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6 リデル
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ずっと若様を避けていた。
怖かったのだ。
もう、彼は次期ご領主様のジェレマイア様で。
リデルと手を繋いでくれたジェレミーじゃない。
◇◇◇
父の仕事先が伯爵家の騎士団だったので、自分の誕生と共に母を失ったリデルは、幼い頃から父に連れられて本邸に出入りを許されていた。
それで、身分的には絶対にお近づきになれない同い年の若様とも友達になれた。
彼はご領主様から騎士団で鍛えて貰うように命じられて、彼らの基礎訓練で剣術と体術の基本を学んでいたが、いくら『お手柔らかに扱われていた』としても、やはり怪我をしてしまう。
そんなお可哀相な幼い若様が治療士のデイヴに懐いてしまうのは、自然な流れで、娘のリデルとも心安くなるのも、また自然だった。
いつだったか、どうしてそんな話しになったのか、そこは憶えていないけれど。
「リィの手は特別だね。
リィに手を握って貰ったり、掌で触れられると、痛いのも苦しいのも、消えてしまうんだ。
デイヴが怪我を治してくれて、ずっとリィが手を握ってくれるなら、僕はどんなことも我慢出来る」
ジェレミーがそう言ったから、リデルは看護士になろうと決めた。
表向きは、父デイヴが治療士だから、と言うことにした。
ジェレミー本人にも、そう言った。
恥ずかしかったからだ。
「わたし、看護士になるって決めたよ」
「いいね、イングラム騎士団で雇うよ。
リィがいつも見えるところに居てくれたら、僕も安心だから」
ジェレミーが頭をなでながら、優しく笑ってくれた。
幼い頃はリデルの方が大きかったのに、10代に入ってから彼はすくすくと身長を伸ばして、
「ちっちゃくなったなぁ」とリデルをからかった。
だが、何も知らず、何も気付かない振りをしても許された幸せな時は、終わりを迎えた。
ジェレミーが12歳になると、貴族学院で同級生になる貴族子息達と入学前に交流する為に、伯爵家の社交を担い王都邸で暮らす奥様の元へ送られる事になった。
その上、若様は隣のご領主のカートライト伯爵令嬢とのご婚約が決まって、いくら幼馴染みであっても、これ以上若様の隣に居ることは許されない、と周囲から注意される前に、リデルは身を引いた。
もう、彼は次期ご領主様のジェレマイア様で。
リデルと手を繋いでくれたジェレミーじゃない。
何度も自分に言い聞かせた……それなのに。
それは、当然の事なのに。
改めて思い知らされるのが怖くて、嫌で、辛くて。
王都から帰省中の若様と会えば、変わらずに声をかけてくれるので、物理的に顔を合わせないように、彼が居る夏休みと冬休暇は決して本邸には近付かなかった。
そうやってジェレマイアを避け続けたリデルは、エラと同じ医療科を卒業したが、騎士団の医療部で働くのは止めた。
貴族学院を卒業したら、若様はお戻りになる。
3歳年下のご婚約者様の卒業を待ち、それから2年以内には婚姻されるだろう。
本邸で働けば。
同年代の看護士のリデルには、若奥様の妊娠中のお世話を命じられる可能性も高い。
若様と、彼の愛する若奥様と、そしてお子様と。
ずっと見ている事になる。
耐えられないと思った。
父には「親子で同じ職場は……」と、領内の治療院で働きたいと伝えた。
娘の希望を黙って聞いてくれた父は、治療院の知り合いに連絡を取り、医療施設管理者との面談を取り付けてくれた。
そして、その希望が叶い。
リデルが領内3ヶ所にある内の南地区治療院の看護士として働き出して、半年が過ぎた今。
ジェレマイアが領地に戻されてから、約2週間が過ぎた今。
何故か今、リデルは伯爵家の馬車に乗せられて、ジェレマイアが待つ本邸に向かっている。
どうして、こんな事になってしまったのか。
今日の午前の診療を終え、治療院の扉に休診の札を掛けて、15時まで休憩に入るところで、本邸からの使いが来た。
対応したのは院長で、直ぐにリデルが呼ばれ、至急本邸に向かうように告げられた。
「ジェレマイア様が倒れられた。
リデル・カーターの看護を、とご指名された」
*****
この国の貴族の子供達は、13歳から王立貴族学院に入学することが定められています。
それまでは各家で家庭教師による基礎教育を受けています。
ジェレマイアとリデルが交流出来ていたのはこの時期で、彼は入学前に母親が住む王都邸へ移されました。
(父親の伯爵は正妻の住む王都と愛人を住まわせている領地を、その時の予定に合わせて往き来しています)
貴族学院は、どんなに優秀でも平民は入学出来ませんが、血筋の確認が取れて届出がされた貴族の庶子は入学出来ます。ミネルヴァは、このパターンです。
地方自治は基本領主にお任せで、領内の産業を発展させるため、先代のイングラム伯爵(ジェレマイアの祖父)は領都に専門高等学園(医療、工業、商業)を設立しました。
ここに通えるのは、学費を納められる比較的裕福な家庭の子供達です。
