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第二章
不安と自覚
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「──きのさん? 秋野さん? 大丈夫?」
肩を軽く叩かれて、驚いて
「わっ……!」
変な声が出た。
「……あれ? 真山さん?」
「秋野さん、大丈夫? 最近ずっと上の空だけど」
「あ、はい。ちょっと色々あって……大丈夫です。……うわ、もうこんな時間!?
早く終わらせないと……」
「……」
時計を見たら定時間近だった。
パソコンの画面はだいぶ前から表示が変わっていない。
仕事中にぼーっとするなんて、最悪だ……!
慌ててキーボードを叩くものの、正面からは心配そうな真山さんが私を見つめていた。
どうしてこんなことになっているかと問われたら、日向に言われたことがずっと頭に残っていることが原因だった。
日向から想いを聞いたあの日、私は何も言えないまま日向が家まで送ってくれた。
『困らせてごめん。結局普通に手出してごめん。……また、俺と会ってくれるか?』
切な気な表情に、私は頷くことしかできなかった。
だけど、日向はホッとしたように頭を撫でてから帰って行った。
それ以来、一週間が経過したものの、日向からは何も連絡は来ていない。
私はこの一週間、落ち着くことがなくぐるぐると思考が回っていた。
仕事にも集中できずにぼーっとする時間が増えてしまい、色々なことがうまくいかずにため息が止まらない。
どうにか残業にならずにタイムカードを切った私に、
「秋野さん、今日暇? 飲みにいかない?」
と真山さんがお誘いしてくれた。
「何か悩み事があるんでしょ? ゆっくり話聞くよ?」
「真山さん……」
ありがたい申し出に頷き、真山さんと飲みに行くことになった。
居酒屋に入ると、すぐに真山さんはビールと一緒にいくつかおつまみを注文してくれた。
「で? 秋野さんは何をそんなに悩んでるの?」
「……悩んでるわけでは……その……」
「さすがに何もないですは通用しないからね? 真面目な秋野さんがあんなに上の空になるなんて今まで無かったじゃん」
「はい……」
仕事中に迷惑をかけてしまっている手前、今さらごまかすことなんてできないだろう。
ビールを片手に前のめりに聞いてくる真山さんに、腹を括る。
「実は……」
私は、日向とのことを順を追って説明することにした。
もちろん、身体を重ねたなんて詳細までは話していない。
「つまり、その兄のように慕ってた幼馴染に告られちゃったからどうしようって話?」
「まぁ、ざっくり言うとそうです……」
「そんなの、付き合えばいいじゃん」
「なっ……そんな簡単な話じゃないんですよー……」
至極軽い真山さんの返答に力が抜ける。
「なんで? 何をそんなに悩む必要があるの? 嫌いなの?」
「嫌いなわけないです! むしろ……」
「むしろ? 好き?」
「……好き、なんでしょうか……。わかんないんです。だって、ずっと幼馴染で、私にとってはもう一人の兄のような存在だったんです。それが、急に好きだなんて言われても……」
「あぁ、理解が追いつかないのね?」
「はい……」
「でもヤったんでしょ?」
「ヤっ!? 真山さん、声が大きいです!」
居酒屋でなんてことを言うんだ。
慌てて周りを見渡すけれど、皆自分たちの話に夢中なのか見られている感じは無い。
ふぅ、と一息ついたところで、
「どうなの?」
と真山さんが詰め寄ってくる。
「……はい、しました」
二回も、とは流石に言えないけれど嘘をつけずに頷くと、真山さんは
「やることやってて秋野さんもそれだけ意識してて。嫌じゃないなら断る理由なんてないんじゃない?」
とやはりあっさりしている。
「まぁ、昔から知ってるからこそ急にそんな関係になってどんな顔したらいいかとか、どんな風に関わっていけばいいかとか、振られたらもう幼馴染には戻れないとか、そんなことが気になってるんだろうとは思うけど」
「そう、だと思います」
真山さんの言う通りだ。
私はただ、怖いんだ。
"そんな男のことなんて忘れさせてやる"
その言葉に頷いてキスをして、その先もして。
嫌じゃなかった。むしろ求めてしまった。
だけど、それだけでも今までと何かが変わったようで漠然とした不安があった。
幼馴染っていう関係でいるのと、恋人になるのとでは全然違う。
今まで通りになんかいかない。
もし、付き合ってみてうまくいかなかったら?
