国を滅ぼされた生き残り王女は、男装して運命を切り拓く。

青花美来

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 高い空から、春の陽光がやわらかく降り注いでいる。

 かつて廃墟だった王都は、今では緑と人々の笑顔に包まれていた。

 王宮の庭園には、色とりどりの花が咲き誇り、風に乗って甘い香りが流れる。

 白いドレスに身を包んだリシェルは、ゆっくりとその側を歩いていた。

 ほんの数歩後ろには、彼女の最側近として仕えるカイの姿が。

 剣を腰に差し、護衛でありながらもその目はいつも柔らかくリシェルを見守っている。


「もう、あれから五年も経ったのね」

「はい。早いものです」

「私、あの頃はこんな穏やかな未来が待ってるなんて、想像もできなかった」


 リシェルは花の香りを胸いっぱいに吸い込み、目を細めて呟いた。


「それもこれも、全て王様とリシェル様の努力の賜物でございます」

「違うわ。皆に助けてもらったからよ」

「ご謙遜を」


 カイの声も、庭園の空気のように穏やかだった。

 黒炎を退け、ルミナリアを再建すると宣言してから五年もの月日が経過していた。

 あの日、リシェルにより国の魔導士の大半を失ったノクティアは、その多大な損失の影響と黒炎の首謀者だという噂が広まったことにより衰退の一途をたどった。ここぞとばかりに他国が皆攻め入ったのが大きな要因だったのだと思う。いずれ直接手を下さねばと思っていたところだったため、レオンもリシェルも拍子抜けしていた。
 ヴァルデン国の王は、ノクティアと共謀して国を危機に晒し国民を死に追いやったとして廃位され処刑。そしてその後は嫡男である王子が王になり、再び王室の信頼を取り戻すべく奮闘しているようだ。

 リシェルたちはその後三人でルミナリアに入り、拠点を張った。

 レオンを王とし、たった三人から始まった国の再建。すぐに噂を聞きつけた国民達が一人、また一人と国に戻り、地道に建て直してきた。

 傭兵団が力を貸してくれ、黒炎を退け国を救ってくれたお礼だと言って、ヴァルデン国の王室までもが手を貸してくれた。

 決して一人ではできなかった。レオンとカイと、三人でもできなかっただろう。

 たくさんの人に救われて、そのたくさんの人達のおかげで、たった五年でここまで国を再建させることができたのだった。
 


「ねぇカイ。あの日のこと、覚えてる?」

「あの日とは?」

「あなたが私についていくって言ってくれた日よ」

「あぁ……あの日ですか。はい。よく覚えています」


リシェルは振り返り、目を細めて笑う。


「――あなたは私に誓ってくれたわね。ずっとそばにいるって。国を捨てることになっても、立場が逆転しても、私について行くって」

「はい」

「私ね。……本当はあの時、すごく嬉しかったの。つらい気持ちもあったし、苦しくなることもわかってた。だけど、それでも一緒にいたいと言ってくれる人がいるなんて、思わなかったから」

「……リシェル様」


 カイの声に、微かに揺れるものがあった。


「だからありがとう。私と一緒に来てくれて、私を守ってくれて、私を大切にしてくれて。ありがとう。あなたの言った通り、あの頃とは立場が逆転しても、あなたに守ってもらってることはほとんど変わらなかった。不思議よね。どこにいても、あなたは私の一番近くで必ず見守ってくれた」

