国を滅ぼされた生き残り王女は、男装して運命を切り拓く。

青花美来

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真実の断片

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 カイを振り切って走ったリシェルは、カイが追いかけてこないことに安堵したと同時に、遠くから聞こえてくる叫び声に胸が鷲掴みにされたように痛んだ。

 しかし、振り返るわけにはいかない。戻るわけにはいかないのだ。


 (これ以上あの場にいたら、一生甘えて頼って暮らすことしかできなくなる。そんなの、絶対にダメ)


 五年前に自分自身と団長に誓ったことを思い出す。

 自分一人で生きていく力をつけるため、あの日の黒炎の真相を確かめるため、傭兵団に入った。

 もう五年も経った。ずいぶん長居させてもらった。何も恩返しもできていないし、迷惑しかかけていない。だけど、これ以上お世話になるわけにはいかない。

 胸を張れるくらい強くなったら、挨拶くらいは行くから。そうするから。だから。


 (……もう、追いかけてこないで。隊長)


 心の中でそう願いながら、王都へと足を進めた。

 たどり着いた時には、もう月明かりが王宮を照らしていた。そんな煌々と輝く月明かりさえ届かぬ王宮の回廊を、リシェルは足音を忍ばせて進んだ。

 たった数日の間に何重にも見張りが増えた中をすり抜け、ようやくたどり着いたのは、あの書庫だった。

 扉の前で息を潜め、辺りを見回す。幸いなことにまだ立ち入り禁止らしく、錠前はついていなかった。

 扉を開けると、冷たい空気が頬をなでる。

 中は静まり返り、少し埃の匂いが漂っていた。

 リシェルは一目散に奥のテーブルに向かい、先日のノクティアの歴史書の中を確認した。


(……返事があるなら、同じ場所のはず)


 けれど、いくら探してもあの書簡に対する返事は見つからない。


 (あの書簡も無いということは、王に渡っただけで、返事はないってこと……?)


 悩んでいると、背後の棚の隙間から微かな風を感じて振り向いた。


「……?」


 そこには小ぶりな本棚があり、中には重そうな辞典がたくさん並んでいる。


「ここから……?」


 本棚の隙間から壁に向けて手を当ててみると、確かに風を感じる。

 何かがある。そう感じて恐る恐るその本棚を移動して壁を触ってみる。すると、鈍い音とともにわずかに動いた。


「う、そ……」


 そこには、狭い通路が隠されていた。


 通路の奥は、薄暗く、ひんやりとした空気に包まれている。

 慎重に足を踏み入れた先には、外の世界から完全に切り離された部屋が広がっていた。


 (ここは……隠し部屋? ううん、禁書の部屋だわ……)


 壁にはたくさんの本棚があり、そこにはなんと錠前のついた禁書がずらりと並んでいた。

 背表紙のタイトルをいくつか見てみるものの、明らかに怪しいものがほとんどで目を逸らす。

 部屋の中央に置かれた机の上には、ヴァルデンの王家の印章が刻まれた封蝋。その周囲には、数枚の報告書が散らばっていた。

 そして、最も奥の棚に、一際分厚い書物が鎮座していた。

 リシェルは息を呑みながら、その背表紙を撫でた。

 革の表紙には、金文字でこう刻まれていた。


"黒炎に関する記録"


 指先が震える。

 恐る恐る本を開くと、整った筆跡で黒炎についてが書かれていた。

 人を呑み込むこと。それによりルミナリア王国を滅ぼしたこと。そして今、北の砦とその近くの村で黒炎を起こしたこと。それは実験だったこと。次の段階に進むこと。そしてそれが全て、ノクティアの魔導士が関わっているということ。

 そして一番最後に、この国の王印が押されていた。

 リシェルの目が大きく見開かれる。


「王印……つまり、やはりこの国の王は知っていた……。でも、次の段階ってなに……?」


 喉がかすれる。

 さらにページをめくると、続きの一文が視界に飛び込んだ。


"黒炎の器は、ルミナリアにあり――"


 手が止まった。


(黒炎の"器"が、ルミナリアにある……?)


"現在、行方不明により――"


(一体どういうことなの……!)


 視界が揺れ、心臓が冷たく凍りつく。 

 しかしその瞬間、書庫の外で微かな物音がしたような気がした。


 ――誰かが来る……?


 確信は無いが、仮に見つかったら命は無い。

 リシェルは慌てて本を閉じ、元に戻す。

 息を殺し、小部屋を出て壁を戻す。その際に、小部屋の扉の裏に見慣れない魔法陣があるのを見つけた。

 しかし、それを詳しく確認している余裕は無い。


(……今はまず、逃げなきゃ……)


 胸の奥で、恐怖と怒りと混乱が渦を巻いた。

 ……足音が近づく。やはり誰かがいるようだった。

 リシェルは一度本棚の隙間に身を隠す。

 だが、入り口から扉の軋む音が響いた。


「――誰かいるのか?」


 どうやら声の主は騎士団の一人のものらしい。

 彼が手にした松明が書庫全体を照らす。


(……まずい)


 見つからないように息を殺し、とにかく入口の方へ駆け出す。

 心臓の鼓動が耳の奥で鳴り響く。

 光がすぐそばまで迫っていた。

 どうにか入り口から出て、そのまま走り中庭の回廊へ出た。そこから外に飛び出し、王宮からの脱出を図る。

 しかし後ろから


「侵入者だ! 書庫から逃げた!」


 と、騎士団員の怒声が響いた。

 リシェルは必死で足を動かし、逃げ続ける。

 胸の奥で鼓動が荒れ狂っていたものの、考えている余裕などない。

 ただ、今はここから逃げなければならなかった。

 しかし、リシェルの背後で弓を引く音が響く。

 そして次の瞬間、風を裂く鋭い音が耳を掠め。


「……っ!」


 肩に焼けつくような痛みが走り、地に膝をついた。

 視界が揺らぎ、血が服を濡らしていく。

 すぐにもう一本の矢が飛んでくるのをなんとか躱し、歯を食いしばりよろめきながら立ち上がった。


(ここで止まったら……終わる)


 血の滴る肩を押さえ、暗い路地へと身を滑り込ませる。後ろで騎士たちの足音が響き、矢が再び壁に突き刺さった。

 土の匂い、湿った草の感触。

 息を整えながら、リシェルは顔を上げた。

 森が、すぐそこに見えている。

 その向こうに、一目散に駆け出した。
  
 
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