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番外編SS
2.夢幻
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声が、聴こえた。
どこか懐かしいような、そんな声だ。
その声は、僕を呼んでいたようだ。
「京~?」
僕が目を覚ますと、そこには一人の少女がいた。
寝惚け目でも、彼女のことはよく見えているし、名前だって忘れるはずはない。
――それでも、何かがおかしい。
彼女が今目の前にいることに、違和感を感じる。
「あ、起きた」
「美恋?」
「?」
「美恋、だよね?」
「そうだけど⋯⋯え、急にどうしたの?」
「や、ごめん多分なんでもない⋯⋯」
至近距離で見つめ合って、美恋の頬に朱が差している。僕も遅れて視線を逸らす。
改めて周囲を見渡すと、僕は今テーブルで突っ伏して寝ていたようだった。それも、見慣れた家のリビングで。テーブルの上には教科書とノート、プリント類が散乱していた。
「今晩ご飯作るから、ちょっと待っててね」
「うん⋯⋯」
曖昧な返事しか出てこない。
辺りの風景は、確かに自分の記憶と完全に一致している。けれど、それぞれが頭に訴えかけてくるものの意味が、いつもと少しだけ違っているように思える。
手元を見てみる。ノートには、まだ解きかけの問題が僕の文字で書かれている。勉強中に居眠りしたようだ。
「やー、京がさー、変な寝言言ってたから気になったんだよね」
「ん⋯⋯」
「どうしたの? ぼーっとして。熱でもあるの?」
「いや、多分ない⋯⋯⋯⋯あれ、そういえばなんで美恋がうちに?」
「なんでって⋯⋯京のお母さんが仕事でいないからご飯作りに来てあげてるんでしょー?」
「そうだっけ⋯⋯」
「そうだよ。ていうかなんで私が知ってるの?」
「僕が訊きたい」
この感じもどこか懐かしい。けど、当たり前の光景ではある。
僕の幼稚園からの幼馴染みである彼女は、家が隣なこともあって僕と家族ぐるみの付き合いだった。小さい頃から、互いの親がいないときは互いの家に預けられていたし、誕生日会なんかも一緒に集まってやった。
だからまあ、これは当たり前なんだと思う。
「ねー、カレー味見してー!」
夕飯はカレーか。そんなの聞いてないけど⋯⋯
「自分ですれば?」
「やだよ。まずいかもしんないじゃん」
「僕を身代わりにしないでもらえる? あとその可能性がある時点で心配なんだけど」
「いいから食べなされ」
「はいはい⋯⋯」
渋々キッチンまで行き、彼女の差し出したスープみたいなカレーを一口、味見する。
「水っぽすぎる。水入れすぎだよ」
「えー? ちゃんとレシピ通りに作ったはずなのに⋯⋯」
「カレー風スープでも作ってるの?」
「うるさいうるさい! そんなに言うなら、京も手直し手伝ってよ~!」
「わかった、わかったからまな板で叩くのやめて? 普通に痛い」
「「いただきます」」
カレールーを追加しただけで、なんとかなった。
僕と美恋はテーブルで向かいあって、カレーを食べ始めた。
「おーいし~!」
「ん」
僕が手直しをした結果かは知らないけど、カレーの味は幾分マシになった。少なくとも水っぽくはない。
それでも、僕はまだ不安を孕んだままだ。
もう二度と、このカレーを食べられないような。
もう二度と、彼女と食卓を囲むことはないような。
そんな不安が纏わり付いて離れない。
「ねえ、美恋」
「ん? どしたの?」
「いや、その⋯⋯美恋は、どこにも行かないよね?」
「へ?」
至極アホらしい質問になってしまったけど、もう別にいい。誤解されなければ。
「どこにもって⋯⋯そりゃー今はね?」
「急にいなくなったりしない?」
「え、まあ⋯⋯うん」
「だよね、よかった⋯⋯」
「やっぱり、さっき嫌な夢でも見た?」
美恋の心配がただの杞憂であることを、僕は今祈っている。彼女の優しさに少し救われる。
「もし、これが当たり前なんだとしたら⋯⋯僕はこの当たり前を失うのが、どうしようもなく怖い。もう二度とこの家には戻れない、このカレーを食べれない、美恋とも会えない⋯⋯そう考えてる」
「⋯⋯なんだ、そんなことか」
「そんなことって⋯⋯」
気づいたときには、彼女は床に座る僕の隣に移動していた。そしてその手が、優しく僕の頭を撫で回す。どこか、懐かしいような感覚だった。
「大丈夫だよ。どこにも行かないよ。この当たり前を壊したりしないから。約束する」
「ごめん⋯⋯ありがとう」
「なーに謝ってるの? 小さい頃はよくこうやってたのに、恥ずかしいの?」
「別に⋯⋯ただちょっと、安心しただけ」
「そっか」
頭から手が離れる。不思議と名残惜しく感じる。
「でも、その代わりに京も約束して」
「何を?」
「どうか、この当たり前を大事にして。京がこの先どうなったとしても」
彼女の目は、強く僕を射抜く。心に突き刺さるような、見透かされているような強さだ。
「当たり前を、この日々を忘れないで」
残酷なことに、そこで目が覚めてしまった。
「夢、か⋯⋯」
美恋の最期の一言を頭の中で反芻する。
夢の中でも、彼女は最後まで彼女らしかった。
本当に夢だったのか疑うくらいに。
思わず、空を見上げた。また赤い月。もうこっちの世界ではすっかり見慣れてしまった。僕の隣では、エルが小動物みたいに静かな寝息をたてて眠っている。
これが今の僕の、当たり前なのだ。
それでも。