日向に限ってそんなことはないと思うけど、また二股かけられたら?
また浮気相手だって言われたら?
そうじゃなくても、万が一別れるなんてことになったら?
そうなったらもう、小さい時からの幼馴染には戻れない。
今更、もう一人のお兄ちゃんだなんて思えない。
そんなことが、不安で仕方ないんだ。
怖くてたまらないんだ。
「まぁ、前の男が酷かったから、付き合うことに後ろ向きになるのもわかるけど。……でも、私は話を聞く限りなら、その人は秋野さんのことすごく大切にしてくれそうだなって思うよ」
「そう、ですか?」
「うん。だって、秋野さんのことを何年も一途に思い続けてたってことでしょ?」
「……らしいです」
私は全く気が付いていなかったけれど。
「一途でかっこよくて優しくて甘やかしてくれて、昔から知ってるから変に取り繕う必要もない。素を出せて弱音を吐ける相手って、そうそういないよ?」
それはそうだ。
「思い切り泣ける場所って、案外少ないんだよ」
「そう、ですよね」
「それを無条件に受け止めてくれる人も、滅多にいないの」
日向は私にとって、素をさらけ出せて弱音を吐くことができて、心から甘えることができる相手。
本当の兄妹ではないからこそ、なんでも吐き出せる相手。
その存在が、どれだけ私にとって大切なものか。
そしてどれだけ恵まれているのか。考えたこともなかった。
「そんな完璧な人、ウダウダして待たせてたらすぐ誰かに持ってかれるよ?いいの?」
「え……」
「当たり前でしょ。昔からモテてたって言ってたじゃん。そんな男、世の女が放っておくと思う?」
「……思いません」
昔は女の子を取っ替え引っ替えしていた。
だけど、ある時からきっぱりと辞めたように誰とも付き合わなくなった。
だけど、これで私が断れば、真山さんの言う通り世の女性が放っておかないのは明白だ。
「難しいことあれこれ考える必要ないじゃん。秋野さんが一緒にいたいかいたくないか、それだけでいいじゃん」
「私が、一緒にいたいかいたくないか……」
「うん。想像してみなよ。自分以外の女の人が、彼と一緒に歩いてるところ。自分以外の女の人とデートして、キスしてるところ」
日向が、私以外の女性の隣に立って一緒に歩く……。
私以外の女性とデート?キス?
そんなシーンを想像して、
「────嫌だ」
頭で考えるよりも先に、そう言葉が飛び出していた。
「……嫌です。そんなの、嫌。日向が他の人となんて……絶対嫌です」
「……うん。不安はあるかもしれないけどさ。今はそれだけで、十分だと思わない?」
真山さんの優しい笑顔に、頷く。
「そもそも秋野さんみたいな真面目タイプの人は確かに押しに弱かったり流されやすかったりするけどさ。でも好きじゃない人に抱かれるとか無理だと思うよ。少なくとも抵抗はすると思う。だから秋野さんが彼と寝た時点でもうわかってたことのような気はするけどね」
改めてそう分析されると恥ずかしくて死にそうだ。
確かに、日向だから受け入れたけど、多分他の人だったら思い切り拒絶していたと思う。
そうか、あの頃から私の心は日向に。
いや、もしかしたら気付いていなかっただけで、心の奥底には日向がずっといたのだろうか。
「真山さん、なんかすみません。いろいろ話したらすっきりしてきました。もっとシンプルでいいんですよね。ありがとうございます」
「ううん。気にしないで。私も秋野さんがあの束縛男のこと吹っ切れたみたいで安心したよ。案外良い人って、身近にいるもんだよね」
言われて、今年のおみくじの文字を思い出す。
"身近な人を大切に"
「真山さん。私、神社にお礼参り行くべきですかね?」
「え? 何の話?」
「いや、こっちの話です……」
次に地元に帰ったら、ちゃんとお礼しにいかなきゃ。
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