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Chapter1

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ーー数日後。


「ああああ」


昼休みに入るとデスクに突っ伏して唸り始めた和葉。


「そんなに落ち込まないのっ」

「由美さんんん、これが落ち込まずにいられますかっ」


月曜日から練りに練っていた企画が金曜日の今日、会議で落ちたらしい。

今回こそは!と意気込んでいた分、和葉の落ち込みようは凄かった。


「んんん……よしっ、じゃあ気分転換に今日は出会いを求めに行こうか!」

「それは遠慮させていただきます」


チャンスだ!と言わんばかりに手を叩いた由美に対してばっさりと一刀両断した和葉。


「ていうか今日は部署の飲み会じゃないですか」

「……あ、確かにそうだった」

「もー、しっかりしてくださいよ由美さーん」


和葉はそう言って苦笑いしながらゆらゆらとデスクから立ち、給湯室にコーヒーを淹れに行った。

そんな様子を見ていた由美は、同期の哲平をちょいちょいと呼ぶ。

実は哲平が和葉のことを好きなのは部署内では結構知られていた。由美も知っているうちの1人である。

そんな由美に呼ばれた哲平は何とも怪訝そうな顔をしたものの、ひとまずそちらに向かう。


「何だよ」


尋ねると


「今日の飲み会、あんたの隣に和葉ちゃん配置する予定だから上手くやんなさいよ?」

「……わーってるよ」


正直、哲平にとってはありがたい話だった。

和葉は基本合コンや男絡みの誘いは全て断る。そもそも誰かと仕事帰りに飲みに行っているところも見たことがないくらいだった。

去年までは未成年だったから会社の飲み会も顔だけ出してすぐ帰っていた。

二十歳を超えたからお酒も気兼ねなく飲めるだろう。そう呑気に思っていた哲平はこの飲み会から全てが動くことにまだ気が付いていなかった。

和葉は溜息をつきそうになっていた。


「(こういう大人数での飲み会の空気、やっぱり苦手だ)」


皆が笑って飲んで、喋ってまた笑って。

和葉は飲み会の場の空気が、少し苦手だった。

それはもともとこういうノリや空気が嫌いだからではなく。


「(私も飲んで楽しんでみたい、なんて。そう思っちゃうからなあ)」


お酒を飲まない和葉はこの空気についていけなくなってしまうのが嫌だった。


「和葉ちゃんは?何頼む?」


メニューを広げて聞いてくる由美。周りを見れば和葉以外皆メニューに視線を落としていた。


「……あ、えっと。烏龍茶で」

「お酒は?もう二十歳でしょ?」

「……あれ、言いませんでしたっけ。私、アルコールダメなんですよ」

「そうなのっ!?」


笑って髪の毛を手櫛で解いた和葉に、向かいに座った由美もちゃっかり和葉の隣をキープした哲平も驚いた。


「……全くダメっていうわけじゃないんですけどね。なのでお酒は遠慮します。……あ、注文代わりますよ。私皆さんの聞いてきます」

「……いいのに。ありがとう」


立ち上がって数カ所テーブルを回ってまとめて注文している和葉を見て、由美と哲平は顔を見合わせた。

アルコールがダメなんだと言った時、和葉はまた儚げな笑い方をした。過呼吸を起こした時と同じ笑い方だった。

哲平はそれに胸を痛め、由美は思案した。

その後飲み物が運ばれてきて、部長の音頭で乾杯をする。

ちびちびと烏龍茶を飲む和葉に、ここぞとばかりに由美が話を振った。


「ね、和葉ちゃんに質問タイムしてもいいですか!」

「えぇ……何で今更質問タイムなんですか」


私のこと大体知ってますよね?と言う和葉を由美はまぁまぁと制した。


「……変な質問はやめてくださいよ」

「だーいじょうぶ!じゃあはい!趣味は何ですか!」

「何ですかその質問、お見合いですか?もう……残念ながら私は無趣味です。強いて言うなら寝ることくらいです」


ご期待に添えずすみません、と由美に謝る和葉。

哲平はその二人の様子を笑いながら横から見ていた。


「えぇー面白くない!じゃあ休みの日は何してるの?」

「私に面白さを求めるのは間違ってますよ。休みの日は……そうですね、大体寝てるか作り置きのおかず作ってます」

「お!家庭的!それって料理は趣味にはならないの?」

「……なりませんね」


少し声のトーンが下がった和葉。


「……何で?」


哲平が思わず口を挟むと、和葉が哲平の方を向いて。


「生きるためにやってるだけなんで」


そう答えた和葉は、無表情だった。

そんな和葉の表情に体が固まってしまった哲平とは対照的に、2人の様子に気が付いていないのか由美の質問はどんどんヒートアップしていく。


「じゃあハイハイ!得意料理、若しくは今まで人に振舞って美味しいって言ってもらった料理はなんですか!」

「由美さん酔ってます……?得意料理……あぁ、だし巻きとかハンバーグとかですかね」

「だし巻きもハンバーグも私大好き!今度作ってきてよ!」

「えぇ……面倒臭いです」

「そこをなんとか!」

「じゃあ気が向いたら」

「やった、期待しちゃう」


これじゃどちらが年上かわからない。和葉はそう思ってクスッと笑った。

哲平は、知らなかった和葉の一面を知ったような気がして少し嬉しくなっていた。

三年も一緒に仕事をしてきても、まだまだ知らないことが多い。特に和葉は秘密主義なところがあるからなおさらだ。

だし巻きとハンバーグは由美から一つ奪おうと心に決めてビールをグイッと飲む。

その哲平のビールがそろそろ無くなりそうなのを確認した和葉はすかさず店員を呼んで次のビールとつまみになりそうなものをいくつか注文した。

それに気が付いて哲平がお礼を言うと、和葉はお気になさらずと首を横に振って微笑むのだった。
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