――僕の中で眠るあの日々が、少しずつ色褪せていく。
当たり前では、なくなっていく。
どこか懐かしいような、そんな声だ。
その声は、僕を呼んでいたようだ。
「京~?」
僕が目を覚ますと、そこには一人の少女がいた。
寝惚け目でも、彼女のことはよく見えているし、名前だって忘れるはずはない。
――それでも、何かがおかしい。
彼女が今目の前にいることに、違和感を感じる。
「あ、起きた」
「美恋?」
「?」
「美恋、だよね?」
「そうだけど⋯⋯え、急にどうしたの?」
「や、ごめん多分なんでもない⋯⋯」
至近距離で見つめ合って、美恋の頬に朱が差している。僕も遅れて視線を逸らす。
改めて周囲を見渡すと、僕は今テーブルで突っ伏して寝ていたようだった。それも、見慣れた家のリビングで。テーブルの上には教科書とノート、プリント類が散乱していた。
「今晩ご飯作るから、ちょっと待っててね」
「うん⋯⋯」
曖昧な返事しか出てこない。
辺りの風景は、確かに自分の記憶と完全に一致している。けれど、それぞれが頭に訴えかけてくるものの意味が、いつもと少しだけ違っているように思える。
手元を見てみる。ノートには、まだ解きかけの問題が僕の文字で書かれている。勉強中に居眠りしたようだ。
「やー、京がさー、変な寝言言ってたから気になったんだよね」
「ん⋯⋯」
「どうしたの? ぼーっとして。熱でもあるの?」
「いや、多分ない⋯⋯⋯⋯あれ、そういえばなんで美恋がうちに?」
「なんでって⋯⋯京のお母さんが仕事でいないからご飯作りに来てあげてるんでしょー?」
「そうだっけ⋯⋯」
「そうだよ。ていうかなんで私が知ってるの?」
「僕が訊きたい」
この感じもどこか懐かしい。けど、当たり前の光景ではある。
僕の幼稚園からの幼馴染みである彼女は、家が隣なこともあって僕と家族ぐるみの付き合いだった。小さい頃から、互いの親がいないときは互いの家に預けられていたし、誕生日会なんかも一緒に集まってやった。
だからまあ、これは当たり前なんだと思う。
「ねー、カレー味見してー!」
夕飯はカレーか。そんなの聞いてないけど⋯⋯
「自分ですれば?」
「やだよ。まずいかもしんないじゃん」
「僕を身代わりにしないでもらえる? あとその可能性がある時点で心配なんだけど」
「いいから食べなされ」
「はいはい⋯⋯」
渋々キッチンまで行き、彼女の差し出したスープみたいなカレーを一口、味見する。
「水っぽすぎる。水入れすぎだよ」
「えー? ちゃんとレシピ通りに作ったはずなのに⋯⋯」
「カレー風スープでも作ってるの?」
「うるさいうるさい! そんなに言うなら、京も手直し手伝ってよ~!」
「わかった、わかったからまな板で叩くのやめて? 普通に痛い」
「「いただきます」」
カレールーを追加しただけで、なんとかなった。
僕と美恋はテーブルで向かいあって、カレーを食べ始めた。
「おーいし~!」
「ん」
僕が手直しをした結果かは知らないけど、カレーの味は幾分マシになった。少なくとも水っぽくはない。
それでも、僕はまだ不安を孕んだままだ。
もう二度と、このカレーを食べられないような。
もう二度と、彼女と食卓を囲むことはないような。
そんな不安が纏わり付いて離れない。
「ねえ、美恋」
「ん? どしたの?」
「いや、その⋯⋯美恋は、どこにも行かないよね?」
「へ?」
至極アホらしい質問になってしまったけど、もう別にいい。誤解されなければ。
「どこにもって⋯⋯そりゃー今はね?」
「急にいなくなったりしない?」
「え、まあ⋯⋯うん」
「だよね、よかった⋯⋯」
「やっぱり、さっき嫌な夢でも見た?」
美恋の心配がただの杞憂であることを、僕は今祈っている。彼女の優しさに少し救われる。
「もし、これが当たり前なんだとしたら⋯⋯僕はこの当たり前を失うのが、どうしようもなく怖い。もう二度とこの家には戻れない、このカレーを食べれない、美恋とも会えない⋯⋯そう考えてる」
「⋯⋯なんだ、そんなことか」
「そんなことって⋯⋯」
気づいたときには、彼女は床に座る僕の隣に移動していた。そしてその手が、優しく僕の頭を撫で回す。どこか、懐かしいような感覚だった。
「大丈夫だよ。どこにも行かないよ。この当たり前を壊したりしないから。約束する」
「ごめん⋯⋯ありがとう」
「なーに謝ってるの? 小さい頃はよくこうやってたのに、恥ずかしいの?」
「別に⋯⋯ただちょっと、安心しただけ」
「そっか」
頭から手が離れる。不思議と名残惜しく感じる。
「でも、その代わりに京も約束して」
「何を?」
「どうか、この当たり前を大事にして。京がこの先どうなったとしても」
彼女の目は、強く僕を射抜く。心に突き刺さるような、見透かされているような強さだ。
「当たり前を、この日々を忘れないで」
残酷なことに、そこで目が覚めてしまった。
「夢、か⋯⋯」
美恋の最期の一言を頭の中で反芻する。
夢の中でも、彼女は最後まで彼女らしかった。
本当に夢だったのか疑うくらいに。
思わず、空を見上げた。また赤い月。もうこっちの世界ではすっかり見慣れてしまった。僕の隣では、エルが小動物みたいに静かな寝息をたてて眠っている。
これが今の僕の、当たり前なのだ。
それでも。
――僕の中で眠るあの日々が、少しずつ色褪せていく。
当たり前では、なくなっていく。
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