉強してるくらいでほとんど何にも興味を示さずにいたのに、最近はスマホをよく触ったり休日に出かけたりと何かが変わってきているのを見守ってきた。
それが、友達ができたからだとわかり全てが繋がった気がして嬉しくなる。
「いつでも家に呼んでいいからね。お母さん、おもてなししちゃうから」
「やめてよ。それに、お母さん普段仕事でいないでしょ」
「じゃあ土日! 土日ならいくらでも歓迎よ!」
「もう……まだそんな、仲良くなったわけじゃないし……」
「うん、じゃあ仲良くなったら、いつでも呼んでね」
「……うん。ありがとう」
荷物を置いてくるために部屋に戻る優恵を見送り、母親はうっすらと滲む涙を急いで拭う。
「……今日はお祝いね。優恵の好きなもの増やそう」
そう呟いて、微笑むのだった。
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