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Chapter1
2
「本当に申し訳ない。今日予定とかあったんじゃないか?大丈夫?」
「大丈夫ですよ。お気になさらないでください。それでは、お先に失礼します」
「本当ごめんね。お疲れ様」
定時ギリギリに緊急の案件が入り、思っていたよりも残業が長引いてしまった。謝る常務に頭を下げてから会社を出ることができたのは、既に真っ暗になった二十時。
街灯の下を歩きながらスマートフォンを見ると、"まだかー?"という連絡が数件入っている。
「……やっば」
普段は、こんな急かすような言葉を送ってくるタイプではないのに。
これ、もうすでに相当酔ってるかもしれないな……。
先に店に入っているからと送られてきたURL。時間は今から一時間以上前だ。
急いで行かなくては。
自社ビルの最寄駅まで小走りで向かい、ちょうど来ていた電車に乗り、三駅先で降りる。そこから歩いて五分。
着いた大衆居酒屋は大通り沿いにある、お酒も料理も美味しいと評判のお店。
中に入ると、いつもの奥の個室に一人の酔っ払いがいた。
「あぁ!舞花、やあっと来た!」
「ごめん隼也。仕事長引いちゃって遅くなった」
「ずーっと待ってたよー……でも待てなくて飲み始めちゃったけどぉー」
「うん。知ってる。……にしても大分酔ってるね。もう呂律回ってないじゃん……あ、すみません。水一つと烏龍茶一つ」
案内してくれた店員の女性に注文すると、向かいからブーイングが飛んでくる。
あ、これはダメだ。
今日は烏龍茶だけで済ませようと思っていたのに。このベロベロに酔った感じを見るに、こりゃあ一緒にアルコールを飲まないと機嫌悪くなるやつだ。
「なにー、舞花ちゃんはお酒飲まないんですかあー?俺一人に飲ませる気ですかー?」
案の定、口を尖らせるようにぶつぶつ文句を言っている。
「わかったわかった。烏龍茶飲んだらビール頼むから」
「そうだろ?飲むよなあ?ここのビールうまいもんなあ?」
「うん。そうだね。飲もうね。それで話もちゃんと聞くからね」
酔っ払いは私の言葉を聞いて呼び出した理由を思い出したのか、「聞いてくれよー」と脱力したように身を乗り出してきた。
「なに、どうしたの。何かあったの?」
お通しの枝豆を食べながら、耳を傾ける。
「……汐音に振られた」
急に静かになってポツリと呟いた声に、思わず私が驚きの声を上げた。
「え?振られた?」
コクリと頷いたのを見て、言葉を失う。
鷲尾 隼也私と同い年の二十四歳。
ふわふわの黒髪と切長の目。高い身長と彫りの深い顔立ちが日本人離れしている、とイケメンとして名高い男。笑うとちょっと幼くなるのがギャップがあって可愛いと評判の男だ。
私とは別の大手企業で今は営業としてバリバリ働いている。
私とは保育園の頃からの付き合いで、高校まで一緒だったいわゆる幼馴染というやつだ。
昔は私より身長が小さくて、しかも泣き虫で怖がりだったのに。いつのまにか私が見上げないといけないくらいに成長して、その端正な顔立ちから女の子に大人気でモテモテになっていた。
とは言え私とはそういう仲になったことがなく、親友兼相談役としてずっと仲良くやっている。
そんな隼也には、大学生の頃から付き合っていた汐音ちゃんという彼女がいたのだが。別れたという単語は、俄かに信じ難いものがあった。
だっていつも一緒で仲が良くて、確かに喧嘩という喧嘩はそこそこあったけれど、それでもお互いがお互いを大切に思っていて誰も入り込めない雰囲気があったはずなのに。
それなのに、振られたって……?
どういうことか聞こうとすると、そのタイミングでちょうど水と烏龍茶が運ばれてきた。「乾杯しよ」という隼也の声に、隼也のビールジョッキと乾杯してからまず水分を補給する。
隼也に水が入ったグラスを渡すと、受け取ってすぐにグイッと半分ほど飲み干した。
「あんなに仲良かったじゃん」
「俺もそう思ってたんだけど……」
「もしかして、私のせい?」
「違うよ。たださぁ……」
今度はしくしく泣き始めた隼也に、私は順を追って説明するように伝えた。
いろいろと文句を交えながら話してくれたものの、要約すると、どうやら汐音ちゃんに他に好きな人ができたらしい。
二股されてはいなかったようだが、それが原因で振られてしまったんだとか。
「最近あんまり会ってくれなくなってたからおかしいとは思ってたんだけど……」
「そっか……。それでやけ酒してたの?」
「あぁ。……こんなこと、舞花にしか相談できないからさあ……」
昔から、隼也は自分を繕うのが上手くて。
つらい時も苦しい時も、何でもないような顔をする。
しかし幼い頃からずっと一緒にいる私はそれに大抵気が付いてしまうから、隼也も私の前で虚勢を張るのはやめた。
汐音ちゃんには同じように自分の弱さを出せたようだけれど、別れてしまった後は私しかその相手がいないのだ。
この調子じゃあ、今日も長くなりそうだ。
「ははっ……、明日休みだし、今日はとことん付き合うよ」
明日は土曜日だから、少し遅くなるくらい大丈夫だろう。
そんな考えから、私は約束通りビールを注文した。
最近飲みすぎてお腹のお肉が気になり始めていたものの、ダイエットはどうやらまたお預けのよう。
私の転勤話も、また今度話を聞いてもらうことにしよう。
この時は、安易にそんなことを考えていた私。
