国を滅ぼされた生き残り王女は、男装して運命を切り拓く。

青花美来

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五年前

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 レオンはゆっくりと顔を上げ、リシェルを見据えた。

 その瞳には、懐かしさでも嬉しさでもない、"信じられない"という言葉が浮かび上がっているかのようだった。


「本当に……リシェル、なのか?」

「……っ、はい」

「ほん、とうに?」

「そうです。あなたの妹のリシェルです。お兄様」


 呼吸が浅くなり、それまで微動だにしなかったレオンの手が、鎖に抗おうと必死に動き始める。

 しかし、リシェルはそれを許さなかった。


「動かないでください」

「……リシェル」

「私は、まだお兄様が敵なのか味方なのか、わかっていません」


 胸ぐらを掴んでいた手を離して、落ちている剣を拾う。それを、もう一度レオンに向けた。


「おい、リシュ」

「隊長も黙っててください」

「っ……」


 初めて見る、リシェルの圧。


 (王女……? リシュが……? まさか、嘘だろ……?)


 たった今目の前で知った出来事を、カイもまた信じられずに視線を泳がせていた。


「お兄様。説明してください。五年前のこと、ヴァルデンのこと。ノクティアのこと。そして、どうして今そのようなことになっているのか。どうして、ノクティアの魔導士としてヴァルデンにいたのか。全て、話してくださいますよね」


 リシェルの言葉に、レオンはうっすらと口角を上げ。


「……わかった。全て話そう」


 そう頷いた。


「五年前――あの黒炎が起こる半年も前のことだ。ノクティアの魔導士たちが、恐ろしい計画を立て始めた」

「恐ろしい、計画?」

「そうだ。奴らは、我が国に伝わる"星詠の力"を手に入れようとしていたんだ」

「……星詠の、力……?」


 リシェルの唇が震える。


「それは一体、なんですか?」


 その言葉には、かすかに聞き覚えがあるような気がした。しかしそれが何かは、全くわからない。


「あぁ。それは、我が王家に数代に一度ほどのごく稀に受け継がれる力。未来を詠み、それを元に運命を変えることができる力。……それが"星詠の力"だ。私は微かだが、その力を持って生まれた。そして五年前、星詠で奴らの企みを知った」

「それは、一体どのような」

「この王宮を未知なる力、"黒炎"で襲い、星詠の力を得ようとする作戦を企てていたんだ」


 レオンの話は、驚くべきものだった。



 ──五年前。

「父上! 母上!」

「レオン。そんなに慌ててどうした。何かあったか?」

「父上、母上。お話があります」

「言ってみなさい」

「星詠の力で、とんでもない光景を見ました」


 ノクティアが何かを企んでいると知ったレオンは、走って王の間へ向かいそのことをすぐに両親に報告した。


「なんと……ノクティアが?」

「星詠の力を狙っているだなんて……しかも災害が起こるですって?」

「はい。"黒炎"と言っておりました。それがどんなものかまでは、見えなかったのですが……」

「いや、十分だ。感謝するレオン。早速対策を練ろう」


 王と王妃はレオンの話を真摯に聞き、すぐに対策を練るために会議を開いた。

 星詠の力はルミナリアの王家にごく稀に現れる。その力を、戦争にでも利用しようとしているのだろう。そう結論づけ、王はレオンに身を隠すように指示を出した。


「リシェルのことも、守ってくれ。お前にしか頼めないのだ」

「わかっております、父上。リシェルのことは、私にお任せください」

「あの子はまだ幼い。何も知らないわ。しっかり守ってあげて」

「はい。母上」


 レオンはすぐにリシェルの元へ行った。


「リシェル」

「お兄様! 遊びに来てくださったのですか?」

「あぁ。仕事が一段落したから、リシェルの顔が見たいと思って。私と一緒に遊んでくれるか?」

「もちろんです! 何をして遊びましょうか!」


 無邪気に笑う妹に、レオンは胸が締め付けられた。

 まだ幼い妹。政治的なことも、外交問題も、何も知らない妹。もしかしたら、彼女にももうすぐ悲劇が待ち受けているかもしれない。そうなったら、リシェルだけでも、守らなければいけない。

