【第一部完結】魔王暗殺から始まった僕の異世界生活は、思ってたよりブラックでした

水母すい

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二人旅編

9.進み続けた先で

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 どれくらい経っただろうか。
 僕はまだ立ち上がる気力も沸かず、寄りかかったまま夜空に浮かぶ月を見ていた。
 もう、このまま死んでもいいかもしれない。
『おい、人間』
 脳内で声がする。こんなときにこいつは。
『いや、人殺しだったか?』
「なんだよ、忘れた頃にやって来るな」
『貴様、このまま死ぬ気か?』
 図星だけど、もう正直に答えるのもめんどくさい。
「僕が死んだら困るってなら、死んでやってもいい」
『勝手にしろ』
 抉られた左腕から、まだ血が流れている。この森も夜を迎えるとぐっと冷えてくる。この失血と寒さなら、本当に死んでもおかしくない。
「魔王も倒したし、姫様も助けたし⋯⋯やり残したことは何もないしな」
『ほう、貴様は目的がないと生きていられない性質たちか?』
「そうかもな⋯⋯ このまま生きてても、苦しいだけだ」
『とんだ悲観者だな。私を失望させる気か?』
「僕の勝手だ」
 なんだこのダークコントは。しかも脳内で。
「死んでまたもとの世界に戻れるなら、本望だよ。美恋が最後に言ってたことも聞けなかったし」
『もう走馬灯が見えているのか? これはもう死んだな』
「死んでねぇわ」
 でも本当に、この世界に未練はないし、戻れるなら現実世界に戻りたい。そんな話は聞いたことないけど。
『臆病者が。このまま終わって許されるとでも思ったか?』
「お前どっちなんだよ⋯⋯ 僕に生きてて欲しいのか?」
 臆病者なんて、正論すぎて嫌になる。
 僕は結局、強大な力を手に入れて図に乗っていただけじゃないか。内面は何にも変わってない。危なくなったら逃げる、臆病者だ。
 ――僕がのは、そういうことか。
「でも、死ぬ勇気すらないんだよな」
 本当に終わらせたいなら、左手の短剣でとっくに首を突き刺している。僕は今それをしていない。
 改めて短剣の刃を眺める。
 これで魔族を五人くらい殺めてきた訳か。
 人間は誰一人殺していない。
 ⋯⋯それなのに。
「あっ⋯⋯」
 その刃の中に、一つの記憶を思い出した。
 ――魔王城で、馬車で連れて来られていた人々のことを。
 あの非道な扱いに、僕は憤りを覚えていた。
「あの人たちを、救いたかった⋯⋯」
『やり残したことはなかった、のではなかったのか? しかも彼奴らのこととはな。低能な魔物たちの餌のつもりだったのだが』
「最低だな」
『お互い様だ』
 それもそうか。僕は彼らの王を殺している。だからって許せと? 阿呆か。
「やっぱりお前らは許せないな」
『ほう。ではその怒りを糧に生きるがよい』
 ジェイルの言う通りだ。
 優しさで動けないのなら、今度は怒りで動けばいい。
「あの人たちを連れてきたのは、人間か?」
『ああ。人間の汚らしい奴隷商だ』
「じゃあそいつらからだな」
 僕は立ち上がり、軽く伸びをした。少女が残していった回復薬を飲み、短剣を鞘に仕舞う。
「もう傷が治ってる⋯⋯ すごい」
『上級回復ポーションだな。あの小娘は勿体ないことした』
 勿体ないって⋯⋯。
「とりあえず街まで歩くか」
 といっても方角もわからないからどうしようもないけど。
「適当に歩けばいいか⋯⋯」
 でもなるべく王都へは行きたくない感じだ。
 あんなことがあって彼らと顔を合わせずらいのもあるけど、第一僕の中にいるジェイルが僕の身体を乗っ取って王族を襲う可能性がある。
 そうなったら国外追放どころか即刻処刑だ。
『ずいぶん前向きになったな。さっきまで死のうと思っていた奴とは思えん』
「誰かさんのせいだろ」
 そしてなんでこいつは上機嫌なんだ。うるさいし鬱陶しい。デュークかお前は。
『そんなことを言っているうちに、ガーゴイルの集落に着いたな』
「⋯⋯⋯⋯は?」
 ガー、ゴイル⋯⋯
 いや先言え。
「ギシャァアアアア!!」
 気づけば周りは無数の翼の生えた悪魔に囲まれていた。集落とは恐ろしい。
「逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ」
『⋯⋯』
 臆病者の自分が嫌いになった。だから、僕は絶対にこれ以上は逃げない。
 ⋯⋯たとえセリフがエヴァみたいになろうとな。
 短剣を引き抜く。
 折れた右腕は温存して、慣れない左手で構える。
 この剣を信じろ。
「邪魔だ」