受け取ったジョッキで、改めて隼也と乾杯した。
「大丈夫ですよ。お気になさらないでください。それでは、お先に失礼します」
「本当ごめんね。お疲れ様」
定時ギリギリに緊急の案件が入り、思っていたよりも残業が長引いてしまった。謝る常務に頭を下げてから会社を出ることができたのは、既に真っ暗になった二十時。
街灯の下を歩きながらスマートフォンを見ると、"まだかー?"という連絡が数件入っている。
「……やっば」
普段は、こんな急かすような言葉を送ってくるタイプではないのに。
これ、もうすでに相当酔ってるかもしれないな……。
先に店に入っているからと送られてきたURL。時間は今から一時間以上前だ。
急いで行かなくては。
自社ビルの最寄駅まで小走りで向かい、ちょうど来ていた電車に乗り、三駅先で降りる。そこから歩いて五分。
着いた大衆居酒屋は大通り沿いにある、お酒も料理も美味しいと評判のお店。
中に入ると、いつもの奥の個室に一人の酔っ払いがいた。
「あぁ!舞花、やあっと来た!」
「ごめん隼也。仕事長引いちゃって遅くなった」
「ずーっと待ってたよー……でも待てなくて飲み始めちゃったけどぉー」
「うん。知ってる。……にしても大分酔ってるね。もう呂律回ってないじゃん……あ、すみません。水一つと烏龍茶一つ」
案内してくれた店員の女性に注文すると、向かいからブーイングが飛んでくる。
あ、これはダメだ。
今日は烏龍茶だけで済ませようと思っていたのに。このベロベロに酔った感じを見るに、こりゃあ一緒にアルコールを飲まないと機嫌悪くなるやつだ。
「なにー、舞花ちゃんはお酒飲まないんですかあー?俺一人に飲ませる気ですかー?」
案の定、口を尖らせるようにぶつぶつ文句を言っている。
「わかったわかった。烏龍茶飲んだらビール頼むから」
「そうだろ?飲むよなあ?ここのビールうまいもんなあ?」
「うん。そうだね。飲もうね。それで話もちゃんと聞くからね」
酔っ払いは私の言葉を聞いて呼び出した理由を思い出したのか、「聞いてくれよー」と脱力したように身を乗り出してきた。
「なに、どうしたの。何かあったの?」
お通しの枝豆を食べながら、耳を傾ける。
「……汐音に振られた」
急に静かになってポツリと呟いた声に、思わず私が驚きの声を上げた。
「え?振られた?」
コクリと頷いたのを見て、言葉を失う。
鷲尾 隼也私と同い年の二十四歳。
ふわふわの黒髪と切長の目。高い身長と彫りの深い顔立ちが日本人離れしている、とイケメンとして名高い男。笑うとちょっと幼くなるのがギャップがあって可愛いと評判の男だ。
私とは別の大手企業で今は営業としてバリバリ働いている。
私とは保育園の頃からの付き合いで、高校まで一緒だったいわゆる幼馴染というやつだ。
昔は私より身長が小さくて、しかも泣き虫で怖がりだったのに。いつのまにか私が見上げないといけないくらいに成長して、その端正な顔立ちから女の子に大人気でモテモテになっていた。
とは言え私とはそういう仲になったことがなく、親友兼相談役としてずっと仲良くやっている。
そんな隼也には、大学生の頃から付き合っていた汐音ちゃんという彼女がいたのだが。別れたという単語は、俄かに信じ難いものがあった。
だっていつも一緒で仲が良くて、確かに喧嘩という喧嘩はそこそこあったけれど、それでもお互いがお互いを大切に思っていて誰も入り込めない雰囲気があったはずなのに。
それなのに、振られたって……?
どういうことか聞こうとすると、そのタイミングでちょうど水と烏龍茶が運ばれてきた。「乾杯しよ」という隼也の声に、隼也のビールジョッキと乾杯してからまず水分を補給する。
隼也に水が入ったグラスを渡すと、受け取ってすぐにグイッと半分ほど飲み干した。
「あんなに仲良かったじゃん」
「俺もそう思ってたんだけど……」
「もしかして、私のせい?」
「違うよ。たださぁ……」
今度はしくしく泣き始めた隼也に、私は順を追って説明するように伝えた。
いろいろと文句を交えながら話してくれたものの、要約すると、どうやら汐音ちゃんに他に好きな人ができたらしい。
二股されてはいなかったようだが、それが原因で振られてしまったんだとか。
「最近あんまり会ってくれなくなってたからおかしいとは思ってたんだけど……」
「そっか……。それでやけ酒してたの?」
「あぁ。……こんなこと、舞花にしか相談できないからさあ……」
昔から、隼也は自分を繕うのが上手くて。
つらい時も苦しい時も、何でもないような顔をする。
しかし幼い頃からずっと一緒にいる私はそれに大抵気が付いてしまうから、隼也も私の前で虚勢を張るのはやめた。
汐音ちゃんには同じように自分の弱さを出せたようだけれど、別れてしまった後は私しかその相手がいないのだ。
この調子じゃあ、今日も長くなりそうだ。
「ははっ……、明日休みだし、今日はとことん付き合うよ」
明日は土曜日だから、少し遅くなるくらい大丈夫だろう。
そんな考えから、私は約束通りビールを注文した。
最近飲みすぎてお腹のお肉が気になり始めていたものの、ダイエットはどうやらまたお預けのよう。
私の転勤話も、また今度話を聞いてもらうことにしよう。
この時は、安易にそんなことを考えていた私。
受け取ったジョッキで、改めて隼也と乾杯した。
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