「……私は、当然のことをしたまでです。感謝していただくようなことではございません」


 カイの言葉に、リシェルは柔らかな笑みを浮かべる。


「それでも私は、感謝したいのよ」


 五年前と変わらない言葉に、カイも微笑んだ。


「傭兵団の皆はどう?」

「えぇ。変わりなく過ごしているようです」

「団長とは連絡を取ってるの?」

「たまにです。あの人の性格はよくご存知でしょう。書簡を送っても、大した返事がきた試しがございません」

「ふふ……それを聞くと安心するわ。私もたまには書簡を出してみようかしら」

「はい。きっとお喜びになるかと」

「そうね」


 二人の間にしばらく沈黙が訪れ、柔らかな風が頬を撫でる。花の香りを吸い込みながら、ふとカイを見上げた。




「ねぇカイ」

「はい、リシェル様」

「……お願いがあるの」

「なんでしょう」


 当たり前のように答えてくれるカイに、リシェルはひとつ息を吐く。

 そんな様子に首を傾げるカイに、リシェルは笑みを浮かべた。


「――私と、共に歩んでくれないかしら」

「……え?」


 言葉の意味がわからなくて、思わず聞き返す。そんなカイに、リシェルはもう一度


「私と、これからの人生を共に歩んでもらえないかしら」


 そう呟いた。


「……リ、シェル……様? それは、一体……」


 その言葉の意味がわからないほど、カイは鈍くはなかった。

 しかし、あまりにも突然のことに、信じられずに動揺が隠しきれない。そんなカイに、リシェルは小さく笑う。


「……今までは私が守ってもらって、支えてもらってた。だけど、こうして国を取り戻すことができた今、私はまた一歩先に進まなければいけない」

「……っ」

「王様に言われてしまったわ。そろそろ自分の幸せを考えろと。もう、自分を許してやれと。自分の気持ちに素直になりなさいと。……カイなら、許してやる、と」

「リシェル、様」


 それは、二人の心の奥を知っているレオンにしか言えない言葉だった。


「もちろんあなたの気持ちが一番大事だし、命令じゃなくてお願いだから、嫌だったら断ってくれて構わない。断ったとしても責めたりしないし、あなたの地位と身分は保証される。これからもあなたは私の側近として側にいてもらうことには変わりないわ」


 自然と早口になってしまうのは、緊張しているからなのだろうか。

 そんなリシェルに、カイは目の前が揺れる。


「……本当は、あの日、あなたへの気持ちを捨てたはずだった。王女として生きていくと決めた以上、余計な感情はいらないと思ったから。……だけど、無理だった。一緒にいればいるほど、私は臆病になる。そしてもっとわがままになってしまう。王様は、そんな私の気持ちを見抜いていたのね」


 真っ直ぐにカイを見上げる視線は、柔らかくて温かくて。何よりも、愛に溢れていた。


「カイ」

「っ、はい」

「……これは、王女としてではなく、一人の人間、リシェルとしての気持ちよ」

「……はい」

「私は、あなたの隣にいたい。あなたの隣を歩きたい」

「……リシェル、様」

「あなたのことを、愛しているの」


 カイは目を丸くして言葉を失った。

 けれどリシェルは冗談を言う人ではない。

 その笑顔の奥で、瞳がわずかに揺れているのが見えた。


「私と共に、人生を歩んでくださいませんか」


 言葉と共に差し出されたその手が、かすかに震えていた。それを見たら、愛おしくてたまらなくて。

 カイは剣を置き、跪いてリシェルを見上げた。


「リシェル様」

「……」

「リシェル様。……私は……許されるのであれば。リシェル様のお手を取り、一緒に歩いていきたい。そう思います。もし、本当にそれが許されるのであれば。……私は、それ以上他に何も望みません」


 リシェルの手に、そっとカイの手が添えられる。

 それを見て、リシェルは今にも泣きそうなほどに、表情を歪めながら笑った。


「本当に、いいの? 何度も言うけれど、これは命令ではない。断っても良いのよ?」

「リシェル様は、私が断るとお思いですか?」


 試すようなその言葉に、リシェルは涙を浮かべながら口角を上げて首を横に振った。

それにカイも微笑み、言葉を続ける。


「あの日、申し上げたでしょう。私は、何があってもあなたと一緒にいたいと。国を捨ててでも、あなたに会えない方が耐えられないと。そんな私が、リシェル様からの愛を断るなど、ありえないことです。……私にとっては、あなたが全てなのです」


 カイの目にも、涙が浮かぶ。


「……むしろ、私で良いのでしょうか。私は、リシェル様に釣り合うような男ではございません」

「私が、あなた以上に愛せる人間がいるとでも? 私のことを、あなた以上に愛してくれる人間が他にいるとでも言うの?」


 それは、カイには五年越しのリシェルからの返事のように聞こえた。

 得意気に笑う彼女が、愛おしくてたまらない。


「本当に良いのでしょうか。私は、夢でも見ているのでしょうか」

「夢じゃないわ。私は、あなたがいいの。ううん、あなたじゃなきゃ嫌なのよ。今も昔もこれからも、私はあなたと共に生きていきたいの」

「……リシェル様」


 繋がれた手を、リシェルがそっと引く。それに従うように立ち上がったカイは、その手を離さないように、両手で包み込んだ。


「お守りいたします。今までも、これからも。ずっと隣で。リシェル様を、お守りすることを誓います」


 目尻からこぼれた涙が、二人の震える手に落ちる。


「……泣かないでよ、カイ」

「泣いてなどいません。ただ、幸せすぎるだけです……」


 花の香りを含んだ風が、二人の手を包み込むように吹き抜ける。

 それは、長い旅路の果てにたどり着いた、二人の未来への一歩だった。
 

End.
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