 ガーゴイルを百体ほど葬ったあと、僕は彼らを倒して出てきたアイテムを拾い集めた。
「この牙みたいなやつ⋯⋯なんに使うんだ⋯⋯?」
『とりあえず売れ』
 まあそうだな。今はこんな欠片より金だ。
「金になればいいんだけど⋯⋯」
 僕がそんな心配をしながら森を歩いていると、次第に先に明かりが見えてきた。
 町に着いたのかもしれない。
「やっとか⋯⋯」
 やれやれ。やっとちゃんとした異世界冒険パートに入ったかと思えば、初っ端から歩くだけとは予想外だった。
 木々の間を抜けてしばらく歩くと、町の入口らしい看板が見えた。建造物は大体中世時代くらいの古さだ。
 アーチをくぐり、久々に人々の活気のある場所に来た安心感に浸る。道を歩いているだけで、周りにいくつか店のような建物を見つけた。
「まずはこれを買い取ってもらわないとな⋯⋯」
 なんとなく短剣を見えにくいところに仕舞って、僕は真っ直ぐの道を歩きながら店を選り好みしていた。
 こんなゴミみたいなものをなるべく高値で買い取ってくれそうな、善良な店があればいいんだけど。
「いらっしゃい」
 結局、気の良さそうな若い男が店頭に立つ店に立ち寄った。いや、見方によってはこの人社畜にも見える。失礼か。
「あの、これ買い取ってもらえますか?」
「ん? どれどれ⋯⋯」
 道で拾った袋に詰めた無数の牙の欠片を差し出した。
「ガーゴイルの牙かい? これ」
「あ、はい」
「君が、全部一人で?」
「そうですね。集落潰してきたんで」
「え!? 集落ってあの⋯⋯森にあるやつ? 皆怖がって近寄らないのに? いやそもそも君一人で潰したって⋯⋯」
「え、なんかまずかったですかね」
 確かに百体以上ガーゴイルはいたけど、あれくらいはなんとかなった。〈隠密ステルス〉が魔物にも有効だったことに感謝だ。
「いやぁ⋯⋯見かけによらないもんだね。まさか君みたいな優しそうな少年が⋯⋯」
 関心関心、と腕を組んで店員は頷く。すぐに疑わないあたり、優しい人らしい。
「僕も今こんな服しか持ってなくて⋯⋯ お金が必要なんですよね」
「そうかそうか。なら少しおまけしてあげようかな。あの集落を潰してくれた人ってなると、さすがに頭が上がらないから」
「店が潰れない程度でお願いします」
「はいはい。これでいい服でも買っておいで」
 そうして彼がくれたのは、袋詰めにされた金色のコインたちだった。
「これは?」
 試しに一枚手に取って眺めてみる。
「エルドコインだよ。エルダールの通貨。てかお兄さん、王国の人じゃないの?」
 全然違う。けどどう言い逃れすれば?
 魔王城出身とでも言うか?
「僕実は記憶喪失で⋯⋯ 目覚めたらこの国にいて」
「⋯⋯⋯⋯なるほどね。それは大変だっただろう」
 
 こうして僕は、記憶喪失設定を作り出すのであった。
 めでたしめでたし。
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