 ……愛おしい妹に、こんな重荷を背負わせたくなかった。


「そうだ、リシェル」

「どうしました? お兄様」

「これをお前にプレゼントしようと思ってたんだ」

「プレゼント!? なんですか!?」


 目を輝かせるリシェルに、アクセサリーケースを差し出す。


「これは?」

「ネックレスだ。可愛いだろう。リシェルをイメージして特注で作ってもらったんだ」

「うわあ……素敵。お星様のモチーフなのですね!」

「あぁ。どうだ、気に入ってくれたか?」

「もちろんです! とっても気に入りました!」


 花が咲いたような可愛らしい笑顔を、必ず守りたいと思った。


「私がつけてあげるから、後ろを向いて」

「はい! お願いします!」


 くるりと反転するリシェルの首に、ネックレスを付ける。手を離す前に、必死で祈った。


 "どうか、リシェルを守ってくれ"


「お兄様? できましたか?」

「あ、あぁ。できたよ。どうだ?」

「可愛くて綺麗で本当に嬉しいです! お兄様、ありがとうございます!」

「気に入ってくれてよかったよ」


 早速鏡を見て嬉しそうにくるくる回っているリシェルに、レオンは


「リシェル」


 とひとつ呼びかける。


「なんですか?」

「……どんな時も、これを外してはいけないよ。必ず、常に身に付けておくんだ」

「どうしてですか?」

「このネックレスが、お前を守ってくれるから」


 いいか?

 そう聞くと、リシェルは笑顔で頷く。


「わかりました! そうしますね、お兄様!」


 それから数日後。

 ――ノクティアの魔導士から、書簡が届いた。


 "お話ししたいことがあり、王に謁見したい"と。


 断ることもできたが、当時ノクティアとは良い関係とは言えなかった。下手に謁見を断ると、その方が外交問題に関わる危険性があった。


「話を聞くだけだ。怪しいと思ったら全て断るから、安心しなさい」

「はい」


 王はレオンを安心させるために笑顔でそう言ってくれた。

 その後、正式にノクティアから魔導士がやってきた。

 その魔導士は、たった一人でルミナリアの王宮に足を踏み入れた。そして、王に取引を持ちかけた。


「ルミナリア王国に伝わる星詠の力、現在王子様にその力が現れているとか。ぜひ、その力を国の平和のために使いませんか」
「国のため? どういうことだ。戦争でも繰り広げるつもりか?」


 目を細める王に、魔導士は高笑いをした。


「まさかそんな。私は平和のためにと申しているではありませんか。……噂によると、近頃星詠の力を欲している国が多数あるとか、無いとか。そうなると、王子様の御身が危ういでしょう」

「……だからなんだ」

「そこで、我らノクティアの魔導士が全身全霊を掛けて王子様をお守りします。我が国の魔法の力は、王様もよくご存知のはず」

「あぁ。よく知っている」

「近隣の国から王子様をお守りいたします。その代わりに、星詠の力を我が国のためにも使ってほしいのです」

「……」


 にこやかに話を進める魔導士だが、王は慎重にその顔色を窺っていた。


「いかがです? 王様も、我が国との争いは避けたいはず。悪いお話ではないと思いますが」


 そう問いかけた魔導士だったが、王は頷くことはなかった。 


「悪いが、その提案は受けられない」

「……それは、なぜですか?」

「いくら我が子を守るためとは言え、我が子を他国の道具にするつもりはないからだ」

「……そうですか。わかりました」


 王は、魔導士がすぐに身を引いたことに少なからず驚いた。

 断っても必ず食い下がると思っていたからだ。

 しかし、魔導士は笑みを絶やすことなく、その身を翻す。

 そして、去り際に呟いた。


「……その選択、決して後悔なさいませんように」


 王は、何か嫌な予感を感じつつもどうすることもできなかった。

 その話を聞いたレオンは星詠の力を使って未来を見ようと思ったものの、靄がかかったようにはっきりと見ることはできなかった。

 自分の力が弱いばかりに、レオンは国の危機を救えないかもしれないと一人悩み、そして恐怖した。

 しかしそんなレオンを責めるような言葉は両親は決して言わず、感謝と愛の言葉だけを伝えていた。

 リシェルはレオンの言葉通り、肌身離さずネックレスをつけていた。そしてレオンに会うたびに、屈託のない笑顔を見せてくれた。

 レオンにとって、リシェルは癒しであり、大きな希望だった。

 ──だから、あの日の黒炎が起こった時に、とにかくリシェルだけは命をかけてでも逃したのだった。
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