彼等は各専門知識を学びながら、学生生活を楽しむことが出来ますが、余裕の無い家庭の子供は13歳まで無料の初等教育を受けた後は働きに出ます。
怖かったのだ。
もう、彼は次期ご領主様のジェレマイア様で。
リデルと手を繋いでくれたジェレミーじゃない。
◇◇◇
父の仕事先が伯爵家の騎士団だったので、自分の誕生と共に母を失ったリデルは、幼い頃から父に連れられて本邸に出入りを許されていた。
それで、身分的には絶対にお近づきになれない同い年の若様とも友達になれた。
彼はご領主様から騎士団で鍛えて貰うように命じられて、彼らの基礎訓練で剣術と体術の基本を学んでいたが、いくら『お手柔らかに扱われていた』としても、やはり怪我をしてしまう。
そんなお可哀相な幼い若様が治療士のデイヴに懐いてしまうのは、自然な流れで、娘のリデルとも心安くなるのも、また自然だった。
いつだったか、どうしてそんな話しになったのか、そこは憶えていないけれど。
「リィの手は特別だね。
リィに手を握って貰ったり、掌で触れられると、痛いのも苦しいのも、消えてしまうんだ。
デイヴが怪我を治してくれて、ずっとリィが手を握ってくれるなら、僕はどんなことも我慢出来る」
ジェレミーがそう言ったから、リデルは看護士になろうと決めた。
表向きは、父デイヴが治療士だから、と言うことにした。
ジェレミー本人にも、そう言った。
恥ずかしかったからだ。
「わたし、看護士になるって決めたよ」
「いいね、イングラム騎士団で雇うよ。
リィがいつも見えるところに居てくれたら、僕も安心だから」
ジェレミーが頭をなでながら、優しく笑ってくれた。
幼い頃はリデルの方が大きかったのに、10代に入ってから彼はすくすくと身長を伸ばして、
「ちっちゃくなったなぁ」とリデルをからかった。
だが、何も知らず、何も気付かない振りをしても許された幸せな時は、終わりを迎えた。
ジェレミーが12歳になると、貴族学院で同級生になる貴族子息達と入学前に交流する為に、伯爵家の社交を担い王都邸で暮らす奥様の元へ送られる事になった。
その上、若様は隣のご領主のカートライト伯爵令嬢とのご婚約が決まって、いくら幼馴染みであっても、これ以上若様の隣に居ることは許されない、と周囲から注意される前に、リデルは身を引いた。
もう、彼は次期ご領主様のジェレマイア様で。
リデルと手を繋いでくれたジェレミーじゃない。
何度も自分に言い聞かせた……それなのに。
それは、当然の事なのに。
改めて思い知らされるのが怖くて、嫌で、辛くて。
王都から帰省中の若様と会えば、変わらずに声をかけてくれるので、物理的に顔を合わせないように、彼が居る夏休みと冬休暇は決して本邸には近付かなかった。
そうやってジェレマイアを避け続けたリデルは、エラと同じ医療科を卒業したが、騎士団の医療部で働くのは止めた。
貴族学院を卒業したら、若様はお戻りになる。
3歳年下のご婚約者様の卒業を待ち、それから2年以内には婚姻されるだろう。
本邸で働けば。
同年代の看護士のリデルには、若奥様の妊娠中のお世話を命じられる可能性も高い。
若様と、彼の愛する若奥様と、そしてお子様と。
ずっと見ている事になる。
耐えられないと思った。
父には「親子で同じ職場は……」と、領内の治療院で働きたいと伝えた。
娘の希望を黙って聞いてくれた父は、治療院の知り合いに連絡を取り、医療施設管理者との面談を取り付けてくれた。
そして、その希望が叶い。
リデルが領内3ヶ所にある内の南地区治療院の看護士として働き出して、半年が過ぎた今。
ジェレマイアが領地に戻されてから、約2週間が過ぎた今。
何故か今、リデルは伯爵家の馬車に乗せられて、ジェレマイアが待つ本邸に向かっている。
どうして、こんな事になってしまったのか。
今日の午前の診療を終え、治療院の扉に休診の札を掛けて、15時まで休憩に入るところで、本邸からの使いが来た。
対応したのは院長で、直ぐにリデルが呼ばれ、至急本邸に向かうように告げられた。
「ジェレマイア様が倒れられた。
リデル・カーターの看護を、とご指名された」
*****
この国の貴族の子供達は、13歳から王立貴族学院に入学することが定められています。
それまでは各家で家庭教師による基礎教育を受けています。
ジェレマイアとリデルが交流出来ていたのはこの時期で、彼は入学前に母親が住む王都邸へ移されました。
(父親の伯爵は正妻の住む王都と愛人を住まわせている領地を、その時の予定に合わせて往き来しています)
貴族学院は、どんなに優秀でも平民は入学出来ませんが、血筋の確認が取れて届出がされた貴族の庶子は入学出来ます。ミネルヴァは、このパターンです。
地方自治は基本領主にお任せで、領内の産業を発展させるため、先代のイングラム伯爵(ジェレマイアの祖父)は領都に専門高等学園(医療、工業、商業)を設立しました。
ここに通えるのは、学費を納められる比較的裕福な家庭の子供達です。
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