いつかまた、キミと笑い合いたいから。

青花美来

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第四章

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数日後からまずは毎日大雅に挨拶することにした。

大雅のお母さんには複雑な表情をされたけど、でも許してくれた。

大雅がわたしのことを忘れてるなら、また知ってもらえばいい。

少しずつ、時間をかけてわたしを思い出してもらおう。

とは言え、学校で会ったら相貌失認のせいで誰が誰だかわからなくなってしまう。

帰りもいつになるかわからない。

だから、確実に会えるであろう朝、大雅の家の前で待つことにした。

大雅の弟の龍雅の方が家を出る時間が早いのを知っている。

だからその時間が過ぎて、あとは大雅が出るだけのタイミングを狙った。


『……行ってきまーす』


予想通り大雅の声と共に玄関の扉が開き、中から同じ学校の制服を着た男子生徒が出てきた。

……その表情はやっぱりわからなかったけど。

切ない気持ちを抱えながら見つめていると、大雅はわたしを見つけた瞬間、頭を押さえた。


『お前……この間の……』


その声色は決して良いものではなかったけれど、わたしは覚悟を決めて口角を上げた。


『大雅、おはよう!わたし、三上 芽衣。覚えてないと思うけど、大雅の幼馴染なの』


最初は、


『……は?……なんなんだよお前、誰だよ……』


と言ってわたしの横を通り過ぎるだけだった。

やっぱりわたしのことは覚えていないみたいだった。誰だよと言われるのは心が苦しかった。

だけど、数日前に会ったことはちゃんと覚えてくれていた。

たったそれだけのことが、泣きたくなるほどに嬉しくて。


『……明日も、頑張ろう』


その日から、わたしの途方もない一方的なやり取りが始まった。


最初は、呆れたような声色だった。

それが次第に、迷惑そうなものに変わる。


『……またいんのかよ。しつけぇな』

『うん、ごめんね大雅。でもわたし、どうしても思い出してほしくて』

『だからお前のことなんてしらねぇって言ってんだろ!?』


そう怒鳴られても、涙がこぼれそうになっても。


『……うん。そうだよね。ごめんね』


そう、謝ることしかできなかった。

同じころ、学校で話しかけてきた透くんに聞いた。


『大雅さ、芽衣の話をされたり顔を見たり、芽衣の存在に触れると頭痛が酷くなるらしいんだ』

『頭痛?』

『そう。多分、頭の中で思い出したい大雅と思い出したくない大雅が戦ってるんだと思う。だから、頭痛でイライラして芽衣に酷いことも言っちゃうし、頭痛に悩まされるくらいなら思い出したくないんだと思う』

『そっか……』


よく頭を押さえているとは思っていた。だけど、それが頭痛によるものだなんて気が付かなかった。

表情がわからないと、そんな簡単なことにも気が付かないのか。

わたしの顔を見るたびにもしかしたら大雅の表情は苦痛にゆがんでいたのかと思うと、心がえぐられるような感じがした。


『俺は、大雅が苦しむところは見たくない。……だけど、同じくらい芽衣が苦しむところも見たくない』

『……透くん』

『前みたいに、仲の良かった二人に戻ってほしい。だけど、芽衣の話をしようとしただけで拒絶反応が出てる大雅に無理はさせたくない。……悪い。俺もどうすることが正解なのか全然わからないんだ』

『……ううん、謝らないで。ありがとう透くん』


大雅を苦しめて、唯一の友達の紫苑や透くんをも悩ませて。

私、何やってるんだろう。

そう思いながらも、いつか思い出してくれるんじゃないかって、いつかまた大雅と一緒に笑い合えるんじゃないかって思ったら、そのわずかな可能性を信じたくて、やっぱり諦められなくて。


『大雅、おはよう』


どれだけ嫌われても、何度怒鳴られても。

朝の挨拶だけは、欠かさなかった。


……でも、それももう終わった。




「……芽衣」

「え?」

「俺、龍雅」

「龍雅。ごめん、全然気付かなかった」

「いや、俺も急に話しかけて悪い」

「ううん」


龍雅も事故現場を見に来たのだろうか、わたしの隣に並んで道路をじっと見つめる。


「……なぁ、芽衣」

「なに?」

「兄ちゃんに、もう会わないって言ったんだって?」

「うん。大雅から聞いたの?」

「うん」

「そっかあ……」


落ち込んでいるような声色の龍雅とは反対に、わたしはほんの少しの嬉しさを隠すことができない。


「なんか、嬉しそうだな」

「……変だよね。大雅がわたしの話をしてたってだけで、良かったなって思っちゃうなんて」


毎日嫌がられて、煙たがられて。それでも、わたしの存在が大雅の中に少しでも残っているなら、もうそれでいいや。そう思ってしまうなんて。


「それくらい、芽衣は兄ちゃんを大切に思ってるってことだよ」

「……ありがとう」


龍雅は、ずっと大雅にわたしのことを話してくれていたのを知っている。

大雅が思い出せるように、わたしのことを何度も根気強く伝えてくれていたのを知っている。

大雅の家族として、葛藤しながらもわたしの気持ちを尊重してくれたこと、こうして変わらずわたしに寄り添ってくれること、当たり前のように側で励ましてくれること。

全部、当たり前じゃない。

もっともっと、感謝しないといけないんだ。


「龍雅にはたくさん迷惑かけちゃったよね。こんな結果になっちゃったけど、本当に感謝してる。わたしの気持ちを否定しないでくれて、協力してくれて本当にありがとう」


お礼を告げると、龍雅は言いにくそうに口を開いた。


「芽衣は、それでいいのか?」

「え?」

「これで本当に兄ちゃんとさよならして、後悔しない?」

「……」


龍雅に視線を向けると、その表情はわからないけれどこちらを向いているのはわかった。

きっと、真剣な眼差しでわたしを見つめているのだろう。

その目を見つめ返し、深呼吸をする。


「後悔しないって言えば、嘘になる。だけど、もうこうするしかないから」

「……」

「龍雅は聞いた?大雅にね、彼女ができたんだって。奈子ちゃんっていう大雅と同じクラスの女の子なんだけどね。……その子に言われちゃったの。もう大雅に付きまとうなって。大雅の大切な人にそう言われちゃったら、もう諦めるしかないじゃん」

「それ、兄ちゃんには確かめたのか?彼女ができたって。本人からちゃんと聞いたのか?」

「ううん。だって、今の大雅がわたしにそんなこと教えてくれるわけないし、聞けたとしてももっと自分が惨めになるだけだと思う。それに、あの二人は毎朝一緒に学校に行ってた。奈子ちゃんが大雅と付き合ってるんだって言ってた。もう、それが全てだよ」


あぁ、ダメだ。また泣いてしまいそう。

涙腺が崩壊しないように目に力を入れる。

諦めたつもりだった。だけど、まだ心は叫んでる。

大雅。大雅。どうかわたしのことを思い出して。

どうか大雅の隣にいさせて。

でもそれを口に出してしまったら、また大雅が遠くなってしまう。

だから、わたしは口を閉ざすことしかできないんだ。


「邪魔者は、消えないといけないでしょ?」


涙を堪えていびつな笑顔を見せると、次の瞬間龍雅の両手がわたしの頬を挟んだ。


「……んな顔すんなよ」

「……りゅ、が?」

「そんな、今にも泣きそうなのに無理矢理笑おうとすんなよ。酷い顔するな。自分の気持ちに嘘つくな。泣くのを我慢するな」

「りゅうが……」


龍雅の声は震えていて、まるで龍雅が泣いているみたい。


「なんでそんなに、頑張れるんだよ。なんでそんなに、兄ちゃんのことしか考えてねぇんだよ。もっと自分のこと考えろよ。もっと自分を大切にしろよ。頼むから、消えるしかないなんて言わないでくれ。自分のことを邪魔者だなんて言わないでくれ」


手が離れ、わたしの肩に落ちてくる。

ごめんね、龍雅。

泣いているみたい、じゃなくて、本当にわたしのために泣いてくれてるんだよね。

表情はわからないけど、涙がこぼれてるのは見えるんだ。

わたしの代わりに、泣いてくれてるんだよね。

ありがとう。龍雅。

でもね、違うの。違うんだよ。

わたしは、自分のことばっかり考えてるんだよ。

全部、わたしのわがままなんだよ。

悲劇のヒロインぶってる、最低な女なんだよ。

だからそんなに、優しくしないで。

涙が我慢できなくなっちゃう。

ほんのわずかでも、まだ希望はあるんじゃないかって、勘違いしちゃう。

肩に置かれた手に、そっと自分の手を重ねる。

びくりと身体を跳ねさせた龍雅が腕を下ろし、その手を包み込む。


「龍雅」

「……」

「わたしなら大丈夫だから。心配しないで。わたしのために泣いてくれてありがとう。これからも、家族として大雅を支えてあげてね」

「……芽衣、お前」

「……わたしね。自分で、自分の気持ちにけじめをつけてこようと思う。大丈夫。大雅の前に姿を現さないようにするだけで、わたしはこれまでどおり、急に消えたりしないから」


なんでそんなに頑張れるかって龍雅は聞いたよね。

そんなの、決まってるじゃないか。

わたしにとって、大雅が全てだから。

大雅より大切なものなんて、きっと無い。

大好きでたまらなくて、わたしの全てなの。

皆は何言ってるんだって笑うかもしれない。だけど、ただそれだけなんだよ。

だから、行かせてほしい。

もう、わたしのために泣かないで。
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